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銀狐のアルジャーノン  作者: みょみょっくす
第一部 私の名前はアルジャーノン
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私は傭兵

朝は一杯の牛乳から始まる……そんな言い回しがあるらしいが、生憎ながら私は牛乳が嫌いだ。精々麦茶あるいは緑茶辺りから始めさせて欲しいものだ。

午前6:30、不躾な目覚まし時計が私を眠りから引き上げる。あまりいい寝覚めとは言えない、何故なら私の起床時間はいつも午前8:00なのだから。

昨晩はついついソファーに突っ伏したまま就寝してしまった。無理矢理な体勢で寝ていたせいか、身体中がボキボキと悲鳴をあげている。正直ダルい。

それでも、待ち合わせには間に合わせなければいけない。眠い目を擦りつつ、いつも通りの仕事着に着替えよう。

さて、待ち合わせ時間は6:20……おっと、もう過ぎているな。




「遅せぇぞアル!! どこで道草してやがった!」

「すまないね、強いて言えば夢の中かな」

「一昨日言ったよなぁ!? 朝の6時20分だってよォ!」

「そうだったか。悪いけどアルの体内時計は8時スタートなんだ。残念だったね」

「遅れて来てんだ少しは悪びれろお前っ!」




日も登りきらない早朝から若い男の怒号とは、目覚まし時計より不躾だ。聞いてて不愉快極まりないが、これの責任の一端は私にもあることだ。広い心でここにいる忠犬を許してやろう。私は優しい人間なのだ。




「バーナードさん、コーヒーをお持ちしましたよ」

「すまねぇなマスター、こんな朝っぱらからよぉ」

「いえいえ構いませんよ。それよりバーナードさん、朝からそんなに怒ってしまっては身が保ちませんよ?一日はまだ始まったばかりなんですから」

「お、おう、そうだな……」




仲介酒場オール・ド・オウルの朝は早い。何故ならこの怒号が許される、それだけでも理由とするには充分だろう。マスターのモリソンはミミズクなのだが、確かフクロウは夜行性だった筈だ。しかし老人は早起きだと聞く。寄る年波には敵わないのだろうか……。




「それに、朝のこの娘に何を言ったところで、きっとぼやけて聞いてないでしょう。そうでしょう、アルジャーノンさん?」

「む? ……むう……」

「やはり反応が鈍いですね……少しばかり目の覚める飲み物を用意しましょう。お代は結構ですよ」




そう言うとコトリと目の前に牛乳が置かれた。前時代的な粋な計らいだが、余計なお世話かもしれない。

老人は物覚えが悪いと聞く……いや、私が牛乳嫌いな事は伝えてなかったか。

無償で出された物は何が何でも頂こう。人生を快適に生きる秘訣である。

かくして、私の朝は一杯の牛乳から始まったワケだ。





「で、仕事って何?また汚い仕事押し付けるの?」

「端的に言やぁそうだな」

「はぁ……アルはね、お役所のお尻拭きじゃないんだよ」

「固いこと言うなよ、誰のお陰でお前らが好き勝手出来てると思ってンだ?」

「えー……んー……モリソンさん?」

「え、ボク? いやいや、困っちゃうなぁ~」

「違うわ! オレだオ・レ!! オレがお前らのこと誤魔化してやってっからだろが!」

「あー嘘つきだーいけないんだーアルはそんな人に育てた覚えないよぉー」

「うっせぇ! 手を貸してるならお互い様だろが」




今回の依頼人はこの不躾な男、バーナード・グッドマン。

この地域の保安官をやっていて、非合法の傭兵を取り締まる任を受けている。しかし本人はこのような体たらくで、私たちを取り締まる事は不可能だと感じたのだろう。だからこの状況を逆手に取り、本人は上層に虚偽の報告を送り付けつつ、治安の維持を私達に丸投げするという性根の腐った取引を行っている。お陰で数え切れない手柄を立てあっという間に中間管理職という一番面倒な地位に落ち着いた。お財布も緩くなったらしく給料日後はこの酒場で華麗に散財し、余った金でガーデニングとかいう似合わない趣味を始めている。ついでに私に気があるらしい。とことん性根が腐っている。せめて惚れられる相手くらい選びたいものだ。まあ、そんなヤツはいないワケだが。




