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銀狐のアルジャーノン  作者: みょみょっくす
第二部 ルーザーチルドレン
28/33

血盟(レギオン)


茹だるような熱気、絶え間ない虫と鳥の喧騒。

鬱蒼と生い茂る植物、木々の隙間から射し込む陽光。

寒く暗い洞窟を歩いていた筈の男は、いつの間にか密林に足を踏み入れていた。



「ったく、どういうこったこれはぁ…!!」



男が苛つくのも無理はない。炭坑で冷やされきった身体は高温多湿に耐えられる筈もなく、着込んだ装備の裏側に容赦なく液状の層を作る。額に滴る汗は這うように顔をなぞり気を散らし、追い撃ちの如く蝿が踊り眼前で煽る。



「だああ畜生!邪魔だぁ!!」



眼前を左手でバシバシと薙ぐも、蝿は飛び去り激しい動作はさらに熱気を加速させる。もはや一挙手一投足すらフラストレーションの元である。自慢の鬣も蒸れてへたり込み、なんとか保たれていた威厳さえ失せたその姿はただの暑苦しいおじさんである。

しかし彼に苛立ちを募らせていたのは、ただの暑さから来るものだけでは無かった。



「はぁ、はぁ………やっぱりか…」



密林が開けた丘に出る。そこから見えたのは小さな集落…木や石で組み上げられた大小様々な家屋、顔状のオブジェが高く積み上げられた柱や色彩鮮やかな巨大な仮面、独特の紋様で描かれた動物の壁画…そして、村から少し離れた位置に堂々と聳え立つ、石造りの巨大な祭壇。



「違いねぇな、ここは…」



男はこの場所を知っていた。厳密には彼自身は実際に見たことも行ったこともない場所だ。だが彼の記憶が、魂が、本能がそう確信していた。自身に纏わるルーツの奥深く、朧気ながら確かに存在する"それ"を彼は直感的に理解していた。

だからこそ苛ついていた。何故なら彼が知覚するこの場所は、少なくともこの世界には存在しないものだからだ。ザワザワと心の内を弄られるようなその違和感が、彼を刺激し続けていた。そして、その違和感は否応なしに彼を前進へと駆り立てる。

一歩、また一歩、彼は集落へと向けて歩みを進める。



「……っ!」



歩いてきた背後の密林から熱風を感じる。これは彼が今まで感じていた暑さからのものではない。

振り向くのを躊躇った。赤い光が眼前の植物に反射し、周囲を明るく照らす。照らし出された明りが足元の影を色濃く前方へと伸ばす。キラキラと、赤い粒子が前方へと流れていく。

…無論、彼はここで起こる出来事も、凡そ確信していた筈だ。意を決して背後を振り向く。ほんの僅か前まで存在していた緑豊かな密林は、炎の海に飲まれていた。



「……またなのかよ…"また"なのか…っ!?」



自分でも何を言っているのか分からない。"一度も経験したことが無いこと"を"二度も経験している"のだから。

男はすぐさま向き直り、前方の集落へと目を移す。先程まであったのどかな光景も今は昔、焼け爛れ崩れ落ちる民家、火に焙られ逃げ惑う住民、神頼みのように石の祭壇に逃げるも、空より降ってきた無数の礫がそれを仕留めていく。日光は曇天に遮られ、遠方に臨む霊峰が轟音を立てて唸り出す。灰色の熱を噴き上げ、光の道がどろどろと流れ降りていく。今日この日、この文明に降り注いだ"終末"である。



「おい…やめろ、やめてくれ…!」



男は膝を付き、混乱の中で懇願する。

自身でも何をやっているのかさっぱりわかっていなかった。だが深層意識にある”それ”が、考えることを許しはしなかった。頭で考える以前に衝動が身体を動かしている。もはやそこに『レンドロス・アルケーダ』の意思は介在していない。



