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銀狐のアルジャーノン  作者: みょみょっくす
第二部 ルーザーチルドレン
25/33

三者邂逅



「…おい、アンタが噂の"強盗団"か?」



強盗団…初めからこの通り名を出せば、相手は私達が何者で、なんでここにいるのかくらいは想像できるんじゃないだろうか。そう思ってその男の肩に触れる。

ジロリとこちらに向き直ったその男は、さっき捕縛したジャックと同様まだ青臭さの残る顔つきをしていた。隣に座っていたネロは一度こちらを向き直るも目を逸らし、下を向いたまま小さくなる。普段のアホみたいな彼女からは考えられない大人しさだ。



「…僕に何か?」

「スラムのガキ共から聞いた。そこで縮こまってるバカ猫を連れ去ったのはアンタか?」

「…連れ去る、だって?何か勘違いしてないか?」

「生憎、アルの知ってる黒猫は馬鹿だが人を見る目はある奴だと認識してる。そこいらの胡散臭い余所者にホイホイついていくような奴じゃねえよ」

「随分高く評価してるんですね…でも無駄です、彼女は僕達と行くと決めました」

「"決めさせられました"の間違いじゃないのか?どうせ脅迫でもしたんだろ」

「ちゃんとした説得の上、彼女は僕たちに快く力を貸してくれると申し出たんです」

「なら、本人に聞いてみるのが一番だな。どうなんだ、ネロ?」

「………」



気まずそうに黙秘を貫くネロ。薄汚れた素肌からじんわりと汗が滲んでいくのが分かる。当たり前だ、意見の対立する二者に自身の意思の明確化を詰め寄られたら誰だってそうなる。

だが、この沈黙からでも読み取れることはある。彼女が本当にただ連れ去られただけの被害者であれば、真っ先に助けを求めるだろう。そして乗車中の態度からしても、無理に連行されてきた…という訳ではない。ならば彼女の意思でここにいる、それは間違いない。

…だが、完璧に自分が納得できている訳でも無さそうだ。



「…なるほどな、アンタがその気なら別に強制するつもりはねぇよ。だが…」



ポケットから先程受け取った貨幣を取り出し、その何枚かをネロへと投げ渡す。



「アルは別に独断でここにいるワケじゃない、そいつらから仕事を頼まれて来てんだよ」

「っ!!」



投げ渡された貨幣をぎゅっと握り込み、俯いたまま嗚咽を上げるネロ。

その様子に動揺したのか、男は立ち上がり私の方へと振り返る。

走る列車の中、突然立ち上がる男と蹲り泣き出す少女、その二人に詰め寄る煤汚れた女と子供…誰がどう見ても一触即発の空気。当たり前だが騒動の気配を感じ取った周囲のどよめきも大きくなってきた。

…早急にネロだけ引き離す予定だったが、そうもいかなくなってきた。速いとこ事態を収束させないといらぬ混乱を起こしそうだ。



「…彼女にとって貴女はなんなのですか」

「その答えに応じてやりたいトコだが、ここじゃいろいろ不都合だろ?場所を移そうじゃないか"強盗団"」

「…そうですね。車外で聞きましょうか」



周囲の状況を汲み取った男もそれに応じる。緊迫した周囲の視線が刺さる中、連結部のオープンデッキへ向かおうと振り返る。振り返った先には立ち止まったままのミラルカが目に映る。



「…お前はネロを見ていてく



瞬間、察した。口元にひそかに笑みを湛えていたことを。その目が爛々と、獲物を狙う獣の目になっていたことを。その目線が、私の背後を狙っていたことを。

そして察した頃には遅かった。はるか後方、前の車両へ続く扉にドンと鈍い音が突き刺さる。

それを見ていた近くの客がすぐさま悲鳴を上げる…客室に広がっていた緊張の糸が、プツンと切れる音がした。



「…‼!おいミラ!何やってんだ!!いまは"そういう状況"じゃ…っ!?」

「…なるほど、これが"狙い"ですか」



腹部が熱い。違和感の場所に手をやると、べっとりと張り付く赤。

背後へ首を回すと、頬に真っ直ぐに傷を作った男。彼は懐から取り出したナイフを反射的に私の脇腹に突き刺していた。そうだよな、これが"狙い"と思われても仕方ないよな…。



