錆れた微睡の中で
手に着いた異物の臭いってのは、なかなかどうしていくら洗っても取れないもんだ。
付着して
染み付いて
塗り込まれて
そこにまた新たな臭いが足されてく。
最終的に、自分の手の本当の臭いなんて誰も分からなくなってしまう。そして、取り返しがつかなくなった頃にふと懐かしむんだ。忘れてしまった手の臭いを、遠ざかってしまった昔の自分を・・・。
まあ、そんな湿っぽいことを考えても仕方がない。とりあえず今はシャワーに専念だ。何てったってさっきまでゴミを漁ってたんだ。潔癖症って訳じゃないが、誰だって悪臭は嫌いだろう?
ちなみにシャワーシーンは非公開だ。生臭くて筋張った貧相な女の身体なんて、誰が見ても喜ばんだろう。もしこんなので喜ぶ物好きがいるんなら、褒美として一緒に入ってシャンプーでもしてやろう。
「・・・ま、一人くらいはいるか。」
・・・呟いた自分が馬鹿だったな。そういや一人、どうしようもないのがいたっけか。前言撤回、シャンプーしたついでにヘッドロックをかけてやろう。きっといい夢が見れるハズだ。
18:00・・・シャワーを終えてバスルームを出ると、そこには足の踏み場もない鉄の山だ。数分待たずに私の身体はまた錆び臭くなる。唯一の安息地であるソファーまで、爪先歩きで約三歩。ごろんと寝転べば、そこは私の集めた宝の山を一望できるグッドスポットだ。
足下には使い捨ての剣やナイフなんかがガシャガシャと転がっている。そして、テーブルやクローゼットにはコレクション用の刃物武器、こいつらはあまり使わない観賞用だ。さらに壁には大小様々な銃火器を掛けている。刃物と違いデリケートだが、いくら使っても使い捨てにならないのはいい利点・・・反面、弾薬費が嵩むのがなかなか手痛い。使い捨て武器を使うのには弾薬費節約も込まれている。大事なのは徹底した節約の精神と再利用の心得だ。
着衣もそこそこに、下着姿のまま先程のクロスボウの手入れをする。ゴミから拾い上げたとは思えないくらいには状態がいい。型番から察するに、多分こいつの前の持ち主は猟師かなにかだろう。ある地域では数年前、狩猟に銃火気の使用が認められて、一斉に猟師達がライフルに乗り換えたと言われている。大方その際に捨てられたのだろう。
確かに、殺傷力は圧倒的に銃が強い。弾の携帯も容易だし、連射もリロードも速い。そんなものに台頭されちゃ、いくら使える武器だって敵わねぇ。ただ、銃が台頭したことで幾分かその狩場の環境は大きく変わったんじゃないだろうか?サプレッサーを付けたとて、その発砲音は獲物をビビらせるはずだ。そして銃は狙い済ませば逃げることを許さない。どんな距離にいようとも確実に撃ち抜いてしまう。そんな事がずっと続けば結果は見えるはずだ。乱獲数は次第に増え、ビビった獲物はみんなそこから逃げちまう。狩場が狩場じゃ無くなるんだ。猟師にとって、これほど恐ろしいものはない。
目新しいものに興味を持ち、効率を重視して用途を次第に鋭角化させていく・・・人間の優れている部分であり、最大の欠点であると私は思う。そして、その矛盾を形にしたのが武器なのだ。如何に相手を退けるか、如何に多くの傷を与えるか、如何に多くの命を奪えるか・・・そういう考えが、錆びた剣一本にさえ凝縮されている。ここが農具や料理器具とは違う部分だ。そしてそれらが横行した結果、争いは止むどころかさらに激しさを増し、より洗練された武器が生まれる。
敵に傷を与えるため、剣が生まれた。
剣より遠い場所から傷を与えるため、槍が生まれた。
それよりも遠くから傷を与えるため、弓が生まれた。
弓を退けるため、大盾が生まれた。
大盾を躱すため、湾曲した刃を持つショーテルが生まれた。
ショーテルに対抗し、プレートアーマーが生まれた。
重厚な鎧ごと叩き伏せるため、巨大なファルシオンや長大なハルバードが生まれた。
今度は愚鈍な兵を引き殺す、騎馬とランスが生まれた。
騎馬の突撃に対抗し、マスケットが生まれた。
銃撃を躱し近付くため、チェーンメイルが生まれた。
