朝焼けの空に烏は願う
「ふゥ~~~~…朝方ってのは寒いよねぇ、全く」
「一体誰だかね、こんな時間まで遅れたのは」
『街』―――――中流街の一画に立つ雑居ビルの屋上
「いやァね、ちょいと"手を付ける"のに手間取っちまってねぇ」
「コントラクターの分際で良いご身分だな、クライアントを待たせるなんて」
「ヒッヒ…そう言いなさんな、万事を期すなら用意周到に越したこたぁ無ェ。ここもその意味で指定したんだろ?」
「ああそうだ、お前は兎角胡散臭い…何か企まれたら敵わんからな。あくまでワタシの所有地内で取引に応じてもらおうと思ってな」
「確かに、この高さの場所ならこんな怪しいやり取りも見えねぇし聞こえねぇなぁ…随分"手馴れてる"んじゃぁないか?」
「まさか?勘繰り過ぎじゃないかね?むしろお前がよくこの条件を飲んだと思っているよ」
「わざわざ中流街まで出向くのも大変なんだぜぇ。夜だってのに明るいし人目は刺さるしよぉ…オマケにもう若くねぇんだ、足腰にクる」
「まずはその不潔な身なりを正したらどうだ?それとその猫背…我が社には整体部門もある。良ければ診察してやらんでもないが?」
「遠慮しておくぜ…そこで報酬金を持ってかれたら意味がねぇんでな」
「表じゃあくまで善良な顔をしてるんだ。人の経営を粗末なぼったくりみたいに言わないで欲しいね」
「ヒッヒ、浮浪者抱き込んでコキ使ってる奴のどこがカタギなんだかねぇ……さて、じゃあ改めて"取引"と参りましょうや、レッドソイル製薬部門統括、フロッグ・フローレンス教授」
「ええ、是非とも"依頼"の成否を確認させて頂きたい…下流街の仲介人、ガズベルグ・ソリード氏」
「ヒッヒ…では、こちらを」
ガズベルグはそう言うと懐から小さな端末を取り出し、白衣の蛙――フロッグへと手渡す。
「……馬鹿にしているのか?」
「おっと怒らんで下せぇよ、ソイツぁとある組織でしか運用されてねぇ小型の情報端末だ」
「それくらいは知っているさ…確か"携帯電話"…そう言ったか」
「ああ…だが唯の連絡手段だけだと思うなかれ、コイツぁ記録媒体としても優秀な代物なんさ。クライアントが望む"結果"は全てそこに記録されている」
「そうか、それは楽しみだ…しかしワタシはこれの取り扱いが分からんのでな、その"結果"とまでワタシを誘導してくれないか?」
「…ヒッヒ、お安い御用で」
フロッグは改めてガズベルグに携帯電話を返す。
ガズベルグは彼の言う「取り扱いが分からない」が自分に向けての牽制であることを把握している。何か特殊な細工が施されているやも知れない得体の知れない端末を自ら起動するはずがない。自分がその立場だった場合もそうする。だからこそ自らそれを起動し、身の潔白と信頼を得る必要がある。
だからガズベルグも、携帯電話には細工を施してはいない。ガズベルグは携帯を起動し、それで撮影、保存した画像データをフロッグへと見せる。
「…さて、どうだい?"お前さんが作った新薬の実験結果"だ」
「……おお、素晴らしい………!!これだけの被験体を、一体どこから…!?」
「ヒッヒ、ちょっとした伝手があってな…どうだい?満足してくれたか」
「ああ…ああ!やはり、ワタシの理論は間違っていなかった……ッ!あの歯抜けだらけの情報から、ついにここまで辿り着いた……ッ!これがあれば…ワタシはついにフィクサーになれるっ!裏も表も思うがままだ……っ!!」
