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銀狐のアルジャーノン  作者: みょみょっくす
第一部 私の名前はアルジャーノン
7/33

銀礼

―――覚えていたのは、ほんの僅かな記憶だけ。ある雪の日の、桜の季節の記憶だけ。まだ私が"アルジャーノン"になる前の、そんな些細な記憶だけ。―――




「銀礼よ、あまりはしゃぐと迷子になるぞ」

「へへ、大丈夫だよお母さん。あまり遠くには行かないから」




そこには無邪気に笑う一匹の狐がいた。

銀礼と呼ばれたその狐は、齢九つを迎えたこの日、母と共に主神を奉る神社へと足を運んでいた。


『選別の儀』―――幼子の属性を決める、狐の世界でのしきたりの一つ。この世界で、自分という存在を決定付ける儀式である。



狐霊は現世での長い生の中で性質が変貌した、云わば「転生体」である。狐として現世で生きた記憶を封印し、その魂のみを変容させる。人を模った霊体には知性が備わり、一時的に記憶を抹消することで新たな姿を魂に定着させる。本人が元はただの狐であったことは理解していても、生前の記憶、自身の行いを真っ当に覚えているものは少なく、狐霊として転生してしばらくの間はその地位や関係性に平等が保たれている。


しかし、ここから彼らの後生…霊としての昇華の過程を定めるに措いてはその生前の行いを基準とする必要がある。それを決めるのが『選別の儀』。

生前の己が人々から崇められ信奉されていたのなら『善狐』へ、恐れ畏怖されていたとしたら『野狐』へとその霊質が変化する。過去の己の所業も認め受け止めることで、初めて狐霊として一人前となるのだ。


これを決めるのは我ら狐霊の最上位として君臨する天狐の一人『九天』。

過去と未来を同時に知覚する能力を持ち、その力を持て『選別の儀』を執り行う稲荷神。

これから銀礼が赴く神社に住まう狐霊達の神である。




「…ねぇお母さん、お母さんは善狐なんだよね?」

「ん?そうだぞ、私は善狐の素質を受けた。まあ、そこまで地位は高くないがね」

「ふーん…そうなんだ。」

「…?どうした、何か不安があるのかい?」

「私、善狐になれるかなぁ……」




銀礼の抱く不安は真っ当なものであった。この世界でも信仰の対象である善狐と、人々を脅かす野狐とではその待遇の違いは明らかである。神が決めた定めだとしても、人格を持ってしまった以上悪しきものを煙たがる文化というものは根付いてしまう。

そして何より、その境遇の違いから銀礼は母と引き剥がされてしまうことを最も恐れていた。


銀礼の母『蜜葉』はあくまで一介の善狐である。しかし彼女が属する家柄は善狐の名門『稲月家』。

これまでに多くの優秀な狐を輩出し、その善狐出生率も極めて高い。無論、そんなものはただの偶然であり、確率の気まぐれによるものである。

しかし、そこにプライドを持つ一族であることも確かであり、少ない事例ながら生まれた野狐が如何なる末路を辿ったかも大方に見当が付く。蔑まれた者、出奔した者、絶縁された者、そして謀殺された者…。

どんな有様であれ、少なくとも親子としての関係を続けることは不可能であり、そしてそのしわ寄せは近縁の親族にまで至る。いずれにせよ、野狐と断定されることに良いことなど何もないのだ。


そしてもう一つ、銀礼の不安はその髪色であった。

彼女は生まれながらに青白い銀の髪を持って産まれた。これは稲月家にとって初めての事例である。

稲月家は代々、基本となる黄土の髪色を持つ狐霊しか産まれてこなかったのだ。

本来、銀や白といった髪色は高い妖力の素質があるものに発現する、希少価値の高い代物である。

実際は敬われるべき代物なのだが、裏を返せばそれだけ周囲より浮いているということである。人が異物を好まぬように、銀礼の一族内での扱われ方も他の者達から一歩置かれたものだった。同年代からは常に目の敵にされ、大人たちの視線は冷たく、その人間関係は余りにも淡白なものだった。

この経緯から分かるように、彼女が頼れる人物は、身内のごく一部に限られていたのだ。




「…なんだ、そんなことで悩んでいたのかい」

「で、でも、もし私が…」

「まあ落ち着きなよ」




蜜葉は取り乱しかけた銀礼の頭にポスンッと手を置く。




「心配しなくとも大丈夫さ。私も、私の母も、そのまた母も、その母もその母も、みんな善狐だったんだ。貴女だけを除け者になんかしないさ」

「で、でもぉ…」

「何が不安かね?貴女にはこの立派な銀髪があるじゃないか。これは貴方にしかない特別なお守りさ、何があっても乗り越えられる。親の私が言うんだから、自信をもって行ってきなよ」