チェーンメイルの隙間を縫って攻撃できる、細身の刀剣レイピアが生まれた。
そしてレイピアをへし折るためにソードブレイカーが生まれ、小型化したピストルが刀剣の時代を終わらせた。
中世で例えるだけでも、敵を倒すことを考案し続けて様々な武器が生まれた。しかし、勝者の武器にはその対抗馬が必ず現れ続けた。勝っても勝っても、勝ち続けても、勝者にはなれないのだ。武器とは『絶対に頂点には立てない勝者』なのだ。
ポイントなのが、その時代での勝者であっても過去の敗者には敵わない点だ。例えばチェーンメイルを装備したレイピア使いとプレートアーマーを装備したファルシオン使いが競ったとしたら、斬っても突いても確実にレイピアがへし折れる。効率的に傷を与えることに固執し、その用途が多角的ではなくなったせいだ。多分、全時代の流行武器を相手取って全勝できる武器はいない。こういった矛盾を、まるでその時代の人間の愚かさを伝えるように形状に反映している、それが武器の好きなところだ。あとから見たら思うだろう「どうしてこんなもん作ったんだ?」ってね。
大きな戦乱の無くなった今もなお、武器の製造と発展は止まらない。それは誰かに勝ちたいと願う人々が、今も狭い視野で物事を考えているからだ。
ちなみに私は武器は好きだが兵器はあまり好きではない。あいつらは武器の範疇を飛び越えちまって、もはや勝敗に関わらずどれだけ人を殺せるかに特化している。勝つために生まれ戦う武器と違って、ただただ殺せればそれでいいような、そういった自暴自棄感が私は嫌いなんだ。
「・・・『お前は傭兵には向いてない』か。」
そういえばあの男も矛盾していたな。何てったって私の事を傭兵には向かないと言っておきながら傭兵として教育したんだ。ガズベルグの言うような一本筋の通った男なら、そんなマネはしない。むしろあいつの方がよっぽど筋が通ってる。
でもまあ、それが人間なんだろうな。武器を持った人間が、世界平和を謳うわけないもんな―――。
――――――
「おじさん、少し聞いてもいい?」
「ん、どした。」
「次の目標の人って、悪い人なの?」
レンドロスに拾われた当時、私は彼から二つの事を教わっていた。
一つは、報酬金が無闇に高い依頼を受けないこと。その依頼の裏に何があるのかをよく考え、目の前の大金に目を眩ませないこと。駆け出しの傭兵はよくこの手のワナに引っ掛かり、その生涯を終えるという。依頼主とはしっかりとした情報共有を行い、必要以上に詮索する。そこまですりゃあ場数を踏まない依頼主ならばボロが出る。あとはキッパリ断るなり、弱みを握って逆に利用するなり、そうやって場を切り抜けること。
二つ目は、自分達が正しいと思い込むこと。依頼では何を行うか、何を相手にするのかなんてものは決められない。自分ひいては依頼主が最も正しいと『判断』するのではなく『盲信』すること。例え先日共に戦った仲間を暗殺することになろうとも、一度依頼を受けてしまってはそれを躊躇うことは出来ないのだ。仕事の手を緩めないこと、そして後に引き摺らないこと。その為に自分に常に正当性を持たせる。言うなれば傭兵とは、究極の自己愛の塊だ。
「そうだな、悪いヤツだ」
「そうなんだ。なら良かった」
「・・・じゃあ、例えば今俺が『良いヤツを倒しに行くぞ』って言ったらどうする?」
「大丈夫だよ、そんなことないから」
「ほう、じゃあその根拠は?」
「おじさんは『悪い人の依頼』しか取ってこないから」
善悪観念というのはあくまで主観。勧善懲悪物語が万人受けするのも、相手を悪役に仕立てあげてるからだ。そしてその感性は子供の時に育まれる。この当時の私はまだその感性が曖昧だった。だからレンドロスが指定するターゲットを『悪い人』という概念で捉えていた。・・・後から思えば分かることだ、傭兵が取る仕事の内容に良いも悪いも無いってのにな。
―――
「クッソ、なんだテメェらっ!?」
「おぉう、ハッピーしてるかい諸君」
「い、一体どこから嗅ぎ付けやがった!!」
「嗅ぎ付けるもなにも、こんなキナ臭いニオイ出してたらそりゃあバレちまうだろ?」
