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銀狐のアルジャーノン  作者: みょみょっくす
第二部 ルーザーチルドレン
21/33

黒き思想の種の先



「さっきの襲撃で、何か不可解な点は無かったかい?」



荒野のバギーは線路を横目に、その先にあるであろう分岐点を目指して走っていた。

所々に先程まで無かった凹みや血痕、大小様々な損傷を残しつつも、まだ辛うじて大の大人二人を乗せて走れる余力は残している。そのうち一人、一際大きい偉丈夫はその背丈と張り合うほどの大剣を狭い車内で広げ、先の戦いで付着した汚れを拭き取っている。



「…そうだな、一つ気になる点があったとすりゃ、あいつらは夜盗にしては妙に『らしさ』がなかった」

「ほう、随分と抽象的だね。何故そう思ったんだい?」

「まずは服装だ。仮に夜盗なら、もうちっと見すぼらしいのが普通だ…だが俺の知る限り、さっき襲ってきた連中は、俺が住んでいた町のスラムの住人達よかマシな有体だった」

「成程、しかしそれでは根拠に乏しいな」

「『まずは』っつったぞ俺は。二つ目は…そうだな、筋肉だ!」

「どうやらキミは言語化が苦手なようだね」

「いちいちうるさいなぁお前は!黙って聞いとけよ!」

「フフフ…失礼した、確かにこちらから質問をしているんだ、無礼なことをしたね」

「分かってやってるだろお前…で、だ。一応根拠はある!さっき襲ってきた連中は明らかにこの環境に不適正な肉付きだった。筋肉ってのはいくら栄養が偏ろうと、日々の労働の積み重ねで使い方と形状が決まる。この環境で過ごすなら、少なくとも重労働に向いた肉付きになる。しかし奴らには『それ』が無かった。まるでこの土地のモンじゃねえようなモヤシばっかだ」

「ふむふむ、だいぶ核心に近付いたようだね」

「…さっきから気になっていたがお前、一体何を知っている…?」



意味深な態度をとり続けるシェパードを訝しむレンドロス。

シェパードに依頼を持ちかけられてからこの間までレンドロスは彼に誘導されているような感覚を感じていた。それは裏を返せば、既にシェパードがこの列車強盗事件の真相に迫る情報を持っていることに他ならない。だからこそレンドロスは、彼が『シロ』か『クロ』かを見定めておく必要があった。

それは己自身の保身の為でもあり、そしてひと時のビジネスパートナーとしての信頼の話でもある。仮に彼が『シロ』だとして、万が一が起こった際それを助けられるか否か、その判断を素早くこなせるかは相手への疑心に左右されるからだ。



「…何を知っているか…か。生憎だが、私の口から語れることはそう多くはないよ?」

「知ってることはなんだっていい、洗い浚い吐きやがれ」

「いいとも。ただし中には私の憶測が含まれることも加味してくれ」



そう言うと彼は懐から折りたたまれた手記を取り出した。



「まず、この事件の捜査にはバーナード君と私、そしてもう一人コリー・ハウンド君という新米がいてね。彼は実地調査…すなわち、列車強盗が現れるであろう現場を張っていたんだ。ここに書かれているメモ書きはその際、彼が念のためにと記していた乗客リストの一部さ」

「乗客リストなんざ、わざわざ自主的に作らんでもいいだろう」

「そうもいかないよ。先程も言った通りトラシュラインはバッドカンパニーの御膝元だ、対立している公安にその顧客リストを送り付けるような真似はしない」



そう言いながら手記を広げ、そこに書かれている名前をずらりと見せる。



「少ない時でさえ100人は輸送する鉄道さ。これだけの数を毎回、一人一人に聞き込んで記載していたんだから末恐ろしい…しかしそんな彼は消息を絶つ」

「そいつ自身が『強盗』の被害に遭う…と」

「そういうことだ。当時はまだ調査も進んでいなくてね、相手が如何なる方法で列車を盗むのか、それさえも曖昧な時期だった…私達公安は携帯で遠隔通信を行えるが、その事件があった当日から、彼からの通信は途絶えた」

