表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀狐のアルジャーノン  作者: みょみょっくす
第二部 ルーザーチルドレン
27/33

とある忠犬の書き置き




―――――





捜査のためにこの鉄道に乗車していたが、どうやら自分がその被害者となってしまった。

自分は今こうして、列車強盗団のアジトに捕らわれながらこれを記している。もし今後、この日誌を公安に届けることが出来るならば、その時は間接的に捜査の役に立てるだろう。


彼らの犯行だが、悔しいほどに手際が良かった。自分を含め殆どの乗客が異変に気付かぬまま、既に犯行が終わっていた。

朝方の6:00頃、立ち込める濃霧地帯を抜けた時には車窓の景色が一変していた。乗客のどよめきと混乱がひしめく中、列車と並走するように近隣の盗賊がジープで追いかけて来る。

乗客たちの混乱をまず鎮めなければならない、そう判断し客席に呼び掛けていると景色が急に暗くなり列車が停止する。外には同じような車両が並んでおり、車庫のような場所であると推測される。


大勢の盗賊が銃を手に車両に乗り込んできた。逆らう者は見せしめとして射殺され、それぞれが持つ金品を没収された後、乗客全員の手足を縄で縛られた。

自分が所持していた携帯や拳銃も強盗団の幹部を名乗る青年に没収されてしまった。幸い携帯の連絡先は公安の者だけしか登録されていない。悪用されることはないだろう…何なら、そのまま公安に掛けてくれれば捜査の手間が省けるのだが…。


一日目はそのまま、手足を拘束された状態で車内に監禁された。自分の乗る車両にもなんとかして外に出ようとする乗客はいたが、外は強盗団に完全に見張られており迂闊に動けない状態だった。別の車両からは時たま銃声が聞こえたことから、脱出を試みたものは射殺されていたと考えていいだろう。






2日目。

ほぼ丸一日、手足を縛られた状態で車内に拘留されていた。強盗団側からこれといった催促もなく、ただただ放置された状態だ。当たり前だが乗客達の不満も増大し、社内の空気はとても良いとは言えなかった。


自分はというと、正面の席に座っていたラング・デリスという老人と意見交換を交わしていた。彼は以前医者として働いていた経歴を持つという。

彼の話によれば、この車両車庫内に「レクトハリス鎮静剤」という薬剤が散布されているという。外科手術時に使用する麻酔薬の一種であり、患者が不意に能力を発動してしまうのを防ぐために使われるモノだそうだ。希釈すれば無味無臭の薬剤だが、空気に触れると微かな鉄臭さを帯びるという。


先日から、乗客の中には少なからず手練れの『野良』が乗車している可能性があると考えていた。彼らが能力を使えば武装した集団相手にも対抗しうるとも考えていたが…それが発生しないことに疑問を抱いていた。デリス氏の弁により「発生しない」のではなく「出来ない」のだと結論が出た。彼らが何度もこの大胆な犯行を成立させるに足りえる周到さだ。


しかし、それと同時にデリス氏は「レクトハリスを知っていて有効に使えるのは医師としての資格がある者」「レクトハリスは市販薬ではなく、専門の経路を辿らないと入手できない」と続けた。ここから推察するに、実行犯には医療従事者、或いはそれに連なる人物が関わっているとして考えていいだろう。






3日目。

乗車から72時間以上が経過。乗客のストレスもピークに達し、声を荒げるもの、息を殺すもの、悲観するもの、神にすがるもの、様々に嘆きを唱え始める。

加えてこの三日間は一食も提供されていない。空腹も限界を迎え、まともに立ち上がれるものは殆どいなかった。デリス氏も体調を崩し寝込んでしまった。この状況下を一般人に強要するのは酷である。


同時に新たな疑問も生じた。自分達が乗る車両を取り囲むように配備されている強盗団だ。

自分は車内の状況把握やデリス氏との交流をしつつ、外の状態の把握も怠らなかった。彼らの交代時間や巡回経路を把握できれば、ここから脱出することも可能だと判断していたからだ。

しかしこの三日間、自分が確認する限り交代する素振りが一切確認できない。そればかりか、囲む人員はいつも同じ服装、顔立ち、並ぶ順番すらも一日目の頃から変化が無い。

あまりに不気味だった。いくら優秀な兵士や傭兵でも、その場から微動だにせず三日三晩同じものを見張り続けるなど出来る訳がない。不可能ではないが、現実的ではない。そんな忍耐を持つ人間を100人単位で配備するなどいち盗賊団が行うスケールを逸脱している。


