ドブネズミの街
果報は寝て待て……という言葉はあまり信じない質だ。戦いは始まる前に決着が着くと偉い人が言っていたように、与えられた情報は有効活用するほうが利に敵っている。その情報への供養にもなる。牛乳がいいように頭に効いてきたからか、少しずつ朝からの身体のダルさも消えてきた。
備えられるものは備えよう、そう思って店を出た。ちなみに二杯目の牛乳はバーナードのツケにしておいた。
「あ、腹だしのねーちゃんだ」
「ねーちゃんねーちゃん」
「おっす坊主ども。悪いが少しお邪魔させてもらうよ」
「ねーちゃん今日もゴミ漁るの?」
「ゴミじゃない、武器だ」
酒場を出て向かったのは裏通りにあるスラム街。まだ街としての体裁を保っている表通りと違い、一歩踏み入れればそこはもう無法地帯。何が起きても不思議じゃないし、何が起きても咎められない。ここはバーナードのような役人ですら手に負えない無法者や、普通の世界で生きていけない者達が、ただただ生を垂れ流す為だけに存在している。私を迎えてくれたあいつらだってそうだ・・・生きる気力が無いんじゃない、生きる術を知らない。だから結果的に、ここに骨を埋める以外の選択肢を持たない、持ちたくない、持とうとしないんだ。そういう風に『調教』されちまってる。この空気がそうさせているんだ。
「……そいや、ネロはどこいった?」
「しらなーい。ガズ兄ちゃんと外に出てってから全然帰ってこないよ?」
「全く……あの詐欺師、ガキどもの世話放ったらかして……」
「ネロ姉ちゃんに何かあるの?」
「あいつが帰ってきたら伝えておけ『アルの報酬金を全額返せ』ってな」
まあ、そんな世界にも生きる術を持った者は偶発的に生まれる。私達と同じ『野良』の連中だ。
かくいう私も昔はここに住む『野良』の一派だったらしい。それを拾って育ててくれた、傭兵として生きる術を教えてくれたのが赤い鬣の男、傭兵のレンドロスという男だ。何の気紛れかは知らないが、まだ名前も何も無かった私を拾って鍛えたらしい。
ま、目覚める前の記憶なんて無いからな、真偽は定かでは無いんだが。
「……お、こりゃあ扱いやすそうだ」
「ねーちゃんそれ錆びてるよ?」
「大事なのは質より量だ。それにコイツらは磨けば光るし、組み合わせれば生まれ変わる。お前らだってそうだ、自分を磨けよ」
「ちょ、ねーちゃんやめろ! 頭グチャグチャにすんな!」
ゴミの山は私からすれば宝の山さ。このガキ達が住まうスラムの一角……通称ダストボックスは、日夜街中から集められるゴミの集積所だ。この街にはゴミの管理会社が無い。以前はあったらしいが、過酷な労働環境に耐えられず社員の逃亡が相次ぎ、最終的には潰れたらしい。その当時に処理しきれなかったゴミを誰かが街の空き地に蓄積し始め、このダストボックスという土地ができた。今となっては爪弾き者の立派な住処だ。
トタンがあれば屋根が作れる、土嚢があれば壁が作れる、生ゴミや糞尿は肥料となり、金属部品は新たな機械や金品に生まれ変わる。そうやって思い思いに生きている人間を見ると、タダでは死なない、タダでは殺さない人間の本質が見てとれる。うむ、不衛生だが逞しい。……生臭いのが玉に瑕だがな。
「こんなんあったよ」
「お?どれどれ……へぇ、こりゃあクロスボウだな」
「クロスボウ?」
「そうだ。弓矢を片手で打ち出せるように、銃みたいに改良した武器だ。今時珍しいなぁ……状態も良いし、まだまだ使えそうだ」
「でも弾無いよ?」
「弾が無かったら作ればいい、ここはそういう場所だろ?」
そう言ってガキ達を唆すと、各々がゴミの山の中に潜り込み適当な素材を手に持ち帰ってくる。
鉄棒、木の枝、プラスチック……精度は劣悪だが所詮消耗品、なるべくタダで装備が整うのならそれに越したことはない。
私の戦い方は俗に言う『使い捨て』だ。だから一本に拘る必要は無いし、数や種類が多ければ多いほど、単純計算で戦力は上がる。そしてその分コストが嵩む。普通に武器商人から大量購入しようものならあっという間に破産する。
だからこうやって残り余命幾何も無い廃棄された粗悪品に、最期の『悪足掻き』の機会を与えてやる。勿論、質がいい武器を軽視してる訳じゃない。それはあくまでコレクションだ、使い捨てなんぞ勿体無い。
「さて、本日の収穫は……剣が3本槍が2本、弾倉の無いハンドガンが一丁に先の折れた木刀1本。あとは日用品の鎌、斧、木槌、鋸に高枝切鋏……そしてクロスボウの弾が合計?」
「10本!」
「よーしよくやった、誉めてやろう」
10本とは言っているが形状や耐久度的な観点で見ると制式に飛ばせそうなのは……まあ3本ってとこか。3本あれば充分、弾無しで宝が持ち腐れるよりはだいぶマシだ。付き合った長身のイケメンがタマ無しだったらがっかりするだろ?