「くそ…っ!どうしてこうなったんだ…!!何がマズかったんだ…っ!?」

「後悔があるようですね」

「っ!?」



一人頭を抱える男の眼前に、意図しないものが現れる。

裸も同然のような姿の、黒山羊の頭部をもった女性。彼女は宙に浮き、そして男へと語りかける。



「あなたは、彼らを救えなかったことを後悔している。ずっと、ずっと、心の内で。それが魂の疵となっている」

「…誰だ、お前は」

「私は『ザナドゥ』。心を瑕疵を拭い、理想郷へと導くもの。真なる幸福の手助けを行うもの。あなたの心の瑕疵を祓い、祝福を得る手助けをしましょう」

「…お前が手を貸せば、俺の後悔は消えるのか?」

「ええ。私が力添えすれば、この悲劇は回避できます。もう一度やり直すのです、あなたの生を…」



ザナドゥは男へと手を差し伸べる。炎に焼かれ終末を辿る世界の中、助かる道はここにしか用意されていないように見えた。男もその導きに感化され、彼女の手に触れようとする。



「しっかりしろこの役立たずが!!」

「……っ!!」



その時、彼の頭の中に誰かの声が聞こえた気がした。

瞬間、はっと我に返る男…ノイズのような小さな声がガサガサと耳鳴りのように聞こえてくる。

自分が伸ばしていたその手に、自分の意思が介在していないことを直感的に理解する。



パンッ

「………?」



男は差し出していたその手を横に払い除け、祝福を拒絶した。



「……なぜです?どういうことです?」

「…悪ぃな神様、人生そう簡単にやり直しなんか出来ねぇことくらい知ってんだ。理想は叶わねぇから理想なんだ」

「……そうですか、拒むというのですね」

「起きた事実は変えられはしない…それは自分の過去の否定になっちまう。だから俺はこの記憶も後悔も、引き摺りながら生きていくさ」

「それがまた、次の後悔を産むことになっても…ですか?」

「生憎、後悔なんてのはもう数え切れないほど経験してんだ。一つや二つ増えたとこでそう変わらん」

「……馬鹿ですか?あなたは」

「馬鹿じゃなかったら今頃"こんなところ"にもいないだろ?じゃ、俺はこれで…」

「ま、待ちなさ…」



漸く苛立ちの原因が分かった男は、眼前に現れた救いの使途に一瞥し、歩いてきた道を引き返す。燃え盛りもはや原型も残っていない炎の海の中に自ら歩き近付いていく。ザナドゥは呆気に取られたようにその場に立ち尽くしている。