「お前がこの捜査に精を出してるのはそいつのこともあって…ってことか」

「そう思うなら好きにしてくれたまえ。…どちらかというと、私を動かしたのは彼が残した情報とそこから生じた疑問からだ」

「ほう、それは…?」

「疑問が生じたのは車両強奪の仕組みの予想が立ってからだ…先にも言ったが、『少なくとも』100人は輸送する鉄道を何便も強奪していたらどうなると思うかね?」

「そりゃ、収容しきれずにパンクするか、徒党を組まれて内側から壊される…世の中数以上に怖いものは無いからな」

「普通はそうだろう。しかし、組織がパンクするどころか子供一人帰ってこないうえに、今の今まで犯行経路すら隠し通せたんだ…これはおかしいとは思わないかい?」



大剣を拭うレンドロスの手が止まり、震える。先程斬り飛ばした夜盗が一体誰だったのか…そんな悪い憶測が脳内を貼り巡る。

実際、そんなことは不可能な筈だ。だがそれ以上に質感が上回った。額から脂汗も滲み出す。



「…まさか、奴らの狙いは…っ!?」

「最初から不思議だと思っていたんだ…なんでこんな大掛かりなことを行うんだろうと…欲しい金品があるのなら、こんな無謀な方法を取るのは非効率すぎる…だが、そもそも『欲しいもの』が我々の予想の裏を突くモノであるなら、多少大掛かりでもこれほど効率のいい方法は無い」

「ちょっと待てよ、流石に暴論が過ぎるぜ…一体どういう風に手懐けたってんだよ…」

「そこまでは私にも分からんよ。ただし方法は、人智でも超えられるのならいくらでも存在する」

「人智を超える…ねぇ。随分と俗物的な神もいるもんだな」

「現にキミもその一人じゃないか。鋼鉄を生身で溶断できる人間などそうそういない」

「………」



相手組織に『野良』がいるのならば、それは可能かもしれない…レンドロスは物を自在に転送できる人間や、瞬時に場所を移動できる人間、書いた事柄を強要できる人間を知っている。常識外の出来事を容易に、故意的に行える人間を知っている…そう考えれば『常識』や『不可能』という言葉がこの世界に於いて如何に陳腐な概念なのか、それを受け入れるのはあまりにも容易かった。



「…しかしよぉ、仮にもし『それ』が目的だったとして、それを通して奴らは一体『何を』するつもりだ…?」

「…そこまでは、彼らが『列車強盗団』と呼ばれているうちは分からないだろうな」



目指す分岐路が遠目に見える。下り線側から繋がる二本のレールは本線を離れ大きくカーブし、遥か遠くで岩壁に沿うようにして巨大な山岳を迂回していく。目的地は入り組み陰る岩盤地帯のさらに奥…ボロボロのバギーは車体の揺れをさらに強め、常人の立ち入ることのない賊の塒へと突き進む…。





――――――





「ウロチョロウロチョロウロチョロウロチョロぉ!すばしっこいったらねェなァ!!」

「んー、なかなかスキがないね」



烏を中心に跳ね回り様子を窺うミラルカに対し、烏は正面を向き続ける。彼の足裏に搭載された小さなローラーがそれを可能としており、人体としての予備動作がないクイックな挙動で旋回を繰り返す。ミラルカもその不規則で非人間的な動きに翻弄され、手が出せずにいた。



「血の気の多いただのガキンチョかと思ってたが、そーいうワケでもなさそうだな~ァ…なんなんだアンタ」

「それいま話す必要ないよね?」

「オーイオイオイ、ガキなんだからもうちょっと愛想良くとかできねーのかよ」

「あいそ?わかんない言葉」

「それくらいの言葉覚えとけ…」

「どーいう意味?」

「知らねーヤツに物騒なモン突き付けるなって意味だよ」

「じゃ、いま必要のない言葉だね!」



様子を窺って飛び跳ねていたミラルカが仕掛ける。狙いは脚。ナイフを構え、超低空で奇襲をかける。

烏は驚いた。今まで自身の上半身を狙うように牽制していた相手が急にターゲットを変えたからだ。片足を高く上げ、それを防げるように用心していた彼にとってその変更は予想外であり好機である。



