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銀狐のアルジャーノン  作者: みょみょっくす
第二部 ルーザーチルドレン
26/33

それぞれの焦点



「じゃあ、これで朝まで待てばこの列車から脱出出来るワケか」

「ああ、そうなる。既に取り返すモンは取り返したしな」



ネロが一頻り泣いた後、バーナードと話を戻すことにした。

彼の言い分では、朝になればこの鉄道を追って公安が迎えに来るらしい。そして、その手筈は既にこの鉄道の車掌まで連絡が通っているようだ。



「予定時間は?」

「明朝4時半。だだっ広い荒野のど真ん中で降ろされるだろうが、すぐに迎えが来る筈だ」

「それまでアル達は静かにここで待ってたら良いのか」

「そういう事だ。下車する時くらいはせめて犯罪者みてーな態度でいてくれ」

「なんだよそれ…ま、寝床は固いが至れり尽くせりだ。療養も兼ねて休ませてもらおう」

「ねーねー、アイツはいつ殺しに行くの?」

「…」

「…」

「…だ、ダメ。ミラちゃん…あの人は殺しちゃダメ…っ!」



なんの空気も読まない兎が私達の会話に割り入ってくる。そして一瞬の静寂の後、ネロがその提案を制止する。ネロの妙に深刻な面持ちから発せられる雰囲気はミラルカでさえ疑問符を浮かべるほどだ。

思えば顔を合わせた時から、常になにか奥歯に物が詰まったような表情で黙っていることが多かった。私とバーナードの目的は彼女の保護、奪還であったが、彼女自身は一度それを拒み、あの強盗団と一緒にいることを選択している。…もしかしたら私達は、彼女の意思を無視しているのかもしれない。



「…脱出より何より、一度全員話を擦り合わせる必要がありそうだな」

「ああ、同感だ。ここの四人、まず"どういう経緯と目的"でここに居んのか、話を付けよう。そうしないとどうも纏まらねぇ」



懐からタバコとジッポライターを取り出し点火しながらバーナードが口火を切る。



「まずはオレだ。オレは酒場でガズベルグと飲んでたとこにスラムのガキが来たところが発端だ。ネロ…オマエが攫われたと報告があった。だからオマエを救出する為にこの列車に乗り込み、オマエと誘拐犯の様子を伺いつつ連れ戻す隙を探っていた…後は全員ご存知の通りだ。オレの目的はとにかくネロ・クロノワールの保護、あわよくば誘拐犯の捕縛だ…なにか質問は?」



バーナードの動機は一貫してネロの保護。それ自体はさして問題はない。だが彼の行動にはいくつかの不振点がある。



「ダウトだな。アンタ本当にそんな理由だけでここにいんのか?」

「市民の安全を守るのは保安官の"職務"だ。それ以外には特に考えてねぇよ」

「なら何故夕方の襲撃はやり過ごした!」

「大人の事情だ、オレ達公安はカンパニーには頭上がんねぇんだよ!」

「カンパニーだと…?まさか現場も確認せずそう判断したのか!?」

「あの辺で最近暴れてるのは理解してるさ…だが上層部がヤツらに癒着してる以上、末端構成員だろうが手を出せば組織ごと解体される恐れもあるんだ、理解しろ」

「市民を守るのが職務だなんだ言ってるわりに、都合が悪けりゃホイホイ従うってのか。アンタは本当にロクでなしだ…がっかりだよ」

「ロクでなしはオマエも一緒だろ、せめて面倒見てるそこのガキくらいはちゃんと躾けておけよ」

「…!?なんでそこでコイツの話に繋がるんだ」

「さっきの混乱を忘れたワケじゃねぇだろ!?それに夕方だって『ミラルカが誰かを襲った』と聞かされたんだ。だったら保護者に任せるのが道理だろうが!」

「だからってアンタが動かねぇ理由には……っ!いや待て、そもそもそん時の相手が『カンパニー』だと思ってんのが間違っている!道理で話が嚙み合わねぇワケだ……!」



どうやら彼が考えていたこと、見てきたことと私が見たものには大きな差異があるようだ。それにハッとしたことで、お互いヒートアップしかけた脳がスッと冷静になる。

改めてこれが"体験してきたことを共有する時間"であると再確認させられた。先ずは自分が持っている情報を明かすことが先決である。



「…アルジャーノン、次はオマエでいいな?」

「ああ…まず最初に言っておくが、アンタがカンパニーの構成員だと思っている人物は全く別だ。そしてミラルカがそいつを襲った理由も、そいつに襲われかけたネロを守るためだと聞いた…それは合っているか、ネロ?」