「まあ、こんな朝から呼びつけられてるんだ、話くらい聞いてやろう」

「遅れた分際でよく言うぜこの野郎……先日、うちの拘留所に拘束してた猟奇殺人犯が脱走した」

「アンタんとこ警備ユルくない?」

「うっせぇなこんな警官がいるんだぞタカが知れてるだろ」

「それもそうね」

「アッサリ認められんのも癪に触るな……まあ、で、ソイツの捕獲を依頼したい。あくまでも生捕りだ」

「生捕り……ねぇ。ターゲットの情報とか、無いわけ?」




当たり前かもしれないが、どんな依頼であれまずは対象の情報を得ることが優先だ。容姿、年齢、所在、経歴、経緯、危険性、得物、嫌いな動物、好きな食べ物、異性の趣味……とにかく明確な情報を売ったぶんだけその信頼度は累積される。

こいつはゲスな警官ではあるが、流石本職と言ったところかその観点での信頼度は高い。前述の理由から金払いもよく、クライアントとしてはまだまだマシだ。世の中には信頼に値しないが、あの手この手で依頼を売っちまう詐欺師がごまんといるからな。

今回も忠犬はパラパラとプロファイルを持ってきた。うむうむ、利口な忠犬だ。




「ふむふむ、ミラルカ・キャロライン推定被害件数約10件……なかなか多いね」

「脱走する前は手足を拘束具で締め付けていた。到底脱走できる状態じゃあなかったんだが、看守が少し目を離した隙にその首を掻っ切ってたらしい」

「うほーおっかないねぇ。でもそんなのを野に放っちまって役所が注意勧告を出さないなんてどうかと思うが」

「うちのお偉いさんも面子が大事なんだ、取り逃がしたとなればどうなるかは目に見えてるからな」

「本っ当にどうしようもねぇお役所だな」

「誉めんなよ」

「誉めてねぇよ」




この街は腐敗しきっている。まあ、この会話の内容から察することはできるだろう。

正直な話、私はこの街が一体なんなのかを知らない。この街の中枢部がどこにあって、どれぐらいの規模で、街の外に何があるのかすら知らない。街の外に出たことがないのもそうだが、この街以外で厄介事が起こらないのが一番の要因だ。常にトラブルだらけのならず者の溜まり場、なかなかどうして街としての機能が成立しているのが不思議なくらいには歪んでいる。だからかもしれないが、私のようなアウトローが幅を利かせやすい。

モノは言いようだ。実の引き締まった果実ほど、食べづらいものはないワケだしな。




「それに未成年ときた……お前も大概だが、公表も難しければ世間の風当たりも芳しくない。だから非公開で処理してもらいたい」

「アルは好きで傭兵やってんの、殺人犯と一緒にしないでよね。……んで、生捕りってことは『タグ付き』かな? ここには書かれてないみたいだけど」

「能力を把握しようと検証してた所で逃げられたんだ。迂闊だったが、目処はついた」

「なるほどねぇ」




もう一つ、私達が幅を利かせられる理由に個々が持つ能力が挙げられる。どういう経緯かは判らないけど、人により不思議な力に目覚めることがある。俗に言う超能力ね。

そして私達の間では自由に能力によって生計を立てる者を『野良』、ある者の監視下に置かれて能力を制限される者を『タグ付き』、組織の一員として能力の使用を許されている者を『首輪付き』なんて呼ばれてる。ちなみに私は『野良』ね。




「アンタが自分から動かない理由が分かったわ。未成年のお尋ね者を取り逃がした挙句不確定要素に自分から突っ込んで返り討ちに遭うとかやらかしたら、降格どころじゃすまないからねぇ……」