「……あー、それと」

「?」

「口八丁なら俺の友人のが手馴れてる。宗教勧誘ならもっと上手くやるんだな」

「………っ!!」



その言葉を最後に男は炎の海に飲まれ、ザナドゥの目の前から姿を消した。



「…そうですか。その選択が、あなたに最悪の結末を招かないことを祈りましょう」



「私はいつでも、あなたをここで見ています」



………



「…お…ろ」



灼熱の業火の中を突き進む。身が焼けるように熱いが、神様に啖呵を切った以上、前に進むしかない。



「お…!め……けろ…!」



どこか遠くから声が響いてる。どこか癪に障る、角張った声だ…



「おい…おい…!いい加減に…!」



なんかうるせぇなこの声…あーはいはい分かりましたよ



「さっさと起きろこのでくの坊が!」

「ああ?なんだって!?聞き捨てならねぇこと言いやがってこのクソインテリが!」



その瞬間、彼を包んでいた周囲の業火が一瞬にして凍結し、砕け散った





―――――――――





「ぶはぁ!!」

「うわ吃驚した…おい、大丈夫か?」



目を開けたレンドロスは、何故か炭鉱の通路で倒れていた。傍らには別の通路を調査しに行ったはずのシェパードもいる。

頭の片隅に違和感を感じるものの、うかうかしていられないとレンドロスは身体を起こす。



「痛ってェ……躓いて転んじまったよ」

「…3時間」

「はぁ?」

「3時間だ。私とキミが通路で別々に調査を始めてから3時間経っている。3時間も転んでいたのかね?」

「あ、ハハ…いやぁ道理で頭が冴えねぇと思ってたんだ!…連日の寝不足が祟っちまったみてえだなハハハ……ど、どうだい調査の方は?順調に進んだのか?」

「…ああ、お陰様で、こちらの管轄はじっくり調査が出来たよ。…で、キミの方はどうしたんだい?まさか道端でぐっすり眠っていただけとは言うまいな?」

「ま、まさかぁ…そんなことあるわけないじゃないですか…」

「そうかそうか、ならばその『成果』がなにか見せてもらいたいものだね」

「………あーーーー、あの…」



見下ろし激怒するクライアントに対し、しどろもどろに言い訳した挙句、万策尽きて言葉を濁し、姿勢を正し、膝を畳み、三つ指揃えて頭を下げる。どこからどう見ても立派な大人が取る振舞いではない。



「面目、ありませんでした」

「ハァ…全く、キミを雇う為に幾ら出したと思ってるんだ。せめて金額に見合う仕事はして欲しいものだよ」

「申し訳ないです…」

「…フフ、無事に目覚めてくれて良かった、それだけでも一つ収穫としよう。優しいクライアントに感謝するんだな」

「全く、情けない話だ…感謝するぜ」



意識を失っている間の出来事をレンドロスは覚えていない。だが、シェパードの呼びかけが自分を目覚めさせてくれたことだけは、直感で理解していた。彼の差し伸べる手に捕まり立ち上がると、通路の奥を指差したシェパードが今までの経緯について大まかに話し始める。



「私がキミの異変に気付いたのは今から30分ほど前だ。調査を終えて先程の鉄扉の前で待っていた際、キミの管轄だった通路から異様な鉄臭さを感じたのさ」

「鉄臭さ…?」

「そう。厳密には血の匂いだ」

「よくそんなモンが分かるな…」

「私は犬だからな、嗅覚は鋭い方なのさ」



シェパードの先導に従い、二人は通路の更に奥、行き止まりへと足を進める。



「…そして、ここでこの扉を開け放ったまま倒れているキミを見つけた」



行き止まりには巨大な扉。

先程シェパードが言っていた"異様な血の匂い"を、レンドロスも嫌というほど感じるまでに、その扉は禍々しい存在感を放っていた。



「…これを俺が開けたってのか?」

「あれを見た限り、そうとしか言えなかった。開けてみろ」

「…またぶっ倒れるかもしんねぇぞ?」

「なにを言ってる?キミの管轄なんだからキミが開けるべきだ」

「へいへい、やりますよ…」



仕方なくもレンドロスは、恐る恐るその扉を開く。

なにか罠があるかもしれない…慎重に、ゆっくりと開かれる扉の隙間から、禍々しく淀んだ赤黒い煙が大量に流れ出し、通路を染めていく。煙と同時に先程の血の匂いも、より濃さを増す。