「うぐっ…!!」

「裏目に出たなァ!駆け引きってのはもっと旨くするもんだぜ!!」



鉄にナイフは通らない。そして重い。

飛んだ勢いは殺され、ミラルカはそのまま地に落ちる。追い打ちとばかりに烏が上げていた足をミラルカの横面へと打ち下ろす。重量の嵩む一撃を見舞われ少女の身体が無事でいるわけはない、ミシミシと軋む頭蓋の音が頭の中より響いている。しかしこの状況にあって、ミラルカの目は爛々と輝いている。

次の瞬間、足裏に潰されていたはずのミラルカの姿が消える。烏はバランスを崩し、体重を乗せていた足でそのまま大きく地面を踏み抜く。



「よかった、アナタも一応人間だったみたいね」

「いぃっ……嘘だろォ…っ!?」



空から聞こえる幼い声。前方へと倒れた烏の背後に、ナイフを突き立て落下するミラルカが襲い来る。烏も身体を立て直そうとするが、想像以上に強く踏み込まれた足は地面にめり込み、思うように姿勢を元に戻せない。足の火薬を炸裂させ、強制的に回避しようと試みるもそれを点火させる回路は先程の攻撃で切り裂かれていた。



「オイオイオイオイ冗談じゃねーよ!!こうなりゃイチかバチか…っ!!」



そう言って義足を外し緊急脱出を試みる。太腿の付け根から強烈なガスと蒸気を噴き出し周囲を煙に巻く。勿論、これは烏が想定した事態ではない。至近距離から高圧のガスを吹き付けられ火傷は免れない状態だが、こうでもしないと避けられない。

関節が外れ、上半身が傾きだす。ナイフの切っ先はすぐそこまで迫っている。掠れるか、貫かれるかの紙一重。ナイフの刃が肌に触れるその刹那、烏の脇腹に鈍重な痛みが走った。



「ぐぅォえっっは……っ!?」

「ふー、危ないところだった…」



脇腹に走った衝撃はそのまま烏を押し出し、下半身を残して煙の外へと弾き飛ばす。飛ばされた烏は民家の外壁に打ち付けられ、そのまま意識を失った。



「間一髪、ってカンジか…」

「あれ?なんで来たの?」



地面に突き刺さったナイフを抜き取りミラルカが言う。彼女の眼先には、手にした鎖分銅を振り回し蔓延する煙を晴らすアルジャーノンの姿があった。



「なんで来たの?じゃねぇよ、こいつは色々あってまだ殺せねぇんだ」

「えーつまんないの」

「兎も角、アンタが足止めしてくれたおかげで追い付けた、感謝するよ」

「横取りしていい顔しないで」

「それはこっちのセリフだ…ま、とりあえずはこいつを運ぶとしよう。今後どうするかってのはその後だ」

「どこに?」

「ウチだ。ここにのさばらせておくわけにもいかんだろ」

「ふーん連れて帰るんだ…あ、おねーちゃんおかえり」

「それ最初に言うやつじゃないのか…?」

「アタシも言われてないし」

「あ、そっか…んじゃあ、ただいま」



二人の眼前には完全に意識を失っている烏。接収した両手足と束ね胴体を鎖で縛ると、それをミラルカ、後を追ってきたスクエルと共に担ぎ上げる。日没も間近、二人の手を借りてアルジャーノンは再びアパートへと戻るのだった。




