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銀狐のアルジャーノン  作者: みょみょっくす
第二部 ルーザーチルドレン
20/33

機械仕掛けのワタリガラス



玄関口を開けた先にいたのは、みすぼらしい格好で尻餅をついたスラムのガキの一人だった。



「アンタ…なんでここを知って?」

「そんなことよりっ!ミラちゃんが大変なんだっっ!早く来てっ!!」



血相を変えたその少年は、私の顔を見るなりそう告げて私の手をぐいぐいと引っ張る。

こいつの表情を見ればミラルカが今どんな状況なのかを察することは出来る…少なくとも良い知らせではないのは確かだろう。



「分かった分かった、分かったから落ち着け!少し待ってろ!」

「でもそんなことしてたらミラちゃんが…早くしてよおねーちゃん!」

「ああ分かったよ、だが靴履かせるくらいさせてくれ」

「急いでよ!?早くだからね!!!?」

「ったく少し冷静になれって、あと10秒だ」



そう言ってはいるものの、私も内心冷静ではいられなかった。ほんの数日前に私の不手際が招いた『最悪の結果』に遭遇してしまっているからだ。嫌な憶測ばかりが脳裏に過る…同じ轍は踏みたくはない。

だが焦って事を仕損じては本末転倒である…そう自分に言い聞かせ、万全と行かずとも十全に立ち回れるように、脳裏でこの10秒を正確に数えながら息を整える。ブーツのジッパーを引き上げ、もう待ちきれんと足踏みをする少年へ「行けるぞ」と目配せをした。

少年の先導のもと、私も後を追ってアパートの階段を駆け下りていった。



「少年、走りながらでいい…出来る限り何があったか教えてくれ」

「わかった!」

「場所は?」

「裏町、ダストボックスにいく途中の小路地」

「何があった?」

「知らないお兄ちゃんがネロねえちゃんにちょっかいをかけてたんだ…そしたら一緒に遊んでたミラちゃんがそのお兄ちゃんに飛び掛かっていって…」

「分かったありがとう、ついでにアンタはなんでアルん家を知ってたんだ」

「酒場にいたガズおじさんたちに聞いた、今ならおねーちゃん帰ってるって…」

「チッ、アイツらか…」



今の話から推察するに多分こういうことだろう…。

ネロに手を出した男…大方カンパニーの末端構成員か誰かだろう、そいつが先日の逆恨みからネロに近づき、一緒にいたミラルカがその間に割り入ってネロを守ろうとした。ミラルカはあの身体からは想像できないくらいには強い…がしかし、それは相手を『殺す』ことに限った話。共に遊んでいただけならあのバカでかい包丁を携帯していることもないだろうし、少なくともネロの手前そんなことはしない筈だ。すると相手が大の大人であれば簡単にいなせてしまうくらいには『未熟』だ。

一部始終を見ていたこの少年は誰か大人を読んで来ようとその場を離れる。彼らの間で裏町の揉め事はガズベルグに始末を付けてもらうのが常識となっている。少年は酒場のガズベルグにあらましを伝えるが、面倒事は御免だと偶然帰ってきていた私に白羽の矢を立てた…と。

こう考えればいいように使われている感も否めないが、ミラルカが関わっている以上これは私がどうにかしなければいけない問題である。



「ついでに少年、アンタの名前はなんだ」

「ハァ…ハァ…ばくはスクエルって呼ばれてるよ…!」

「OKスクエル、アンタは充分な仕事をしてくれたよ、あとはお姉ちゃんに任せな」

「ハァ…ありがと、あとはそこを曲がって次の角を左だよ!」

「ああ、ここまで先導ありがとう。こっからは危ねぇから離れてな!」



ずっと走り続けていたのだろう、息も絶え絶えに足取りの覚束なくなってきたスクエルを追い抜き、彼の言うとおりに裏の小路地を目指す。

ここまで来ればダストボックスは目と鼻の先、私でも把握できる距離と道なりである。スクエルの助言に従い、私は次に待つ角道を左へ侵入した。

…そこにあった光景は、地面に突っ伏したミラルカとゴーグルを頭に付けた見慣れない青年。その様相からは、少なくとも友好的な気配は感じない。



「…んん?どうしたんだいオネーサン?」

「用があるのはそっちでスッ転がってる小兎の方さ。…でもまずは、こいつがスッ転がってる理由を聞いておきたいけどね。アンタは何か知ってるのかい?」



そう言いつつミラルカに近寄り抱き起こす。気を失っていただけでそこまで酷い怪我を負っている様子では無かったが、目を覚ます気配はない。心配ではあるが、ひとまずこの青年と話を付けなければならない。抱き抱えたミラルカを近くの外壁に寄りかからせる。



