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銀狐のアルジャーノン  作者: みょみょっくす
第二部 ルーザーチルドレン
23/33

旅は道連れ


――――――PM11:24。

信頼のおけない街灯時計が針を刺す。

余程のことが無い限りトラッシュラインは毎日23:30が最終運行。それまでに着かなければ、ネロを助けることはほぼ不可能となってしまう。

残り6分…私たちはスラム街を抜け、中層街の中ほどにある駅を目指し走った。



「おねーちゃん遅いよ、追いつけないんじゃないの?」

「時間が気になっただけだ、急ぐぞ!」

「遅れてるのはそっちでしょ」

「た、確かにそうだが………」



気がかりなのは先行するミラルカだ。さっきの不機嫌はどこへやら、やたらと上機嫌に私の前を走っている。こちとら片腕でバランスも取り辛いというのに、そんなことも意に介さぬまま前を走る。追いつくので精一杯だ。



「…一体どういう風の吹き回しだ?」

「着いてこいっていったのはおねーちゃんだよ?」

「もっと嫌々付いてくると思ったがな」

「分からないの?ここから先にもっと『おいしい』臭いがするんだよぉ…」



よく見れば目を輝かせ、グジュグジュと唾をかき混ぜる音が聞こえる。なるほど…私のことはさておいて、私の向かう先にいる『何か』に反応しているらしい。

こいつのこの奇妙な習性は彼女の『役割』から来るものなのだろうか…何かに興奮するその姿はさながら人の皮を被っただけの『獣』だ。「獣が現れたら殺す」それが役割だと彼女は言っていたが、それを遂行する彼女自身もあまり理性的とは言えない。穿った見方をすれば、合法的に獣化が免除されている…そんなふうにも見えてしまう。

だが、成り行きとはいえこの局面にこいつを連れて来たのはある意味正解かもしれない。ネロを連れ去った奴がどんな奴か分からない以上、こいつの嗅覚が頼りになることもあるだろう。…そして彼女がここまで興奮を抑えられない相手ならば、それ相応に厄介な相手であることは間違いない。



「全く、現金なヤツだよ…はしたないからその口ん中、乗る前には飲み込んどけよ」

「グフッ…ンぐふ…わかったぁ」

「ただでさえスラムの小汚い連中が乗るようなモンじゃないんだ、なるべく目立たないようにいくぞ」



そうこうしているうちに駅舎が見えてくる…幸いまだ列車は確認できるが、少し様子がおかしい。



「……!!まずいぞ、もう発車する!」



ジリリリンと発車のベルが鳴り響く。プシューというエンジンの音が嘶く。幸いまだ列車のドアは開け放たれている。駅舎までの距離はあと十数メートル、ほんのギリギリ届くか否か。



「…!!おい、そこの二人止まりなさいっ!」



そんな声が聞こえたが気のせいだろう。私とミラルカは改札を飛び越え今にも動き出しそうな鉄道へ直行する。運賃だったら後で払う。だから今は、このあと僅かの距離を縮めさせてくれ…!!



「…っクソ!ダメか…っ!!」



ほんの数十センチ、たったその距離届かなかった。開け放たれていたドアは閉ざされ、伸ばした手は無慈悲に遮られた。眼前を横へと動く箱を見つめながら、過ぎていくそれを見送るしか出来なかった。

後ろからはさっき無視した声も追ってくる。ここまで来て万事休す…なわけあるか!



「…チッ、しょうがねぇ…頼んだぞミラルカ!」

「うん、わかった!」



大きく屈み、真上へナイフを放り投げる。私の後ろより加速を付けたミラルカ飛び、私が投げたナイフをキャッチする。すかさず猛スピードで加速するミラルカはその勢いのままホーム沿いを走り、発車した列車を追いかける。幾らあいつが速いと言っても流石に鉄道に追いつけるようなものじゃない。だが、それでいい。



「いっくよぉー!」



列車の最後尾を見送りながら、ミラルカは掴んだナイフを思い切り投射した。射出されたナイフは加速の勢いを乗せて空を切り、既にホームを走り去った列車の最後尾、コンテナ車両の手摺を穿つ。