「っくっそ気持ちわりぃ!さっきの俺はコイツに中てられたってのか!?」

「外傷はなかった、恐らくそうだろう…鼻を塞ぐか息を止めるかして開くといい」

「忠告が遅ぇよ!さっきからなんなんだお前!?」



そう言いつつも完全に扉が開かれる。赤く濃く霞んだ視界の先に何かの装飾が煌めくのが見える。

多量の煙に戸惑いつつも、部屋の中へと足を踏み入れる…開け放たれた扉に煙が流れ出していき、徐々に部屋の全容が明らかになっていく…。



「…こりゃぁ…教会?」

「教会、礼拝堂だな」



明けた視界の先には、煌びやかに輝くステンドグラス。教壇に十字架、それを注視できるように並べられた多数の座椅子。そして、頭が山羊に挿げ変わった女神像…。



「………『ザナドゥ』……」



無意識に、彼女の名前がレンドロスの口からこぼれ出る。明確に覚えていたわけではない、ただ直感として「そうである」と彼は認識していた。



「ん?今何か言ったか?」

「え?いや、俺はなんにも…」

「ここには二人しかいないんだ、キミ以外の誰かが喋る訳が無い」

「んなこと言っても俺はなんも」

「キミは一度、ここで『何か』があったんだ。無理はするな」

「…ったく、心配してんだかコキ使ってんだか…」



しかしレンドロス自身、自らに起きた異変に無頓着ではなかった。現に目覚めてから今まで、頭の片隅に残る違和感は消えるどころかむしろ強さを増していた。まるで自分が『自分ではないなにか』に乗っ取られるような…そういった恐怖心を芽生えさせる程には、彼は自身の身体に警戒心を持っていた。



「…しっかし犯罪組織のアジトに礼拝堂たぁ、随分悪趣味じゃねえか」

「組織を纏めるうえで神を崇拝させるのはある種の常套手段だ。明確な御旗と思想があってこそ、大規模な組織は形成できる。おかしいのは、この組織はその運用を上手く活かせていないことだ」

「あん?」

「一度ここで、私の方の調査結果を教えておこう」



そう言うとシェパードは、懐よりいくつかの資料を取り出した。

一つは炭鉱の地図、一つはコリーの調査書、そして経典と思しき分厚い書物と、使い古されたノートのようなもの。



「…私の進んだ通路には、恐らく幹部クラスのものと思われる居住区画があった。全部で八部屋ほどあったが、その中で直近まで使われていたのは恐らく三部屋。一つは"ガラクタの部屋"」

「ガラクタの部屋…?」

「ああ、文字通りガラクタが山のように積まれていた。それより何より、残り二部屋の方が情報的には重要だ」

「まどろっこしいなぁ…先にそっちから発表で良かったんじゃねえのか?」

「手に入れた情報は不足無く共有するべきだろう…そして残り二つ、"実験の部屋"と"貴族の部屋"だ」

「貴族の部屋……?」

「そうだ。不気味なほどにこの炭鉱に不釣合いな部屋だった…やたら豪華な家具や天蓋の付いたダブルベッド…正直趣味が悪いとも思ったさ。この経典とノートはそこから押収したもの、そしてそこの記述とコリーの書き置きを見れば、この設備も教義も如何に形骸的なものなのかが見て取れる」



レンドロスは経典を手に取りペラペラと流し読みする。もっともらしい事は書かれているものの、その分厚さに対して内容は極めて薄いように感じる。それどころか、後半ページに至っては白紙で嵩増しされている始末。はっきり言って、読み物としては成立し得ない代物である。



「うわ…こりゃひでぇ」

「恐らくこれは、教祖がポーズを取るためだけに制作されたものだろう。事実、コリーくんの遺した調査書でも、この経典は他者に配布された記録は無かった。さらに…」



そう言うとシェパードは懐より追加の押収品を取り出す。

出てきたのは小袋に入った微細な粉と、ライフル用の銃弾、そして真っ赤な色をした錠剤。



「"実験の部屋"で見付けたこれらが、この組織の実状を表していると見て良いだろう」

「この袋ン中のは…麻薬か」

「そうだ、キミが前回の仕事で捜していたものだろう」

「っ!!どうしてそれを!」

「キミを雇う為に、どうやってワイズメル商会から『手を引かせた』と思っている?」

「っ……‼」

「…まあ、キミが麻薬を捜していたというのも言いがかりに過ぎないがね。それにしたって奇妙だとは思わないかい?」

「…どういうことだ」

「ドラッグの真価は"売ってこそ"発揮されるものだ。しかし、先程の部屋しかりこの組織では"使う"ことが推奨されている。奪うまでして手に入れた薬を、富に変えるでもなく組織で消化してしまっている。そんなに薬物中毒者を増やしては、ただ組織として腐敗していくだろう」

「…確かにそうだ。だが、ここに来る前俺達を襲った連中とかは」

「そこでこの錠剤……そして、この礼拝堂に充満していた先程の『香』だ」



まだ薄く、足元に溜まった赤い煙が波打っている。煙の流れに沿うようにしてその出どころを探っていくと、教壇の裏側に隠されるように、膨大な量の香が焚かれた状態で放置されていた。