今回の依頼は麻薬密売人のアジトの差し押えと拘束。馴れないチンピラ上がりがのめり込んでこのザマだ。誰から聞いたのか木を隠すには森の中といった具合に、白昼堂々民家に押し入りあこぎな商売ときたもんだ。
「さてアルジャーノン、例のやつ頼む」
「うん、わかった」
私は数本の煙幕筒をばら蒔き、部屋の一帯を白く染める。この頃の私の仕事は専らレンドロスのサポートだ。取り出す物はロープや煙幕に威嚇用の雷管、武器なんて持たせてもらえなかった。それはそうだ、未熟者に武器を持たせるほど恐ろしいものはないからな。
さて、ここから何をするかと言うと、私はただレンドロスの仕事を見てるだけだ。とは言っても目の前は真っ白、微量に催涙材も混ぜてたせいでロクに目も開けられないワケだが。そんな中でマスクもゴーグルもせずに5~6人の男を伸してしまう。当人曰く『たじろぐ音』と長年のカンが頼りだそうだ。
そして、そういった一連の流れをずっと『気配』で追っていた。屋内での仕事は殆ど煙幕の中で行われたが、そういった繰り返しをしたことで目で見ていなくとも相手の居場所やその一挙手一投足が判別できるようになった。傭兵として必要最低限のセンスがここで組み立てられた。
「おっし、一丁上がり!コイツらをワンちゃんのトコに連行・・・っておい、アルジャーノン?」
「・・・目痛い・・・」
「ハッハッハッ!!帰ってしっかり洗うんだな!」
・・・だが結局、チームが解散するまでレンドロスの気配を追うことは出来なかった。最後の夜も、私を煙に巻くようにひっそりといなくなったからな。
―――
「ねえ、おじさん」
「どした、アルジャーノン」
「前々から気になってたんだけどさ、その名前」
拾われてから2年くらい経った頃か。一丁前に文字の読み書きが出来るようになった頃、ふと気になって自分の名前を調べてみた時があった。
「調べてみたら男性の名前なんだけど」
「なんだ?良い名前だと思うが」
「そうじゃない。なんでこの名前を付けたのよ」
「なんで・・・って言われてもなぁ」
その時レンドロスは趣味の木彫り細工をやっていた。彼は彫刻が得意で、小さな木材から様々な造型を作り出してしまう。彼の棚には自分が作ったコレクションが立ち並んでいて、それは動物だったり道具だったり、過去に出会った人達の彫像だったりした。
そんな彼が私の質問に対し、作業の手を止めた。ポリポリと頭を掻いた後、そのコレクションの中から一つの小さな彫像を持ち出した。
「・・・なにコレ」
「こいつがアルジャーノンだ」
「・・・どう考えてもネズミだよね、これ」
目の前に置かれたのは小さなネズミの彫像だった。滑稽な話だろ?慣れ親しんだ名前の由来が、ただのネズミなんだからな・・・全く、私は狐だっての。
「ただのネズミとは違うな。コイツぁ俺の相棒さ」
「ただのネズミだよこれ。目悪くなった?」
「なかなか酷いこと言うようになったなお前・・・まあ、この子ネズミはお前が来るより昔のパートナーだ」
「・・・おじさん、意外と物好きだよね?アルにもいっつも『お前は向いてない』って言うし、その前のパートナーはネズミでしょ?」
「ハッハ!物好きかぁ確かにそうだな!だが、このネズミはお前よりも断然センスはあったぜ?」
「・・・?どゆこと?」
「優秀な頭脳、冷静な判断力、肝の座った度胸、そして圧倒的な戦闘力。俺が育てたヤツん中じゃ間違いなく最強だ!」
晴れやかな笑顔でアルジャーノンとの思い出を語りだすレンドロス。その様子から、彼が冗談で言っている訳ではないことは分かった。木彫りのネズミ片手に最強の傭兵の話をする彼のギャップに惹かれ、私はますますそのネズミが何なのかが知りたくなっていた。自分と同じ名前の、凄腕の傭兵・・・そんなの気にならない訳がない。
・・・それでだ、アルジャーノンは言ったんだよ『この仕事の報酬は1リーベルだが、手に入れたのは3リーベルで、残った結果は10ガルバだ』ってな!」
「ねえねえおじさん」
「ん、なんだ?」
「そのアルジャーノンさんって、今どこにいるの?ちょっと気になってさ」
