そして扉のベルが鳴る
「……で、コイツぁどういうことだってんだよ……!!」
―――AM6:00、仲介酒場オール・ド・オウルの朝は早い。何故ならこの怒号が許される。
命辛々酒場へ戻った私を待っていたのは、何故か調理場で食器の山を洗う公安の駄犬、バーナードの姿であった。
「流石に今はやめてくれ…喧しい声が傷に響く…」
「待ってくれ待ってくれ!突っ込みどころが多すぎんだよ!!なんで傷だらけなんだよ、なんで片腕無いんだよ!なんでそのガキを担いで来てんだよ!!んで、なんで裏町のクズも一緒にいるんだよっ!?」
「アル的には…あんたがそこにいるのが一番不思議なんだが…?」
「オレだって聞きてぇわそんなもん!!!!」
あーあーやめてくれ…朝からその声を聴きたくないんだ…しかも二日連続とか、災難にも程がある。
「大変っ!大丈夫なのアルちゃんっ!?」
「ああピナコもいたのか…とりあえずあの駄犬がいるのが一番気になるんだ…が…?」
「アブナイって!!フラフラじゃないの!とりあえずそこに横になりなよっ!」
「ああ…助かる」
そう言うとピナコは甲斐甲斐しく私を近場のソファー席に寝かす。普段の彼女は注文片手にセクハラ客を脚で蹴り飛ばす剛の者だが、傷を負った人にはとことん面倒を診てくれる…口だけの無能保安官と違い、ピナコは天使だなぁ。セクハラしたくもなるものだ。
「その…寝てる子は…?」
「ああ、怖がらなくていい…今は落ち着いてるから、どっかで手当てしてやってくれ」
「…でも、この子って…」
…まあ、そうなるよな。昨日散々この店で暴れたんだ。また暴れだしたら、今度は止められる奴もいない。警戒して当然だ。
「大丈夫だぜピナコちゃぁん。コイツを見なよ」
「え、ガズベルグさん?これは…」
「『契約書』だ。今ソイツぁそこに書いてあることを『守らなくちゃいけない』ようになってる」
抜け目のないヤツだ…こいつはミラルカが寝ているのをいいことに、新たに発行した契約書に無理矢理指印を押させた。こいつの隣では絶対に眠りたくない。
「えっと…
『第一条・ガズベルグ及びアルジャーノンと友好関係にある人を決して襲わない』
『第二条・器物破損、及び確定的な殺人行為を禁ずる』
『第三条・アルジャーノンの半径20m外への単独行動を禁ずる』
…これ本当に大丈夫です?」
「ああ、大丈夫だろう。そこに三人分の指印が付いてるだろ?」
「そうですか…なら、仕方ありません。この子には店をメチャクチャにした罰がありますから!早く治して働いてもらわないと!」
おいおい雇う気かよ…面倒な事にならなきゃいいが…。
「って言うか、ちょっと待てよオマエら!!そこのガキはオレの依頼のターゲットだぞっ!?なに自分らで盛り上がってんだよ!!」
洗っていた食器を置き、カウンターを叩く音と共にバーナードが声を張り上げる。
そりゃそうだ、こいつは実際に奴のターゲットで、こいつを持ち帰って拘留所にブチ込むのが仕事。
雇わせるだの引き取るだのと言ってる場合じゃない。いつ起きるかも分からない今が絶好のチャンス、駄犬にとっては喉から手が出るほど捕まえたい相手だ。
そんなことを知らなかったピナコが絶句し、場の空気が一変する。ミラルカに向けて個々の視線が集まり、その中でカウンターを飛び出したバーナードが彼女を拘束しようと歩み寄る…。
「ま~ぁ待てよ、公安のオニーサン」
ドカリと椅子に座り、テーブルに足をかけたガズベルグが契約書片手に水を注す。
この場の誰よりもだらしなく、胡散臭く、信用も無いくせに態度だけは人一倍デカい。
「お前はこのガキの拘束を『誰に』依頼したんだ?」
「…何が言いたいんだ」
「依頼主は依頼先に『信用』を持って仕事を頼むもんだぜ?仮にお前が今ここでコイツを拘束して連行した場合、お前に依頼を頼まれた側は仕事の完遂が不可能になっちまうだろ?そこの間に成り立っていた『信用』はどうなっちまうんだ?どうなっちまうと思うんだぁ?」
…あーなるほどね。『こっち』の道理に駄犬を引きずり込むのか。