「よし、でかしたぞミラルカ!」

「ほら、さっさと行かなきゃ」

「お、おう、言われなくても」



私はミラルカを抱きかかえる。



「すぐ出さないとしんじゃうからね」

「…ふーっ…オーケー、準備できた」

「じゃ、いくよ」



背後には私達を捕まえようとする駅員が迫っていたが、その声は途絶えた。

次の瞬間、私達は高速で流れる線路の上空に放り出される。地面との距離は2mもない。

列車と私達の慣性は違う。飛び出したままの速度の私達に対し列車はさらに加速し続ける。飛び乗れなければこのままでは地面に叩き付けられる、しかもこの慣性が乗った状態で。軌道にすっ転がる姿はあまり想像したくない。

すぐさま鎖を転送し、なりふり構わず思い切り前方へと投射する。手首付近から伸びる鎖は辛うじてコンテナ車の手摺に巻き付いた。



「ぐっ…!?引きが強すぎる……っ!!」



当然だ。私達に更なる加速が加わる。巻き付いた鎖は寸分の弛みもなく張り詰め、もはや巻き取ることも難しい。

引っ張られれば高度も下がる。このままじゃ叩き付けられるどころか、時速100km超で引き摺られてミンチが妥当だ。



「……いけるかミラルカ…!!」

「うん、いいね。そのままにしてて」



そう言うとミラルカは、今にも千切れそうな私の腕と鎖の上をスタスタと渡り、瞬く間にコンテナ車へと乗り移る。車両側から鎖を掴むとそれを力一杯引き込み、それに合わせて一瞬撓んだ鎖を巻き取る。命からがら、漸く私も車両へと乗り移った。



「…フー…肝が冷えたぜ…」

「ね?いい案だったでしょ?」

「ああ…目ぇ覚ますにゃ丁度いい…」



このアイデアを提示したのは意外にもミラルカだ。走り出してすぐの頃、危なかったらアタシの能力を使えと言ってきた。

彼女の能力は『自分が傷を付けた場所の周囲に瞬時に移動できる』というもの。私と殺りあったあの時も、この能力を使って翻弄してきた。まさか投擲にまで応用の利くものだとは思わなかったが、そのお陰で今回は助けられた。



「んふー、んふー…」



…まあ本人は「獲物を狩るために必要だった」からとか、そんな感じなのだろうが…。



「…さて、なんとかして客室まで向かうぞ。その涎と鼻息抑えなよ」

「ジュルル…んふ、わかった」



客室5に貨物8、計13両…私達は列車の最後尾。

もう一度チェーンを取り出し、それをコンテナの縁に引っ掛けながら前方の客室を目指し前進を開始した。






―――――






「はぁ…はぁ…コイツぁ堪えるぜ全くよぉ…」

「すまないね…キミのトラウマを刺激する結果になったかもしれない」



岩盤の密室はむせ返るような熱気と霞むような氷塵が巻き上がっていた。

いたる所に焼け焦げた肉塊と凍結した固形物が転がっている。



「なんだ…俺の昔話を知ってるってのか」

「私は保安官だ、肩を預ける人間のパーソナルくらい調べるさ」

「なら『これ』に巻き込んだのはただの嫌味にしか見えねぇがな」

「私とてこの展開は想定外だ…不可抗力だよ。仕事にはよくあることだろう」

「…まあな、俺も身に覚えがあるさ…」



一仕事終えた獅子と犬は互いに背を向け、一際大きく盛り上がった亡骸の上に腰掛ける。そこには先程まで生物だった、まだ生気の抜けきっていない者たちが積みあがっていた。



「しかし、お前さんも『首輪付き』だったとはな…『守りきれ』って言ってるわりには余裕そうだったじゃねえか」

「これも不可抗力さ、本来なら保安官は人前でそう易々と能力を見せる訳にはいかないんだ。今回は緊急時故やむを得ずね」



そう返すシェパードの姿は分厚いコートを身に纏っていた先程とは打って変わり、内側の肉体を大きく露出していた。露わになった肉体はそれ相応に鍛えられており、着衣時の印象以上に引き締まっている。レンドロスもその変化に度肝を抜いていた。