「一本や二本じゃねぇと思っていたが…こんなに焚くモンじゃねぇだろ普通!?」

「恐らく、この組織で作られたもの"全て"が使われている…どの部屋を確認してもこれは見当たらなかった」

「で、これとその錠剤が一体なんだってんだ?」

「…臭いで分かるだろう?恐らく、成分は"血液"だ」

「…成る程、お前さんの言いてぇことが分かってきたぜ。コイツは『野良』が首謀者ってことか」

「恐らくな。形骸的で杜撰な宗教は、あくまで組織に箔をつけるためのシンボルでしかない。そこに強烈な思想や信念が無くとも、システムさえあれば組織は動かせられる。血液と麻薬はそのトリガーとみて良いだろう…おまけに、組織の実稼働人数も少数だろうという予想もこの通りなら完璧に符合する」

「いよいよ核心に迫ってきたってカンジだなぁ」

「ああ…だからこそ、二点ほど懸念点は産まれているのも事実だがな」

「なんだって?」

「まず…この組織を内側から破壊しようとした者がいる。厳密には、破壊しようとする”意思”を持つ者がいる」



香の火を消し足元が鮮明になったこと、そして教壇に立ったことで、この礼拝堂の全容が見えてくる。

泡を噴き意識を失っている者がそこかしこに転がっている。二人が脈の有無を確認する為近付くも、どれも既に息を引き取った後だった。



「この組織が思想以上に単純かつ高精度なシステムで成り立っていると分かれば、逆にシステムの穴を突くこと自体はそう難しくない…」

「重度の薬物中毒…オーバードーズか。そりゃこんな場所にいればこうもなる」

「下手をすればキミもこうなっていたんだ…ところで一つ聞きたいが、ここの入り口の扉はキミが開けた時、外側からカギが締まっていたか?」

「正直、ここを開ける前後の記憶がスッ飛んじまって分かんねえんだ…」

「いや、大丈夫だ。仮にもし、外側からカギが掛かっていたいたとしたら、誰がそれをやったと思う?」

「よく考えなくてもそりゃあ分かる。普通、組織に忠誠を誓う人間がそんなことする訳ねぇ」

「そうだろう…そして、その人間は何故同じタイミングで、あの鉄扉の中の乗客達を豹変させることが出来たと思う?」

「…両方とも、故意的に進められた計画って事だな」

「さらに言えば、乗客達を獣化させたあの薬品は、"特定の経路"でないと入手出来ない禁忌の薬だ…そんなトップシークレットな物品が、行商の街で偶然手に入る事など本来"ありえない"のだよ」

「つまり、お前さんが言いてぇ結論ってぇのは…」

「ああ、どうやら組織の外側に"協力者"がいる」



瞳孔が開いたままの死体の目を閉じていき、更に礼拝堂に怪しいものが無いかを確認する。血液の香以外にこれといったものも無く、調査自体は比較的短時間で終了した。

二人は再度、車両基地方面へと足を運ぶ。



「俺達が組織を差し押さえる前に内部からほぼ壊滅とはねぇ…とんだ無駄足だったかもな」

「そう楽観的にも出来ない状態だ…懸念はまだ一つ残っている。仮にその謀反者や協力者が外に出ているのだとすれば、この現状を知った長はそれを粛清しに行くだろう…そして」