――――――




「さて、お目覚めのところ悪いんだけど、アンタには色々聞きたいことがあってね」

「……ア~その前にオネーサン、ちょいと背中掻いてくれるかい?痒くて仕方ねーンだが…」



帰宅から三時間後、漸く烏が目を覚ます。しかし四肢は外れたままで、銅は椅子に鎖で硬く括りつけられている。文字通り手も足も出ないという状況。



「この状況の意味を分かってるなら大層肝が据わってると思うよ。オーケー、掻いてやるから待ってな」

「…心遣い感謝したいが、それにしてはサービスが良すぎはしねェか?」



烏の背後にはミラルカが背骨を伝うようにナイフを沿わせている。その欲求を必死に我慢しているようで、烏の後頭部に荒い吐息が吹きかかる。



「うちの弟子はサービス精神旺盛でねぇ…なに、皮ごと剥がせば痒みなんて気にしなくていいだろってことさ」

「オマケに幼女の吐息と囁きまでサービスかい…こりゃァ後でお金払わなくちゃいけねーなぁ」

「そんな状況でよく言えたもんだね…」

「オメーらが欲しいのは情報だろ?だったら今ここで脅されても怖くねーってことだ」

「ま、そうだよね。わざわざアンタを生かしてるんだ、そんな危害を加えることはしない。その代わり、アンタの身体はガッツリ拘束させてもらった」

「ハズして欲しけりゃいろいろぶっちゃけろってコトだろ?もしウチが嘘を吐いたとしたら?それの真偽を確かめる方法は?」

「生憎ながらそういうのは持ち合わせていないのよ、だからアンタが嘘を吐いたとしてもそれを信じざるを得ないのが今のアルの現状よ」

「オイオイオイオイ!?手際が杜撰すぎるだろーがよ」



そう言いながら烏はケタケタと笑う。

確かに私のやり方は強引なうえに雑だ。その真偽も分からないまま、こいつの話を鵜呑みにしようとしている。

ただ、私の目的は真実を知ることではない。胸の底に引っ付いた黒いモヤモヤを晴らしてスッキリしたいだけだ。私がこいつの話を聞いて、納得できればそれでいい。

…勿論、私が知っている情報と照らし合わせ納得できない場合、こちらから煽って暴き出すつもりだが。



「尋問とか拷問とか、やったことないから要領を得なくてね…だからアルはアンタの良心に頼る他ないわ。アンタは協力してくれる?」

「さっきまで殺しあってた相手に『良心による協力』を持ちかけるなんてバカのやることだぜ?」

「アルも十分馬鹿だとは思ってるよ…馬鹿じゃ無ければ、現状にここまで振り回されることなんてないのにね」

「…ハハッ、同情するぜ」



そう言った彼の笑い声は、先程とは打って変わって随分と乾いた笑いだった。

安い同情の言葉とは違う妙な重みを感じた。少しはこちらに興味を持ってくれたのだろうか、今度はむこう側から質問が返ってきた。



「逆に聞くけどよー、オネーサンはなんでその『方法』で押し通せるって思ったワケ?」

「アンタがカンバスタでアルを襲った時、アンタは『意味もなく』部下を撃ち殺していたな。それはアンタが少なからず、所属している組織に不満を持っているのの表れだ」

「組織に不満があるからって口の軽いヤツ扱いされちゃー困るぜ」

「じゃあ、わざわざ『人に見せつけるように』やるのはお門違いだと思わないか?見せしめ…にしても、戦力と銃弾を消費してまでやる意味もない。だったらそいつらを使って、アルたちを引きずり出せれば済む話だ」

「ムシャクシャシしてやった…ってのは理由になンのかい?」

「だったら、その『ムシャクシャ』ってのを共有しよう。アンタはムシャクシャの原因が話せる、アルはそれを聞ける…これはお互いに気持ちの整理を着けられるいい機会じゃないか」

「ケッ、交渉まがいの詭弁並べて、結局目的は『スッキリ』したいってコトだろ?」

「『結局オレ達はどこまで行っても獣』…いけ好かないヤツがよく言っていることさ。いいじゃないか、今はそれで」

「本能には逆らえねーッてか…しゃーねぇなァ、どうせ暇だし言えるトコまでバラしてやんよ」



情報の共有には快楽が発生する。同じ情報をシェアする、同じ秘密を知っている、秘め事であればあるほど、それを誰かと共有したい欲求が伴う。そして、その入り口を作るのは『共感』だ。同じ思考を持っている者がいる、そう思わせれば自然と会話が波に乗る。口が堅い人間ほど、ひとたび栓を開けば濁流のように内情を話す。1を教えることでそこに紐付けられた10の情報が溢れ出す。いつの間にか、喋る本人が『バラす』ことに快感を覚えるようになる。そうなればそこにいるのはただお喋りな人間だ。