「・・・フフッ、死んじまったよ」
「え・・・でも強かったんでしょ?」
「強いだけじゃ生き残れねぇのが世の常だ。アイツは、自分の中のバケモンに食い殺されちまったんだよ」
「自分の中の・・・化け物?」
「そうだ。アイツは兎に角センスが凄かった。だから俺も色んなモノを叩き込んだ。飲み込みも早いし、成長する姿は嬉しかった・・・ただ、その教育が不味かったな」
手で弄くっていたネズミの彫像を置き、今までとは違う落ちついたテンションで語り出す。頬杖をつきどこか遠くを見るような、そんなしんみりとした表情だった。
「結果として生まれたのは合理性のバケモンだった。如何に金をぶん取るか、如何に相手を始末するか、如何に仕事を早く終わらせるか・・・人間としての最低限の交遊を怠り、同僚を邪魔だと罵り、衣食住すら月に2、3度。ただひたすらに他者を陥れることを年がら年中考えてるような傲慢不遜な獣に成り下がっちまった。最期は見境なく殺人を犯しはじめ、警官に取り押さえられて銃殺だ。」
「そんな・・・」
よく考えれば分かることだった。相棒だったその人は、今ここにいないんだからな。だが、当時の未熟な私じゃその顛末を想像することは難しかった。唖然とするのも無理はない。自分と同じ名前の人間が、こんな悲惨な末路を迎えてるなんて誰だって聞きたくないだろう。
「・・・じゃあ、なんでそんな人の名前を・・・」
「あくまで俺は、お前に一人前の傭兵になってもらいたい、そう思って付けた名だ。ヤツの半生を辿って欲しいなんてこれっぽっちも考えちゃいない。むしろ、その逆だな」
「逆って・・・?」
「お前の中にも・・・いや、俺達の中にもそのバケモンは存在する。俺の願いは、そのバケモンに負けないで生きて欲しい事だ。そして・・・その名前は、ヤツの育て方を間違えて殺しちまった俺への戒めだ。ハハッ、まだお前には分かんねぇか」
「・・・・・・」
何となく、何となくは分かった。こういうときの子供の勘は怖い。何故なら、言葉の意味やその理由とかじゃなく「ああ、この人は過去に囚われているんだ」・・・そういった感情だけが、分かってしまうのだから。傭兵には向いていない・・・そんな私を鍛えるのは、過去の罪の意識からだと感じてしまった。多分この時の私は、年不相応に冷めた顔をしていたのだろう。
これ以降、私はいつも以上に傭兵業に対して性を出した。子供ながらに理由は単純だ。レンドロスさんの期待に添えるような、一人前の傭兵になるためだった。
―――
「・・・うし、準備はいいか?アルジャーノン」
「うん、大丈夫。いつでも行けるよ」
とある依頼を受けたときの話だ。この時の任務はマフィア『バットカンパニー』本部の屋敷への潜入、機密文書の獲得。この当時は私が依頼を取る訓練も兼ねていた。幾分か危険な依頼だったが、その分報酬は弾んだ。
「おい!侵入者だっ!!」
「アンタ、『烈破の赤獅子』か」
「おうおう、よくご存知で。」
「・・・。」
屋敷の防犯アラームが鳴り響く中、ご存知も何もって感じに私はレンドロスを見送った。『烈破の赤獅子』とは、言わば彼の巷での異名みたいなものだ。緋色に輝く大剣を担ぎ、それを発火させて戦う姿からそう名付けられた。そのネームバリューは大層なもんで、屋敷の見回りに着いていた構成員どもが殆ど寄って集る程だ。それもそのはず、彼自身もまた賞金首。裏社会に生きる者達にとっては最も敵に回したくない相手であり、最も捕らえたい相手であったからだ。
・・・そして、私は彼が騒ぎを起こしている間に単身屋敷へ潜入する。今回はレンドロスがそのネームバリューを使った陽動を行い、小柄で身軽で名の割れてない私が機密文書を盗み出す、単純且つ適材適所な作戦だった。
作戦は思いのほか順調に進んだ。スニーキングは不馴れだったが、外で引っ掻き回してくれている相棒がいたお陰で、すんなり目的の部屋の裏まで辿り着いた。依頼人によりもたらされた情報通り、最南端の部屋には金庫があった。天井裏のダクトから飛び出し、金庫にロックナンバーを入力した。
「・・・よし、これで」