「ご満悦なようで何よりだ…さて、これだけいい成果が出ているんだ、報酬にも色付けて貰ってもいいんじゃァないかぁ…"未来のフィクサー"さんよォ」
「ああ、そうだな…だが一つだけ、確認しておきたいことがある」
「ほぅ?それは何かな」
フロッグは見ていた携帯電話を足元に落とし踏みつける。
「その端末は現在、公安でのみ支給されているものだ…お前みたいな浮浪者が、こんなものをどこで手に入れた?」
「おっと、オレのパイプにゃソレの横流し業者くらいいて当然だろう?」
「惚けたことを抜かすんじゃないぞ?その新薬は公安からの流出データを元にして作ったものだ。いくらお前のパイプが優れているとはいえ、わざわざ公安の備品にその証拠を保存しているのは聊か杜撰じゃないのかいブローカー?」
「それを言われたらぐうの音も出ねぇなぁ~…だからクライアントにはより信頼して頂けるように、より"ちゃんとしたモノ"を使わせてもらっているよ。もう一度拾い直してプロフィールを覗いてみるといい」
「………細工は無いな?」
「ない。そんなもの付けてちゃオレはここにいねぇと思うぜ?」
フロッグは舌打ちの後、足蹴にした携帯電話を渋々と拾い上げる。そして不敵な笑みを浮かべるガズベルグを横目に警戒しつつ、携帯電話のプロフィールを確認する。
「…なるほど、そういうことか」
「だろ?だからそもそもコイツぁ"役に立つ端末"じゃぁねぇのさ」
「確かに、とんだ火薬庫だな…指一つ、ボタン一つで全てを燃やしかねない危険物だ」
「ここから直接データを抜きさえしねぇ限りはただのパンドラの箱だ。取り扱い注意ってなァ」
「…ハァ、分かった。これほど説得力に満ちたモノを見せられては信用するしかないだろう」
「それに、ものは考えようだぜクライアント?曲がりなりにもコイツぁ公安の備品だ……通信履歴やメッセージはお前さんの今後の活躍にも活かせるんじゃあないかい?なぁフィクサー?」
「悪魔め……焚きつけてるようにしか見えんな」
「良いんだぜ?浮浪者から悪魔に格上げしてくれてもよォ」
「呼ぶのが面倒だ、却下する……だが良いだろう、はした金くらいは払ってやっても構わんさ。その金で紳士服でも買うんだな」
「ヒッヒ、まいどありぃ」
フロッグは屋上の端に移動し、物陰に忍ばせていたアタッシュケースを手に戻って来る。ケースを開くと、そこにはケースにみっちりと詰まったリーベル貨幣が現れた。
「基本依頼報酬300リーベル、これに色付けてざっとキリ良く500リーベルでどうだ?」
「ヒェ~怖い怖い!流石、金持ちは金払いが良くていいねぇ!」
「お前たちみたいな浮浪者共には一生掛かってもお目にかかれない金額だろう?」
「全く、ブルジョワ共の金銭感覚は一体どうなってやがんだ…」
「別に安い支払いじゃないさ…だが、将来ワタシはこれ以上の富を得る。それに比べたらこの投資は遥かに安い…写真で見た被験者の数も、ワタシの予想を超えていた。あれだけの参考があればすぐにでも量産体制を整えて出荷が可能だ…そして、裏社会から発生したパンデミックを、ワクチンを使い表社会で鎮圧する…事態の原因を公安に押し付け、巨万の富を以て我が社が社会を牛耳る…あの憎きマフィアの連中も、いずれ膝元に置いてやるさ…」
「おうおう、素晴らしい志だねェ」
「そうなった暁には、お前たちの下流街もいずれ豊かになるだろう…ククク、楽しみにしているがいい」
「ヒッヒッヒ、お互い良い関係は続けていきたいもんだねェ…」