「…うん。お母さんが言うなら、大丈夫だよね」

「ああそうさ。私が見守ってんだから、きっと大丈夫さ」




蜜葉は彼女の心の不安…自らのコンプレックスを逆手に取り、彼女を宥める。

銀礼はその頭に置かれた母の手をぎゅっと握り、母に対して決意を決める。彼女の不安が、その手を通してすうっと抜けていくように、強張っていた表情が柔らかさを取り戻す。

社へ続く道の一つ目の大鳥居、そこから先は儀式を行う者しか進めない…そう聞いていた彼女は、大鳥居を臨むその瞬間まで、蜜葉にひしと掴まり、その大きな温かさを感じながら歩んでいった。

…しかし、そんな時間も長くは続かない。




「…すごい風」

「ここから私は付いていけない…貴女一人で行ってこれるかい?」

「…やっぱり、ちょっと怖い」



目前に見えた一つ目の大鳥居。そこから先は今以上に強い吹雪が吹いている。鳥居を隔てるようにして吹くその風はまるで障壁のように一寸先の景色すら写さず、通るものを拒むかのような向かい風が足元を竦ませる。



「…全く、貴女は本当に怖がりさんだね。さっきの言葉をもう忘れたかい?」

「さっき…の?」

「そう、貴女にはこの私と、その立派な銀の髪があるじゃないか。その髪は私からの贈り物、」

「うん、大丈夫。私は絶対認められるから」

「その心意気だ。…私はここで待っているよ。うまくいくように、ここで祈ってるから」

「アリガト、お母さん。…じゃ、行ってくるね!」




最後にもう一度、頭をポンポンと叩いてもらう。これは彼女が落ち込んだ時、いつもやってもらっていたおまじないだ。それを受け取り、笑顔の戻った銀礼は、後ろに大手を振り吹雪の鳥居の中にその歩みを進めていった。しばらく歩くごとに背後を確かめ、母がいることを確認しながら、その姿が見えなくなるまで、大きく手を振り歩いて行った。


辺り一面が真っ白になってしばらく、目に付くものは延々と続く石畳と、そこに架かる無数の鳥居。導くように均等に設置されたそれに誘われるように、銀礼は独りぼっちの徒路を行く。銀礼の背に、じわじわと孤独が押し寄せる。

それはまるで背に置いてきた母の姿が、ゆらりと肩に取り憑くようで。

笑顔で見送るその顔が、この歩みの先で曇るような気がして。

彼女は一歩、また一歩、その足を鈍くする。



やがて彼女は完全に足を止めた。その時になって漸く気付いたのだ、自身が歩いていたはずの鳥居が、石畳が、その足元に無いことに。銀礼は完全に、この吹雪の中に取り残されたのだ。



「ここ…どこ…?誰もいないの…?」



いるはずがない。

ここは『断界』。神の社と狐霊の世界とを繋ぐ、云わば次元の狭間である。人の世が神の世と隔絶されているのと同じように、狐霊もまた神との直接接触は出来ないのだ。今回のような選別の儀など特別な祭儀の際にのみ、その神の下へと道筋が現れる。そしてその道筋を違えたとなれば、それこそ神にでも願わぬ限り元の世界へ戻ることはできない。



「ねえ…お母さん…神様…助けて……」



途方に暮れる。彼女はこの時、断界の存在を、そこに踏み入れたらどうなるのかを教えられてはいなかった。

どうしたらいいのか、何をすればいいのかが分からない。

一面の吹雪は途切れる事なく、その寒風は彼女の意識を摩耗させてゆく。

怖い、辛い、悲しい、苦しい、寂しい。

一人の幼子に幻を抱かせるには、それはあまりにも充分すぎた。



…チリンッ…



蹲る銀礼の耳に、微かな鈴の音が聴こえた。

何にでもすがりたかった、誰であろうと助けてほしかった。彼女はその鈴の音が鳴った方向を、聴き漏らしはしなかった。彼女は前も後ろも分からぬ吹雪の中を、一目散に走った。

やがてその鈴の音は多く、大きくなってゆく。シャン、シャンシャンと鈴が鳴る度に、彼女の心には一縷の希望が芽生えていった。その鈴が鳴る度に、彼女の顔には笑顔が溢れた。やがてその眼前に、吹雪の隙間から刺す光が見えた。彼女はその光に、飛び込んだ…。




