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銀狐のアルジャーノン  作者: みょみょっくす
第二部 ルーザーチルドレン
29/33

パニック·パニッシュ·トレイン



「くっそォォ!?これ以上は抑えらんねぇっての!?」

「少しずつ切り崩す!アンタはもう少し粘ってくれ!」

「んな無茶なこと言うなっ!いい加減限界だ!」



貨物室になだれ込む乗客の群れをなんとか捌かなければならない。バーナードに持たせた盾で入り口を抑え、そこからあぶれた乗客達を私とミラルカで処理していく。延した乗客はネロに任せ貨物室の奥に退避させていく。

だが正直、いくらなんでも群がる乗客が多すぎる。バーナードが入り口を塞ぎ続ければ、扉の外側で溢れた乗客がこの鉄道から振り落とされてしまう。先程より更に加速がついたこの鉄道から放り出されれば命の保証はない。だからと言って乗客をこの貨物室に全員押し込むなんてことは無理だ。人海に飲まれて身動きどころか圧迫死が関の山。



「アルぅ!そっち漏れたぞ!!」

「分かってる!打撲ぐらいは許可してくれよ警官!」

「やむを得ねぇからさっさと処理しろっ!」



そして何より、相手はただの乗客の群れ…必要以上に傷付けることなど言語道断。一人一人捌いていくだけじゃ押し通されるのは目に見えている…ていうか現時点でバーナードがそろそろ持たない。なにか打開策を練らなければ…。



「おいネロ!これはアンタの兄貴の能力なのか!?」

「違う、アタシの知ってる兄さんの能力はこんなのじゃない!」

「じゃあこりゃ一体なんなんだ…!」

「…たぶん、『獣』」

「っ!?」



入ってきた乗客の頭部を蹴りつけ昏倒させたミラルカがぼそりと口を開く。

乗客に危害を加えぬよう包丁を没収されていた彼女はつまらなそうに黙々と作業をこなしていたのだが、それが今になって目を見開いた笑みを浮かべている。なにか嫌な予感がする。



「…おねーちゃん、包丁返して」

「は?んな事できるワケないだろ⁉この状況で」

「『この状況だから』だよ。アタシを頼ってもいいんじゃない?」

「…………。」



”一理ある”…直感だが、そう思ってしまった。

このままではゾンビ化した乗客共に押し切られる、だからと言って殺人は出来ない…耐えられたとしても、列車が止められなければ全員一緒にお陀仏だ。どちらにせよ今は身動きが出来ず、決断しなければ…"何かを切り捨て"なければ、先へは進めない。

だがそれは"一般常識的な思考論"だ。…打開するチャンスがあるとすれば、一つの狂気、不確定要素の一つに縋り、どう転ぶか分からない未来に賭けるのも一つの手である。

ミラルカの思考ははっきり言って物騒だ。常軌を逸している。だからこそ私達の斜め上を行く…バディとして信用してみるのも、悪い手ではない。



「…分かった、要件を飲む」

「やった♪」

「ただし条件がある。それだけは守れ」

「えー」

「えーじゃない、これが飲めなきゃ包丁は返さない」

「でも返さなかったらみんな死んじゃうんじゃない?」

「それはお互い様だろう?」

「アタシならヘーキだもん」

「アンタなら平気だろうよ!大体アンタは…」

「くっっちゃべってないでさっさとしてくんねぇかなぁ⁉もう限界なんだがなぁ⁉」

「………。」

「………。」



顔を真っ赤にし、重圧に耐えかね上半身が反りかえりつつバーナードが必死の思いで叫ぶ。

もはや怒号と言うよりも懇願に近い、あまりにも情けないキレ方である。確かに口論などしている場面ではなかった。申し訳ない。……心の中で謝罪は済ませた、先に進もう。

布を巻き、空になった左袖の中に入れていた包丁を取り出す。



「…一つだけだ、一つだけ条件を課す」

「しかたないなぁ、……で、なに?」

「"人は殺すな"…これだけだ。絶対に殺すなよ」

「…なんだ、そんなことか。いいよ♪」



包丁を受け取った瞬間、ミラルカはフッとその場から姿を消した。

そういえば『出てくるところ』は散々見た気がするが、『消えるところ』を目撃したのは今回が初めてかも。



「話は付いたのか⁉」

「ああ、なんとなくな。手を貸すよ」



改めて向き直り、海老反りになりつつあるバーナードに加勢する。

新たに取り出した盾を構え、バーナードの盾と重なるようにして身体全体で外へと押し出す。少しは余裕ができたのか、バーナードも体勢を立て直し、腰を擦りつつ前のめりに力をかける。



