漠土転生
朝、午前七時を知らせる目覚ましと共に仄かな日差しが、紺色の遮光カーテンの隙間から室内に差し込み室内を照らし出している。此処はカルナギ地雷株式会社、その寮の狭い部屋でベッドから身体を起こす。
休日二日を挟んでいるとはいえ、このサイクルで働くのはなかなかこたえるものがある。まぁ、体調不良の一端として、昨日予約していた新作ゲーム、アビスソウル3を遅くまでプレイしていたのもあるが。細かい事は気にしない。超高齢化社会が齎したのは若者が高齢を支える逆三角形支配体系が生まれた。徴収税率5割を超える半ば奴隷の様な生活の中、此処、カルナギ地雷株式会社は政府お抱えの対車地雷製造会社として重宝され、手元に残る資金は少ないが、行き届いた福祉のお陰で寮生活とはいえ、そこそこの水準で生活は出来ている。手取りは約8万円。結婚は無理だがな。考えてもないが。
「おーい、漠土先輩……先に行ってますよー?遅刻しないで下さいよ?」
現場作業着に着替える俺に声を掛けてきたのは同年代で大卒の事務員だ。高卒で入社した俺と同じ22歳だが、入社年月で言うと俺の方が先輩だ。とはいえ、既に給料は抜かれているエリートコース真っしぐらだ。手取り20万と聞いた時には同じ若者でも格差があるのだなぁと痛感した。受付嬢の一人と早速付き合い始めたらしいし。爆発しろ。
「はーいよ。今、出ますよ」
「食堂に用意してある朝飯は食べる様にして下さいよ?」
「えぇ……俺、朝抜く派だから」
「現場作業、力出ないですよ?寮の管理人さんからも言われててね。ちゃんと食べる様にだよ?」
「はいはい、分ったよ」
「宜しい、垣沢漠土先輩っ、ではまた会社で」
「はーい、またね」
作業ツナギの上から腰にベルトを巻き、工具ポーチをセットする。おっと、試作型機雷も作業鞄に入れて置かないと。この機雷は国外逃亡を企てようとする水陸両用型改造老人を海へと逃さない為に開発中の機雷で、微調整を任されていた。改造老人達が発する特定の周波数に合わせて爆破するしくみになっている。外殻は第一層目以外は取り払われてコンパクトにはなっているが、これ単体でも爆発はする。安全装置は三重に掛けていて間違っても誤作動する事は無いけどね。
腰のホルダーに工具をセットして準備完了だ。おっと、橙色の会社のロゴ入りキャップも忘れずにな。作業着の色は悪くは無いが、この色、海外の囚人が着る服の色の被っているのが少し気になるが。まぁ、俺達の暮らしはまさに老人達の奴隷といったところだが。
その日、大卒の後輩の言いつけを守り、朝ご飯を食べた後、出勤時間ギリギリに会社の門の前に到着すると門の前でお年寄りが守衛さんと受付嬢が言い争いになっていた。大卒後輩の彼女の。
「お客様……そう言われましても私どもの地雷は政府からの受注により生産しておりますので……」
「あんたらの地雷がわし等のワゴンを吹き飛ばしたんじゃ。解析したら破片にカルナギ地雷のロゴの一部が発見されてのぉ……あんたらのとこで作っとる局所型指向性対車地雷ハルバードときたもんじゃ。損害賠償二千万の請求に伺ったのじゃ」
警備服の守衛さんが呆れた様に二人のクレーマー爺さん達を追い返そうとしている。
「でもねぇ……設置した地雷に引っかかるって事は速度違反かよっぽど凶悪な運転を……」
「煩いわい!」
二人組みの小さい方の爺さんの肩に手を置いた守衛さんが手を払われ、爺さんに吹き飛ばされると、数十M先の植えられた木の幹に身体を叩きつけられて気を失う。
「お客様!困ります!これ以上の弊社への侵入と社員を傷つける様な真似は……治安特殊部隊への通報を……」
片割れの背の高い老人の右腕が可変し、回転式の砲身が剥き出しになる。おかしい。強化型なら門前に無数に埋められた対改老地雷が反応したはずだ。何故、そこまで侵入を許した?それとも……地雷のセンサーを無効化する装置が開発されたのか?いや、それは明らかに違法だ。
砲身を向けられた受付の女の子が震え、尻餅をつく。その姿を見てか会社の建物からも騒ぎを聞き付けて何人かの人が出て来る。その光景を尻目に老人達が顔を見合わせ、言葉を交わす。
『忘れるな、幾多の思い出!奪われるな、我が半身!還るべきは……あの乗り心地!』