「げほっっ…!」

「ネロ、この車両は危ない!さあ早く、僕と一緒に逃げるぞ!」



その場に膝をつく。一丁前に善人気取りの男はすぐさまネロの手を引き、混乱に乗じて前の車両へと逃げようとする。他の乗客もミラルカを恐れ我先にと前の車両へごった返す。一人その場に倒れた私を残して、私を中心に円を描く様に乗客が離れていく。脇腹の血は止まらない。



「くそ…ミラル…!?」



今度は目の前にいた筈のミラルカがいない。ヤツの狙いはあの男だった…だとしたら、ヤツが取る行動は決まっている。

その証拠に、前方に逃げていった乗客達が、今度は悲鳴を上げて後ろへと流れてきた…。人のこと等考えていられない、私は数人に足蹴にされた。



「にがさないよ?」

「い、一体どこから!?」



私の背後からそう聞こえる。扉に刺さったナイフを引き抜き、そのまま扉を発射台にして、逃げようとした男を目掛けて再突撃するつもりだろう。

獲物を前にしたミラルカがこうなってしまっては、もう私の言う事は聞かない。あの男も年貢の納め時だろう。



「やめて!!!!」



…勇敢な猫の声がする。倒れた私からではその様子を伺い知ることは出来ないが、あの声は先程まで口を閉ざしていたネロのものだろう。

その後暫くして、ナイフを構えて飛んできた兎が私の前に不時着する。いつもより着地の姿勢が不細工で、立ち上がる際もまるで平衡感覚が狂ったようにじたばたとしている。ナイフの血液は少なく、標的を処理できたようには見えなかった。

―――観測できたのはここまでだった。どうやら血を流しすぎたようだ。よろよろと酔っ払ったように左右に揺れる兎の姿を最後に、私の視界は薄暗く閉じていった。




―――――――――




「…んぁ?なんだ、ここ……?」



目を開けたら辺り一面真っ白な空間に倒れていた。身体全体が鉛のように重く、立てない。

白い靄のようなものが周囲を囲んでいる。目立つものは何もない。見渡す限り、膨大な白…。



「やぁ、大丈夫かい?」



私は喋っていない。私のものとは違う、誰かの声がする。

声のする方へ振り返ると、そこには灰色の髪の、見慣れぬ青年が立っていた。



「知らない顔だな…アンタ誰だ」

「おっと確かに、こうやって面と向かって話すのは初めてだね。はじめまして"アルジャーノン"」

「初対面なのになんで私の事知ってるんだ…仕事で会ったことでもあったか?」

「直接的な対面は無いはずだよ。間接的にはあるけどね」

「……?」

「読まなかった?ボクの"手紙"」

「…ッ!まさかアンタ…"アルジャーノン"!?」

「そう♪ボクが先代『アルジャーノン・フロイト』だ」

「…………」



あの"手紙"…私が自分の家の中で偶然発掘したものだ。誰に宛てたのかも分からない、何の用途で書かれたのかも分からない謎の書き置き…そもそも"先代"って、レンドロスの話じゃ死んだはずじゃなかったのか…!?