「その為にも、だ。お前が取引前にワタシに書かせた『誓約書』、あれをもう一度確認しておこうじゃないか」
そう言うとフロッグはアタッシュケースの底から一枚の書類を持ち出す―――ガズベルグが、この依頼を請ける際にフロッグと交わした『誓約書』。
この取引とは別に、ガズベルグとフロッグがお互いの関係を維持する為に書き起こした『抑止力の紙切れ』。ガズベルグの能力の息の掛かったものであるが、悪用されぬようフロッグが所持していた。
「改めて、この紙切れがある場合ここに書かれている文言はお互いに遵守される…お前の能力はその通りで合っていたな?」
「あぁ、その通りだ…例えば、ここでオレがナイフを取り出し、お前ぇさんを刺そうとしてもここに書かれている条件その1『この書を記入した甲、乙お互いの直接的、間接的な殺害行為を禁ずる』によりそれは不可能となる」
「そして第2項、『甲、乙によるこの書類の改竄、破損、破棄を禁ずる』によりこの書類は守られる…ワタシもこの書類は厄介なものだと認識していてね、興味本位で何度か弄ろうと思ったが不可能だった」
「そして条件その3『この書類の破棄には甲、乙双方の同意が必要となる』…今オレ達は今後の関係性の継続を願っている。だから現段階でこの書類の破棄はオレ達じゃぁ不可能だ」
「確認は済んだな、じゃあ交渉成立だ。お前たちには手に余るほどの大金だ…上手く使いたまえよ?」
「ああ、そうするさァ…」
書類の確認を終えると、フロッグは新薬の検証結果と公安の機密情報が詰まった携帯電話、ガズベルグはアタッシュケースに入った大金を受け取り、お互いの交渉を成立させる。
二人は固く握手を交わし、今後の進展を誓った。
「…ところでよォ、フローレンス教授」
「改まってどうした?ガズベルグ氏」
「立ち去る前に一点聞いておきてぇことがあンだ、ダストボックスってあるだろ?」
「ダストボックス…?ああ、ゴミ集積場のことか。それがどうした」
「今は腐臭が漂うきったねぇ土地なんだがよォ、あそこの管理会社ってどうなったんだろうなぁ?」
「そんなことをワタシが知る由もないだろう、あんな浮浪者の溜まり場になんの用がある」
「…そうかァ……『浮浪者の溜まり場』……ねぇ?」
「…どうかしたか?」
「いいや?一先ず、お前ぇさんの意思が確認できて良かったぜ………クラブウィーズ清掃会社代表取締役、フロッグ・フローレンス社長」
「………っ!!お前どこからそれを……っ!!」
次の瞬間、強風と共にビルの屋上にもう一つの影が現れる。立ち込める蒸気と共に火器の音が上がり、屋上は一瞬にして白い煙に包まれる。風に煽られ白煙が捌けた屋上には、下半身を負傷し身動きが取れなくなったフロッグが転がっていた。
「ガフッ……!?この屋上に………どうや……って………っ!?」
「文字通り"飛んで"来たんだろうよ」
「貴様……誓約を反故にするつもりか………っ!!」
「誓約を反故に?悪ぃが誓約は絶対だぜ?あれには何処にも『第三者の攻撃を禁ずる』なんて項目はない筈だが?」
「……謀ったな……っ!!」
「だが予想外だろう?こんな高いトコに空飛んで来るヤツがいるなんてよぉ」
「…ックソがぁ!!…生き汚い浮浪者めぇぇ……!!」
「そうやって浮浪者をナメるから足元掬われるんだろう?高いトコ見る前に足元片付けときゃぁ良かったなぁ?社長?」
「……ワタシを殺して…どうするつもりだ…!!」