「う、うん…べつに酷い事されたわけじゃないけど…ちょっと声をかけられた」

「…まぁ、うん。襲われたという事にしておこう」

「いくらなんでも棚に上げ過ぎじゃねぇかアルジャーノンさん?」

「ああもうっ!いちいち突っ掛かるな!…で、その"ネロに声を掛けたやつ"、こいつに見覚えがあったのさ。何を隠そうカンバスタでアル達を襲撃した張本人だったからだ」

「っ!!……じゃあまさか」

「ああ、カンバスタのアナグマもとい列車強盗団『偽りの黒山羊(スケープゴート)』の構成員だった。元クライアントも聞き覚えはあるんじゃないのか、バーナード?」



くわえていたタバコを落としたバーナードがそのタバコを拾い上げ、少し拭いてまた口に戻す。頭に手を当てバツが悪そうな表情を浮かべる。



「…参ったぜ、"そこ"が繋がってくんのかよ」

「アンタの勘違いで手柄を立てるタイミングを失ったみたいだなぁ」

「教えてくれても良かったんじゃないのか?」

「職務怠慢で酒かっ食らってるヤツに教えるほどお人好しじゃないのよ。それにあの時点でアンタとの契約は終わってる」

「そりゃあそうか…で、ソイツはどうしたんだ」

「捕らえたわ、そしていろいろ聞き出した…そいつの事、組織の事、そしてこっちに来た動機が"ネロを攫う"だったこと…あとはさっきも言った通り、ダストボックスで"依頼"を請け、そしてここに"仕事"をしに来た」

「成程、ネロを攫う人員はソイツ以外にもう一人いて、それが"さっきの"ってことか…その捕らえたのはどうしたんだ?」

「手足を外してアルん家にふん縛ってあるわ。全部終わったら寄越してあげる」

「手足を外して……?まあいいか。じゃあもう決定だ、ネロを攫ったその野郎は『偽りの黒山羊(スケープゴート)』ってことでいいんだな?」

「恐らくね……で、追跡するにあたりミラルカはアルが連れて来た。こいつは鼻が利くし、戦力にもなるからね。……ミラルカからはなんかある?」



小麦粉袋を背もたれがわりにくつろいでいたミラルカに視線を向ける。ここからはミラルカの番だ…彼女は私が頼って連れて来ただけだが、さっきの言動からは彼女なりの思惑があるように感じる。



「別におねーちゃんについてきたわけじゃないんだけどねー」

「そう言うからにはオマエにもなんか目的があるってことで良いんだよなぁ?」

「アタシはね~、獣を殺すの」

「…獣だぁ?こいつ何言ってるんだ?」

「わからん…アルにも要領を得ないことが多くてな」

「おい兎、もっと具体的に言ってみろ」

「えーとねぇ、アタシはまずおねーちゃんが殺せそうだったのね?」

「…えっと、その"おねーちゃん"ってぇのは?」

「アルのことだ…都合が合えば首を掻っ切るつもりらしい」



会話の片隅でドン引きしているネロの姿が目に入る。こいつはマズい。



「…この話は止そう。健全な青少年に聞かせるような内容じゃない」

「オマエも難儀してそうだな…」

「喋れる狂犬みたいなモンだ、躾けるのも一筋縄じゃない…で、ミラルカ、その先の話から進めてくれ」

「うん、わかった。…でね、結局それはダメになったの。だから次の匂いを探ったの。そしたらおねーちゃんが目指してるのと同じ方向からいい匂いがしたの。だからここにいるんだ」