「ふふっ」

「な、なんだよ…」

「ああ、いやぁゴメンね?確かにボクがここにいたら警戒したくもなるよね」

「っ!!」

「確かにボクはキミたちの世界から退場した人間だ。だから今のボクは簡単に言えば…キミの創り出した幻影、とでもいえばいいのかな?」

「…自分で創った幻に心ン中読まれるとか…相当気持ち悪い体験だな全く。普通は逆だろ」

「そうかもしれないね♪」



周りの靄が少し晴れていく。私と彼との間の空間が開け、地面が鮮明になった。それと同時に、先程まで身体に掛かっていた鉛のような重圧がスッと消える。

足場と言えるものは見当たらない。白い靄とは真逆の、黒い靄が足元を侵食している。

立ち上がると、黒い靄が地面のように作用する。靄なのに、固い…。



「なるほど…なんとなく分かってきたぜ。じゃあこの空間も私が創り出したモノって事か」

「うん、そうだね。厳密にはここは、キミがかつて切り離した"『獣』の記憶"があった場所…その"余白"の部分さ」

「私の深層意識…か。ロクなもんじゃねぇな…んで、私が創り出したとはいえなんでアンタがここにいるんだ?」

「言わなくても分かるだろう?キミを連れ出しに来たんだよ」



そう言うとアルジャーノンの背後に木製の扉が出現する。



「ボクはねアルジャーノン、キミの行く末が見てみたいのさ」

「私の、行く末…?」

「そう。手紙にも記した通り、ボクは結局『獣』の誘惑に抗えなかった…だから二代目であるキミが、一度はその衝動を跳ね除けて自己を貫いた事を嬉しく思ったんだ」

「あ、あれは…なんというかかなり無茶やっただけで…」

「そうだろね。でも偶然とはいえその奇跡は起きたんだ。だからこれからも、ボクにその"輝き"を見せて欲しいんだ」



そう言いながらアルジャーノンは、背後の扉をゆっくりと開き始める。周囲の靄が開かれた扉に吸い込まれるように流れていく。



「これから幾度も起こるであろう困難を乗り越えていってほしい。だからキミは、こんなところで死んじゃいけないのさ」

「…全く、私が苦労する様が見たいからまだ死ぬなだって?随分と自分勝手な幻だなぁ」

「キミだってまだ死にたくはないだろう?」

「あたりめーよ」



私にはまだやるべき仕事が残っている。いつからか手の中にあった貨幣を眺め、また握りしめる。

流れる靄と共に開かれた扉に近付き、その縁に手を添えてアルジャーノンへと向き直る。



「悪かったな、長居しちまって」

「ふふっ、ボクはいつでもキミここからを見ているよ」

「勝手に居座ってんじゃねぇよ。やっぱアンタただの幻じゃねぇだろ」

「ふふ、それはどうだろうね。…そうだ、最後に一つ忠告しとくね」

「なんだ…?」

「キミがパートナーにしてるあのウサギちゃん、ちょっと警戒した方がいいかも」

「ミラルカか…確かに、未だにアイツのことはよく分かんねぇ。忠告感謝す」

「そうじゃない」

「ん?なにが…」

「キミが思っている以上に、あのウサギちゃんは危険なんだ」



今まで穏やかな笑みを讃えていたアルジャーノンが眉をひそめる。私はどうやらミラルカについて、とんだ思い違いをしているのかもしれない。



「どういう意味での警告だ?」

「彼女はもう一度…いや、どんな手段を使ってでもキミを『獣』に堕とそうとしている」

「そんなこと言われなくたって分かっているさ、アイツは言動が露骨すぎる。それで?」

「分からないのか?『獣』としてのキミはキミがもう切り落としてしまったんだ」

「なら好都合じゃないか。私はもう"そうならない"ってコトだろ?」

「違うよ」

「…?」

「キミはもう"何者にもなれなくなる"んだよ」



足元に渦巻いていた黒い靄が飲み込むようにして私の身体を這い上がってくる。倒れていた時と同じ鉛のような重圧が身体を押さえつける。

"何者にもなれなくなる"…言葉の意味がよく分からない。上手くイメージができない。そういえば、ここは『獣』の記憶が取り除かれた"余白"だと言っていた。じゃあ、なぜ彼はここにいる…?



「…察しがいいね。」

「…なるほど、アンタも"黒"ってワケか?」



身体を這い上がってきた黒い靄がうねうねと収束して私の身体を囲むように無数の黒いメスを形作る。目の前にいるアルジャーノンが恍惚に、しかし苦しそうに、歯茎を出した凶悪な笑みを浮かべる。



「勘違いはしないでもらいたいな。ボクも好きで『獣』になったわけじゃない、だからこれは不可抗力なんだ…」

「ややこしいモンになったもんだ…まさか今、私が"アルジャーノン"でいられるのはアンタがいたからってことか」

「そう…ボクが"アルジャーノン"として生きた記憶がこの世界にあったから、それに上乗りする形でキミの存在が保てているんだ」

「それで私が『獣』の衝動に駆られることを恐れているんだな…アンタの中の"それ"が抑えられそうにないから」

「ふふっ、正解…正直この姿を取り続けるのも結構大変なんだ」

「私以上にアンタのが大変そうなんだね…でも安心しな」



靄が形作ったメスを振り払い、苦しそうなアルジャーノンの肩にポンと手を乗せる。

身体の拘束は解け、アルジャーノンの表情も先程までの穏やかなものに戻った。



「アイツは私のパートナーだ。それは私が決めた」

「ははっ…答えになってない、危険だって再三言ったよね?」

「忠告も聞いた。アイツに踊らされたらアンタも私も危ない、それも理解した」

「理解してるなら何故…」

「私は決めてるんだ、アイツを『人』にするって…見てみたくないか?アンタの師匠が達成出来なかった事、アンタ自身が成せなかった事、そして…善人ヅラしてる私らの師匠が弟子に追い越されて悔しがる顔をさぁ」