「買い取るのさ、あの土地を」
「っ!?」
「クラブウィーズ社は言ってしまえばカンパニーの資金援助だけで出来たペーパーカンパニーだ。初期こそ従業員はいたそうだが、今は書類上にのみその痕跡が残っている。目立った活動は無し、ここで社長の消息も絶てば、会社としては事実上崩壊、あの土地の権利も宙ぶらりんだ」
「…だが、ワタシを殺したところであの場所の権利はバッドカンパニーに移るだけだ…っ!!」
「いいや、そうはならない。あそこはクラブウィーズが所有してるからこそカンパニーの息が掛かるんだ。今カンパニーの連中が引っ切り無しにあそこを視察してんのは、お前ぇさんがそろそろ引き渡しを検討してたからじゃァないのかい?」
「なぜ…そう思う……っ!!」
「あのヤベェ薬を作り続けるのも一般企業じゃ限界があるだろう。勿論レッドソイルを足掛かりにするのが常套だろうがその裏でカンパニーの伝手を仄めかしときゃぁ保身になる。その為にはあの邪魔な土地をさっさと"譲渡"し、会社として関係を切ったように見せかけて"恩"を売っとく必要がある。そういうこったろ?」
「……ククッ、頭は回るようだな……ああそうさ、クラブウィーズはいずれワタシの経歴の汚点となる……だから切り離す必要があった…」
「…だが、その経歴の裏を洗われて今お前ぇはそこで這い蹲っている。もう少し手放すのが早かったら良かったなぁ」
「……こんなことになるとは…っ!!…許さん、死んでもお前だけは…っ!!」
フロッグは力を振り絞り、懐に忍ばせていた銃をガズベルグへと向ける。
しかしその引き金は恐ろしく硬く、指にいくら力を入れようとも銃弾は撃ち出されない。
「…くそっ!なんで…!!」
「おいおい、さっき『誓約書』の説明をしたばっかじゃねぇか!忘れたワケじゃあないだろう?護衛の一人でも付けてくれば良かったのさぁ」
「チクショウ貴様……これを見越して…っ」
「見たところお前ぇさん、製薬の腕は天才的だがプライドが高い。やってることも褒められたモンじゃねぇしそれでいて潔白を求めすぎている。どうせ社内でも協力者はいなかったんだろう?」
「見透かしたようなことを…っ!!」
「レッドソイルは昔も今も清濁併せ吞む会社だ、どちらにも振れるしどちらの領分も分かってる。だからこそ"禁忌"ってのには人一倍敏感だ。そもそも"天下を取る"とか、そんなチャチなことを考える業態の企業じゃねぇのさ」
「…たかが浮浪者が知ったような口を……ワタシは部門統括だぞ……っ!!」
「だぁからぁ、その傲りがお前ぇを這いつくばらせてるってのがまだ分かんねぇのかい?最も"薬"を欲している階層の人間を、蔑ろにしちゃぁイカんでしょう?教授♪」
「黙れぇ!!貴様なんぞの下卑た人間を……うっ……!?」
フロッグの身体に異変が走る。右手で胸を抑え、呼吸が荒くなる。ハァハァと息を切らし、脂汗が止まらない。下半身を撃たれた、熱のような痛みを伴う外傷とは違う。それとは全く別の痛みが、突如として上半身を襲いだした。
「おっと、どうした?鎮静剤でも欲しくなったのかなぁ?」
「ぐ……うぅ……っ!!苦しい…貴様ぁ、何をした……!?」
「『何をした』だって?オレは何もやってないんだが……しょうがないなぁ、一つネタバラシをしてやろう」
苦しむフロッグを見下ろし、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらガズベルグは先程のアタッシュケースを開く。そして中から二人が密約した誓約書をもう一度取り出した。