「さて、お前らには付き合ってくれた駄賃だ。受け取ってくれ」
そう言ってその場にいた4~5人に部屋にあったカップヌードルをお湯を入れて手渡した。こいつらにとっては金を渡されるよりこれのほうが喜ぶ。何せマトモな飯にありつけるわけだからな。
別に金で支払っても良いんだ……だが、それの意味をしっかり理解していないなら渡さない方が賢明だ。より賢い者に搾取されるだけなら、その場で至福にありつけるものの方がよっぽど良い。それを彼らの笑顔が物語っている。
「それじゃ、今日はありがとう。また何かあったら手伝ってくれ」
「ばいばーいねーちゃん! また来てねー!」
「ういうい」
麺を不器用にちゅるちゅると啜る彼らに後ろ手を振り、今日の廃材採掘は終了した。掘り出した武器は自前の大きな革布に包み、肩に背負って自宅へと持ち帰る。
こうやって我が家には日夜不要とも思える粗大ゴミが蓄積されていく。それはもうダストボックスの事を悪く言えないくらいには荒れ放題だ。だが、これが万一の時に役に立つ。別に蓄集癖があるわけじゃあない……。
……そう、断じて無い筈だ。
「なんだ、まぁたゴミ漁りかいお姉ぇさぁん?」
「……何の用だ、カスベルグ」
「あらあら面倒な顏して……釣れないねぇ」
帰り道、裏通りで声をかけてきたこの男……ガズベルグ・ソリード。
スラム出身の詐欺師で、私と同じ『野良』。実質今のスラム街のリーダーと言っても過言じゃない、いけ好かない狼男。面倒なヤツに会っちまった……。
「どこ行ってたのさ、ガキどもの世話ほっぽらかして」
「なぁ~にちょっとした野暮用さ。ところでどうだい? 久しぶりに帰ってきたご感想は?」
「相変わらず臭い。あまり良いとは言えないね」
「にもかかわらず足繁く通い詰めるとは……いやはや、傭兵なんて気取っちゃってるけどさぁ、結局お前もこっち側の人間ってぇ事だろ?」
「余計なお節介だな。そんなに同類が恋しいのか? ……それとも、勝手にスラムから出てったアルが羨ましいのか?」
「ハッハッ! そんなこたぁ無ぇさ。ただ、お前は自分が望む傭兵になれてんのかって話さ。お前を拾ってったあの男みてぇな、一本筋の通った勇ましい傭兵によ」
「フッ、愚問だな……と言いたいところだが、結局のところドブネズミはどこまで行ってもドブネズミだ。チーム解散の理由もそこにあるしね」
「ほぉ~う、まさかまさかの自虐かい?」
「まあそうだな。アンタが思うほどアイツは立派じゃねえし、そんなヤツに育てられたアルもまた、しょうもないドブネズミってことだ。真面目なヤツなんざどこにもいねぇよ」
「ヒッヒ、育ての親にまで悪態を吐くようになるたぁ、あのクソガキが一丁前になるもんだぁなぁ」
ガズベルグとは旧来の知り合いらしい。詳しくは分からないが、私がレンドロスに拾われる以前、このスラム街で面識がある。どうやらその時の私は相当荒れていて、ガズベルグも私を持て余していたらしい。だからある意味、私の本質を知っている唯一の人間であり、私の根本に根付いた性質を植え付けた人物だ。似た者同士は相容れないと聞くが、まあそれなら納得がいく。
「ところで今目の前にぃ、独り身の寂しいオッサンがいるワケだ! どうだいお前? 今フリーなら俺と手を組まねぇか?」
「生憎ながら、こんな胡散臭い俗物と一緒は御免ね。さっさと焼却炉に行ってらっしゃな」
「はぁ~世知辛い世の中だぁこった!! 胡散臭いのはお前も変わらねぇだろ」