シェパードは押収品の中にあったライフル弾をレンドロスへと渡す。



「…非殺傷用のゴム弾か…弾に細工が施してあるな。これも…血か?」

「そうだろう。先に言っておくが、それを含めてライフル弾はその"一発"だけしか部屋に落ちていなかった。そして、それに対応するライフルも発見することが出来なかった」

「…おい、そりゃあ…マズいんじゃねえのか!?」



足早に車両基地に戻ったものの、その風景は来た時と少し変化しているように見える。



「マジか…確かに、燃料が余ってりゃ動くよな…」

「懸念が当たったか…」



先程まで車両基地にあった気動車が一両、その場から無くなっていた…。






―――――






一度起きた混乱と動揺は車内で収まることもなく、乗客はただならぬ様子で終着駅に付くことを望んでいた。



「………。」



席に着くこともなく、通路に膝を付いたまま膠着した青年は絶望の淵にいた。

敬愛するマザーの助けになることも出来ず、一度は契約を取り付けた妹に拒絶され、その場を去られてしまったことに。

妹なら、自分のことに耳を貸してくれる筈。妹なら、自分に協力してくれる筈。妹なら、自分の事を見捨てないでいてくれる筈。…そんな淡い期待も、心のどこかにあったのかもしれない。先程まで妹と繋いでいた右手が、その名残を感じて震えている。拒絶されることが、恐ろしい。

それ以上に恐ろしいのは…やはりマザーに見捨てられること。自分を重用してくれていた存在に見限られること。自分の居場所が、なくなること。

考えるだけで脳が委縮する。それをされることが、怖い。

親友も結局、今はどこで何をやっているかも分からない。



「き、きみ…大丈夫かい?さっき間近で襲われそうになっていたが…」



優しく声を掛けてくれている人がいるが、そんなことはどうでもいい。他人からの心配など必要ない。

それ以上に、自分にはもう後がない。ここで失敗すれば、母も、親友も、妹すらも失う。自分の居場所を、全て失う。みんなが自分から、逃げてしまう。

やることは決まった。二度と自分の価値を落とさない。そのためには、全部を手に入れなきゃならない。

妹をもう一度取り戻し、そしてマザーに連れていく。なんとしてでも…。



「き、きみ…?……ッ…!?」

「…ああ、五月蠅い…」



特別製の薬品だった。麻薬と血液の配合を変え、より即時的かつ効果的に精神を操れるようにしたもの。これでより従順に、僕に従うようになる。そしてこの薬品は『空気感染』する。

打たれた対象の口や毛穴から、同じ成分が分泌されて周囲を巻き込んでいく。これでみんなみんな、僕の手駒だ。

…周りがどんどん騒がしくなっていく。混乱かな?悲鳴かな?正直僕にはどっちでもいい。



「よし、これで仕上げだ…!」



そして彼らを操るには、僕も同調する必要がある。

彼らに打ったのが受信機だとすれば、僕に打ち込むのは発信機だ。

左腕に注射を打ち込む…結構太めの針だからかな?焼けるような熱さが身体の内を広がっていく…。

血液が暴れているみたいだ。まるで自分の身体が、別の"何か"に変わっていくような感覚だ。

マザーと一体になっているような、心地よさすら感じる。

尻尾がグリグリと音を立てている。頭からギリギリと軋んだ音が聞こえる。左腕は肥大化したようにぼやっと、感覚が無い。

漸く周りが静かになった。漸く僕も彼等も、家族になったみたいだ。



「さあみんな、一緒に"家族"を取り戻そう!」



赤く霞んだ視界を前に、みんなを率いて君を迎えに行こう

家族の為なら何だってできる。それが"家族"ってものでしょう?



お久しぶりでございます、みょみょっくすです。

前回投稿からまたはや5ヶ月ほど経ちまして、遅ればせながらあけましておめでとうございます。


最近になって漸く書き出しが決まり、それに合わせて詰まっていたストーリーが進みました。

今回はレンドロス、シェパードの調査組がアジト調査を行う内容と、それにより判明し始めた「血液を媒介とする能力」の詳細が分かりかけてきた感じになります。

一方、時を同じくして鉄道のジョンはどうやってゾンビパニックを引き起こしたのか?にも視点を移してます。


漸く話のつっかえが取れ流れ始めたため、次回の投稿も早めにできればと考えております。

予定としては次回はまた鉄道組の話に戻る予定です。期待しない程度に乞うご期待して頂ければ幸いです。


では、また次回でお会い致しましょう。

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