「結局何言ってっかサッパリ分からんが、つまりはオマエもこの鉄道に用があったってことだよな?」

「うん。それでね、さっき見つけたんだけど、うまくいかなかったんだ」

「…まあ、ここまで言えば分かると思うが、コイツの目的はあの誘拐犯の殺害だ」

「保安官としてそこは許可出来ねぇ部分だな…仮に実行すればオレがそれを見過ごすと思うなよ?」

「それくらいは分かってるさ…次こいつが吹っ飛んでいきそうになったらアルが止めるよ…で、だ」



ミラルカの物騒な話題から急に眼を泳がせはじめた目前のネロ…先程庇っていたことと言い、彼女があの誘拐犯と"何か"あることは目に見えていると言ってもいいだろう。



「…さてネロ、次はアンタの番だ。今までのアンタの行動にはどうも不可解な点が多い…アイツとどういう関係があるのか、それを教えて欲しい」

「…そ、そうだよね…やっぱ言わなきゃ…だよね」

「少なくとも、今のオレ達とオマエの認識、目的は何かが明確にズレている。言える範囲で知っていることを話してくれ。そうしないと次の"手"も決められん」

「………うん、分かった」



来ているワンピースの裾をぎゅっと握りしめながら、ネロは重い口を開いた。



「えっと…まずね、あの人…アタシを連れてった人…アタシの兄ちゃん…なんだ」

「…え?ちょ、待て、攫おうとしたあの男が、アンタの兄さんだって?」

「うん、そう…アル姉ちゃんには前、喋ったことあったよね」

「ああ、確かに聞いたが…でも随分前に旅に出たって…」

「それがね、久しぶりに帰ってきたんだよ…えっと、名前は…」

「ナイル・クロノワール…間違いねぇな?」



タバコを吹かしながらバーナードが言い当てる。「なぜ知ってるんだ?」そんな顔でネロも私もバーナードに目線を移す。



「…オレを誰だと思ってんだ?知ってたぜ、そんなこと」

「え、いつから…?」

「オマエらを後ろから見張ってる時からだ。それに12年前、オマエに兄がいたことも知っている」

「…じゃあ、全部知っててずっとアタシ達を見ていたの?」

「断定は出来なかった。なんせ昔のガキンチョじゃなかったし、そもそもオマエの兄がまずそんなことするとは思えなかったからな」

「そうだったんだ…」

「第一、オマエのその挙動不審な態度見たらなんとなく察せられるだろう。アルジャーノン、オマエも分かってたんじゃないのか?」

「………え!?」



正直、全く予想できていなかった。まさかあの誘拐犯がネロの兄だったなんて…。



「…お、オマエ、まさか全く気付いてなかったのか?…あんだけ容姿が似てりゃ分からなくもないだろ」

「いや…すまない、全然気づいてなかった…ミラルカ、お前は?」

「んー、兄妹とかしらないけど、フンイキは一緒だった」

「はーマジかよ…」

「ドンカンだね」

「否定出来ねぇなあ…じゃあネロ、アンタは相手が兄だったから付いていったのか?」

「うん、それもある…でもちょっと違う」



そう言うとネロは、自分が彼に付いていった経緯を話し始めた。



「兄ちゃんがアタシに会いに来た時は凄く嬉しかった…お互い成長しちゃってたけど、あの人が兄ちゃんだってすぐ分かった…でもちょっとだけ違和感があったんだ」

「違和感?」

「うん。なんていうかな…昔と同じ匂いがするのに、どこかザワザワするっていうか…とにかく、なんか"様子が違う"ってカンジがしたんだよね。でね、よくわかんないんだけど、それは当たってたの…




―――




「やっぱりここにいた…久しぶりだね、ネロ」



正直、最初は驚いた。幻なのかと思ったの。

だって、もう一生帰ってこないと思っていたお兄ちゃんが目の前に現れたから。



「お兄…ちゃん…?」

「うん、お兄ちゃんだ。忘れずにいてくれて嬉しいよ」



目を疑ったままのアタシは、目の前に映るそれが本物なのか気になってすぐに走り寄った。

兄の両手を掴んで、本当に掴むことが出来て、温かくて、兄が本物だったのを確認できた途端、目からボロボロ涙が零れて…



「お兄ちゃん…!また会えるなんて思ってなかった…っ!」



そう言いながら抱き着いたわ。こんなところに住んでる汚い身なりだから、もしかしたらちょっと臭かったかもしれないけど、そんなこと気にせず兄は受け入れてくれた。

…でもここから、ちょっとずつ"何か"が違うことに気付いていったの。

そう、あれはマザーの名前を出したあたりから…。



「…!そういえば、お兄ちゃんがいるってことはマザーも来てるの?」

「…ううん、マザーはここにはいない。キミを待っているんだ」

「へ…?」

「マザーはね、今はここから離れたところでいろんな人を救っているんだ。身寄りのない人、災難に見舞われた人、そういった人達を集って、新しい国を作ろうとしてるんだ。僕は今、それを作る手伝いをさせてもらってるんだ」