駄犬と私達じゃ生きている世界が違う。あっちは保安官で、こっちは傭兵。それぞれの世界で仕事に対するスタンスの差ってのは出てくるもんだ。そこでその矜持を振りかざす。勿論向こうも矜持を持って仕事してるんだろうが…まあ相手があの詐欺師ならいいように言い包められて終わりだろう。
「…凶悪犯を前に、そんな道理がまかり通るかよっ!」
「元々こっちの道理に首突っ込んできたのはお前だろう?お前がそもそも、治安維持にならず者どもを利用するなんて発想を思いつかなきゃぁ、お前はも~っと強気に出られたんじゃあないのかい?」
「それが一番やりやすかったんだよ!アンタらみたいな連中はいくら取り締まっても湧いてくるからなぁ!」
「その結果が『そいつ』なんだろぉ?だったらこの街を俺達に任せた時点でお前の負け、だ。大人しくこっちの道理に従ってもらわにゃあ困るってんだ」
「…だからと言って見過ごせるわきゃ無ぇだろう」
「そうだよなぁ~、こんなんが野放しな限り俺らも危ないのはそりゃ~ぁ事実だ。だから俺から提案がある…ほらそこで寝っ転んでるお狐さんよぉ、言いたいことがあるんだろ?」
このタイミングで私に振るのかよ…「俺から提案」じゃねぇじゃん…。
…まあ、どの道この問題には解決策を提示しなきゃならなかったんだ。口下手な私が何か言おうものなら話があらぬ方向へ流れていたやもしれん。詐欺師が『傭兵の道理』っつー落としどころに持って行ってくれたのはある意味ファインプレーだ…惜しむらくば詐欺師だから一切信用が無い部分だけか。
私は片手をプラプラと掲げ、焦りに震えるチキンドッグをこちらに注目させる。
「あー、あのさ…そいつの案件をアルが引き受けようと思ってよ」
「案件を引き受けるだぁ!?さっきまで道理だなんだと言っといてそりゃアリかよ!?」
「まぁまぁ待てよ、そーいう事じゃねぇんだわ…」
やっぱり今喋んのはダメだったみたいだ…元々口下手なのに脳みそまで回ってねぇとここまで冴えない言葉しか出てこないとはな…。
まあいいや、順を追っていけばどういう事か分かるだろう…息と脳みそを整え、さて『交渉開始』だ…。
「えっと…まず話すけど、コイツは今のままだとまた拘留所から脱走するぞ?」
「…そりゃ能力が問題なのか、それとも別の問題か?」
「能力の問題だな。アルの見立てだと転送能力だ…それもごく限定的な代わりに恐ろしく高精度のな」
「そしてそれを調べようとすることすら許してくれない…と」
「詐欺師の『契約書』で多少動きを制限したと言っても、それが足枷になるかと言われたら難しい。今の条件を絶対遵守できる保証もない」
「…それがオマエが片腕を失ってまで得た確信か?」
「あ~…うん。まあ、そんなトコだ…」
本当は違うが、まぁ上手い方向に誤解してくれたなら御の字だ。バーナードには今私以外からの情報源がない、つまり私の発言を信じるしかできない。…これはアイツが私に好意や信頼を寄せているからできることであり、そして無くなった左手が勝手に説得力を持たせている…こんなんだから騙されるんだよ、オマエ…。
「で、さっきそこの詐欺師が言ってた『道理』に則ると…アンタの依頼先、ハーティンがコイツを捕まえるのが望ましい」
「だからオマエはこいつを渡せねぇ…と。ハーティンが捕まえに来るまで、オマエがこいつを監視するっつーことか」
「そこを履き違えちゃいけねぇんだよ。ここからが重要なんだ」
今までのは前提条件であり口実だ…今からが、私の本音。
横になりっぱなしも気が引けるから、多少無理にでも起き上がる。うん、さっきよりはだいぶ楽にはなった。
…さて、本題に入ろうか。
「アルは別に監視する訳じゃない。コイツを『育成』する」
バーナードは「はぁ!?」と言った表情を浮かべその場に固まる。
ガズベルグはこちらを目視せず、口角がニヤリと持ち上がる。
会話に着いていけてないピナコは、何故だかその場で小さな拍手を叩いている。
…いいねぇ、面白い。相手の不意を突いた時みたいな、こういう反応が好きなんだ。
「ちょ、ちょちょちょちょ!?オマエ今なんつった??」
「まんまの意味だよ。そこのウサギはこっちで教育する」