その一言と共に足元の黒い靄が晴れて白へと変わり、再び扉の中へと流れ込みはじめた。

一瞬キョトンとした表情を浮かべていたアルジャーノンも飽きれた様子で腹を抱える。



「プッ、くく…確かに、面白いかもしれないねそれは…!ああ、分かったさ。じゃあその顔を拝むまでボクも頑張って耐えるとしよう」

「悪いね、でもこれが私の当面の目標さ。まぁ…まだまだミラルカの事はよく分かんねぇんだけどよ」

「いや、いいさ…"手紙"にも書いてあっただろう?ボクは何かを"生かす"キミを見てみたいんだ」

「そうと決まればこうしちゃいられないな…改めて、長居しちまったな。アンタがいなきゃ私は…アルジャーノンは死んでたかもしれねぇんだ…感謝してるぜ。またな、『アルジャーノン・フロイト』」

「うん。じゃあまたね、『アルジャーノン・ヴィンプロッソ』…キミの行く末が輝かしいものであるように…」



扉の向こう側、靄の収束する光の渦の中に私は吸い込まれていった…。




―――――――――






「………んあ…?」

「目ぇ覚ましたか、面倒かけさせやがって…」



周囲が冷たい。暗い。埃っぽい。



「…バー…ナード…?」

「感謝しろよ、オレがいなきゃ死んでたかもしれねえんだからよぉ」

「……?」



先程の脇腹のあたりをさすると、そこには綺麗に巻かれた包帯。何故か私は、公安の駄犬に看病されていた。

あまり寝心地が良いとも呼べないベッドは、小麦粉の入った麻袋を並べて作られたものだった。ここは…恐らく貨物車の一つだろうか。



「アンタが…なんでここに……」

「そりゃこっちが聞きてぇよ。余計な騒ぎ起こしやがって」

「…そうだ、ミラルカは…?」

「ここにいるよ」



声の方向を見る。さっきの暴走はどこへやら…または一頻り暴れてスッキリしたのか、いつもの無邪気な表情でこちらを覗き込む。…大体はお前のせいでこんなことになったんだぞ。



「お前…あとでお仕置きだからな…」

「でもあそこまで行ったら、殺しちゃった方がよかったじゃん」

「段取り…ってのがあんだよ馬鹿…」

「ふーん」



こいつのせいでひどい目を見た…身体が満足に動く様になったら覚えておけよ…。



「今のお前に言う事じゃあ無ぇと思うが、しっかり手綱握っとけよ」

「ああ…そうしたいもんだよ」

「努力義務じゃねぇんだぞ、被害者がこれ以上出たら責任取れねぇだろ」

「そうだな…すまない」

「…まぁ、さっきの騒動ん時はお前以外の死傷者は出てない。そこは安心しろ」



色々と言い返したいことはあったが、今はそんな元気はなかった。

換気口として空いている小さな窓から月明かりが細く射し込んでいる。光を頼りに手元、足元を確認し、まだ痛む脇腹の傷を堪えて少しだけ身体を起こす。



「…あんま無茶すんな、傷口が開くぞ」

「ずっと同じ体制なのもキツいんだ…大丈夫、もう少し安静にはするさ」

「そう言ってお前が安静にしてるとこを見たことが無いけどな」

「…動かないのは性に合わねぇんだ。今は仕事の途中だしな」

「…その仕事ってのは、誰から受けたモンだ」

「…別に守秘義務でもないな」



そう言ってポケットの中からガキ共から預かった貨幣を取り出し、バーナードに見せる。細く射す光が貨幣の表面に書かれた拙い字を照らし、その持ち主をバーナードに主張する。



