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銀狐のアルジャーノン  作者: みょみょっくす
第二部 ルーザーチルドレン
19/33

線路はどこまでも続くよ



「この一帯は寒暖差が激しくてね…朝は濃霧が、日中は蜃気楼がよく発生するのさ」



カンバスタ工業区よりおよそ5キロ―――蒸し暑い荒野の真っ只中を無骨なジープが走る。ハンドルを握る男は遠方に聳える巨大な谷と、その合間に栄える街並みを眺めながら得意げにそう呟く。

彼の名はシェパード・ジェファーソン。バーナードと同期の保安官であり、鼻の利く男としてその筋では有名である。手段を問わないバーナードとは対称的にその捜査方針は至極真っ当で、その勤務態度から保安部では『優等生』として一定の支持を集めている。

一方でやや神経質で融通の利かない面があり、肌の露出を極力避けるきらいがある。現に今も、この燦燦と照り付ける太陽の下でロングコートに皮手袋という、あまりにも暑苦しい姿を晒している。普段は涼やかそうに見える気取った態度も眉間にシワを寄せ、体裁を保つ為の痩せ我慢と化している。



「確かに、この日差しはちょいと堪えるモンがあるなぁ…そんで、こんなしんどいとこに俺を連れ出して来た理由ってのはなんだ?」

「簡単だ、今から私が言うとおりに動いてくれればいい」



そんな彼と同乗するのは、街に残りアナグマ調査を行っていたはずの傭兵、レンドロス。

側から見ても暑苦しいシェパードの出で立ちと照り付ける日光、加えて依頼を申し出たシェパードがその内容に対する言及を極力避けているような素振りに苛立ちを隠せない様子だった。



「随分素っ気無いじゃねぇか」

「そこそこ弾む報酬は提示した筈だがそれでも満足しないと?」

「金は確かに高く積まれたモンだと思ったぜ…だがこっちも命あっての物種だ、わざわざ今請け負ってる依頼を『打ち切り』にしてまでこっちに手を回させたんだ…先に依頼内容くらい聞かせてくれても良いだろうに」

「なぁに、ただの『検証』さ。しかしこの検証にはキミの力が必要不可欠なものでね」

「ほぉう…そいつァ俺以外の力じゃ無理な内容だったのかい?」

「無理じゃないさ…ただし、この『検証』にはそれとは別にキミへの利益があると踏んでいる」

「その為に俺を選抜したと?」

「そういうことさ。それに薄々勘付いてもいるだろう」

「あぁ?」

「そうじゃなければ、前の依頼を断ってまで私に付いてくる事はなかったんじゃないのかい?」

「…あァそうさ、このタイミングで公安の、しかも見慣れねぇ顔の方から直々に出向いて来てんだ…その時点で何かきな臭いことぐらいは判断できるだろ」

「キミが話の速い人で良かったよ」



そう言いながら乗って来た自動車から降りる二人…足元には長く伸びる二車線のレール―――トラッシュライン鉄道の路線の真上である。地面を注視したまま下り路線上を歩き、そしてある位置でシェパードが立ち止まった。



「…ここら辺だろうか。そろそろ手を貸してもらうよ」

「雇われたからにゃやるしかねぇが…言っとくが俺達は便利屋じゃねえんだぞ」

「おや、そうだったのかい。私達とは少々認識が違っていたようだ」

「…その認識ってぇヤツは、同僚に俺達を馬車馬みてえに扱ってる奴がいるせいかな?」

「馬鹿を言うな、これは私が導き出した結論だよ。少なくとも私は、彼を同僚とは認めてないからね」

「なら猶更タチが悪ぃな…こっちだってポリシーってモンはあるんだぜ」

「私からしてみれば、そんなものは関係のない話だ。褒賞さえ与えればどんな分野にも精通している人がいるし、どんな内容にだって応えてくれる。頼るのは最終手段に他ならないが、私からみれば便利屋も傭兵もそう大差ない…寧ろ、その手の専門職に頼るほどでもないものであればキミたちは安価でも充分に仕事をこなしてくれる、誇りに思いたまえよ」

