英雄との敵対
大きく息を吐き切り、現状を確認する。
世界を繋ぐ境界線上の亜空間で、俺は裸一貫の初期ステータスで英雄クラスの転生者と戦おうとしている。というより、俺を轢いた婆女神がレアアイテム目的で他の転生者に殺されようとしている。
転生者が死ねば庇護する女神のお膝元で何度も復活するらしいが、女神は転生者の蘇生を行えても、自分自身の蘇生は行えないのかも知れない。しかも、もし、女神の虚亞とかいうレアアイテムを落とす感じでそれを相手に持ってかれた時点で二度と復活する事は出来ないだろう。
万事休すだ。
英雄ハルガは、神剣を手に此方との距離を詰めてくる。対する虹の女神カルミナは歩み寄られた分だけ後退して、空間の端へと追い詰められていく。何か策は無いのか?
「おい!ハルガとか言ったな?ふざけるなよ!唯でさえ、こっちは時間に余裕が無いってのに!しかもこの婆からまだ慰謝料すらふんだくられてないんだぞ!」
俺の言葉に全く耳を貸さないアースガルドの英雄ハルガ。それもそうか。俺は謂わば幸福ポイントを10しか落とさない雑魚キャラに変わりない。
「ふん、貴様に口出しする権利があるとでも?転生者の上限レベルを知ってるか?200だ。俺のレベルは120。初期設定レベル=享年とするなら……お前は精々20前半といったところか。転生した女神と言ってもそのサイズ感ならLv70程度というところだろう。そのお前らに私が止められるとでも?」
辺りを囲む枯木爺達が総出でカルミナを助けようと前に出るが、それを止めたのは他でもない、カルミナ自身だった。
「手出し無用です!彼は私だけを標的にしています!貴方達が前に出ても同じ結果になります!此処は……漠土さんを信じましょう!」
俺頼り?!紙の防御力で何が出来るか分からないが、こんな所で油を売っている訳にはいかない。俺を轢いた婆を見殺しにしたとしても俺の異世界への旅立ちに影響は恐らく無いだろう。だが、三日後の襲撃事件を放ってはおけない。ただ……10幸福ポイントじゃ何も出来ないのは確かだ。まだ婆から慰謝料すらふんだくってないし。それに女神転生後、そのまま女神へとなった人間は過去に居ないらしい。
「ハルガ!貴様に婆は殺させない!ボルダナ!どちらにしろ俺はまだアクティブプレイヤーじゃない!初期選択画面を表示しろ!10ポイントでも何とかなるか試してみる!」
「さっきからやってるけど!どうしても転生手続きの神業が発動しないの!なんで!」
イレギュラー続きで何か不具合が起きているみたいだな。そう言えばさっき、俺があいつに潰されるまでは正常にボルダナの神業は使えていたと。もしかしたら、カルミナが女神として転生した事で何かが変わったのか?現状、候補生では無いカルミナは境界の女神、ボルダナと同じ女神枠だ。
「おいボルダナ!カルミナが女神として生まれた事に何か関係してないか?」
「まさか……でも、確かにミンチになった貴方を修復したのはカルミナよね?もしかしたら……さっき、漠土さんの蘇生で発現した女神魔法「Re;vival」は産まれ直しの神業かも知れません!私の管轄から離れ、カルミナさんに移行した可能性があります!」
産まれ直し?あれは唯の蘇生魔法では無かったのか。
「カルミナ!俺の転生手続き、継続して出来るか?」
「えっ!分からないけどね、やってみるね!こうかな!?Now Roading!!」
その掲げた右手に、水晶玉が挿げられた錫杖が姿を現わす。短い法衣を巡る液状の水晶と同期する様に虹色の輝きが増していく。辺りに浮遊する幸星までもが震え、彼女の周りを嬉しそうに飛び回る。その光景に戸惑い、ハルガの追跡は止まった。
「さぁ!世界を良き方向へと導く真なる勇者、垣沢漠土よ!その使命を果たす為、虹の女神たるこのカルミナの戦士として今こそ真の目覚めを!」
その少し俺を盛り気味の言葉と共に次々と俺の周りに転生手続きの画面が表示されていく。
「よし!ひとまず成功だ!」
「ブイ!」
嬉しそうにこっちにVサインを送るカルミナ。だがすぐに恥ずかしそうに明後日の方向を向いてしまう。うん、まずは服だ……いや?待てよ?それより……。
「ボルダナ!聞くが、転生時のボーナスかなんかで初期装備は用意してくれてるのか?!」
「はい!その通りです!初期装備は貴方の前世に準拠したものを用意しています。漠土さんの初期装備は確か……現場作業服一式と、地雷製作基本工具です!」
「DAY!役に立たねぇ!」
俺とのやりとりを聞いていた英雄ハルガが呆れた様に笑い声をあげる。
「ハハハッ、哀れだな!精々そこで何も出来ずに見ていろ!さぁ、下の世話係の女神よ!我が糧となれ!」
「ば、漠土さん!早速ピンチです!」
「分かってる!何とかするからちょっと待ってろ!お前は女神だ!ちょっとやそっとじゃ多分、死なない!」
「はい!待ってます!さぁ、かかってきなさい!この悪党!」
虹色の軌跡を描きながら錫杖をブンブンと振り回して威嚇するカルミナ。全然殺意を感じない。相手のハルガも呆れているが、お陰で時間は稼げている。さてと、とりあえず考えろ!この圧倒的レベル差を埋める為の方法を!俺の周りを囲む選択画面、どれもこれも神狩りの武器に叶いそうな武器も無い。というか、10ポイントじゃ何も出来ない。そうだよな、初期選択で選べるアイテムと異世界を極めた転生者が手にするアイテムに叶うわけが……あ……?