「…今受けてる"依頼主達"だ」

「依頼金は」

「手数料込みで8ガルバだ」

「…ハッ、馬鹿げてる」

「アルもそう思ったんだがなぁ、放っておけなかったよ」



嘘つけ、放っておけなかったのは私自身だ。それを後押ししてくれたのがあのガキ共だっただけだ。『獣』になり得る恐怖から解放してくれて、私のやりたかったことに免罪符を与えてくれたってだけの話だ。



「…そう言うアンタは、なぜここに…?」

「こっちも"仕事"さ、オレは市民を守る保安官だからな」

「…成程な、馬鹿げてるのはお互い様か」

「オレはそんなジャリ銭に命賭けれるほどイカれてはいないハズだぜ?」

「受けちまったモンは仕方ねぇだろ…ところであの混乱の中からどうやって抜け出したんだ」

「あー、そりゃなぁ…




―――




「きゃあああ!」

「人が倒れたぞ!逃げろ!逃げろ!前の車両へっ!」

「あの子がやったんだわ!さっきナイフ投げたのもあの子!私見たんだから!」

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!」



お前が倒れてから案の定、車内は大混乱だった。人の波が前の車両目掛けて流れていく中で乗客がごった返し団子詰め状態。オレはお前らがいたすぐ後ろの席に座ってた。偶然足元にすっ転んできたお前をすぐに介抱することは出来たが、それを見た乗客達にオレが"お前らの仲間"だと思われることは避けたかった。

子兎がやったことが常軌を逸した行為なのは明らかだが、それ以前にお前らの問答を傍から見る者からすればそれは脅迫であり、まごうことなき"悪人"だったからだ。



「にがさないよ」

「ひぃぃ!?なんでこっちにいるんだよォ!?」

「助けて、やめて!やめなさい!?」



転機が訪れたのはその後だ。子兎が移動し、乗客の混乱が逆方向に流れるようになった後。子兎がそのままネロの誘拐犯に向かって飛び込もうとした時だ。



「やめて!!!!」

「っ!?」



誘拐犯の前にネロが立ち塞がり、庇ったんだ。そこで子兎は突っ込む軌道を変えて、ぶっ倒れてるお前の前に落っこちてきたワケだ。

これで再度乗客は前に流れ始め、そしてお前と子兎が同時に捕縛できる位置に来た。

オレはお前達に駆け寄った。



「みなさん、落ち着いてください!私は公安です!」



保安官のバッジを掲げ大きく叫び、混乱の中の乗客達の注目を集める。

オレはお前と子兎を地面に押さえつけ、乗客達に安全であることをアピールした。



「今回暴れたこの二名に関しては、私の下で厳重に監視致します。つきましては、拘束の際に一度貨物室等を貸して頂けると幸いですが…この中に貨物の管理者様等はいらっしゃいませんか」



背に腹は代えられない。自身の快適な旅を続ける為なら、少なからず協力してくれる人物はいるはずだと踏んだ。案の定一人、自身の貨物とその貨物室を提供してくれる人が現れた。



「で、では…私の貨物室で良ければ…」

「ありがとうございます。…それとこの件は、公安に連絡させて頂きます。危ないでしょうから、明朝になりましたら一度列車を止めてもらい、この二名にをその場で降ろさせて頂きます。それまでの間、皆様の安全は私が保証しましょう」




―――




…とまぁ、そうやってオレはお前らを匿ったワケだ」

「へぇ、一丁前に仕事してんじゃん」

「皮肉にしか聞こえねぇが…まあ、あの状況じゃこれが最善策だ」



なるほど、バーナードなりに気を利かしたつもりなんだろう。これで、結果的には振り出し…いや、マイナススタートと言えるだろう。



「しかしどうする?アンタがいらん嘘盛ってくれたお陰で乗客からの心象は最悪、オマケに負傷、明朝になったらタイムオーバー…こんな状態でどうやって逃げたアイツからネロを取り返すんだよ」