「そういう上からな物言いが嫌いなんだよなぁ…貶してんだか褒めてんだか分かりゃしねえ」

「これから依頼をこなしてもらう相手に金額を出してまで罵倒を投げかけるほど馬鹿ではないよ、少なくとも私はね」

「屁理屈はもういいよ…んで、何をすりゃいいんだ?」



シェパードは足元のレールを確認すると、コンと蹴りを加えた。レールは振動を発し、その振動の波が届く限界値を見極めるとその地点へとレンドロスを呼び寄せる。レンドロスとシェパードの距離感はおおよそ10メートル程であった。



「普通、レールというものは土台兼緩衝材となる枕木にしっかり固定されているものさ。しかし…キミがいた地点からここまで、その固定が緩いんだ」

「だからさっきみてぇな小さな衝撃も響くって訳か」

「ああそうだ。その証拠として、ここ十数メートル前後の留め具が妙に新しいと思わないかい?」

「確かに…錆も無けりゃメッキ剝がれもしてねぇな」

「私が調査した限り、このトラッシュラインと呼ばれる鉄道路線は設立日が不明なんだ…遥か以前よりこの地域に開設しており、それが動くことをいいことに我々が勝手に足として運用している。重要なポイントとして、原理は分かれどそれの製造ラインが未だに確保できないことだ。だからこれの運営会社であれど、メンテナンスといった行為は迂闊には行えない…私達の街からカンバスタを繋ぐこの長距離軌道上にそういった施設が無いのがその証拠だ。…だからこそ、私達が今歩いてきたこの十数メートル前後の留め具のみが新しく見えるのは不自然だと思わないかい?」

「…誰かが『意図的』にここいらだけを弄ったってことか」

「私はそう読んでいるよ」



会話の合間にシェパードはレールの留め具に工具をはめ込み、軽い力で回転を加えていく。留め具はいとも容易く外れ、その固定の弱さをさらけ出していた。



「おうおう、整備と言えんくらいには杜撰だな」

「そもそもボルトとナットのサイズが合っていないな…意図的なのか、ただのバカなのか…」

「んで、コイツを外していきゃあいいのかい?」

「そうだ。厳密には、この留め具を外した後、このレールが実際に外せるか確認してもらいたい。上下線共にだ」

「おいおい稼働中のレールを剥がせるか確認って…許可は取ったのかよ」

「許可なんて取れるわけないだろう?仮にそれで私達が『何を企んでいるのか』を知られてしまったらこの検証自体が無意味なものになってしまう。その上、トラッシュラインの運営には憎きマフィア組織が関わっている…そんなところに許可を取り付ける方が間違っていると思わないかい?」

「そいつに関してはぐうの音も出ねぇな…だが流石に強行的すぎんだろ」

「『治安を守る』とはそういう事だよ…時には形振り構っていられない時もある」

「詭弁だな、こんなの側から見たらただの犯罪だぜ」

「だからキミを雇ったのさ」

「…あ~、そういうこと…だから『俺達じゃなきゃ』成し得ない調査って事か…」

「キミを雇った要因の一つだね」



してやられた…苦い表情を浮かべるレンドロス。

シェパードが直にこの検証を行いそれを第三者により告発された場合、彼は間違いなく犯罪者の烙印を押され二度と保安官として復帰すことは叶わないだろう。彼は『依頼』としてレンドロスにそれを実行させることで、間接的に実行犯を押し付けることにしたのだ。加えて、依頼を請けた傭兵側も『依頼』という免罪符を打つことで罪から逃れやすくなる。請け負う仕事が真っ黒でも『依頼』という個人間でのやりとりであり、それが暗黙の了解で見逃されている傭兵というコミュニティーだからこそ機能するシステムである。