「じつはコイツぁ、二枚の感圧紙を重ねて作られてるんだ。パッと見は1枚にしか見えねぇだろぉ?」
「っ!!」
「まず厚手の『表の紙』に誓約要項とか色々書いててなぁ、そんで薄手のもう一枚を『裏の紙』として目立たねぇように重ねてある…そんで、そっちの紙にはもう一つ要項を追加してある。オレの能力は『一枚につき三項目』が制約だが、こうやりゃシークレットにもう一項追加出来るってワケさぁ…ま、成功するとも限らなかったから保険みたいなモンだがなぁ」
「ハァ…ハァ…そんな高度なものを…ハァ…どうやって…ッ」
「オレの行きつけの酒場に"紙に詳しいお嬢ちゃん"がいてねぇ~、要望の紙を聞いたらすぐに教えてくれたよ」
「…ハァ…しかし、それでは貴様も…『第3項』に、反するのでは……っ」
「それも対策積みさ、オレの近所のガキ共に"字を教える"名目で写経させたのさ」
「……そんな…ぁぁ……!」
「んで、そんなガキたちに予め書かせといた第4項が『甲は取引完了後、10分の後に心肺機能を停止する』だ。だからさっきの銃撃はオマケみてぇなモンだ、どっちにしろお前ぇさんは死ぬぜ」
「き……さま……ハァ……卑怯だぞ…」
「卑怯だぁ?どの口が言ってんだぁ?生き物なんてのは食うか食われるか、騙すか騙されるかの世界だろぉ!?だったらお前ぇも、オレを騙せば良かったんだぜ?……どうだい、見下してる『浮浪者』に見下される気分はよぉぉ~~~」
「……っ…………屈……辱………だ…っ」
「ア~ッヒャッヒャッヒャッヒャ!その顔、イイねぇ~!自分が上にいると錯覚したバカがしくじった時に見せる絶望の顔だぁ~ヒャッヒャ!一生覚えといてやるからお前ぇさんも覚えときなぁ、"飢えた獣を侮るな"ってな」
「…………く……………そ………………。」
早朝、遠吠えのように響く狼の笑い声と共に蛙は息を引き取った。
「あ~ちなみに補足だが、もしもの時のブラフも兼ねて『第2項』を追加している。これならバレたところで解体出来ねぇからなぁ~ヒッヒッ……ってなんだぁ、もう死んじまったか」
「あんたが高笑いしてるうちに死んでたよ。結局オレはいらなかったんじゃないのか、これ」
物陰から声が上がる。それは先程空を飛び、蒸気と共に銃弾を乱射した烏だった。
彼は地上からここまで登ってきた後、物陰に隠れてガズベルグとフロッグの会話の一部始終を眺めていた。
「おおジャック君、お前ぇさんの活躍は賑やかしに最適だった。いい演目だったよ」
「ンなこと言っても、結局相手を殺す算段は立ててたんだろ?だったら下手に撃たねぇ方がいいだろ」
「そうでもないさ…精神的動揺を煽れば相手の思考は大きく低下する。あそこで一発お見舞いしてたお陰で、アイツぁマトモな反論が出来なくなってたろぅ?詭弁や屁理屈を通すなら相手に冷静な判断力があっちゃぁダメなのさ…覚えておくといいぞジャック少年」
「へーへー、オレもとンでもねぇ人に依頼しちまったモンだな…ぜってーに相手したくねぇ……それと、今はその名前で呼ばねぇで欲しいな、コントラクター」
「おっとと、これは失敬…クライアントのレレイラ・クレイン殿」
「その呼び方もやっぱキモチワリ―な…いいよ、レレイラで」
ジャック、もといレレイラは影から現れその姿を晒す。蒸気を噴く足と収まりの悪そうな腕…そして傘を応用し即席で作られた簡易的な羽。