「それだけじゃねぇぞ。もしオレが死んででもしたら、地位を危ぶまれんのはお前らも一緒だ」

「元々はアンタがちゃんとアル達を取り締まってりゃ良かったんじゃないの? そんな無理心中みたいな穴だらけのシステムにするほうが間違いだよ」

「さっきも言ったろ、誰のおかげでお前らがデケぇ面出来てると思ってんだ?それとも今、その手首にお縄を括り付けてやろうか」

「それは困る。人生半ばも生きてないからね。鉄格子で乾パン暮らしならまだ一獲千金狙いで死にに行ったほうがマシかな」

「そういうこった。だからお前じゃねぇと対抗出来ねぇ……『武装愛好者(アームズフィリア)』アルジャーノン・ヴィンプロッソ」

「はぁ……全く、面倒なことね」




用心深いことが大事だとは思うが、比喩なしで死ぬほど面倒くさい依頼を無理矢理受けさせられる身にもなってほしいものだ。これでもし私が死んで彼氏面したこいつが号泣でもするのであれば、その時は霊になってでもこのチキン野郎の首を掻っ切り肥溜めにぶち込んでやりたいものだ。ああ、その前に「そんなだから好きな女に振り向いてもらえねぇんだゲス野郎」って耳元で囁くのも忘れずに行うとしよう。




「で、報酬は? そんだけ厄介なこと押し付けるんだからガッポリ頂けるんでしょうね」

「前払い200ベルグでどうだ?」

「……ちょっとシケてない?」

「悪りぃがオレも持ち合わせが無ぇ。先日例の黒猫にスられてな」

「呆れた。流石に1リーベルくらいは用意しといてよ。アンタも分かるよね? アルは金が掛かるのよ」

「そうは言ってもだなぁ」

「こっちだってそんなアブナイ人にわざわざ会いたくないよ。情報だけなら買ってあげても良いけど、それでも報酬には釣り合わないね」

「……はぁ、分かったよ。他を当たってみよう……」




午前8:00……日が登り始める時間。いつもはここで起床だけど、嫌いな牛乳と癪にさわる男の声でだいぶ頭は働いている。

ここまで交渉を伸ばした甲斐があった。何故なら彼はこれから業務、否が応でも断念しなきゃいけない。朝から私を呼び出したツケだ、自分のケツは自分で拭いて欲しいものね。

ひねくれた顔をしながら忠犬が席を立つ。彼にとっては藁にもすがる思いだったのだろうけど、流石に私も甘くはない。結局はお金が全てよね。




「……ずいぶんアッサリじゃない。なんか隠してる?」

「……さぁな。強いて挙げるとすれば、オレはまたお前を口説くから覚悟してろってトコか」

「欲情した駄犬ほど呆れるモンはないわね。まぁいいわ、いつ襲われるかも分からないから夜道には気を付けることにする」

「ヘヘッ……大層嫌われたもんだ。ところでアル」

「なにさ」

「最近、レンドロスさんは元気してるか?」

「さぁね、フリーになってからは久しく会ってないからね」

「……そうか。マスター、会計よろしく」

「はいよ、コーヒー一杯、50ガルバだ。今日は災難だったな」

「ま、良いってことよ。アイツが一筋縄じゃ行かないことはオレがよく知ってる。んじゃ、ごちさん、マスター」




店の扉がカランと鳴った。そっちの方向は見ていなかったが、彼が店を出ていったことだけは分かった。

……流石に、あいつが不利な交渉を押し付けるような人間じゃ無いことくらい分かっている。多分だが、交渉は二の次で私の身を案ずることが第一だったのだろう。あわよくば引き受けてもらえばいい、そんな考えで、少々無理のある依頼を持ち掛けた……つまり、近いうちにその脱走犯は私の前に現れる。

最後の捨て台詞と、まるで忘れたかのようにカウンターの荷物置きに放置された犯人の中抜け資料がそれを物語っている。……全く、気が利いてるんだか利いてないんだか、一杯食わされた気分だよ。




「……マスター、牛乳おかわりいい?」

「おっ、珍しいねアルジャーノン。あまり好きじゃない筈でしょう?」

「…………。」




……全く、一杯食わされた気分だよ。

昨日のプロローグに続き一話目の投稿。


なんとなくアルジャーノンがどんな性格なのか分かれば幸いですが、まあ相当ぶっきらぼうなひねくれ者といった雰囲気で書いております。おまけに言葉遣いが汚い。


こんな感じで、このお話は基本的にアルジャーノンの一人称視点で展開されていきます。彼女から見ている光景を見つつ、彼女自身の思考や感想を交え、時々解説を挟みながら、この世界がどんなものなのかを次第に広げていけたらと思います。


次の話につきましては、また暫く後に投稿していこうと思います。何せ書いたのが半年以上も前なので、いろいろと直すべき部分がありまして…。まあ、期待せずお待ちくださいませ。

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