「すごい…お兄ちゃん凄いね!」

「凄いだろう?誰からも迫害されない、平和な国さ。もうすぐそれの準備が一段落つくんだけど、ネロも一緒に来てみないかい?」

「アタシ?アタシも行っていいの?」

「もちろんさ、僕たちは新しい『家族』を拒まない。今よりももっと裕福で平和な暮らしだってできる!」

「そうなんだぁ…あっ!じゃあさ、ここに暮らしてる人たちとか、ほかのスラムの人達も一緒に移住できるかな!?」

「それはできない」

「えっ!?」



今まで雄弁に、穏やかに語っていた兄の声色が急に冷めたんだ。アタシに語り掛けていたのとは全く別人みたいに、凄く素っ気無くて投げやりな返答だった…まるで、アタシ以外には全く興味がないみたいに。



「え?え?どうして??新しい人たちも拒まないんじゃ…」

「…うーん、さっきのはちょっと言い方が間違っていたかもしれない。僕達が必要なのは、国を作るために、国を繁栄させるために献身してくれる人なんだ」

「それって…ただ住んでるだけじゃダメってこと?」

「そうだね…残念だけど、ここに居る人達じゃそれは難しいと思うんだ」

「そう…なんだ」



正直、ちょっとガッカリした。みんなも連れて行ければ、貧しい人たちにももっと美味しいご飯とか、食べさせられると思ってた。よく分からない黒服のオジサンとかに八つ当たりされなくなると思ってたんだ。



「じゃあ、なんでアタシは大丈夫なの…?」

「…ネロは、"能力"の事をどう思ってる?」

「え、アタシの…?」

「そう。何故自分がこんな能力を…なんて、思ったことはないかい?」

「それは…」



なんで自分が"能力"を持ってるかなんて、今までそんなこと考えたこと無かった。

ただ、アタシはこの能力が好きで、便利で都合のいいものだとは感じていたけど…。



「…分かんない」

「僕はね、この"能力"は天啓だと思っているんだ。一人一人に与えられた、その人への祝福であり、運命だ。そしてその祝福は、"持たざる者"への施しではないかと」

「えっと…つまり?」

「君には"能力"がある…そのチカラを、自分の為じゃない、もっと大勢の人の役に立てようとは思わないか?ということさ」

「もっと…大勢の人…?」

「そうだ、君が救いたい人たちの為に、その力を振るうのさ」

「………。」



アタシは兄の言ってることの半分くらいはよくわかんない事だと思ってた。でも最後の「自分の能力は救いたい人を救うためのチカラだ」ってのは分かった気がした。でも、だから猶更、アタシはこのスラム街から外には出たくなかった。だってアタシの救いたい人は、この街に住んでる人たちなんだもん。



「…ごめんねお兄ちゃん、そういうことなら、アタシは一緒についていけないと思う」

「どうしてだい?」

「アタシはね、ここに住んでる人を救いたいの。そりゃ、お兄ちゃんと行ったらもっと大勢の人を救えるかもだけど、アタシの好きな人たちはみんなここにいる」

「……そうか、君はまだ『こんなところ』に捕らわれているんだね」

「えっ?」



そう言うと兄はズカズカと奥の方に進み、そこらへんに積まれてるゴミの山をガンガン蹴りだしたの。



「ああっ……汚らしいっ!!なぜこんな穢れた場所を選ぶっ!!なぜこんな場所に籠ろうとするっ!!」

「ちょ…やめてお兄ちゃん!」

「何故だ…何故だ…っ!!君もマザーからの祝福を受けた身だろうっ!なぜ他者へそれを施そうとしないっ!なぜ恩義を感じないっ!!」

「やめてってばお兄ちゃん!…あっ、そこは!」



急にヒステリックになった兄は周囲のゴミ山に当たり散らかす中で、アタシがずっと貯めてきた金庫の山を踏み抜いたの。こんな場所からお金なんて出ないと思っていた兄もそれを見て一瞬驚いたみたいだった。



「…なんだ、これは」

「待ってお兄ちゃん!それはね、アタシがずっと溜めてきたお金なの!いつかこの土地ごと買い取って、みんなを住めるようにするお金なのっ!!」

「…そうか、これが君の『呪縛』か」



すると兄は、崩したゴミ山に埋まっていたトランクを引っ張り出してアタシのお金を全部しまい始めたの。アタシでも分かったわ、持ってくつもりなんだって…。



「ちょっと!持ってかないでよ!!」

「ハハッ、いいかネロ、お兄ちゃんが一つ教えておこう…!いくらお金を集めたからってこんな膨大な敷地を買い取れるわけないんだよ!一生かかっても、君程度の身分じゃ絶対に叶わない…っ!そんな夢に縛られるなっ!」