逆に言えば、それだけ大規模なバックがこの強盗団には付いていると考えてもいい。先日の薬の件も含めれば、その程度の規模感は想定していた方がいい。この事件は思った以上に根が深いものになるだろう。






4日目。

車内の乗客がほぼ全員、口を開かなくなった。

ある者は塞ぎ込み、ある者は意識を無くし、突っ伏すようにして床に倒れていた。

この時点で死亡したものも少なくはなかった。私の方も限界を迎え、昨日ほど周囲の状況把握は不可能であった。






5日目。

乗客全員の拘束が解かれた。

既に乗客は逆らう気力も無くなっており、衰弱したままの状態で全員車両を降ろされた。


強盗団に見張られながら彼らの誘導に従い、車庫を抜けた先にある一室へと誘導される。大広間のような殺風景な部屋に通されその場に全員が並ばされると、各自にコップ一杯分の水とパンが配給された。空腹の限界を迎えていた乗客たちはそれらをすぐに口に付けた。


暫くすると強盗団の幹部を名乗る青年の演説が始まった。

「己の身に起きた不幸は幸福への投資であり、そして試練である。この試練を耐え抜いた者のみが真の幸福と安寧を得る資格を手に入れ、そして我らを主導者が導いてくれる」と青年は主張する。

その言葉と同時に主導者と思しき女性が入室する。女性は自分達の前に立つとこちらに向けて両手を掲げ、青年の言葉に続けて「これを以て貴方達はその試練を越え、そして我らの築く新たな世界の礎となることが約束された。今日よりここにいる全てが我が家族となる。貴方達は選ばれた存在である」と告げる。


すると部屋中から歓声が上がった。先程まで衰弱し、倒れ伏していたものまで片手を突き出し叫ぶほどに。驚きの光景に呆気に取られていたものも、釣られるようにしてその熱気に賛同していった。

あまりにも異質な光景だった…ここで賛同しないと怪しまれると感じ、自分も一旦この流れに同調する。


自分は先程配給されたこの食事に何かしらの細工があると読んだ。改めて味を確認しながら口に含むと、鼻に抜ける僅かな化合物の匂いを検出…恐らく覚醒剤の一種と思われる。

薬剤訓練で服用規定値を上げていたのが功を奏した。彼らはこの薬に当てられたのだろうと見当がつく。


この時より拘束の解除と食事が解禁された。相変わらず寝床は乗ってきた車両であり、外に見張りも健在ではあるが幾分か身の自由が許されるようになった。






6日目。

朝は6:00に招集される。先日通された部屋に誘導され、一杯の水を渡される。相変わらず何かの薬物が薄められているものと予想する。

その後、幹部を名乗る青年が「教典」を詠み、それを復唱させられた。覚えられる範囲でのみだが、その一節を書き記す。捜査の手懸かりになると幸いだ。



神は見放した。我らは失意の夢の中で無力を嘆くものなり。

悪魔は嘲った。我らは俗世に帰属せぬ虚無に巣食うものなり。

なれば我らは無辜の民。夢幻の狭間にて、その価値を定めぬものなり。

無間の地獄に老い去らばい、死の先を臨まぬならば、ただ消え去る定めなり。


なれば救済はここにあり。

天を望みし慧眼は、理想へ至る礎となろう。

我ら家族、我が同胞、約束の園へその魂を帰さん。

志よ神とならん。志よ神とならん。

何処の地にて宿願を成せ。何処の地にて宿願を成せ。



…深い意味は解らないが、大方「神にも悪魔にも見捨てられた我々はここで救済され、先導者と共に道を歩もう」というスローガンであると推測する。

一先ずこの列車強盗団本来の目的は宗教団体として強制的に信者を募ることにあると考えられる。信者を集める動機は不明だが、それが「宿願」とやらに繋がるのであればなんとしても組織の内情を明るみにし、すぐさま解体する必要があるだろう。

気になる点としては「宗教」としての在り方だ。真っ当な団体でない限りは信者を通しての資金繰り等が「宗教」を設立する目的だ。だが、薬品まで使って従順に躾けた信者をただ「飼い慣らす」ことしかしていない。この信者は新たな「金のなる木」にはならないのだ。