「…ほう、汝が『忌子』を産み落とした者か。」

「はい…」



銀礼の目の前に映っていたものは、まるで塔のように大きな朱色の神社と、そこに佇む白き衣を着た狐だった。見たこともない九つの尾は琥珀のように輝き、周囲を照らす天の光よりも眩く、優しく輝いている。今まで見たどの狐霊よりも美しく、優しく、儚く、そして恐ろしい。

銀礼は直感する、彼女こそが稲荷神、九天なのだと。

そしてその傍らには、自分たちと同じ一匹の狐霊の姿があった。九天となにかを話している様子であったが、遠目から見てもその表情はどこか暗めに見える。



「名門ともあろう者が、かような不運に見舞われるとはな。その先は言わずもがなだろう。」

「はい…野狐は地に伏し上るべからず、忌しき因果は淘汰されるのが道理…これは我が一族の掟でございます」

「…して、それを知りながら何故我を訪ねたと?」

「私は、死にたくはありません」



そんな会話を遠目から見守る。

今にも九天の元へ駆け寄り、断界で味わった寂しさを紛らわせたい銀礼で気分であったが、九天と相談を持ち掛ける狐霊まだこちらには気付いてなさそうで、その会話に割り入るのも憚られた。

狐霊のほうの相談は野狐の因子を生んでしまったがための一族迫害の恐怖を訴えるものであり、その姿に銀礼はどこか同じ面影を感じていた。会話の内容は小難しくも、その仕草や言動には、彼女に通づるものがあったのだろう。



「カッハッハ。運命とは避けられぬものだと知っておろうに、実に滑稽だ。」

「意地汚くともなんでもいいです…でも私と、私の子供はなんの関係も無いじゃないですか…!」

「ほう。自らの赤子をそこまで下卑にするとはな。母として勝手極まる横暴だ。」

「所詮私達は神になるための試練を受ける器でしかありません。腹を痛めたとて、それが真に我が子であるとは言い得ない」



母と思われる狐霊から出てくる怨嗟の数々…それは遠目からでも、銀礼の背筋を凍らせるには十分な程だった。

そこに母の愛は感じられず、そして母の愛のみを受けて育ってきた彼女からすれば、ありえない発想だったからだ。それと同時に、この世界には私よりも不遇に見舞われる人がいることを知り、自分がそこはかとなく幸運の下にいることに少しばかりの優越感を得ていた。



「なるほどのう…。お主の考えも一理あるようじゃな。その薄汚い心根に免じて、汝に面白い提案を授けよう。」

「…!それは一体…?」

「簡単じゃ。その忌み子が齢九つを迎えた刻、この『神霊の御神渡り』を渡らせよ。それにより、汝を忌み子の呪縛から解放させてやるとしよう。」

「それは、本当なのですか…?」

「さぁな。それを決めるのは我ではないからな。」



その時、九天の目が一瞬銀礼に向けられた気がした。勿論、彼女は九天の目の動きを捉えられるような距離にはいない。だがしかし、遠目から二人の会話を見るだけだった彼女が、急に会話の最前列に引き摺り出されるような、そんな違和感を感じたのだ。

―――その後も二人の話は刻々と進み、次第に母の狐霊の口数が少なくなってゆくと、最後に九天に深々と頭を下げてから後退り、体を反転させて銀礼の方へと歩いてきた。今まで会話に夢中…というか九天の佇まいに釘付けだった銀礼は、今自分が立っている場所が参道だと、その時漸く認識した。




「…えっ?」



それは一瞬だった。参道を帰る母の狐霊、彼女が銀礼の横を通り過ぎる瞬間だった。

―――その香りはいつもの母のものであり、その顔には母の面影があった。しかし彼女は銀礼のことなどまるで眼中にない、認識していないようなそぶりで、一瞬たりとも目を合わすことも、言葉を交わすこともなく、銀礼の横をすり抜けていった…。