「これでどうなるって?お嬢ちゃん?」
「・・・!?」
後頭部に冷たいものが突き付けられた。そういえばレンドロスから言われていた・・・『物事が上手くいきすぎてる時は、必ず何処かに裏がある』って・・・。
「ボスの言った通りだぜ。レンドロスの突撃に『意味はない』ってなぁ。ど~も怪しいと思って駆けつけてみりゃあほらビンゴ。残念だったねぇ」
「・・・・・・。」
冷静に現状分析・・・私に拳銃を突き付けてる人の他に、後方を取り囲むように4~5人。どいつもこいつも銃装備。一方私は一見丸腰、どう考えてもこっちが不利。レンドロスとの事前の打ち合わせでは『もし見つかったら大人しく相手の言うことに従え』そう言われていた。
しかし、目標は目の前にあった。手を伸ばせばすぐ届く距離に。仮にこの不利な状況下で任務を単独で遂行すれば、それは一人前の傭兵に一歩近付くことになる。
欲に刈られた。手柄が欲しかった。一人で任務を成し遂げ、賞賛されたかった。
「よし、手ェ上げろ、何も持ってねぇな。俺達も子ネズミ一匹に手間はかけたく無ぇからな、大人しくしてろ」
「・・・へっ、バーカ!」
「なっ!?コイツ『野良』か!」
スタングレネード、スモークグレネードを順に取り出した。一瞬のうちに部屋は閃光と煙幕に包まれる。思惑通り、部屋に押し寄せた4~5人を怯ませることに成功する。普通はこんな超至近距離で目が潰れるような真似はどんなヤツでもやらない筈だ。だが私は『慣れていた』だから可能だった。
そして、屋敷の警告アラームが鳴る。この時外で暴れているレンドロスも気付いてしまったのだろう。
構成員どもはたじろいで身動きが取れない。銃を持っているが、目が潰れ白煙だらけのこの中で撃つようなことはできない。その中で私は、気配を感じ取ることはできる。頭の片隅で思った。
「殺るなら今だ」
って。
武器になりそうな物を片っ端から取り出した。日用品の鋸、台所の包丁、そしてレンドロスの彫刻刀。だが私は、武器を扱った経験が無かった。今まで一度も、武器を持ったことが無かった。レンドロスの動きを真似ようにも、彼はいつも白煙の中に居た。
だから私は『投げた』。
遠方から、
死角から、
至近距離から、投げた。
今まで色々な物を取り出しては投げてきた。だから投げるのは得意だった。
煙の中からは、
刺さる音が、
ぶつかる音が、
倒れる音が、
叫びが、
怒りが、
悲鳴が聞こえた。
煙が明けた時、そこには無惨な構成員が、涙を浮かべて血を噴き出して倒れていた。こんな光景は、今まで一度も目にしたことは無かった。
「ハァ・・・!ハァ・・・!アルジャーノン、大丈・・・」
「あ、おじさん!」
程無くしてレンドロスが駆けつけてきた。豪胆にも屋敷の中庭を突っ切り、ロビーホールを抜け、並みいる警備係達を蹴散らして正攻法でここまで来たようだった。額には汗をかき、息も荒い。よほど私を心配してくれたのだろう、そう思った。
「はい、目標の書類。任務遂行だよおじさん!」
「・・・アルジャーノン、これ・・・お前が殺ったのか・・・」
「うん、アルがやったよ!」
自力での任務達成が嬉しかった。単独での戦闘勝利が嬉しかった。一人前の傭兵になれたかと思った。レンドロスに誉めて貰いたかった。多分この時の私は、言葉にできないような喜びで無邪気な笑みを浮かべていたんだろう。
殴られた。
不意だった。突然だった。予想だにしなかった。頭の中には、いつもの笑顔で私を讃えてくれるレンドロスしかいなかったから。
「・・・・・・え・・・?」
「ハァっ!ハァっ!ックソ!!結局お前も『そうなっちまう』のかっ!?」
「え、え?どういう・・・」
「やっぱりダメだ・・・!お前は・・・お前は『傭兵には向いてねぇ』!!」
「え・・・」
この時の事は今でもショックだ。認められるように行った行動で、逆に否定されちまったんだからな。