「ハァ全く…お前はもうちっとばかし『マトモな奴』だろうとは思っていたんだがなぁ…」

「出来ることなら私もこんな汚いやり方はしたくないものさ」

「キレイごと言っても無駄だぜ?実行しちまった以上そいつは言い訳にしかなんねぇよ」

「だろうね。だからこそ今回はこの前置きをさせてくれないか?」

「まだ自分がマトモだと繕うつもりかい?」

「結果的にはそうなるね…今回、私はとある男と連携していてね」

「ほぉう?んで、そいつはもしかして俺らがよく知っている男だ…と、そういうことだろ?」

「察しがいいね」

「やり口が似ていたもんでなぁ…詳しくは知らねぇが、俺の元弟子も近頃そんな様子だったからなぁ」

「ほう、それは偶然だね」

「トボけんじゃねぇよ、偶然じゃあねぇならなんの星の巡り合わせだってんだ…」

「そういうのであれば、私もまんまとハメられた側の人間ですよ…こういった『反則行為』に躊躇いなく手を染められる、そうじゃなければ解決できないものがある時、彼は確実に『マトモな人』を巻き込みますから」

「なんだい、遠回しにフォローしてるつもりか?」

「遠回しに『馬鹿だ』と言っているのですよ…私を含めて、ね」



言い合いをしている間にもレンドロスはレールの留め具を外していく。勿論、それだけではレールと言うのは容易には外れてはくれない。度重なる列車の通過により生み出された歪みや圧力は枕木に強く押し込まれ、完全にめり込んでいる形となっている。加えて重量そのものが嵩み、10メートルともなると引き上げるだけでも1t程の力が必要となる。

普段から巨大な剣を振り回すレンドロスと言えど、それらを力ずくで引き上げる力はない。



「…で、どーすんだい?ビクともしないぜ」

「なら、持ち上げられる大きさに切断すればいいだろう」

「いいのかいそれで…」

「いくらキミが怪力の持ち主だからと言っても、それを丸ごと持ち上げられると思って起用した訳じゃないさ…むしろここは、その『能力』の出番さ」

「ッチ、しゃあねーなぁ…面倒臭いがやってやんよ」



レンドロスの持つ能力は『手に触れた物体に炎を纏わせる』というもの。これは手に触れることが出来るものにならばあらゆるものに作用し、その範囲や熱量をもコントロールすることが出来る。そして炎を纏わせるという都合上、その触れた物体に対する影響も例外ではない。レンドロスがレールに手を添えたその周囲から、鈍い銀色に太陽光を反射していた鋼鉄はみるみると赤く染まっていった。



「…自分で言うのもナンだが、暑苦しくて仕方がねぇぜ」

「ああ、全くだな」

「お前のその格好も見てるこっちはクソ暑ぃんだよ!脱いだらどうだそのコート!」

「人前で汗に濡れた身体を晒すなどみっともないだろう!?」

「クソ分厚いコートでサウナしてるほうが俺はみっともないと思うねぇ!!」



言い合いをしている間にもレールは徐々に溶断されていく。勿論、適当に熱を加えただけでは鉄がとろけて形状が崩れてしまうが、普段から細かい作業をこなすレンドロスはその歪みさえも最小限に抑え、熱の伝導個所を局部に絞り、最後は大剣を真上から叩き付けることで綺麗に切断してみせた。



「どうだ、こんなもんでいいか?」

「驚いた…もっとガサツだと思っていたが、ここまで綺麗に割くとはね」

「細けぇ作業は好きなんでな、これなら元に戻しても列車に影響は出ねぇだろう」

「そうだな。…さて、それを持ち上げてくれるかい?」

「あ~そうだった…持ち上げるんだったな…」

「そっちが本題だよ、早くしてくれ」



やれやれといった表情でレンドロスは小分けに切断されたレールに手をかける。重量があった先程と違い、少し力を入れただけで枕木との密着を引き剥がし、宙に浮かせることに成功した。