「おい!ボルダナ!」
「はい!」
「選べるアイテムの中に消費アイテムっぽいやつも混じってるが、これも使えば無くなるのか?」
「はい。漠土さんの前世に準拠してラインナップは揃えていますけど、大体が少ない分量です。原則的に消耗アイテムは現地調達が基本なので。聞き覚えのないアイテム類は言って下されば説明出来ますが?」
「そんな時間は無い!くそ、俺の分かる範囲で使えそうなものは……ちょっとって、どれくらいだ?」
「一掴みぐらいですね。ちなみに前世の職業を踏まえてそれに関連するアイテムや神業はボーナス特典としてなんと5割引してます!赤字で表示されているのがそうですね」
「ボーナスか……それなら10ポイントでも入手出来るのがいくつかあるな。けど、それじゃまだ弱い。何かあと一手ないと、この状況を確実に変えられない……いや?待てよ?いや、もしかしたら……ボルダナ!この項目は……?」
「その項目は、弄る人、殆どいないって言いませんでした?既にデフォルトは転生前の姿に合わせられていますし」
「いや、この容姿設定の方じゃ無い。ってこれ性別も選べるのな?」
「はい。転生してピチピチギャルになりたいお爺さん向けの設定です」
「俺は……いらねぇな。転生したら美少女でした的なノリのラノベは好かん。そっちじゃない、こっちだ」
「え?そんなとこカスタマイズしたら、ますます感覚が訳わかんない事なっちゃいますよ?そこを弄ろうとしても結局皆さん、初期設定に戻されてます」
「消費ポイントは?」
「設定なので必要ありません!って!カルミナさん!どんどん壁際に追い詰められてますよ!」
「か、壁?この空間に壁なんてあるのか?」
「はい!ゲームでよくある見えない壁です!転生英雄ハルガさんはその事を熟知しておられるので……カルミナさんはどんどん部屋の隅に追い込まれていってます!」
「ヤバイな……けど、もう少し時間が……」
心配そうにしていたボルダナが意を決した様にその巨体を此方に寄せて、その大きな顔の口に手を添えて耳打ちしてくる。近付きすぎると本当にパース感が狂ってくるというか、ちょっと怖い。
「(あのクソ英雄……倒せそうですか?)」
耳打ちになっていないが、ボルダナにも思うところはあるようだ。
「5分だ。5分あれば何とかなるかも知れん」
「(10ポイントの新入りが彼に勝てるとは思えませんが……)」
10ポイントって。多分、こんなに幸福ポイントが少なかった転生者もきっといなかったのだろう。
「信じろ……とは強く言えないが、お前も同胞を殺されかけて悔しくないのか!」
「……本当は……殺したいです」
「よし!俺を殺したお前なら出来る!」
「あ、あれは事故ですよ!だって!おっぱい見られるとは思わなかったし……」
「はは、片方だけだろ?」
「大体片方見られたら、もう片方も想像つきますよね?両方見られたのも一緒です!」
ん?今の言葉に反応して英雄ハルガ此方を振り返っている。
「き、貴様!女神ボルダナにまで不埒な真似を!」
「いや、偶然だから。その目の前の虹の女神さんが、その怪力に任せてこいつのローブをカーテンと間違えて引き千切っただけだから」
「境界の女神の……深淵のローブを引き千切った?だと?腕力で?ありえない……」
その事実に僅かに後退する英雄ハルガ。虹の美少女女神は、ベーっと舌を出して威嚇している。うん、可愛い。
「境界の巨神達が纏う深淵のローブは並みの物理攻撃では千切れない、あらゆる魔法の耐性を高く備えた一級品の装備だぞ?それをこの細腕の小さき女神が?」
「君も叩いちゃうからね!」
手をブンブン振り回す仕草も可愛いが、その事実を聞いて、彼女を警戒し始めたのは確かだ。そうか……ステータスで勝てないなら、心理戦に持ち込めばいいのか。そして、心理戦でも勝てないなら……。
用語説明:
<成長型 分類>
脳筋型 筋肉に特化している。
技巧型 技量に特化している。
瞬速型 俊敏性に特化している。
天運型 運が強く、神通力も高い。
支援型 他者を支援、強化する事に長けている。
衛生型 治癒面に特化。
突撃型 攻撃力と耐久力に長けている。
強襲型 攻撃力と俊敏性に長けている。
総合型 バランス良く卒無く何でもこなす。
統率型 能力値とは別にカリスマ性を持つ。
特殊型 特異な能力値。
自由型 自分で設定出来る。
変動型 能力値が一定しない。
固定型 能力値の変化無し。
カルナギ地雷株式会社 改老襲撃事件まであと二日。