「っ……そんな…っ」



薄々理解してはいた…こんなお金程度で土地なんか買えないこと、家なんか建てれないこと。でも、それでもアタシはその夢に縋っていたかったし、奇跡が起こるなら、本当にこのゴミの山をどうにかできると思っていた。でもそれを…実の兄に、直接言われたら…それはショックだよね。



「ハァ…ハァ…ネロ、これで君の呪縛は無くなった。さあ行こう、共に平和な国を作ろう…!」

「………そのお金、アタシが頑張って溜めたお金…どうするつもりよ」

「君が変な気を起こさないように、僕がしっかり保管しよう…そして君の意思で、より良い施しの為に使った方がいい」

「…ねぇ、もしアタシが、お兄ちゃんやマザーの国作りに協力したら…」

「ああ、分かっている。君がもし献身的に働いてくれるのであれば、この街の住民も僕たちの国に移住させてもいい。それは僕がマザーに打診しておこう」

「………約束よ、お兄ちゃん」



そうしてアタシは、兄の条件を飲んだ。そうすればいつかこの街の人達も平和に暮らせるかもしれない。その確率が高かったから。

泣いた眼を擦りながら、どこか雰囲気の違う兄と一緒にアタシは鉄道に乗ったわ。



「…それと、ネロ」

「なに、お兄ちゃん…」

「僕のことは兄でもナイルでもなく、もう一つの名で呼んでくれないか?」

「…もう一つの…名前?」

「うん…これから行く場所で、僕ではこう呼ばれている」



「『ジョン・ドゥ』だ」




―――




…そうしてアタシはここにいる。本当は帰りたいけど、でもそうしたらあの街の人たちを助けられなくなる」

「………」



ネロのどこか余所余所しい態度にも合点がいった。おまけに『偽りの黒山羊(スケープゴート)』の内部に迫る情報もいくつか出てきたように見える。

とにかく、辛い目にあった彼女が気の毒だった。今度は私の方から、ネロを抱きしめる。



「そっか、辛かったな」

「うん…うん…」

「…なあ、ネロ。一つ聞いていいか?」

「なに…?」

「お前は…じゃあなんでアイツから離れてこっちに来たんだ?」

「そ、それは…」

「オレが呼んだんだ。『この二人を運ぶのに誰か手を貸してくれ』っつったら、真っ先に手を挙げて立候補してきた」

「…じゃあお前を連れていたアイツは…」

「うん。手を振り解いてこっちに来た」

「そっか…じゃあ、それはどうしてだ?」

「お兄ちゃんよりも…アル姉ちゃんが死んじゃうのが怖かった…!」

「ん、それでいい。アンタは優しいね、全く」

「…それに…」



ネロが自ら私の手を解く。さっきまで不安そうだった顔はどこかスッキリとし、また彼女本来の凛々しい表情へと戻っていた。



「…正直、アタシは今のお兄ちゃんはなんかおかしいと感じてる」

「アタシもそー思う!あんなに匂いのするヒト滅多にいないもん!」

「ミラちゃん…あ、でもミラちゃん!殺しちゃダメだよっ!?」

「じゃあどーすんのさぁ」

「それは…まだ考えてないけど…でも」



もう一度涙を拭い、キリッとした顔でこちらに見せるネロ。彼女が言いたい内容もなんとなく伝わってくる。彼女は私達に順々に目配せし、それぞれもネロに対して向き直る。



「アタシはね…あのお兄ちゃんがおかしくなった原因を探りたいの…アタシがついてきた本当の目的はこっち!だからお願い、バーナードさん、ミラちゃん、アル姉ちゃん…お兄ちゃんを助けるの、協力して欲しいっ!」