「よっ…と、どうだいこんな感じで」

「上出来だ、そのまま少し持っていてくれるかい」

「おいおい結構重いんだぜこれ…」



レールを持ち上げさせたレンドロスを尻目に、シェパードはその接地面である枕木を注視する。

すると何かの確証を得たのか首を軽く縦に振り、何かを手帳に書き記す。



「おーい…もう降ろしていいかねぇ」

「…ああ、ありがとう、これで検証は完了だ…隣の線も確認するぞ」



そう言って二人は上下線、計4本レールと枕木の観察を行う。全ての検証を行う頃には日が傾き始め、谷間に見える街並みにもチカチカと明かりが灯り始める時間帯となっていた。



「ご苦労だったな、これで検証は終了だよ。最後に今までのを元に戻しておいてくれ」

「日が落ちたとて流石に疲れたぜ…少しくらい休ませてくれんかねぇ…」

「一時間後にこの上を鉄道が通過する…と言ってもかい?」

「だーちくしょうがぁ!!だったらもう少し早く調べやがれってんだ!少しくらい手伝えってんだよ!」

「四の五の言っていると大事故になってしまうよ?それに私は役職上『手は出せない』のでね」

「やっぱ前言撤回だ、お前は充分マトモじゃねぇよ」



レンドロスは腹を立てつつもシェパードの態度に辟易し、レールの修繕作業に手を出す。一時間後に迫る列車の通過に間に合わせようと切断されたレールの断面はそのままに、各部の留め具を嵌め直すことで対応を行う。シェパードもジープに戻り検証結果との照合を行う。



「…で、その『検証』ってのを聞かせて貰おうか。こんな面倒臭いことをやらされたんだ、そろそろ種明かししてくれてもいいんじゃねぇのか?」

「…そうだな、どうやら私の予想とも会っていたようだ。キミには感謝するよ」

「そんな心の無い感謝ならいらねぇよ…だったら俺をこの依頼に巻き込んだ納得できる理由ってのを聞きたいモンだね、俺への『利益』ってヤツさ」

「分かったよ…じゃ、このレールのカラクリを教えようか、キミにやってもらった『コレ』も含めてね」



そう言うとシェパードは乗って来たジープから丸めた大きな藁半紙を取り出した。それを広げ、レンドロスへと見せる。



「なんだ?随分古そうな紙じゃねぇか」

「これは公安の資料室に唯一保管されていたこのトラッシュラインの路線図でね…かつてこの路線が何処へと続いていたのか、何処から敷かれたものなのかを調査した一団が記したものだ。経年劣化で読めなくなっている部分もあるが、現存するものはこれしかない」



覗き込んだレンドロスの瞳が大きく見開いた…そこに記されていたトラッシュライン鉄道の路線は、非常に多岐にわたり分岐を繰り返し、彼らの知らない地域までその足を引き延ばしていたからだ。



「おいおい、こいつぁ俺の知ってる『鉄道』じゃねぇよ」

「生憎、私も知らなかったよ。まさかこの動く鉄の箱が、ここまで膨大な地域を結んでいただなんてね」

「一体何年前の地図なんだよこれ…」

「それすら分からない。…キミたち、私達がこの世界に産まれる遥か昔、40年とか60年とかそんなものじゃない、それだけ長い時間をこの鉄道は生きて来たんだ」

「驚きを通り越して冗談にしか聞こえねぇよそんなもん…」



そう言うとシェパードは地図の一か所を指差し、そこから伸びる一つの線をなぞって解説を始めた。



「この地域が『ガーベイジ』…私達が『街』と呼んでいる地域の正式名称だ。そこから伸びるこのラインが現在、このカンバスタ工業区へと続くラインと同等と見ていい」

「まさか俺達が住んでるあの街に名前があったとはな…むしろそこのほうがビックリするぜ」

「この当時はまだそこまで規模が大きな都市じゃなかったのだろう、現在ならこの地図の三分の一は埋まるんじゃないかな?そして注目してほしいのがここだ」



そこにはカンバスタに乗り入れる線が中間点から二つ、三つと分岐している図が記されていた。



「つまり…俺達が今弄ったこの路線以外にも使われていない路線があると?」

「半分は正解だ。この地図通りに解釈するのであれば、少なくともカンバスタへは正面からでも三つの経路から侵入することになる。しかし現在、そのような路線は特定できない…推察ではあるが、この伸びる三本の線はカンバスタの移り変わりと共に変質し、消滅していったものだと考えられる。今稼働しているこの路線がこの三本のどれに該当するか、キミは分かるかい?」