「あぁ、オネーサンそこのガキの身内か?突然飛んできて顔面に蹴りィ入れてきてよォ、酷い話だと思わないかい?」

「すまないねぇ連れが迷惑かけたみたいで…ただ一つ言っておこう。こいつは気性は荒いし何考えてるか分からない時もあるが、少なくとも無関係な人間を襲うほど節操のない奴でもねぇのよ」

「そりゃつまり、ウチの方に問題があるってェことかい?」

「その態度を見ればそう思われても可笑しくはないことに気が付いた方がいいと思うけど?」

「オイオイオイオイ、ウチは見知らぬオネーサンから説教される筋合いは無いぜ?」

「説教で済まされるだけマシと思った方がいいかもよ?」

「ハァ~…ったく、遠路はるばる訪ねておいてこんな厄介なのに目ェ付けられるとはなァ~」

「……?」



遠路はるばる…だと?この街の人間ではないのか?

確かに見たことない顔だとは思ったが…いや、違うな…私はこの顔を知っている。



「…アララ、気付いちゃった?穏便に済めばお互いのためだと思うンだけどなァ」

「言葉と行動が一致してねぇぞ嘘つき野郎…っ!!」



裏路地に響く銃声、突き出した男の手から立ち昇る煙、顔を掠った弾丸は遥か後方で住宅の窓ガラスを鳴らした。

あの時は遠目だったこともありその顔を正確に捉えることが出来なかったが、この不遜な笑みと立ち姿はあの日遭遇した烏と一緒だ。



「…なんでここにいる」

「野暮用で」

「追ってきた…って感じじゃないな。なにが目的だ」

「聞き方変えてもムダだぜオネーサン、ウチも今面倒なヤツに絡まれて大変なんだから」

「絡まれる原因を作ったのはどこのどいつだい?」

「ウチは面倒事は先に片付ける性分なンでね」

「そう簡単に片付く面倒だと思わない方がいいと思うけど」



袖の中でナイフを取り出し、不意打ち気味に投擲を行う。

身を翻して避けようとしたアナグマだったが、間に合わずに左手に突き刺さる。

しかし突き刺さった筈のナイフは鈍い金属音と共にポロリと抜け落ち、地面を跳ねて転がっていく。



「オイオイオイオイビックリしたなぁ!怪我したらどーすンだ!」



怪我したらどーすンだ!じゃ済まなかっただろ今のは…。

吃驚したのはこっちの方だ…確実に刺さった筈のナイフは落ちるし、態度はあまりにも余裕綽々である。そして刺さったナイフの服の切れ目からは出血どころか傷の一つも確認できない。



「いやぁ~オッかねぇ…危うく死ぬところだったぜぇ」

「数秒前のアルが吐きたかったセリフなんだよなぁ…」

「…マ、今のでトントンってコトだろ?これでお互い『相手を殺す』口実が出来たってコトで良いンだよなァ!」

「っ!!?」



そう言うともう一発、路地裏に発破音が響き渡る。

瞬きよりも短いほんの一瞬、男は私の眼前へと迫った。左脇腹を内部から、メリメリという音が鳴るのが分かる。眼前にいた男が左側へとスライドしていき、次の瞬間右半身を鈍痛が襲う。

一瞬、思考が停止した。何が起きたか理解できていなかった。地面に対して73度傾いた視界から見えたのは、煙を吐き脈動する、彼の異形の右足だった。



「…能力からして、オネーサンが得意なのは奇襲だろ?なんでこんな矢面に立つンだ…?」

「ゲホッ、ガホッ……さあね、分かんない…」

「オイオイ不器用にも程があるだろぉよぉ~~自分の操縦ヘタクソか?」

「…かもしれねぇな…ただアンタは、操縦得意そうだけど事故るタイプだよな…」

「あン??」



蹴り飛ばされる瞬間、上空に放り投げていた閃光弾が破裂する。

辺り一面を白光が包み込む。流石に頭のゴーグルを着けている余裕なんて無かった筈だ、光の中でたじろぐ気配を感じた私は、すぐさま身を起こして男の背後に回り込む。

こいつは先の件の重要参考人だ。少なくともアナグマや列車強盗と接点があることは間違いない。そんな奴がホームグラウンドを離れて何故こんな辺鄙な場所にいる?先の言葉の通り私を追ってきたわけではないとしたら、それはあまりにも不自然だ。このまま始末してしまっても良かったが、まずはこいつが何をしでかそうとしているのか、それを問い質す必要があった。

全体重を乗せて脊髄を肘撃ち、そのまま押し倒して組み伏せる。何故だか分からないがこいつには刃物が効かない、ならばその場に固定する。片腕がない分不安定だが、足りない部分は小細工で補う。鎖と鋲を転送し、相手の左手を地面に張り付ける。