「フゥ……折れると思ったぜェ…」

「そのまま折れても良かったんだけど」

「ならオレの介護は未来の伴侶に頼もうか」

「妄言垂れ流すだけでも始末が悪いのにシモの世話まで出来ると思う?」

「ヒュゥ、手厳しいねぇ…しっかし、なに仕出かすつもりなんだアイツ…」

「正直アルにも分からん、そもそも包丁返したら消えるとも思わなかった」

「は?じゃあオマエもなんも分からずにアイツの手綱を離したのかよっ!?」

「そうじゃない……賭けてみたんだ、あいつの『狂気』に…」

「カッコ良く言ってっけど結局行き当たりばったりじゃねぇか!?どうすんだよこの状況!」

「どうもこうも、なんか起きるまでこうしてる他ねぇだろ」



そう、こちらから手は打った…あとはその『なんか』が起こるまでは耐えるしかない。

ミラルカのあの表情は獲物を見付けた眼だ。昨夜に有無も言わさずナイルに突っ込んでった時と同じ…そして、ミラルカは殺人鬼とは少し違う。あいつが狙っているのは人ではなく『獣』なんだ。『獣』の気配が強くなればなるほど、あいつの衝動も強くなる。

今、ナイルとこれだけ距離が離れているにも関わらずそれが起きているということは、それだけナイルもヤバいってことだ。ネロ曰く、今襲ってきてるこの群衆はナイルの能力とは何も関係がないという。ナイルの方に何が起きてるのかはさっぱり分からんが、どちらにせよ異常な事態なのは間違いない。

…そして私の予測が正しければ、ミラルカが"飛んだ"先は……



「…ところでネロ、アンタの兄貴の能力ってのは」

「………」

「…ネロ?」



…おかしい、ネロの返事が…いや、気配を感じない。まさか…



「おいどうしたアル、ネロならさっきまでここに…」

「…いや、いない!」

「はぁ!?」

「クソ!あの黒猫…透明化したままミラルカについていきやがった!通りでなんか嫌な予感はしてたんだ!」

「おいそりゃどういうことだよ!?え、てか…一つ聞いていいか?子兎の能力って他人の転送も出来んのか!?」

「ああ、アルもこの列車に乗り込む際、頼らせてもらった」

「…ってことはよォ、オレらもそれに付いて行きゃぁ良かったんじゃねえのか!?」

「…よく考えりゃそうじゃねぇか!何やってんだ私!!」

「だぁから詰めが甘いってんだよオマエよぉ!!」

「でもさっき言ったろ!?包丁返したからって急にミラルカが飛んでくなんて……っておい、ちょっと待て」

「あん?」








―――――







車内に充満する赤、青年の胸に滴る赤―――



「……イっタイなァ………」

「…やっぱり。"もうそこにはいない"んだ」



青年の背後から刺し貫かれる刃。車内前方の扉に飛んだミラルカは、そのまま扉を踏み台にして青年の背後を穿つ。一瞬、驚いたような素振りをするものの、青年は平然とした表情で伸びた三本の尾を繰り、背中に刺さったミラルカを包丁ごと振り解く。

巨大な尻尾に叩かれたミラルカはそのまま窓に叩き付けられ、弾かれるように青年の前面へと回り込む。



「ネコかなぁ?ヤギかなぁ?楽しいねぇ!!」

「キみは…さっきノおジョウさんカ…なニをシニきた?」

「許可が出たの、アナタを殺しに来たわ」

「そウか、ボクをコろすノか…」



青年の胸の傷がジュルジュルと塞がっていく。それだけじゃない、彼の身体は常に脈動を繰り返し、そして徐々に姿を変えている。肥大化した左腕は黒い毛皮に包まれゴキゴキとねじ曲がり、顔も既に半分が黒く変色し眼光が鋭く光っている。頭部には黒い耳と、彼のものとは思えない長い角がギリギリと伸びている。背中の三本の尻尾は身体の異形をカバーするように手足のように自在に動く。辛うじて会話は可能だがその発音もたどたどしく、もはや元の面影は殆どないと言っても過言ではない。



「ボくはシナナい…マざーのトコろにもどルマデは…イかなくチャ…ヤクメを…ハたさなきゃ…!」

「だいぶあぶないね?アタシが殺さなくても死にそう」

「ぼクはシなない…シナナイっ!!」



二本の尻尾を伸縮させ、鞭のように叩き付けてくる。回避のために飛び上がったミラルカを、更にもう一本の尻尾が槍のように突き刺してくる。尻尾の先端を包丁の腹で受け、さらに後方へと飛び退くミラルカ。

着地と同時に客車の椅子を使い、反撃の為に再度足を畳む。椅子の縁を蹴り出すように飛び出し、懐に包丁を構えて突貫を試みるミラルカ。だが、突貫直後の無防備な状態を尻尾で叩かれ、床に叩き付けられる。