そう言って再度カンバスタを眺める二人…巨大な岸壁の狭間に灯る街灯の光を中心としてやや左寄りに伸びているように見えるものの、実際には遠近感の歪みで地図上のどの路線とも微妙に方角が合わないことが分かる。



「…まさかとは思うが、今俺たちがいるこの路線はその地図上に存在しないと…?」

「そう考えている。私もまさかとは思っていたが、この路線はこの地図より後の時代に新設されたものだ。そして新設された距離については、恐らくこの分岐点の部分からだ」

「じゃあその地図とも照合させる意味なんて無ぇんじゃないのか…?」

「いや、あるのさ…二つだけ大きな疑問が、ね」



そう言い、改めてレールへと目を移す。



「疑問はこうさ…『何故路線を引きなおす必要があったのか』そして『残りのレールの行方』だ。そしてそのカギは『カンバスタ工業区の発展』と密接な繋がりがある」

「俺ぁそういった頭使う考察はあんま得意じゃねぇんだ…だから分かりやすく説明してくれよ」

「仕方ないな…カンバスタ工業区は二度の繁栄とその中間に当たる衰退期が存在する」

「そう言い切れる根拠はあるのかよ」

「一度目はこの地図が書かれた当時だ…これは路線の広がりからも推察できる、このトラッシュラインのセントラルポイントだったのだろう。その後、炭鉱の枯渇と共にカンバスタは衰退を迎える…蛻の殻となり、この鉄道を使用する人もいなくなるわけだ」

「その話は知っている。その後目を付けた商人達が盗賊と徒党を組んで再活性させたってやつだろ?」

「ああそうだ、そうするとこの『無駄に』広がった路線も不要となる。だから商人達は再利用したのさ…売れるものは金に変え、鋳金して練り直し、炭鉱内の輸送用レールとして転用した…しかしやり過ぎたのさ、辺り一帯の鉄道路線をなりふり構わず切り崩したことで、離れ小島となってしまった」

「…その後、再発展を遂げたカンバスタと他の街との連絡手段として、途中まで切り崩した路線を再度引き直し、現在に至る、と?」

「粗方そんな所だろう…さて、ここで一つ新たな疑問が浮かぶと思わないかい?」

「…なるほど、『路線を引きなおす際、どこからレールを輸送したか』か」

「そういう事だ…レールを回収するだけなら遠くから近くへと巻き込めば手間はかかれど苦労はしないが、逆をやるなら話は別だ。加えて、転用したレールは炭鉱のあちこちに広がっていた筈だ」

「それを崩しながら現在のトラッシュラインを形成する為の路線…端的に言えば『炭鉱に繋がる分岐線がこの路線のどこかに存在する』ってぇ事か」

「ご名答。飲み込みが早くて助かるよ」

「まどろっこしいんだよお前の説明は…」



そう言っているとシェパードの胸元から電子音が鳴り響いた。シェパードは一旦会話を打ち切り、その胸元から携帯電話―――公安だけが持つ、連絡用の小型端末を取り出す。



「どうした?………ああ、キミか……なるほど…ふむふむ……分かった、行動に移そう…しかしどうした?苦しそうじゃないか…………ハハッ、馬鹿な真似をしたもんだ、これだからキミのことは同僚として見たくないのさ、それでは」