この団体にはまだ隠していることがあるだろう。もう暫くは様子を見てみることとする。






7日目。

幹部を名乗る青年から招集があった。「主導者は新たな力を欲している。志高き者は私の前へ」

それに呼応するように、体格のいい数名が青年の前へと名乗り出る。私も名乗り出ることにした。


私を含めた数名は青年に連れられ、別の部屋へと通される。

その様相はまるで教会のような空間であり、壁面のステンドグラスには黒い外套を纏った聖母と黒山羊が刻まれていた。部屋の中央には香炉のような物が置いてある。


「瞑想をしろ」


青年の言葉に合わせて瞑想を開始する。儀式の間は先述の教典の一節を復唱する。

暫くの瞑想の後目を開けると、共に来ていた数名は殴り合いをはじめた。私も参加する。

ここで勝てれば、私も神の先兵「ドゥ」になれるという。

結果として、私は勝てなかった。






暫くの間、懲罰房に入れられた。

懲罰房内は暗く何もない。ここから日時が曖昧になる。

原因は私が「無能力者」だった事だ。先日の「選抜」は集団の中から「野良」を選出する行為だったらしい。そこに混ざり込んでしまったのが原因だった。

定期的に幹部の青年の一人が訪れては尋問に掛けられた。私は信徒であるからして、素性の一切を明かすことは頑なに拒んだ。結果として、公安に関する事には口を割らなかった。


懲罰房を出た私を出迎えたのは共に捕まった信徒たちであった。反逆を仄めかした私を信徒たちは快く受け入れてくれた。もう一度、いち信徒からのやり直しである。

時を同じくして、我々一般信徒にも活躍の場が与えられる。この活動内容を記せば、いずれ公安も尻尾を掴んでくれることだろう。今日も経典を口ずさみ、黒山羊の神に祈りを捧げるのだ





●日目

先日の我々の加入以降、外界ではトラッシュラインでの物資運搬が制限される事態となっていた。

それによりこちらに流れて来る筈であった物資も滞り、更なる人員の増加は勿論のこと、現状の信徒を養うのにも影響が出始めていた。信徒の中にも拘留された際のように餓死寸前の物も現れる始末である。

何より、「精水」の接種が滞った為に身体に異常をきたす者が増えてきた。

これでは活動に支障が及ぶとして、幹部の一人が実行部隊として外界の商人を襲撃しに行っている。公安として見過ごすわけにはいかない事態だ。

私達は後備えとして待機、場合により援護を行う為に準備を行うこととした。




●日目

「清水」の確保に成功、これで暫くの間は大丈夫であろう。

更に幸運だったのが、強奪してきた物資の中に見覚えのある機械が入っていたことだろう。

つまり公安は私が捕らわれた後もしっかり調査を行っていたという事である。それは直々に私を信用していることと同義でもある。同封されていた探知機は幹部に悟られぬよう私が丁重に確保しておく。これで私の潜入捜査の腕前が評価されれば、更に黒山羊様より見出してもらえるに違いない。昇格間違いなしだ。

更に合わせてこの「清水」の成分を検出出来れば、また新たな証拠として捜査が容易となろう。恐る恐るだが、我慢も出来ない。麻薬を溶いた水を「清水」と称し被害者に飲ますなど言語道断である。その神秘の輝きは私を魅了して止まない。絶対に許さない。

渇望していた久々の清水は普段とは違う飲み口であった。血がたぎるのをかんじる

息がくるし い


て のふる ぇ がと ま⊃な 〈 `


          も @ /ゞう δく に≠れ な | 1 ~ .


/




―――――







「………。」


――――――AM0:12。

握りしめられたその書き置きを手に、もう一人の忠犬は調査へと乗り出した。


また五ヶ月程時間が空いてしまいました、みょみょっくすです

なかなかいい文章が書けない期間が長く、その中で一先ず軽く繋ぎとして今回の投稿をした次第です。


今回のは偽りの黒山羊アジトで死亡したコリーくんの書き置きになります。それ以上でも以下でもありません。

こういった差し込み文は同時進行的に各グループが動いてる現在だとどの辺りで開示するのかが難しく、話を進めてしまった後に「差し込んどきゃ良かった…!」となることも多いので悩みどころですね。


次回はこの文から繋がる形でシェパード、レンドロスサイドのお話しからスタートしたいと思います。のびのびお待ちして頂けたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