これ以降、彼は大きな依頼を取らなくなった。チーム間での会話も淡白なものになり、だんだんと疎遠になっていった。そのうち単独で依頼を取るようになり、私は彼から教えを乞うことも無くなった。理由は単純、彼が私の成長を否定したからだ。レンドロスもレンドロスで、私に新しいことを教えようとはしなかった。多分彼は、自分に付き従うように私を教育したかったのかもしれない。そこから私が外れてしまった、彼の手駒では無くなったと感じたのだろう。
「・・・ねえ、おじさん」
「・・・なんだ、アルジャーノン」
「・・・おじさんは、なんで傭兵やってんの」
「・・・そうだな、世界平和の為かな」
「・・・は?」
彼が出ていく晩の、最後の会話だった。あまりに突拍子もない解答だった。こんな堅物のおっさんがなに言ってんだ・・・と、そう思った。
「世界は不平等だ。生まれながらに裕福なヤツもいりゃあ、お前みたいにゴミ溜めの中から出てくるようなヤツもいる。不平等なら争いが起こるもんだ。」
「・・・それが傭兵業と何が関係あんのよ」
「見てる世界が違えば価値観も違う。そこの溝は戦いでしか埋まらねぇ。せめて俺は、その溝が広がらないうちに、火種が小せぇうちに埋めてやりてぇって思うんだ」
「なに?つまりはお偉いさんの面倒の種を買い取ってこれ以上大事にしたくないからあなたを殴りますって自分が汚れ役になるの?それとも損な役回りを演じるフリをして悦に浸りたいだけ?」
「やっぱりお前は傭兵にゃぁ向いてねぇな。お互いが理解し合える地盤を作る・・・大きな目で見れば、これほど利益のある事はないだろ?」
「馬鹿じゃないの?その乖離があるから傭兵業が成り立つんじゃない」
「ここまで言ってもまだ理解出来ねぇのか・・・俺はな、お前みてぇなヤツが血も武器も、見なくていいような環境を作りてぇだけなんだよ」
「・・・全く、呆れたわ」
話が矛盾している。そんなこと言うなら私を傭兵として育てなければ良いだけの話。人をこんな血生臭い世界に引きずり込んでおいて、無責任もいいところだった。
「その理想は間違いだ」そう言ってやりたかったが、それこそ私達の溝は戦いでしか埋まらなくなる。だからやめた。私が一人前の傭兵になったとき、その姿で彼の理想を否定してやる、そう思った。結局は私も認められたいだけなんだ。何故なら、一人前の傭兵を目指す切っ掛けを作ったのは彼なのだから。
翌日、ベットから彼の姿は消えていた。拾った弟子を置き去りにして、大剣片手に世界を救いに行ったのだろう。いずれ夢破れて帰ってきた時に「ザマアミロ」と言ってやる、私の目標が一つできた。
――――――
「・・・ん・・・もうこんな時間か」
22:00、どうやらうたた寝が過ぎたようだ。流石に下着姿での睡眠は寒い。お陰で朝を迎えずに済んだワケだ。
さて、そろそろ仕事終わりの忠犬が愚痴を撒き散らしに酒場で飲んだくれてる頃だろう。こんな懐かしい夢を見ちまったんじゃ、それに背くことは出来ないな。今回ばかりはサービスだ、金くらいは受け取ってやるとしよう。何故なら私は『傭兵』、無一文の仕事じゃ性に合わないからな。
お久しぶりでございます。
前回、前々回以上に読みづらい内容になってしまいました、第三話になります。
今回のお話は彼女の傭兵見習い時代、まだパートナーと一緒にいた時のお話となります。
意味深なセリフやら一見すると分かりづらい表現…特にレンドロスの動機とかは割と理不尽で納得いかないカンジに仕上がってますが、一応理由はあるのです。それはまた後程ということで。
過去話の中で更に複数の時間軸をダイジェストにまとめるのの難しいこと難しいこと…お陰でキリ良くまとめるのに前回の倍の文字数が必要になってしまいました。
前回のご感想でちょっとしたアドバイスを受け取っていたのですが、それについても追々修正していかなければと思いますのでしばしお待ちを。
ちなみに制作秘話的に、ここでアルジャーノンの名前に無理矢理こじつける形で理由を与えてます。当初アルジャーノンというキャラを作った際は、ノリと雰囲気で適当に名前をつけていたので…。
また次回は2日、3日後を予定しております。過度な期待はせずお待ちください。
そろそろキャラクタービジュアル設定資料的なのを描こうか検討中…。