「頭でっかちなモヤシ君だと思っていたが、大分見込みあるじゃねえか」

「私的にはあまり好ましい事ではない…何より私の趣味じゃない。推奨されても困る」

「へっ、良いもんだぜ?筋肉」



そう言ってレンドロスは露わになった肉体に手を触れようとする。すると、触れた指先からピキピキと音を立てて表皮が凍結を始めた。驚いたレンドロスは慌てて指を引き離す。

その様子を訝しむような視線を向けながらシェパードは話を続けた。



「…一応、明かしてしまった以上私の能力を知っておく権利はキミにもあるだろう」

「まあ、粗方予測は付くぜ。『相手を凍結させる』とか、そんなカンジだろ…?」

「凍結は合っているが、実際はそんな便利なものじゃない。もっと難儀なものさ。例えば…」



そう言うと今度は逆にシェパードがレンドロスの肌に触れる。一瞬たじろいだレンドロスだったが、触れられたその場所にはなにも起こらない。



「な、なんだ…ビビらせんなよ」

「私の能力は、私の意志に関係なく発動する。これは『私が』キミに触れたから平気なんだ」

「…成程な、さっきは『俺から』触れたからダメだったってのか」

「そういうことだ…受動的で制御が効かず、それでいて恐ろしい能力だ。不便でならないよ」



そう纏めながらシェパードは改めてコートを羽織る。あの日照りの強い荒野でもコートを脱がなかったのは彼のポリシーではなく、万が一自身の肌に誰かが触ってしまった際に能力が暴発するのを防ぐためのものだったのだと、レンドロスは再認識する。