「どういう風の吹きまわしだ…如何にも子供嫌いそうなオマエがか!?」
「見た目で決めつけんなよ子供の扱いには慣れてるってぇの。そーいうデリカシーない事言うからモテねぇんだぞ理解しろよ…」
体力に余裕があったら部屋に転がってるマガジンやら薬莢やらを転送して放り投げているところだった。疲れ果てて能力を使えないのを幸運に思ってほしい。
「コイツはまだ『獣』なんだ…自分がどんな奴かすら、命の値打ちすら分からない…仮に牢にぶち込んだとしても、最悪また暴れだす。だから誰かがそいつを教えてやんないと、根本的な解決にはならない」
「…なるほどね。だからその育て親になろうと?」
「そういうことだ。幸い、何故かコイツはアルのことを気に入っているらしい…んで、もしコイツにちゃんとした価値観が芽生えた暁には、大人しくアンタらに引き渡すよ…ハーティン伝手にな」
そう言うとバーナードは溜息交じりにカウンターへと戻る。
無言で皿洗いに戻り、暫くして口を開いた。
「…ハァ~、悲しいねぇ…好きだったコが結婚して、子供が生まれたような虚無感だ…まさかオマエからそんな言葉が出るとはなぁ…悲しいねぇ」
「勝手に旦那がデキたような妄想はやめてくれよ」
「…いいかアルジャーノン、オレはお前の師匠も、お前の師匠の一番弟子も知ってんだ。お前の師匠を悪く言うワケじゃねぇが、そこのクソガキを一番弟子のようにはさすなよ」
「……分かったよ。じゃ、これで『交渉成立』だ」
ここまでの話を聞いていたピナコが大手を振って飛び上がる。「やったーーー!」と歓喜を上げているが…多分コイツはなにも分かっていないし考えていない。
一方のガズベルグは、そっぽを向いたままそこらへんにあった新聞を読みふけっている。とうにこっちの話には興味が無くなったのだろう。アイツはこういった『いい感じに纏まる』ことが大嫌いなのだ。引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、いいとこだけの蜜をすする…それがアイツのやり方だからな。
そんなこんなを考えていやら、チャリンと酒場の扉が開いた…。
「ほほほ、いやはや遅くなってしまい申し訳ありませんね」
「あっ!店長おかえりー!!」
「おいマスターっ!なにが『すぐ戻ります』だぁ!?全然戻らねぇじゃねぇか!!!?」
そこには店主モリソンの姿。普段は営業中に店を開けるなんてしない彼が一体どこに行っていたのだろうか…徘徊だろうか?やっぱ老人は脳細胞が死滅しているのだろうか?
「いやぁ、もう少し早く戻る予定だったんですがね…あら、アルジャーノンさんにガズベルグさん、それに…その方は昨夜の女の子ですねぇ。皆さんも何故こんな朝早くに?」
「ああマスター、大して気にすんな。ただちょっと一仕事終わった後だからくつろぎに来ただけだ」
「そうですかそうですか、あまり深くは聞かないでおきましょう」
「…ヒッヒッヒ、相変わらず喰えねぇ爺さんだなぁオイ」
「はて、なんのことですやら…?」
「それよりマスター!なんでそんな遅れたんだよぉ!?どれだけ大変だったと思ってやがるっ!!」
「ああそうでした!それがですね、つい先ほど珍しいお客様にお会い致しましてね…」
そう言ったモリソンの背後、酒場の扉がもう一度チャリンと鳴った。
そこに現れたのは大きな影…肩幅の広い屈強な体格の男性…。
「…よぉ、元気だったかお前ら」
「………なっ!?」
燃え盛るような赤い鬣、身の丈ほどもある巨大な剣を背負ったその姿…忘れるはずもない、最高に頼もしく、最高に憎い恩師の姿…
「レンドロスさん!?」
「おおっ!バーナード元気だったか?保安官やめて料理人になったのかっ!」
「い、いやっこれは違うッスよ!?だってマスターが…!」
「ほっほっほっほっほ」
「マスターなに笑ってるんすか!?早く交代してくださいよ!?」
「ねぇレンドロスさん今までどこ行ってたの?」
「おおピナコ!暫く見ないうちに可愛くなったじゃねぇか~いいねぇいいねぇ!」