「いやぁ~それにしても、次善策だったお前ぇさんの奇襲…そんなガラクタみてぇな羽でよく飛んでこれたな」
「カラスってーのは知恵が回ンだ。あの部屋の雑多なラインナップを眺めてた時からなにか作れそうだとは思ってたンだ…とは言え、こんな粗雑なモンで12階分のビルを下から駆け上がるとは思わなかったがなぁ。スパイクとワイヤーガンが無かったら無理だったと思うぜ」
「ヒッヒ、無茶させたねェ」
「オレの依頼を遂行してくれたんだ、礼ぐらいはやったほうがいいモンだろ?あんたみてーなのと付き合うならそれくらいはしなきゃ後が怖えーのよ」
「殊勝な心掛けだなぁ、だがオレはただの善良な一市民だぜぇ?そんな怯える必要あるかなぁ~」
「一部始終を見てる相手にそー思われると思ってんならあんた相当イカれてるぜ…怖い怖い」
「ヒッヒ…ま、冗談は置いとくとして、こっちも支援感謝だ。報酬には色付けさせてもらうぜぇ?カネは無ぇがな」
「じゃあさっき貰ってたのはなんなんだよ…」
「簡単な投資ってヤツさぁ……ま、期待して待っとくんだな"巣無し烏"」
「カラスはそもそも巣なんて無くても生きてけるンだよ、余計なお世話だ」
一仕事終わった二人を浮かんできた朝日が照らす。
夜を祓い、光が影を浸食する。屋上で一息つく二人の足元に、長い長い影が残る。
「しかし、一番最初に連絡を受けた相手があんたでオレは驚いたぜ。公安の端末で電話してンのに受け取ったのが仲介屋だったなんてよ」
「お前ぇさんが鳴らした電話の相手な、あん時ションベン行ってやがったのさ。オレも酒の勢いと悪ふざけで着信に出てみたがぁ、まさかこんなことになるなんてなぁ」
「数奇なモンだな…きっと電話の持ち主にそのまま話が行ってりゃ、ここまで複雑な話にゃならなかったンだろーよ」
「オレとしちゃぁ渡りに船だったがねぇ…なんにせよあらゆる問題を"上手く"纏める口実が出来たんだ…オマケにお前ぇさんが通信に使った端末が、そのションベン野郎が追ってるっつう標的のモンだったんだから猶更…な?」
「なるほどな…あの保安官も曰く付きだったのか」
「その保安官については、なんか知ってねぇのかい?」
「オレの目が節穴じゃ無ければ……あの薬の餌食になってご臨終さ」
「そうかい、そりゃぁ残念だ。ションベン野郎にどう伝えとこうかねェ…ところでお前ぇさんも、なかなか奇特な依頼をするもんだなァ、『所属してる組織を壊滅させてほしい』だなんてよ」
「オレぁどーも、社会とか組織とか、そーいうのが嫌いなンだ。……だがそれ以上に、そんなモンに取り憑かれるようにして破滅していく同僚を解放したかったってのが、本音なんだがよ」
「ほぉう、友達思いなこった…その同僚ってのは、そんなこと望んでんのかい?」
「望んじゃいねーだろ。だが、望む望まないの選択肢も奪われるような環境にはいちゃダメだとオレは思う。ヤツには、本当の自分の"意思"ってのを思い出して欲しいんだ」
そう言うとレレイラは、ビルの屋上から見える遥か地平を眺める。
「………ま、やれることはやった。あとは向こうにいる本人の気持ち次第だろう。」
レレイラが見据えるその視線の先には――――――――――
――――――――――――
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
「遅いよ、どこ見てんの?」