諦めたように烏の敵意が引いていく。一息ついて口を開いた。



「…ウチの名前はジャック・ドゥってモンだ。鉱山都市カンバスタの『アナグマ』だ」

「なるほど、じゃあなんでその『アナグマ』さんが、穴を飛び出しこんな場所にいるんだ?」

「必要な人材がコッチにいてな、ソイツを迎えに来てたのさ」

「こんな浮浪者の溜まり場みたいな場所にその人材がいるのかな?」

「そう聞かされてンだよ。実際、ソイツには会えてるしな」

「名前くらいは教えてくれてもいいんじゃない?」

「悪いが教えらんねェーな」

「つまり教えられない理由があるってことかな?」

「カンで物事を決めるのはヤメたほうがいいぜオネーサン、どもるコトなんて誰しもアンだろう?」

「意図的などもりと生理的などもりは違うぜ青年、一つお勉強になったな」

「ご教授どーもどーも。ンで?さっきも言ったはずだぜ、話せるコトしか話さねーってよ」

「…じゃ、話せることを増やそうか」



彼の口から『偽りの黒山羊(スケープゴート)』の情報は出ていない。確実に『カンバスタのアナグマ』として己を貫き通すつもりだろう。…だったら、こっちから引きずり出してやる。



「アンタも知ってるはずだろう?アンタの街まで通ってる鉄道が最近えらい目に遭ってるって」

「アレのおかげでウチらアナグマはいい稼ぎが出来てンだ、嬉しいモンだぜ」

「火事場泥棒しててよく言うわ…いや、この場合はマッチポンプかな?」

「何が言いたいんだオネーサン?」

「アンタらがあの列車強盗に一枚噛んでるって噂を聞いたのよ。そうでしょ、『偽りの黒山羊(スケープゴート)』さん?」

「…へぇ、知ってる人は知ってるモンだな」



自白したと見てもいいだろう。こいつは紛れもなくただのアナグマではない。

ここからはトントン拍子に事が進んだ。彼らの所属する組織の情報が明るみになっていく。



「オネーサンの予想通り、ウチは世間を賑わす『列車強盗団』の幹部。賊に扮装するってのは騒動を二分することで捜査の目を背けるっつーヘイト管理だ」

「だと思ったわ。副次的に起きた『アナグマ騒動』の方がより鮮度が高く衆目を引く。『何か』は分からないけど直接的な被害が街に発生する…列車強盗より規模は小さいけど、街の意識はそっちに向くからね」

「そ、ぶっちゃけ列車強盗なんてのはそれを『目撃した奴』と『被害者』がいないんだ、だからそれより『目立つ』イベントを起こせば聴衆の目はそちらに向く。生活にしてもそうさ、メインラインが潰されても即座にサブラインが形成される…実際、鉄道に問題が起きた程度であの街の生活水準は変わらなかったハズだぜ?そこを狙った場合、水際になって漸く目先の危機を認識するのサ」

「全く、考えられたモノだわ…ただずっと引っかかってることがある…アンタらの『狙い』はなに?」

「『忠実な軍勢の形成、それを行使した社会への反抗、そして国家としての独立』…だ、そうだ。」

「…国家…?」



一体、何の世迷言なのだろう…そう思った。

この世界には国なんてものはない。流れ着いた文明、流れ着いた思想、有り合わせのシステムで歪に構成されたこの世界は「社会」としての体裁はあれど「国」はない。カンバスタのような独立居住区画はあれど、そう多くはない。バッドカンパニーや公安のような大規模な「組織」は存在するが、それが「国」と言えるかといったら否だ。そもそも国を立ち上げるサンプルがないのだから…。