「そういうのやめてくださいよもぉ~!蹴って追い出しますからね!?」
「はっはっは!いやぁ久しぶりに会ったんで浮かれちまったぜ…おおガズベルグ!お前は相変わらずだなぁ!!」
「………」
そう言って男はガズベルグの座る椅子を後ろからガタガタと揺らす。ガズベルグはそれに一切反応を返そうとはしなかったが、後ろ姿からでも分かるくらい嫌な顔をしていることだけは分かった。
「はっはっはっは!…さて」
「………」
バーナード、ピナコ、ガズベルグと来て、最後は私だよなやっぱり…。
全く、面倒臭いタイミングで出くわしたモンだわ…。
「…元気だったか、アルジャーノン?」
「こんな状態だぞ元気な訳ねーじゃないの」
「はっはっは!それもそうか!」
「…で、なんで帰ってきたワケ?」
「そりゃあ、オレの愛する愛弟子が元気にしてるか気になったからよ!」
「…ハンッ、どーせまた重要な場面でトチっておめおめと逃げてきたんじゃないの?」
「ハハハッ、口の悪さは相変わらずか!」
「んで、聞きたいことはそれだけ?」
そう聞き返すと、暑苦しいほどにこやかだった表情が少し涼しくなった。
…まあ、私に聞きたいことなんて一つしか無いわよね。
「…相変わらず傭兵は続けてるのか?」
そう、その質問しか無い。
だから今こそ、長年したためていたあの言葉を、昨夜の出来事があった今だからこそ言えるあの言葉を、臆することなく胸を張って言ったのだ。
「…少なくとも、アンタよりは良い傭兵になったつもりよ。散々アルを罵倒したアンタに『ザマアミロ』って言えるくらいにはね」
そう言うとレンドロスはニッっとした笑みを浮かべ、「そうかっ!」と言って私の頭をグシャグシャとかき回した。…なにがそんなに嬉しいのかは分からんが、少なくともアンタの期待には応えた筈だよ、レンドロス。
「さて皆さん、お仕事疲れでへとへとでしょう。長らく店を空けた借りもありますから、今日は朝から奮発致しますよ!」
「おおっ!流石マスター太っ腹だねぇ!」
「それよりオレの皿洗い代は出るんだろうな!?なぁ!!」
「はいはーい!ご飯運んでくるから、みんな自分のテーブルくらいはキレイにしてねー!」
「あ~オレァいいや、軽くコーヒーだけ頂くぜ」
―――AM8:00、仲介酒場オール・ド・オウルの朝は早い。何故ならこの歓声が許される。
この歓声の中でフワッと目を覚ました『相棒』と一緒に、私アルジャーノンの新たな『傭兵生活』が幕を開ける―――。
――――――第一部『私の名前はアルジャーノン』END―――――――
はい、銀狐のアルジャーノンこれにて一旦シメでございます!お疲れ様です!
さて、まずはこの銀狐のアルジャーノンですが、最初に投稿したのは二年前の七月、実際にはさらに前…三年前の冬から書いていたこの作品ですが、二年のブランクを経て漸く一旦の完結を迎えることができました。当時から追っててくれた人には本当にお待たせしましたと、そして新たに知ってくれた人にはありがとうと言いたい気分です。
ことの始まりは本当に些細な、脳内にあるキャラクターに性格付けを行うために書いていたものだったのですが、知らぬうちに名前が付いて口調が定まり、設定が生まれ、その周囲の人物との交流やルーツ、世界観などを書くに発展していきました。その結果、至らない文面ではありますがこうやって『物語』として再現できたのは大変嬉しく思います。まだまだ取り残した伏線やらイベントは数多くあるので、このまま第二部も書いていけたらいいなと思っております故、もしお暇があれば、今後ともよろしくお願いいたします。
さて、次回の投稿ですが、今までの内容をおさらいし、キャラクター設定や世界観、補足事項なんかを説明するコラムを作れればいいと思っています。なかなか活躍させられなかった方々や、なんだかよく分からない動きをしていたキャラも多いので、そこらへんも解説できたらいいなと思っております。
では、また次回の投稿でお会いしましょう。改めて、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!!