やべぇなこりゃ。過激化する改造老人達の武力クレーム。その一端をある組織が牛耳っている。その組織の名は「老害狂会」。その掛け声が今の言葉だ。正真正銘、彼奴らはテロリスト。国に仇なす違法改造を施された機械人間だ。
その姿がまるで老人から鉛の悪魔へと裏返る様に全身に黒い鉄の攻殻を纏う。改造率99%心臓すらも鉄と化す彼等はその脳以外、人である事を捨てた人間、強化型改造老人99式、通称「九十九」と呼ばれる。質量保存の法則を忘れた物理法則で二人の小柄な老人はニM超えの鉄の塊と化す。もはや老人とすら呼べない鉄の絡繰り人形。
小さい方の改老が、その攻殻を纏った腕で尻餅を着いた受付嬢の首を持ち上げると、その身体が宙に浮く。必死に腕を掴み足をバタバタさせながら踠いているが、改造老人のもう片方の手がその衣服を破り裂き、下着姿にさせられている。鉛の身体に裏返り、性欲も復活したか?遠くからあの大卒後輩事務員の叫び声が聞こえてくる。手にしたハンドガンを翳してはいるが彼女に当たる事を恐れて発砲出来ないでいる。
もう一機の改造老人99式、九十九が巨大化した回転式銃の砲身を唸らせながら背後に聳え立つ本社ビルを瓦解させていく。その光弾が線を引き、なぞる様に建物を破壊していく。四方八方、やたらめったに放たれた弾丸が此方側にも飛んでくる。危険を感じた俺は身を潜める。電子音へと変換された老人の声が辺りに盛大に響く。
「高齢運転者を否定する者に粛清を……」
その砲身が一番近い位置で様子を見ていた大卒後輩君の脳天に照準を合わせる。
「粛清を……フヒヒヒ」
小型の九十九、受付嬢を抱える改造老人の股の間から細長い狙撃銃が展開する。受付嬢が涙を流しながら後輩君の名前を呼ぶ。それに為す術なく情け無い声で彼女の命乞いをする後輩君。その股座の砲身が宙に浮かぶ彼女の腿の付け根へと押し当てられていく。
「本当……ざまぁ……みろ!リア充ども……とはやっぱり思わねえな……逃げろ、あんたら」
小型九十九の股間に挿げられた狙撃ユニットが音を立ててコンクリートの地面に転がる。俺の右手には愛用する日立製コードレスインパクトドライバ WXW14DDL5型が握られている。改老の股座に潜る俺は予備のPB SWISS TOOLS製特有の7色揃えられたドライバーの一本を駆動系の隙間に差し込み、その影からもう片方の九十九、その右手に装着されたガトリングの回転機構目掛けて数本それを投擲する。それ、結構値がはるのだがこの際仕方ない。
突然の事態に二M級の九十九達が困惑している。小型の方は動けずに戸惑うばかりだ。その隙を狙い、その腕によじ登り、両手に備えた電動ドライバを駆動させ、主要となるボルトを片っ端から引っこ抜いていく。地雷業界もそうだが流石老舗の日本製工具メーカー、その最新モデルの仕事の早さは違う。会社では中国製の安価な工具が並べられているが、俺は頑なにメーカーものを持ち込んで使用していた。俺は一言、電動工具に謝りを入れてからそれを手放す。大丈夫、落としたくらいでは壊れない。素早く、凡そのボルトのサイズを目視しながら見定めると、六角棒レンチとスパナを素早く手にし、最後のフレームを支えるボルトを手早く緩めると、上がっていた手から蒸気と共に力なく垂れ下がっていく。首を絞めていた指からも恐らく圧は抜けているだろう。咳き込みながら受付嬢が後輩君に支えられて立ち上がる。
「漠土君……」
「お幸せに……行け!」
「先輩もすぐにそこから!」
大型九十九の老改が砲身を俺に向けるが、唸りと煙を上げながら作動しない回転式砲台に戸惑っている。軈て火花を撒き散らしながら暴発するその右腕。
此方を心配そうに見守りながら後輩君がある事に気付き、俺に声をかける。
「先輩!お腹……!」
「あぁ……多分、もう長く無い。流れ弾を食らっちまったらしい」
「そんな!漠土君!」
橙色の作業着がじんわりと紅く染まっていく。小型の九十九の顔に跨ったまま、俺は工具ベルトを外すと、胸ポケットから高額な嗜好品と化したタバコを取り出し、それに火を点けて一服する。
「はぁ……ついてないなぁ……ゲームの続き、したかったなぁ……」
小型の九十九が俺の足を抑え、身動きの取れない様にする。捕まったら最後、無改造の俺は抵抗出来ないのは分かっている。
デカい方の振り上げた腕が俺を叩き潰そうと振り上げられた。
「安心しろ……三重にかけたロックは外している」
その言葉に一瞬、動きを止める九十九達。