「ウチも何言ってンのか正直意味不明でなー、そんなわけわからんモンの為に命張るのも馬鹿馬鹿しくなるだろう?」

「…じゃ、なんでアンタはこんなことやっている」

「成り行きってヤツだよ…ンで、今はその第一段階『忠実な軍勢の形成』ってのが我が組織のお題目ってヤツだ」

「『軍勢』ねぇ…アルが知る限り、目立って動いてるのはアンタしかいないように見えるけど」

「そりゃァそうさ!『忠実』ってのは決して己の意思では動かねーコトを指してるンだからなァ」

「…どういうことだ?」

「『洗脳』だよ。ウチらは強奪した列車の乗客を一人残らず洗脳してんのサ!」

「…まさか、アルたちに襲い掛かってきたあの虚ろな奴ら…!」

「ビンゴ!ヤツらはかつてウチらに攫われた被害者だ」

「…なるほど、道理で『足が着かない』ワケだ…しかしあれだけの人数をどうやって…」

「そこは企業秘密。ただこれで分かったろ?…『列車強盗』ってのはつまりそーいうことだ」



卑劣にして外道…私が言うのも気が引けるが、現すならそれが正しい言葉だろう。

私が初めて『列車強盗』と聞いた時、そこに積まれた積み荷が目的であると思っていた…しかし狙っていたものはそれとは真逆、放っておけば確実に『面倒な事』になる人間の方だった。こいつらはなにかしらの術を用いて洗脳し、見ず知らずのただの民間人を、使い捨ての道具のように扱っていたのか…!



「ウチらはアイツらを『家族(レギオン)』って呼んでる」

「…アンタは『洗脳』ってのにどう思ってるんだ」

「ぶっちゃけウチはあの手の連中が大嫌いでなァ~…正直なトコ、ウチはこの方針には反対してンだ」

「…だから、あんな簡単に撃ち殺したのか…っ!!」

「そーいうコトッ!アイツ等は『ああなって』しまった以上元に戻すことは出来ねーし、だったらチャチャッと殺しちまった方が本人の為でもあるだろ?」

「随分とエゴな救済だな…」

「そーでもしねェと救われねーでしょ、アイツ等は俗に言うゾンビみてーなモンだからなぁ」



自らのことを『幹部』と呼んでいたが、流石にそれを止めるほどの権力は有していないのだろう。

本人は善意…いや、ただそれが『気に食わないから』反抗しているのだろうが、そんなものは根本的な解決にはならない。誰も知らないところで、民間人が犠牲になっている…それも行方不明のその先で、その人そのものの尊厳すら破壊されながら…私も何人か殺っちまったかもしれない…なるべくなら、任務関係者以外への殺しはしたくなかったんだがなぁ…。



「ただそんな悪さしてたのがウチのボスにバレちまってなァ~…ンで、今も絶賛人攫い中ってワケ」

「…まだ民間人を巻き込んでいくつもりなのか?」

「さーな、同僚は何かアテがあるっぽいケド…今まで通りの方法で行くかはよく分かんねぇ。流石に列車の強奪は何度もやり過ぎたせいで、いよいよ警備が厳しくてなってきちまったしな…そんなワケでウチは今、ここに住んでる奴に協力を煽ぎに来たってワケ」

「それが、アンタがこの街に来た理由って訳ね…」

「んで、そいつに偶然会ったんで話を持ち掛けに近づいたらそこのウサギに横槍刺されたのさ」

「…おい、それじゃつまり…」

「確か、ネロって名前だったかな?」

「ッ!!!?」



なるほど、こいつがネロにちょっかいかけたってのは偶然じゃねぇってことか…!



「…もしかしてその反応、お知り合いだった…?」

「…ああ、知り合いなんてモンじゃねぇ…」

「カハハッ!なら、急いだ方がいいかも知れねーぜ?」

「っ!どういうことだ…!?」

「どうってェ~…カハハッ!まさかオネーサン、ウチが『一人で』ここに来てると思ってたのかぁ?」

「おい、それってまさか」

「オイオイオイオイ、今更気付くなよォ~まさかウチがこんな組織に無益なウラ話をほいほい喋るワキャぁねーだろ!?バカかテメーは!」

「クソ…騙しやがったな…!」

「いやぁ~ハラハラしたぜェ、これでオネーサンがあのガキンチョのこと知らなかったンならただ組織の情報バラしただけのアホになるところだったわァ!ケッサクだぜーェ!!」

「てめぇ…!」

「おっと、話を聞き出そうとか言いだしたのはオネーサンだし、ウチは言われた通り『話せる内容は』全て明かしたぜ?そんなキレられても流石に自分勝手だろう?」

「…ああ、ありがとうよ…!おかげでアルは…自分の甘さを再確認できた…っ!!」



甘い…甘すぎる…!