「あの…お母さ……?」



後を追おうとすかさず振り返る銀礼だったが、そこには人影一つなく、ただただ鼻に付いた母の匂いが残されるのみであった。



「さて。そこの童よ、汝が用があるのは我ではないのか。」



振り返った背後から、神の声が木霊する。

銀礼は向き直り、その権威に怯えつつ、そして先程の出来事に不満を抱きつつ大手を広げる九天の下へと、恐る恐る近付いた。



「あ、あの…さっきの話って…」

「ほう。なんだ全て筒抜けであったか。あれは今より…いや、違うか。」



そう言って袖を口に当て、クスクスと笑う九天。何がおかしいのか、何が不思議なのかが銀礼には分からない。



「ふぅ。あまりにも滑稽な出来事だった故な、少々可笑しくなってしまったよ。改めて、ようこそ神の社へ。九年後よりご苦労だな、忌み子銀礼。」

「九年後…?」

「そうだ。どうやら汝は『断界』へ堕ちたようじゃな。ここは本来の汝が行き着く『九年後の社』ではない。」

「なんで…そんな所へ…?」



あまりの出来事、そして九天の威厳から、思考がまっさらに洗われる銀礼。その表情があまりにもおかしかったが故か、九天はまた袖を口に持っていきクスクスと笑い始める。



「カッハハハ。汝は面白い顔をするのぉ。久しぶりに笑いが起きてしもうた。いやぁ~愉快愉快。」

「あ、あのぉ…」

「ハハ…。そうじゃったな。まずは汝がなぜここにいるのかを教えねばなるまい。ひとたび『断界』に落ちれば助かる術無し。此方を自由に移動できるのは神だけだ。」



そう言って九天は掌を打ち合わせると、その場に簡易的な図を展開する。これは彼女の妖力により形成された、狐霊界と鳥居門、そして神の社を繋ぐジオラマのようなものだった。



「『断界』は云わば次元の歪だ。過去、未来、そして現在に至るありとあらゆる時間がない交ぜになっている。ここを整理し、汝らがいるべき時間の順列を正すのが神の仕事の一つでもある。」



銀礼は聞いたことがあった。

神はどの時間にも存在し、どの時間にも存在しないと。神には過去や未来といった概念がなく、その全てに同時に干渉できると。だから『時間の流れる』世界には存在せず、そこから切り離された別空間に住処を作る。



「ここに何も持たぬものが踏み入れた場合、時間という時間に魂が霧散し、その存在を保てなくなってしまう。外界の用語において『ぱらどくす』なるものもこれの一つの形と呼ばれておる。」

「ぱらどくす…?」

「順列に並べられた時間の中をある事象が逆行することで、その時間の流れを変えてしまう現象のことだ。フフ…何を言っているのか分からんという顔だな。」



さっきまでの威厳はどこへやら、細かく解説をする九天は非常に物腰柔らかな様相をしていた。

まるで赤子をあやすような表情に、銀礼の恐怖心も少しずつ晴れていく。

…ただ、相変わらず銀礼には話の内容がさっぱり理解できなかった。




「しかし、『強い神性』があるものは近からずも遠からず、その存在を保ったうえで時間の波に定着できる者もおる。そういった者達は、指標となる縁を結ぶことでそれを成し遂げている。」