遠くでカルナギ地雷の社員達が俺の事を心配そうに見守っている。遠くからは警報音が鳴り響いてくる。あれは治安特殊部隊のサイレンの音だ……これなら仕留め損ねても何とかなるな。
「あぁ……本当、らしくないよな……」
俺は肩がけ鞄を小さい方の九十九の装甲の間に突っ込むと、咥えていたタバコをデカい方の九十九に投げ捨てる。
「まさか俺の方が……爆死するとはな……笑えな……」
俺の足元から眩い光が迸る。それは対改造老人用に開発中の機雷が起こす爆発の閃光だった。その日、俺は身体に銃弾を受け、勤め先の会社と社員を守る為に爆死した。
それが俺の辿る、本来の未来だった。
なんだろうか、この暖かい光は。
俺の体を優しく包む虹色の光は何処か懐かしい気がした。
大切なものは俺にもあったんだ。
境界の女神ボルダナの見せた映像は俺の二日休みが終わり、夜勤から朝勤へと切り替わる三日目に二組の改老達が俺の勤める会社「カルナギ地雷株式会社」へと襲撃にくるというものだった。しかし、元の世界へと転生したら俺は受精卵まで巻き戻ってしまう。その事を伝える術は無い。
目覚めた俺の前で涙ぐむ、虹色に光り輝く女神カルミナ。
彼女が俺の手を優しく包み込み、俺と目が合うと安心した様に微笑みかけてくれた。この女神は俺を轢き殺し、未来を変えてしまった張本人。そして彼女が俺を殺さなければこうして転生者としてやり直す可能性も生まれなかったはずだ。
俺の爆死が無駄では無い様に、きっと俺が轢き殺された事にも意味があるに違いない。
「良かった!目覚めてくれて……」
そう言った女神の顔は青白く、今にも貧血で倒れそうだ。目眩を起こしたのか、亜空間の床に両手をつく虹女神カルミナ。
俺はきっとこの女神に仕える為に死んだのかも知れ……ない?
俺の下腹部から何かが引きちぎれる様な音と共に何かが潰れる音がする。
「あっ?れ?何か柔らかいものが?」
ジワジワと拡がっていく血溜まりの中、俺の股間にあるべきはずのものが消えていた。って、なんで、俺裸なの?
血溜まりの中から掬い上げられたそれを女神が視認した瞬間、その青白い頬がみるみる朱を帯びていく。対する俺の顔からは血の気が失せ、その激痛に言葉すら発する事が出来ない。
……転生者と女神転生者、その圧倒的能力値の差の前に、俺の身体……というか、一部分はもぎ取られた。
カルミナの筋力460から繰り出される所作で、体力28、装備品無しの俺の防御力は28。HP150の俺に<OVER KILL>のダメージを与えるには十分過ぎる一手だった。うん、本当に股間への一撃で男性は死に至る場合があるから、女性の方々はお止め頂きたい。
薄れゆく意識の中、俺が倒れこんだのは虹の女神のお膝元だった。死ぬには悪くない死に場所だ……。こうして俺は婆(美少女)に殺された。(二回目)
俺の異世界冒険譚はまだ始まらないようだ。
[ カルナギ地雷株式会社 改老襲撃事件まであと 二日 ]
用語説明:
<虚亞>
転生前の遺伝子と記憶と経験が詰め込まれた魂の結晶体。転生者の心臓の様なもの。彼等を覆う肉体は擬似的なものであるが、前世のそれと何ら変わりない。この虚亞が破壊されると、担当した境界の女神の所で最復活する。虚亞が生きている場合は条件さえ満たせばその場で復活が可能。尚、女神は総じて虚亞を元に転生者を復活させる事が出来る。女神候補生では出来ない。
<改老>
正式名称、強化型改造老人。政府への免許返還義務が生ずる70歳前後の世代が大半を占めている。高齢運転手に多く、その約半数が何かしらの改造手術を行なっている。その中でも車の乗車に固執し、国からの勧告、最後通告無視し、武力を対抗手段とする老人達。そのありあまる貯蓄と税金の補助を悪用し、武装した老人。他にも襲撃型、俊速型、狙撃型、耐久型など様々な改造を施されている。武装した老人達は全身改造が大半を占め、それはさながら……ターミネーターのようである。
『忘れるな、幾多の思い出!奪われるな、我が半身!還るべきは……あの乗り心地!』
それは高齢運転者の鉄の魂に刻まれた痛みの言葉である。
<九十九>
人体の99%、脳以外を改造された老人を指す。正式名称は強化型改造老人99式。普段は擬態していて見た目では分からないが、裏返る様に鉄の攻殻を纏った悪魔の様な姿への可変機構を備える。