「雰囲気よ、雰囲気。如何にも人に媚び諂いそうなその表情と人を喰ったような喋り方、あなたを騙す気マンマンですってカンジだもの」
「ほぉ~う言ってくれるねぇ、これでも超~大真面目に詐欺師やってるんだがなぁ……」
「せめてその猫背は直しなさい、あんた一応狼なんだから。あとそうね……もっとワイルドで渋めのハスキーボイスで、そのボサボサ髪をオールバックにしてイケメンなら考えなくもないわ」
「ちィ、暫く見ねぇ間によく言うようになったモンだ。んで、その男の趣味は元パートナーか?」
「違っ……否定はしないでおくよ」
そうだった……こいつはこうやって人に取り入る人間だった。……いや、今回喋り過ぎたのは私の方ね。
こいつは相手を『喋らせる』のが得意だ。誘導尋問とかじゃない。仕草、表情、口調や声のトーンがそうさせるんだ。これがこいつの詐欺師としての質なんだ。計算なのか天然なのかはまでは私には分からない。
これのタチの悪いところは強制的に喋らせてる訳じゃないことだ。だから罪には問われない。何てったって、本人からしてみれば「ペラペラと個人情報を喋る方が悪い」と言えてしまうのだから。つまり、こいつと会話を始めてしまった時点で相手側の負けなのだ。
「まあ、下らない与太話はここまでにしましょ。あんたと喋ってても生産性が無いわ」
「そうかぁ? 俺にとっちゃあ、会話も充分生産的だぜ? コミュニケーション能力は社会を生き抜く秘訣だぞ、っと」
「喋るのが嫌なんじゃないわよ、あんたが嫌なの。ゴミ漁ってる方がまだマシね」
「俺はゴミ以下かよ……んで、ソイツを漁りに来たってぇ事は、また仕事かい」
「……いえ、あくまで護身用ね。気の利かない忠犬が教えてくれたのさ、なんかストーカーみたいのがいるってね」
「ブッハ! その忠犬がストーカーってオチじゃあねぇのソレって!」
「まあ、あいつならそう言うのもやりかねないわね……ただ、少なくともあんたよりは信用出来るよ」
「ほぉ~う、ドブネズミが一丁前に役人にケツ振ってる訳だ」
「……殴るよ、ホントに」
「ハッハッ、流石に冗談だっての! ……まあ、でも気ィ付けとくんだな。ここいらでも最近、不審な噂は多い」
「アルが知る限り、ここが不審じゃ無かった事の方が少ないわ。今も丁度目の前に不審人物がいるし……で、被害とかは出たの?」
「元々数に拘らねぇ連中の溜まり場だ。正確な数なんてわかんねぇが……そうだなぁ、昨日は路地裏で一人死んでたっけなぁ。」
「……そう、分かったわ。ありがと」
さっきの言葉は前言撤回ね、これだけでも収穫はあったようなものだ。
「誰かが死んだ」「誰かが殺した」なんてものはこの街じゃあ年がら年中あることだ、それほど重要なものでもない。肝心なのはこの男の口からこの言葉が出たところ。
少なくとも彼はまかりなりにもこのスラムのリーダーだ。日頃プラプラ出歩いた痕跡は全て把握している筈。だから『重要じゃない情報は提示しない』のが普通だ。何たってこちらは傭兵。噂にがめつく、金にがめつい傭兵だ。そいつらにそれっぽい噂を流すのは、デマでも何でも『ここに儲け話がある』からだ。
「ん? なんだ、与太話には生産性が無かったんじゃないのか?」
「はいはい面倒臭いわねホント……あんたも精々気を付けることね」
「お気遣いどーうも。ま、俺を相手にするってこたぁ、この街全員を敵に回すってことだ。利口なヤツならまずそんな無謀なことはしねぇだろうよ」
「そうね。利口なヤツだったら脱走なんてしないでしょうからね」
「ほぉう、随分と肝の据わった阿呆がいたもんだ。仕方ねぇなぁ……俺の方もなんかあったら情報くらいは流してやるよ、取り分多めになっ」