敵対人物と相対する時、あらゆる可能性を想定して動かなければ意味がない。敵の数も、目的も、先に聞いとくべきだった…!なのに、相手がすんなり口を滑らすからとそれに便乗して、会話を相手のペースで進めてしまった…状況の主導権を相手に渡してしまった…。一丁前に交渉まがいの言葉を使って、あのクソ狼の見よう見まねで…乗せられていたのはこっちだとも知らずいい気になって…!

『牙が抜け落ちている』…ああそうだ。今、その意味が分かった…!



「なら、その不甲斐無さにキレる前に、今から追いかけてもいーんじゃないの?」

「っ!?」

「ウチだってここでこうやってんだ、相方がどこでなにやってるかなんて知らねェよ。ダラダラ話は引き延ばしたがよォ、ソイツが相方の役に立ってるなんて保障はねーワケだ。今からでもそのネロってヤツを探してみたらいーんじゃねーの?」

「…ははっ、随分肩を持つじゃないか…!」

「ウチの愚痴を聞いてくれた餞別だ、多少はスッキリしたからよォ」

「そりゃ助かる…これ以上アンタと喋ってたら掴めるモンも逃しちまう、ちょっと出てくからそこで大人しくしてやがれっ!!」

「しゃーね…ってオイオイオイオイオイオイオイオイ!?ぶっちゃけたら外してくれるんじゃねーのかよォ!?」



敵に塩を送られている…屈辱だが、今の私はその程度だ。それはもう理解した。

なら、その塩を舐めて追い縋ってでも、私は持ち直さなきゃならない…一端の傭兵以下の半端者まで落ちぶれたんだ、だったらここから這い上がってやる。

いつの間にか寝こけていたミラルカを担ぎ上げ部屋を出る。可能性は限りなく低いかもしれないが、今はがむしゃらに進むしかない。

静寂した街に飛び出した。吹き抜ける夜風が私達を通り過ぎていく。淀んだ空気のたまり場へ、誘われるように、吸い込まれるように、私の足は自ずとそこへ向いていた。






――――アルジャーノンが部屋を飛び出す数刻前、黒猫はいつものように、投棄されたクレーンによじ登り、空で輝く月を見ていた。彼女はご機嫌そうに足を振り、手にした数枚の貨幣を眺めていた。

「今日の稼ぎは良かった」満足そうに呟いた彼女は、その貨幣を瓦礫の隙間へと埋めていく。瓦礫の中は彼女が今まで集めた宝の貯金箱…その煌びやかな輝きはより一層、彼女の未来を予見させる。



ザリッ



背後から聞こえる摺り足の音。最近はカンパニー役員が査定に来たりと物騒なことが多いこの区画、住民はいざこざを恐れ、既に寝ているか、寝床から出てこない。彼女以外に人影のないこの場所で、当然彼女も警戒する。恐る恐ると足音のする方角へと足を進める黒猫、それに呼応するように、相手の足音も近づいてくる。



「やっぱりここにいた…久しぶりだね、ネロ」



お互いが鉢合わせる。涼やかな顔でそう微笑む男に対し、黒猫は目を丸くした。



「お兄…ちゃん…?」








久しぶりに短いスパンでの更新となりました、21話でございます


漸く相手方の動機がちょっとずつ判明して参りました。第二部を開始してから三年目にしてようやくです(活動してなかった期間が長いだけ)

長らくジャーノンさんたちの手を煩わせていた烏の青年も名前が出ましたね、ジャックくんといいます。個人的には結構イカれてる方面のキャラ付けを行っていますが、何分口調が安定しないのはご愛嬌という事で…四肢をもがれてジャーノン宅に放置されてる彼ですが、今後出番はあるのでしょうか。

なるべくなら筆がノってるタイミングでテンポよく更新していきたいものです。今後もあまり期待せず、お待ちくださいませ。


それではそれでは~

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