「……あれ、おかしい、な…?」



すかさず立ち上がるものの、足元は覚束ず、よたよたと右往左往を繰り返す。視点も定まらず、まるで泥酔しているような行動を繰り返すミラルカ。叩き付けられはしたものの、目立った外傷はなく、普段の彼女ならばそんな傷も意に介さず襲ってくるようなもの。今の彼女はそもそも、獲物の姿が見えていない。

そうこうしているうちにナイルは次の攻撃を仕掛ける。足元も視点も覚束ないミラルカを三方位から強襲する形で尻尾を展開し、槍に見立てて突き刺してくる。



「イモウとをツレかえルんだ…そこヲドケぇ!!」

「っ!!」



ミラルカに凶刃が襲い掛かる。彼女も自分が攻撃を仕掛けられていることは把握していた。しかし、それを殆ど判別できていなかった。感覚で分かっていても、それを肌で、音で、感じ取っていても、五感が一致しない限りその正確な位置もタイミングも計れない。

上下も左右も、見えているものさえも、全てが一致していない。だから避けるに避けられず、飛ぶに飛べない。今まで味わったことのない感覚に身体が対応できない。だからただ、その場で闇雲に包丁を振り回すしか出来なかった。

………だからこそ、攻撃でない『なにか』を身体で感じ、それに守られたことだけは容易に認識できた。

三本の尻尾が僅かにタイミングをずらしつつドドドッと床板に突き刺さる。その衝撃で周囲の座椅子が跳ね上がり、赤黒い煙とは別の砂埃を巻き上げる。



「大丈夫!?ミラちゃん!」

「…あれ、なんでここにいるの?」

「ミラちゃんがお兄ちゃんを殺しちゃうんじゃないかと思って…付いてきちゃった」



そこに現れたのはネロだった。

ミラルカと共に飛ばされてきたネロは、ミラルカとナイルが戦っている最中、目を閉じ、姿を隠していた。ミラルカの危機に際し、彼女を助けるために透明化を解除して飛び出して来たのだ。

彼女がミラルカを抱き回避したお陰で、二人は無事に尻尾の包囲網から脱出した。



「…一応、おねーちゃんには殺すなって言われてるから大丈夫」

「え、でもさっき許可が出たから殺すって言ってなかった!?」

「言ってた」

「え?じゃあダメじゃない!?さっき思いっきり心臓刺してたし…」

「でも死んでないでしょ?」

「え?あ?えぇ!?まあ、そうなんだけど…」

「さっき止めれば良かったんじゃない?」

「止めるヒマなかったよね!?」



自分の立ち位置と起こっている事実、そして自らが抱える違和感が頭の中でこんがらがりナイルとミラルカを交互に見ながらおろおろと取り乱すネロ。しかし彼女からしても、現状のナイルは到底本人が望む"お兄ちゃん"とは大きく違う存在であると直感はしており、それにショックを感じつつも改めてミラルカに加勢すると心に決める。



「…ところでミラちゃん、目の方は大丈夫?」

「え、あ…治ってる!なんでだろ」

「いい?ミラちゃん…あれはね、お兄ちゃんの本来の能力。お兄ちゃんの能力は『自分の見た景色を相手の視界に転写させる』ってヤツで、昔はあれでスリの手伝いをしてくれてた…だから気を付けて、また突然視界がおかしくなると思う」

「…なるほど。そういうことか」

「うん、たぶんさっきもそうだったでしょ。でも、使うときは必ず目を閉じる…よく観察して」

「うん、わかった」

「あと、それと…たぶん今"あそこにいる"のは、お兄ちゃんとはちょっと違う"何か"だと思う。だって…」



一方、尾の先に集約させた神経が肌を貫く感覚を知覚しなかったナイルは、それとはまったく別の感覚を胸元から感じていた。ナイルが胸元を見ると、そこには塞がりかけていた風穴に細いガラスの筒が刺し込まれていた。



「……なンだ?これは…」

「仮にもし、お兄ちゃんが本当に"そうなること"を望んでいるなら!あんなもの送ってこないわ!」






―――――


どうも、みょみょっくすです

今回からは再度鉄道組のお話に戻ります。ナイルが嗾けた乗客ゾンビ達に対してどういった抵抗を試みるのか、そういった内容になります。

折角四人そろっていたのにまた2×2の構図に分かれましたね。個人的にもこっちの構図の方が話が書きやすくて楽なのです。貨物室に取り残されたアルジャーノンとバーナード、抵抗組の先兵として送り込まれたミラルカと、それに勝手に付いてきたネロ。また交互に話を振りつつ、進行して参ります。


この話を書きながら少し先の方までまた構想を練ったので、次の投稿もそう遅くないうちに行いたいと思います。ではでは、また次回まで期待せずにお待ちくださいませ~

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