バーナードは溜息をつきながらやれやれと額に手を当てる。ミラルカは爛々とした笑顔でネロに詰め寄る。私もきっと、微かに口角が上がっているのだろう。



「ハァ~…ったく、オレは反対だっつの」

「えぇっ!?この流れで!?」

「第一、もうオマエらを連れ帰るための要請は出しちまってるんだ。あと1時間も無い中でそんなこと出来るかっつの」

「で、でもバーナードさん、市民を救うのも仕事って…」

「いいか?オマエは救うべき一般市民かもしれんが、オマエの兄は名実共に犯罪者だ!公安のオレがそんな奴を救えるわきゃねーだろが!」

「そ、それは…」

「待て待てお前ら、これじゃ擦り合わせした意味無ぇだろうが…」

「アル、オマエはどうすんだ?オマエだってスラムのガキ共からそいつを連れ帰してこいって言われてんだろ?」

「それはそうだが…ぶっちゃけ、まだアイツから取り戻せてないモンがあんだろ!」

「…あ、そうだよ!アタシのお金!」

「それにバーナード、さっきのでナイルが『偽りの黒山羊(スケープゴート)』に繋がってんのが明白になったろうが!手柄を立てるには今じゃねぇのか?」

「その主張には一理ある。だがよく考えてみろ?今、オマエらはオレに"拘束"されている立場にある。そういう"設定"なんだ…まずオマエらがのこのこ車内を歩けると思うな。そして今、オレがナイルを取り締まりに行くワケにもいかねぇ。それはオレがお前らを"見張る"っていう設定があるからだ。何はともあれ乗客の不信感を煽ることは出来ねぇのさ、分かったか?」

「ッチ、そうだったな…確かにそんな"設定"があったわ…余計なモン付け足しやがって…」

「あん時はそれが一番ベストだったんだよ。分かったらもう少しここでおネンネしてろ。オマエの兄貴と持ってかれた金は現地の保安官に連絡して確保してもらう」

「そんな…それじゃ、アタシだけでも!」

「馬鹿言うな、またあの兄貴に捕まっても良いのか?それにオレとアルジャーノンの任務はお前を連れ帰ることだ。これは完遂させてもらう」

「うう…」



残念そうに唸るネロ。そりゃそうだ、ここまで来て、ここまで勇気を出しといて何も完遂出来ない。さっきのお願いも、今の私達の立場じゃ満足に動けない…歯痒いのはお互い様だ。

忘れていたが、私達はあくまで「バーナードに確保された襲撃犯」だった。だからといってネロを外に出せるわけがない。そんなのいつ捕まっても……



「……なあネロ、アンタなんで"追われてない"んだ?」

「え?」

「さっき『手を振り解いてこっち来た』って言ってたよな?なんでナイルはアンタを追ってこない…?」

「え…あ、確かにそう!」

「随分と時間が経ってると思うが…それだけアンタへの執着が強いヤツが追ってこないなんておかしくないか?」

「うん…」



何か嫌な予感がする…何か罠に嵌められているような、そういう血生臭い違和感だ…。

散々喋り明かしていた貨物室の中がスンッと静まり返る。ここにいる全員が「そういえばそうだ」と冷静な思考を取り戻す。緊迫した状況に、一定速度に鳴り続ける筈の車軸の音が、徐々にその間隔を狭めていくように響き渡る。



「…バーナード」

「なんだ」

「今何時だ」

「…間もなく早朝4時だな」

「…おかしいと思わないか?」

「ああ、列車が減速する素振りがねぇ」

「それよか段々速くなってるような気さえするが…」

「…クソッ、結局オレが様子を見に行かなきゃいけねぇのかよ」



バーナードが重い腰を上げる。貨物室の重い引き戸に手をかけ、振り向きながら戸を開ける。



「じゃあ、もう一度機関室に………



コォン!!と鈍い音が室内に木霊する。頭部をスコップで思い切り殴られ、首を捻ったまま後方に吹っ飛ぶバーナード。そのまま小麦袋の山に突っ込む。

半分開いた引き戸に反対側から手がかかる。ずるり、ずるりと、何本も。覚束ない手先でゆっくりと引かれた戸からは、貨物室に差し込む朝日と共に、まるで生気のない乗客達がずるずるとなだれ込んで来る。



「……痛つ……なんだってんだ!?」

「あの体勢でよく生きてたな」

「頑丈なのが売りなのさ…しかしこりゃ一体…」

「…アルも詳しくは知らねぇよ…でも見たことはある」



生気のない、まるでゾンビのような群衆…かつてとある路地裏で見たそれと、全く同じ光景だった。

手に警棒を取り出し、構える。横に流れる景色の速度は、より一層速くなっていた。




こんにちは、みょみょっくすです

世間はGWに突入しましたね。私もそうです

今のうちに話数を稼ぎたいと思い、前回に引き続き短いスパンでの更新となりました。


今回は摺り合わせ会ですね。アルジャーノン、バーナード、ミラルカ、ネロ、それぞれがこの鉄道に乗った動機と、誘拐犯ことネロの兄、ナイルくんの実態を探るお話となっています。


とは言ってもそれぞれが全く違う視点と経緯、動機を持って集まっているが故そうそう上手く話がまとまる訳でもなく…そうこうしてるうちに第二の波乱の幕開けです。


まだまだ鉄道内でのトラブルは続きます、引き続き次回もお楽しみにしていて下さい。

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