「イッテテ…手際イイねぇオネーサン」

「伊達にこの稼業やってないからね」

「いやァホントホント……ところでオネーサン?」

「この後洗い浚い喋ってもらうんだ、今口を開かんでもいいだろう」

「いやいやいやいやぁ~、それはご勘弁」

「自分の状況把握したうえで言ってるんだよな…?」

「おうともさ、さっき言ったことだけどよォ~」

「…?」

「ウチはオネーサンの『手際』しか評価してねェーぜ?」

「っ!?」



抑え込んでいた両腕の関節が熱を持ち弾け飛ぶ。隙間から高温のガスが噴出し私の顔めがけて吹き上がる。

咄嗟に身を起こし直撃は免れたが、組み伏せが甘くなったところを突かれて抜け出される。足から異様な駆動音を轟かせ地面を滑走する男はそのまま高速で路地を走り去っていった。



「…っクソ、なんだあの男は…」



勢いに巻かれ放り出された私は、その場に残された両腕に目をやる。

付け根から千切れた袖の内側からはまだ煙が噴き出している。力無く野垂れた掌を握りコートから引きずり出す。精巧に作られているのは手首まで…その先は武骨な金属が太い鋼線とシリンダーで紡がれる、異様な型式の『義手』である。



「…なるほど、どおりで刃が立たないワケだ…」



手首に当たる部分には弾倉の様なものもある。恐らく最初の射撃はこの腕に仕込まれたギミックだろう。逃げて行く時のあのスライドするような移動法、破裂音と同時の急接近、想像以上に重い蹴り、腕だけじゃなく足まで機械化していると見て間違いない。

腕が無くなったとはいえ、それが奴の戦力低下になるとは考えにくい。体のどこに何を隠しているかもわからない以上、追うのも捕らえるのも至難だな…。



「ハァ…ハァ!おねーちゃん!!」

「スクエル、無事だったか」

「おねーちゃんに言われた通り、離れて待ってたからね!それよりさっきアイツが…!」

「あぁ…すまない、ここでとっちめるつもりだったが、逃げられちまった…」

「うん、大丈夫!さっきのヤツなら西通り側に抜けていったよ!」

「…そりゃ有難い。早速ヤツを追うとしようか」



いくら機動力に自信があると言えど、この迷路みたいな入り組んだ路地を走破できるほどの土地勘は持ち合わせていないのだろう。真っ先に大通りに出るのであれば、こちらは路地を抜けて先回りできる。仮に先行を許したとしてもあの目立つナリなら誰かしらが目にかける。ここは地元のアドバンテージを活かさせて貰おう。

さっきの蹴りと組み合いで左のアバラが少々痛むがまだ誤差だ、走るのに支障はない。



「すまないがもう少し付き合ってくれるかい?あいつが逃げた方面まで案内頼む…」

「うん、分かったよ。…ところでおねーちゃん」

「?どした?」

「ミラちゃんは大丈夫だったの?」

「え?ミラルカならそこに…」



…おかしい、さっきそこに寝かせておいたハズのミラルカの姿がない。




―――――




「いや~焦ったぜ…まさかあン時の傭兵に出くわすとは…」



裏道を悠々と滑る烏、両腕は欠損し羽ばたく自由も失った彼だが、余裕な姿勢は崩していない。



「テンパって腕置いてきちまったし、あいつ等のせいで任務の大幅ロスだぜこりゃァ…ジョンの野郎が上手くやってりゃイインだがぁ…」



やれやれと首をかしげ頭にかけたゴーグルの位置を直そうとするも上手くいかない。両腕がないのが想像以上に不便であることにため息を吐き、いつ頃からか感じる後頭部の重圧と首筋に滴る冷たい疼きに意識を向ける。



「…で?必死にしがみついちゃって、そんなにウチを殺したいのかい?小兎ちゃん」

「アナタからは良いニオイがするの。」

「ヒェ~!物騒なこと言うじゃねーか」

「さっきは少し油断しただけ。今のアナタには腕もない。刺せるところが分かれば殺せるわ」

「オーケーオーケー…じゃー殺ってみなクソガキィ」



急停止をかけ背中に張り付いていた兎を振り飛ばし、そのままターンして兎と対面する。飛ばされた兎は危なげなく着地し、手にしたナイフを懐に構える。



「足一本でなにができるの?」

「『烏』ってのは足癖が悪ぃ鳥なンだよォ!!」



兎と烏による、二度目の狩りが幕を開けた。














大変お待たせいたしました、一年ぶりくらいの更新となります。

最近仕事の合間に暇な時間が多く取れまして、合間を縫って細々と書かせていただきました。

今後も忘れた頃に更新するくらいの超スローペースでの更新となると思いますが、気付いたら読んで頂く程度にお待ちいただけると嬉しいです。

それでは、次回もお楽しみに~~~

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