「…それって」

「汝が『断界』に堕ちたのは事故かもしれぬが、その神性と母との縁があったからこそ、こうやって我に合流することが叶ったのだ。」

「じゃ、じゃあやっぱり」

「ご明察。先程我と言の葉を交わしたあの狐霊…彼奴は紛れもなく汝の母、稲月蜜葉だ。」

「…‼」



その言葉を聞くと同時に、銀礼の顔は苦虫を噛み締めるような複雑な表情へと変わった。

嬉しいと同じ半面、先程の会話は紛れもなく銀礼に向けられたものである。それを信じきれない、信じたくない思いが、余計に彼女の中の不信感を強くした。

その顔を見て、九天もまた笑いのない表情へと逆戻りする。



「…さて。本題に入ろうか銀礼よ。」

「…お母さんが言っていたことは、本当ですか…?」

「本当ではない。と言ったらそれは嘘だ。そして少なくとも、我も汝を危惧している。」

「…どうして…どうしてですか…!だって、この髪の毛はお守りだって…お母さんはいつも私をっっ‼」

「…これを見ても、汝は彼女を『いつものお母さん』だと思うかな?」



そう言って九天は、その掌に外の世界の情景を映し出した。そこには吹雪の中の大鳥居…銀礼が母と別れたあの鳥居が映し出されている。

「ずっとここで待っている」―――そう言っていた母の姿は、もうそこには居なかった。



「そんな…なんで、お母さん…」

「…蜜葉は初めから、汝を捨てるためにこの鳥居を潜らせた。滑稽な話だ…。」

「じゃあ、今まで私を育てたのは…」

「全て演技だろう。忌み子として生まれた者を、心から愛せる者などそうそういない。」

「…私の、お母さんへの気持ちは…?」

「水泡に帰すだろう。蜜葉も罪深いものだ、齢九つの童にここまで背負わせるなどどはな。」

「…神様」

「なんだ。」

「なぜ私を、こんな目に…?」



もうそこには、母を敬愛する銀礼の姿はなかった。

好意は反転し、絶望へと裏返る。初めから誰からも愛されてはいなかった…冷めきった彼女の心が、彼女の憎しみを奮い立たせる。



「汝の産まれた『稲月家』が、上層でなんと呼ばれているか知っているか?」

「…知らない。そんなこと、教えられたことない…」

「…フフ、『凡夫』だ。特段優れたところのない、褒めるべき点のない者のことを指す。」

「そんなひとたちのところに、わたしはうまれたの…?」

「そうだ。優れた神性を持ちながら、忌み子として厄介まれ、挙句捨てられた汝は、褒められない愚か者共に淘汰されたのだ。」

「…そうなんだ…ねえ、かみさま」

「どうした?銀礼」

「…おかあさんに、りっぱになったわたしをみてもらいたい」

「…良いだろう。その猛々しい姿を、しっかり見てもらおうか。」



この時、銀礼は気付いていなかった。

その姿が、もはや人ではないことに。

灰銀の体毛を逆立て、四本の脚がその巨躯を支える、巨大な狐…いや、見え方により『それ以外』にも見える獣と化していた。



「さあ、行ってこい銀礼。その姿で、汝を愛さなかった愚か者に挨拶してきなさい。」



そう言って九天は彼女を唆し、銀礼は参道を逆戻りしていった。

彼女は神ではない、しかしその神性と縁によって断界を超え、彼女のいる時代へと舞い戻っていった。

巨躯を揺らし、立ち並ぶ鳥居を破壊しながら彼女は憎しみの裏側にあったある記憶と対面していた。



ある雪の山奥で、一匹の小狐が、青白い体毛の狼と交わる


腹を大きくし、横たわる小狐の腹を食い破って表れた青白い狐


青白い狐はその山の狐たちの長となり、人間の集落を襲った


人間はその姿と強さに感服し、青白い狐を土地神として祀った


やがて青白い狐は供物を要求するようになり、毎年集落から一人を生贄に捧げさせた


しばらくすると集落の限界化が進み、次第に衰退していった


集落がなくなると、今度は部下だった山の狐たちに謀反を起こされた


最期は、山の狐たちに手足を千切られ、雪山に放置されて孤独の中で死んだ



…これが、銀礼の生前の記憶。

彼女は産まれてからずっと、愛されるべき存在ではなかったのだ。

彼女はずっと、産まれる以前からずっと、畏怖されるだけの獣でしか無かったのだ。

そして、それを理解した瞬間から、人としての彼女の記憶は、心の奥深くに沈められた。




――――




暗闇の中を彷徨った。その暗闇は、心の闇か、果たして次元の狭間なのかすら分からない。

覚えているのは、稲月家を襲った最中、現れた九天が私を拘束し、何かを唱えていたことだけだ。

その後はボロボロになって、気付いたら真っ暗の中をただ歩いていた。

お母さんは死んだかも知れない。それすらも、朧げな思考の中では分からなかった。

私は、最初からあそこに産まれてはいけない存在だったんだ。



歩き疲れて、もう何も考えられなくなった。丁度いいところに立札が立っている気がする。そんな幻覚かもしれない。


まあいいや、少し背もたれにさせてもらおう。何か文字も書いてあるし、気を紛らわすなら充分だ。どれどれ…



―――――『Welcome (ようこそ、) to Graveyard(廃棄場へ!)!!』



…どこかの異国の言葉だろうか、目がかすんで分からない。

そろそろ目を開けているのも限界だ…こんな私でも、次はいい夢見れたらいいな―――――。







以前の投稿からおよそ二年の月日を経て、漸く最新話を投稿いたしました~ドンドンパフパフ!

いやぁ~長かった…皆様お待たせいたしました。お待たせして申し訳ありません。


今回はアルジャーノンの過去編ということで、当時から散々あーじゃねーこーじゃねーとこねくり回したお話になります。幾重の練り直しの末に漸く形にできましたが、本当に大変でしたよ…。

何せまず話の文脈として本編とは一切世界観の違う作品を一から構築する必要があったので、骨が折れたりモチベが死んだりして…

ただそうした中でとある物書き仲間にも触発され、久しぶりに筆を取ってみたらなかなかスラスラっと書くことができました。これはひとえに友人のお陰でございます。


さて、これにてジャーノンの過去編が終了し、次回からまた本編のお話へと戻ります!二年も待たせちゃったんで、あともう少しでクライマックスを迎えさせてあげたいですね~。

次のお話も相変わらず不定期となりますが、何卒ゆるりとお待ちくださいませ~。


もしよろしければ、何か感想等々頂ければ励みになります故、お待ちしておりますね~!

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