「…さて、説明はもういいだろう。そろそろ目的のモノを回収しなくてはな」

「目的のモノってのは、その画面に点滅してる奴か」

「いくら公安に予算があると言ってもまだ実験段階の研究資材だ。なるべくなら回収しておきたい。それに…」



取り出した携帯電話の画面を頼りに目標物の所在を探し当てる…そこにはボロボロになったスーツと保安官のピンバッジ、その近くに横たわる一匹の犬の姿があった。



「…そいつが例の後輩か」

「今となってはそれを知る術もない…だが分かる、彼はコリー・ハウンドだ」

「じゃあ、最期はこいつがその発信機とやらを所持していたってのか」

「ああ、そういうことだろう…若き忠犬よ、長きにわたる職務の全う、ご苦労だった…」



シェパードは膝を付き、目を閉じて祈りを捧げる。

レンドロスはただそれを、近くで見ることしかできなかった。



「…さてコリー、すまないがキミの遺留品を調べさせてもらうよ」

「祈りはもういいのかい?」

「こちらはまだ仕事中だ、そこまで悠長にしていられない」

「それもそうだな、おまけに敵地のど真ん中だ。他に何が起こるか…」



外の様子を見回りに行こうとしたレンドロスがなにかに気付く。それと同時に、シェパードはコリーの遺留品の中から発信機と、数枚に分けた紙切れを発見する。



「………。」

「なあおい、一つ報告があんだが」

「…どうしたんだい?」

「扉が開かねぇ」

「なんだと?」



ガチャガチャと乱雑にドアノブを回すが、一向に開く気配はない。

扉には変形も見られず、形が歪んだことによる弊害という訳ではない。強く蹴りつけても鉄製の扉は頑丈である。



「閉められたな…しかも外側からだ」

「一大事なのにいやに冷静だな」

「扉なんぞブチ破っちまえば意味はねぇからな。問題なのはまだこのアジトにゃあ『誰かいた』ってことだ」

「…確かに、逃げられでもしたら厄介…いや、待ってくれ」

「どうした?急ぐなら早くした方が良いぞ」

「それはそうだが、仮にこの廃坑を抜け出せたとしてその相手はどこに行く?」



コリーが遺した紙切れの束を片手に捲りながら何かを考えるシェパード。いつ、どのタイミングから扉を閉められたのかが分からない以上、無暗に行動するのも非効率である。



「そりゃあ確かに、目的地が分かんなきゃ追うのも一苦労だ」

「ならばこの廃坑内を引き続き調査した方が良い。どの道ここを抑えれば次の犯行は出来なくなる」

「次の手がかり探し…か」

「そういうことだ。幸い、この廃坑を利用していた者はかなりの少数である可能性が高い」

「根拠は」

「そうでなければ『このような手段』を取る必要はないからさ」



そう言いながら眼前に広がる死屍累々の光景を見る。



「…確かにな」

「この扉の先、三又に分かれた分岐路があった。そのうち一つは私達が通ってきた道。残り二手を隅々まで調査するぞ」

「じゃ、早速ブッ込むとして…そいつは置いてくのか?」

「ああ…すまないが今は捜査の邪魔になってしまう。全てが片付いた後、丁重に眠らせてあげよう」

「お目当てのモノは手に入ったのかい」

「ご覧の通りだ。仕事熱心な部下で感心するよ」

「ならもう後腐れねえな、思いっきり行くから少し下がってな」



レンドロスは大剣を構え、その刀身に炎を束ねる。刀身が赤く発熱したのを確認し、行く手を遮る鉄扉に向けて思い切り振り下ろした。

鉄扉はその衝撃と熱で変形し、ドロドロと溶解していく。振り下ろされた剣が黒く変色すると頃には鉄扉には巨大な裂目が出来ていた。



「ちょいと熱いが文句は言ってられねえぞ」

「ああ、迅速に捜査を開始するぞ。キミは向かって左側を頼む。私はこの先を見てこよう」

「おうよ任しときな!怪しいモンがあったらさっきの車両車庫で合流だ」

「その案に賛同しよう。なにかあっても決して深追いはするんじゃないぞ」

「言われ無くてもわかってる、じゃあな!」



そう言うとレンドロスは左側、廃坑の更に奥へと進む道を走っていった。

一方のシェパードはその場から動かず、レンドロスの姿が消えるまでその背中を確認する。



「…すまないな、傭兵。私は調査の前に一点確認事をさせてもらうとするよ」



すると彼は懐から携帯を取り出し耳に当てる。

数度のコールが廃坑に鳴り響くものの、その相手は着信に応じなかった。



「…どこで道草を売っているんだ、バーナード…!」



扉に入る前に抱いていた疑念は、後輩保安官の遺言により怒りへと変わっていた。その是非を問い質す必要がある…いや、シェパードはその疑問を否定して欲しかった。しかし、彼の者の応答はない。

仕方がないと溜息をつき、携帯をしまう。もう一度自身の理性を正し、改めて正面に続く坑道を進んでいった…。






―――――






――ポケットの中でバイブレーションが唸る。この端末で連絡できる相手は限られている。鳴った瞬間から彼は発信者を粗方予測していた。



「悪ぃな、こっちも仕事中なんだ。お咎めなら後で受けてやる…だから今は静かにしてろよ」



そう心の中で呟いた犬は、その手で携帯の振動を止めた。

彼の眼前には今、車両に揺られながら座る二匹の黒猫が映っている。







お久しぶりです、みょみょっくすです


漸く第二部のお話も後半戦に突入です。それぞれが目的を持って鉄道に乗り込む、そんな感じでございます。

場面転換多めで進んでいるので、改めて今現在各キャラが何処にいるのかをお浚いしてみましょう


アルジャーノン、ミラルカ

→ネロを連れ帰るためトラッシュライン最終便のコンテナ車に飛び乗る(無賃乗車)


レンドロス、シェパード

→「偽りの黒山羊」のアジトと思しき廃坑に潜入中


バーナード

→何らかの目的を持ってトラッシュラインに乗車


ネロ

→もう一人の「偽りの黒山羊」構成員に連れられトラッシュラインで移送中


ジャック

→アルジャーノン宅に拘束されたまま


ガズベルグ

→???



今後も各キャラの視点を行ったり来たりしながら進行する予定です。

次回もまたよろしくお願いします~

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