「あんた自分の勝手なお節介で金取る気?」
「馬鹿野郎俺ぁ詐欺師だぜ?金になりそうならどっからでも毟り取ってやるさぁ」
「全く、とんだドブネズミ根性だこと……それじゃ、アルはもう行くよ」
「おうおう、さっさと出ていけ傭兵さんよ」
「……ああ、そうそう。黒猫に会ったら『報酬金全額返せ』って伝えといて」
「へ~いへい」
ぴらぴらとだらしなく手を振るガズベルグを尻目に、この肩に下げた重荷を置くために、私は帰路へとついたのだった。
吉報……いや、悲報だったか?何はともあれその危険人物とやらが近隣区域にいる可能性は高そうだ。改めて思えばなかなか馬鹿馬鹿しい事をしている気がしなくもない。依頼の中身を聞いときながら報酬金を受け取らず、あまつさえ自らそのターゲットに近付こうとしている。
普通なら金は貰うだろう。
危ない相手なら近付かないだろう。
追ってくるなら避けるだろう。
資金が無いなら武器の調達なんてしないだろう。
金を受け取り、それに見合った仕事をするのが傭兵だ。私の今の行動は、傭兵としては完璧に逸脱している。原因とすれば、私は否応無しにバーナードやガズベルグに操られている。
……または、『私自身』がそうしたいのかの二択だ。
理念を捨て理想を曲げ、我欲に忠実であろうとする……自分で言っといてなんだが、どうやら私にはドブネズミの血が流れているようだ。全く、こんな性格だからレンドロスと反りが会わなくなったのかもしれないな。昔からよく言われてたっけ……『お前に傭兵は向いてない』って。
――――――
「『報酬金を全額返せ』……だってよ、ネロちゃん」
「アンタねぇ! 帰ってきてみたらなに悠長にターゲットと喋ってんのよ! アタシがどれだけ目ぇ閉じてたか分かるぅ!?」
「ん~、ざっと一時間半ってぇトコか?」
「正解よっ!! なんなのよもう……っ!」
「んで、どれだけ巻き上げてきたんだ?」
「そうね、ざっと3リーベルくらい。これでいいでしょ? お駄賃ちょーだいよ」
「まあそう急かすなよ、これで漸く契約が成り立つんだ。お前の駄賃はその後な」
「人をコキ使っといてなにその態度!? たまには敬えコンニャロウッ!!」
「痛い痛いやめろって! ……まあ分かったよ、払う払う。ただまぁ、今回の依頼人を招待してからにしよう」
「……あの人と本気で契約するの?」
「当たり前だ。何せ『報酬金を全額返さなきゃいけない』からな……」
二話目の投稿です。
今回までは起承転結の「起」くらいでしょうか。
彼女には傭兵として過ごしてきた側面と、自身も知らないスラム孤児時代の側面との二つの性質があるようなカンジです。今後の展開にも影響してくるため多くは語れませんが、彼女は彼女が自覚している以上に自分の事を知らないんですね。ちなみに本文中にスラムの子供が「腹だしねーちゃん」と呼んでいますが、つまりはそういう格好と言うことです。
あと、一話目からちょいちょい書いている通貨の名称ですが、ザックリとガルバ→ベルグ→リーベルの順に価値が上がります。おおよそ700ガルバで1ベルグ、700ベルグで1リーベルといったカンジです。一日を普通に暮らすだけならベルグ貨幣が数枚あれば充分足ります。
・・・まあ、ザックリと決めた単位なのでかなり大味計算なんですよね・・・この世界の貨幣価値がどうなっているのか自分でも分かりません。いい加減ですね。
次回投稿はまた気が向いたらとなります。期待せずお待ちください。