そう言って携帯を耳から遠ざけ、また胸元の内ポケットへとしまった。



「いつ見ても便利そうな端末だな、そりゃ」

「難点があるとすれば、面倒な仕事と憎たらしい同僚からしか連絡がこないことだろうね」

「あぁ…いろいろ察した、便利ってのも厄介なもんだな」

「嫌な話はこれ以上炙り出すものじゃないよ…さて本題に戻そうか」



そう言うとシェパードはジープに乗り込み、レンドロスにも乗るように催促する。



「しかし、俺を使ってまでやったその『検証』がこの話に繋がるとは思えねぇな」

「今までのは『前提』の話さ。これからキミと私が行った検証の意味を教えよう」

「そりゃあ楽しみだ、ぜひ聞かせて貰おうか」

「いいだろう…さっきもやってもらった通り、キミにはあのレールを『外せるか』『持ち上げられるか』を確認してもらった訳だ」

「ああ、お前はそんなことより枕木の方を見ていたみたいだけどな」

「それで確信したよ…あのレールは『頻繁に』取り外されている」

「薄々そんな感じなんじゃねぇかとは思ってたが…それが例の『列車強盗』と関係があると?」

「端的に言えばそういう事だ。今話題の『列車強盗』…それの手口を今から説明していこう」



シェパードはジープを走らせ、レールに沿うようにしてカンバスタ方面へと引き返す。



「…現在のトラッシュラインはガーベイジからカンバスタ、カンバスタからガーベイジを繋ぐ上下線二本のみで構成されている。そして、一本の線で『往復』をすることはない」

「確かに、往復する光景は見たことがねぇな」

「そうだ。走り切った鉄道は駅の奥にある車両基地を通して上下線を切り替える…だから常用時は片道運行しかしない」

「それがどうしたってんだよ」

「仮に、先程話した『炭鉱へと続く分岐線』が『下り線に下り線側から接続』していたらどうだろう…?」

「…ちょっと待ておいおい、そんな大掛かりな事が可能なのか!?」



レンドロスの脳裏に過る『大掛かりな事』とは、先程の『検証を行ったレール』を上下線共に取り外し、別の『二車線を繋ぐ湾曲したレール』を用いて無理矢理上下線を接続することである。



「条件付きではあるが、出来なくはない。そして調査の結果、その条件に合致していることは既に証明済みだ」



続けてシェパードが解説を始める。



「私は今まで盗まれた列車の運行時刻と行先をすべて洗い出した…そのどれもが深夜~早朝の、ガーベイジからカンバスタへの『上り線』だったんだ」

「だからって…いや、流石に気付くだろ!?運転士も乗客も…それを外から見てる奴もよぉ!?」

「そうでもないものさ。さっきも言った通り、この地域は早朝の濃霧が激しい地帯でね…酷い時は1m先すらも曖昧な状況になる。さらに深夜帯は夜盗が頻出するのもあってね、なかなかこの地域に足を踏み入れる人は少ないのさ。乗客も寝ているような時間帯で、起きている運転手だって霧で視界を遮られていれば多少違和感があったとしても『レールの上を直進している』以上はそう大きな異変には気付かない筈さ」

「そんな無茶苦茶なことあるかよ…」

「そして一番のポイントは『一体誰がレールをここまで運び、入れ替えているか』というところさ…キミは今までのトリックの中に違和感を覚える箇所はなかったかい?」

「………。」



尋ねられたレンドロスは何も言わず、背中の大剣に手を回していた…

彼らの周囲には、シェパードが駆るジープを取り囲むように四つのエンジン音が響き渡っている。それぞれの車には2人から4人ずつ、みすぼらしい服装の男たちが乗っている。一糸乱れぬ隊列は決して崩れることなく、徐々に徐々にと車間を狭めていく…。