左右に揺れる列車の中、尻尾の一撃を避けたミラルカが尻尾に飛び乗り滑るようにしてナイルへと近付いていく。
ミラルカの狙いはナイルの頭部に生えた長い角……猫としてはありえない身体のパーツ。
錯乱しているナイルもそれは把握しているようだった。防衛本能が働いたナイルは片目を閉じ、もう一度ミラルカの視界に自身の能力を転写する。しかしミラルカはバランスを崩すことなく、平然と尻尾を滑り降りてくる。
「っ!?!!!???!?」
「仕掛けが分かっちゃえばどうってことないよ?効かない効かない」
ミラルカは自身の視界がアテに出来ないことを理解したうえで、足元の感覚だけを頼りに自分の位置を割り出して移動してくる。
動揺したような驚きを見せるナイルにはまだ僅かに意思のようなものを感じる。
「ぐぅぅ……ウアアァァァあっぁぁ!!!!!」
激高したナイルは尻尾を蠢かせ、滑りくるミラルカを払い落とそうとする。
「させないよお兄ちゃんっ!!」
「うァ!?グゥゥゥゥゥ!!!???!?」
「……!いいね、ネロちゃん」
透明化していたネロが飛び出し、ナイルの頭に纏わりつく。
ナイルもネロを振り落とそうと頭を強く振るが、角をがっしりと掴まれたネロはそう簡単に振り払えない。
「っ!!ねえ見てミラちゃん!この角動いてる!振動してるっ!!」
「うん、"生きてるん"だよ、それ。だから切り離さないと、お兄さんがされるよ」
「こいつが元凶か!このぉ~~~~!!」
ネロは思い切って角に噛み付き、ガリガリと齧る。
ナイルもミラルカもその行動には一瞬困惑したようで、ナイルは一瞬動きが怯み、ミラルカは笑いながらも攻撃態勢を取る。
「いいね、ネロちゃん面白いよ」
「こんのぉぉぉ~~~~~」
「ぐ…ゥゥ…ウがァァァァァァァァァ!!!!!」
ナイルは激高し、肥大化した左腕を持ち上げてネロを掴み、そして床へと叩き付けてしまった。
併せてミラルカが暴れたもう一本の尻尾に襲い掛かられるも、ミラルカはそれを躱しつつ尻尾に深い切れ込みを刻む。
その激痛から、さらにナイルが暴れる。そして暴れたことにより、尻尾は自重によって切れ込みから折れ、引き千切れる。本体から外れた尻尾はビチビチと床を跳ねまわり、周囲の座席を壊しながら機能を停止した。
伸縮自在の尻尾は残り2本。攻撃の手が減ったことで出来た隙を、ミラルカは逃さない。
「いただきっ…!」
「っ!?!?!!」
尻尾を切り取り、一旦距離を取ったミラルカが今度はナイルの顔面へ向けて包丁を投擲する。
ナイルは反射的に、肥大化した左腕を振り上げて顔面を守る。鋭利な包丁は左手に深々と刺さり、ナイルの絶叫が上がる。
そして、刺さった包丁にミラルカが瞬間移動し、左腕を足場にしてぐるりと回転しながら包丁を引き抜く。その勢いでバランスが崩れ、露わになったナイルの頭部、その角に向けて回転を加えた身体ごと包丁を振り下ろす。
「アアァァァァアアァァァァっ!!!!!!」
「うるさいよ、黙ってて!」
包丁は角の根元に刺さり、少しずつ切れ込みを入れていく。角と包丁の間には火花が迸り、そしてナイルが悶絶する。もはや獣の声しか発しなくなったナイルだが、確かにそこには拒絶の感情が乗っている。
勿論ナイルも引き下がらない。残った2本の尻尾が、ミラルカの背後で針のように鋭く尖り、今にも撃ち出されんばかりに力を溜めている。この2本に貫かれたらミラルカはひとたまりもない。
ダンッ!ダンッ!
ジャララララ!