「…それに関しては問題ない」

「あ?どういうことだ」

「…なあ、そろそろ姿を見せたらどうなんだ?」

「………っ!」



貨物室の奥の暗闇の中に、スゥーっと輪郭が浮かび上がる。特徴的な浅黒い肌、小汚いワンピース、いろんな汁でぐしゃぐしゃになった顔、そして貨幣をぎゅっと握りしめた手。



「ネロ……」

「オレがお前らをこの貨物室に運ぶ際、手伝ってくれたのがソイツだ。感謝しな」

「う……うぅ…ぐすっ……っ」

「あ、アンタ…ずっとそこに隠れていたのか…っ!?」



その問いに強く首を縦に振る。よほど姿を見せたくなかったのか、それとも別の理由なのか、何故かは分からないがボロボロと泣きながら…。



「う…うぅ~~~~…うぇ…っすん…!」

「お、おいおい泣くな泣くな!?何に対してそんな泣いてんだ?おい分かんねぇよ!?」

「ふぅぅ…ぐぅっ……ううぅ~~~ん…っ」

「お、おいって…おいこれどうすればいい!?」



戸惑いすぎてバーナードに視線を送る。が、彼はニヤニヤとこちらを見ているだけで何も言おうとはしない。そこらへんで麻袋を踏んづけて遊んでいたミラルカにも視線を送るが、彼女も不思議そうな視線でこちらを見返すのみ。

改めてネロに向き直る。ネロはぐずぐずと泣きながら少し緊張した足取りでひたひたと距離を詰めて来る。何が何だか分からずに怯えて逃げそうなになるが、脇腹が痛くて立ち上がれそうにもない。どうすりゃいいんだよ一体…!?



「な、なあネロ…?そんなに姿見せるのが嫌だったか…?そ、そんなに連れ戻されたくなかったか…!?」

「ふ……ふぇ……ふうぅ~…」

「おい?なんなんだ?どういうことなんだ?」

「う、うぅ……ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~ン」



限界まで詰め寄って来たネロはそのまま崩れ落ち、放り出していた私の足に縋りついた。そして大粒の涙を流して泣き出したのだ。



「お、おい…どうしたんだ、一体…?」

「だって……だっでぇ!お姉ちゃんが死んじゃうがもじれない…っでぇぇぇぇぇぇ~~~っ!!」

「っ!!……そっか、心配してくれてたのか。ありがとう」



今の言葉でハッとした。彼女は私を気遣ってくれていたのだ。

きっと彼女も様々な葛藤と戦っていた筈なのだ。先の客席で会った際、静かに俯いていた事も。貨幣を渡した際、それに小さく嗚咽していたことも。ミラルカの奇襲の際、彼女を攫った男の前に立ったことも。ずっと態度がチグハグで、それは自分に抱えていた何かがあったからなのだ。

多分、私と目を合わせるのも気まずかったんじゃなかろうか。私に向かってきた足取りに出ていた。それでも、私の身を案じていてくれたのだ。私は片腕で彼女を抱き寄せ、静かに背中をさする。



「…大丈夫だ、アルはこんな簡単に死にゃあしないよ、安心しな」

「うぅっ…ううぅ…ううぅ~~~~~~ん!」

「アンタが手伝ってくれたんだろう、ありがとな」

「うっ…うぁ…うぅぅ……ん」



手の力が抜け、彼女が握っていた貨幣がカツンと音を立てながらこぼれ落ちる。

彼女を縛っていた緊張の糸が、全てほどけきったような音だった。



細く射し込む月光が、抱き合う二人と、それを見守る二人を照らしていた。





―――――





―――同じ月が照らす頃



「…よォ、迎えがちぃーっと遅かったんじゃねーの?」

「ヒッヒ、何事も用意が大事なんだよ」

「待たされる身にもなってみろ、ウズウズしてたまンねーェんだ」

「急かすねぇ…そんな急いでもイイことねぇぜ?世の中ってのはよォ」

「若いうちは生き急ぎたいモンなんだ。ほら、さっさとハズせ」

「へぇへぇ、初対面だってのに騒がしい御人だこと…」



暗闇に射し込む月光が、二人の影を色濃く写し出していた。

お久しぶりです、みょみょっくすです


前回から引き続き、ちょっとペースアップな投稿となります。



さて今回で列車に飛び乗ったアルジャーノン組とバーナード、連れ去られてたネロが一旦集結。それぞれの身辺整理も兼ねて進めていきましょう。

そろそろアジト潜入組のレンドロス、シェパードの動向も気になってきますがそれはまた次回。



個人的にはいよいよ第二部も後半に差し掛かってきた感じですので、筆の調子が乗っている間にポポンと進めていきたい所存でございます。次回もお楽しみに~

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