「……なるほど、夜盗ってのはお前らのことかい」

「どうだいレンドロス君、これが私がキミを起用した『本来の』理由で、紛れもなくキミへの『利益』でもあると思うんだが?」

「ああそうだな、余計なお荷物が纏わりついてこなけりゃあここまで合点のいくモンはねぇよ…」

「全速力でこの包囲網を突破するよ。そしてさっさと『アナグマんの塒』ってのを割り出そうじゃないか」

「全く、人使いの荒い依頼主様だなぁ…っと!」



そう言ってレンドロスは、車間をギリギリまで詰めて来たドライバーのその虚ろな顔目掛けて、大剣を振り抜くのであった…。





―――――





久しぶりに戻った我が家は埃の匂いがした。

私は帰ってすぐにソファーに突っ伏し、積もり積もった鬱憤を晴らすべく、そして徹夜明けの疲れた身体を休めるべく眠りに付こうと試みる。

…しかし目を閉じれば思い出す、人を嘲笑うかのような狼男のあの笑顔…ポケットに入れていたリーベル貨幣を握り込み、腹立たしい顔と一緒に壁に向かって投げつける。

分かっている…これは自分のせいでもあるのだ。アイツの依頼をよく確認もせずホイホイと受けてしまったこと、そして共に依頼をこなす筈だったパートナーから目を放し、私情に走って目的を見失ったこと…今更思えば、どこを見ても褒めらえたものではない。だが、そんなド正論をあの男に指摘されることが何よりも屈辱的である…。



「『牙が抜け落ちている』か…」



体制を変え、天井を仰ぎ見てその言葉を思い出す。

確かに近頃の私は、殺人鬼を一人弟子にしたくらいで一丁前になったと調子に乗っていた面もあったのだろう…そしてその弟子ですら、未だにまともな指導すら出来ていない…。何をやっても中途半端、気分だけで一人前になっていた…顧みる点はいくらでもある。

暫くは狼男共にも近付かず、そっとしていよう…そう思った時だった。



ピンポーン



部屋のチャイムが鳴り響く。それも一度だけではない、何度もだ。

しまいにはドンドンと扉をノック…と言うか叩くような音すら聞こえて来た。無視して不貞寝しようとも思っていたが、余りにも煩いので勘に障った。ずかずかと近寄り、扉の外にいる人物ごと跳ね飛ばす勢いでドアを開けた。



「なんだなんだ五月蠅いなぁぁ……ってアンタ…」

「いってて…」



そこに倒れていたのはダストボックスに住まうガキの一人だった。色黒の肌が印象的なリスの少年であるが、彼には私の家を教えた覚えも無いし私が帰っていることを教えた覚えもない…。

どうして彼が私の家を知っているのか…それを聞き出す前に、少年は切羽詰まった表情で唐突に私に切り出した。



「ア、アルジャーノンおねーちゃんっっ!ミラルカちゃんが……ミラルカちゃんがっっ!!!!」

「っ!!!?」



なにがあったかは分からなかったが、どんなことが起きているのかはその必死な姿で理解できた。

モヤモヤと渦巻いていたさっきまでの苛立ちは引き、冷静にならなければいけないという意識が、耳の先までピンと張り詰めた。






大変お久しぶりでございます。半年ぶりでございます。

長らくお待たせの上、ついに第二部八話目の投稿となりました。

投稿が遅れてしまい大変申し訳ありません。



遅れた理由としましては、まず簡単に列車強盗のトリックが二転三転してしまい構想が纏まらなかったこと、纏まらない間に別のことに手を出していたこと等があります。

元々は『レバーにより可変するレールによって地下に線路を切り替える』という事を考えていたのですが、色々と無理があったので現在の形に落ち着きました。こっちの方が少しは現実的かな~といった感じです。また、新キャラであるシェパードさんの初顔出し、レンドロスを主軸とする第三者構成だったのも筆を遅める要因となってしまいました。

ジャーノンさんを主体としない分、特段入れなくても問題のないシナリオではあるのですが、どうしてもこのタイミングで挟んでおきたかったのです。次回からはまたジャーノン視点でのお話がスタートするつもりです。

ということで、相変わらずのんびり進行にはなると思いますが今後もお付き合いいただけると幸いです。次回もよろしくお願いいたします。

ご指摘ご感想等があると非常に頑張れます。もしよければ書いていただけると嬉しいです。



あと、先程言った『別のこと』として、TwitterでVtuberの絵を描いたりもしています。そちらも見て頂けると嬉しいです。



ではでは、また次回の物語でお会い致しましょう~!

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