「おうおうやってんじゃねぇかガキ共!」
「助けに来たぞ、アンタ達大丈夫か!?」
ミラルカの背後から聞こえた銃声と金属音。2本の尻尾は片方がバーナードによる銃撃で、もう片方はアルジャーノンによる捕縛により阻止された。
「遅いよおねーちゃん。この獲物はアタシのだからね」
「あのなぁ、今後ろから刺されそうだったんだぞアンタ」
「アタシだけでもどうにでもなったわ」
「しっかしなんだこいつぁ…!夜見た時はこんなバケモンじゃなかっただろ!」
「『獣』が浸食してるの。だからアタシが殺す」
「本当に物騒なガキだな…ったく、お前の教育はどうなってんだアル!」
「ハァ…どうにも出来ないんだよアレは…アルも手を焼いてる」
「苦労してんな」
「苦労かけさせてるのはアイツだけじゃないんだけど…分かってる?」
「へいへい…悪かった悪かった」
「ほんとムカつくんだよね…いいわ、このイライラはあのよくわかんない触手にぶつける。ミラ!後ろは気にせずやっちまえ!」
「言われなくてもそうするつもり」
そう言うミラルカもどこか嬉しそうに笑みを浮かべる。それがアルジャーノン達が助けに来たことに対するものなのか、目の前の『獣』を殺す障害が無くなったからなのかは分からない。しかしそれにより、ミラルカはより一層強く角に包丁を擦り当てる。目の前で放たれる眩い光にナイルは混乱し、そして頭部に存在する違和感や激痛がその思考を暴走させる。過剰な防衛本能は身体の治癒力にも反映され、先程切られた尻尾や刺された左腕すらも急速に再生させる。
そして、ミラルカの予想以上の速度で再生された左腕はより強靭な筋肉を纏い、頭に取り付くミラルカを横薙ぎに吹き飛ばした。
「…………っ…!!」
「おいミラルカっ!」
「大丈夫かガキぃ!!」
跳ね飛ばされ、壁に強く打ち付けられるミラルカ。小さな身体にはあまりにも致命的な一撃は、ミラルカの意識を飛ばすには十分すぎた。
しかしミラルカは笑みを絶やさない。霞んで見えるその視界には、彼女達の透明な勝利が見えていた。
(いいよネロちゃん…最後は決めて)
次の瞬間、ミラルカと同じように横薙ぎに飛ばされるナイル。彼の横面を殴り抜いたのは、ネロが振り回すトランク……ネロが集めた"お宝"を満載し、ナイルがここに持ち込んだトランクだった。
吹っ飛ばされたナイルはそのまま壁にぶち当たり…そして直前まで切れ込みを入れられていたナイルの角は、トランクの一撃と、壁の衝撃により、根元からボキリと折れた。
衝撃で開いたトランクの中身が溢れ出る。様々な貨幣が舞い散る中で、ナイルは意識を失った。
お久しぶりでございます、みょみょっくすです
なんとかGW中に二話分進められました。私としては異例の更新速度です。
今回は待ちに待ったガズベルグサイドのお話しと、それに連なる各キャラの動機、そしてVSナイル決着編です
ガズベルグの目的とレレイラのポジション自体は二部を書き始めた初期の頃から構想しており、今回のストーリーの中で特に書きたかったパートの一つでした。ガズベルグを喋らせやすいのもありますが、想像以上に筆の進みが良くサラサラ書けましたね。
さて、ここに来てまた話が複雑になっているので改めて各キャラの目的を記載しておきましょう
ガズベルグ……ダストボックスの所有権の獲得、クラブウィーズ所有権の消失と資金獲得
バーナード……禁薬情報流出の首謀者の追跡、公安の職務怠慢更生のための火種起こし
シェパード……『偽りの黒山羊』アジトの調査、攫われたコリーの救助(失敗)
フロッグ……禁薬ダミーの被験サンプル収集、クラブウィーズ所有権の譲渡
レレイラ……『偽りの黒山羊』を壊滅させナイルを自由の身にする
ナイル……"見えない王国"構想を実現させる為に『偽りの黒山羊』にネロを勧誘する
ネロ……ナイルを正気に戻したい
アルジャーノン……連れ去られたネロを奪還する
ミラルカ……誰でもいいから『獣』を殺したい
ん~なんというか、主人公サイドの目的の薄さが目立ちますね…今回は基本的に物語に振り回されるポジションなので仕方ないところはあります。ジャーノンは策を弄したりとかそういうのは得意ではないので…。
ちなみにレンドロスは今んとこシェパードの同伴なので特別野望のようなものは無く…哀れなり
今回で一通り話がスッキリしてきたというか、各サイドでの話の目的がある程度片付いてきたので今後はよりスリムアップしたお話しになる…んじゃないでしょうか?
まだ『偽りの黒山羊』のボスが出てきてませんねぇ、一体誰なんでしょうか?
色々気になることはあるかもしれませんが、今後も楽しみにお待ちくださいませ~~~




