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銀狐のアルジャーノン  作者: みょみょっくす
第二部 ルーザーチルドレン
18/33

敗者の凱旋




「俺はまだこの街でやることがある…尻尾を掴んだと言っても、結局モノは盗られたままだし塒も炙り出せて無ぇ、捜査としてはまた振り出しだ。お前は依頼主んとこに戻るんだろう?足が無いなら俺がこっちに来た時に借りた荒地移動用の自動車がある、そいつを使って戻れ。………ああ、ルギスの事か。あいつの遺体はワイズメルの方で処理するらしい…一応は古巣だしな」



……私はその日のうちに街を出た。滞在時間にしておよそ8時間程だろうか。

ここまで忙しいのは久しぶりだ…本来なら箱を納品して今頃宿でのんのんと過ごしていただろう、それが色々なモノに振り回されてこのザマだ。釈然としない、納得のいかないことが多すぎる…だが、私はただの巻き込まれた用心棒に過ぎない。あの街のアレコレに口を出すのは野暮ってものだ、そういうのは既に首まで突っ込んでるお節介オヤジに任せるのが妥当だろう。

私は…なんだろうな、やるせない怒りってのはこういうものなのかな。兎に角このモヤモヤを吐き出さないと気が済まない…だが、吐き出す場所は決まってる。そいつのところにいち早く戻らなきゃいけない…だからこの寒空の中、車を走らせてる。

走り始めてどれ位経ったかな…ノンストップで走ってるから、行きの馬より早いのは確かだ。ただその道のりが遠く感じる…私の隣には、雑談を振るような気の利いた奴はいない。時々気を紛らわせるように口を開いてしまうが、それに返答を返すような奴もいない。

夜風の中、車を動かす動力の音だけが、ただただ虚しく響いていた。





……………




「おいテメー…!!」

「…っ!」



烏は黒猫を壁に追いやり問い詰める。

彼らは決して間違った行いをしたわけではなかった。ただただ言われた仕事をこなしていただけなのだ。

しかし事態は急転していた。反響する空間の中で、狂乱の悲鳴と獣の絶叫が響き渡っていた。



「マザーに何をしやがった…!どうしてあそこまで荒れてんだよ!」

「待て、僕は何もしていない、君こそ落ち着け」

「落ち着けってぇ…っ!?落ち着いてられっかよ!!面倒が飛んでくるのはウチらなんだぞ!?」

「ああ、だからだ。」

「だからって…ウチらは何もやってないだろ!?」

「ああ…だからなんだ…」

「…テメー、一体何を隠してやがる」

「僕達は確かに間違ったことはしていない。任務に一片のミスも犯していない…だから、ハメられたんだ…」

「ハメられただと?」

「…コイツを見てくれ」



そう言って黒猫は傍らの扉を開き、烏に中を確認させる。そこに写る光景は想像を絶するものだった。

烏は絶句する。自分たちの正当な行いの末に招いた結果に、頭の中が真っ白になるようだった。



「……なんだよ…これ…」

「荒れるのも無理はないだろう…こうなってしまったら」

「無理はない…ってか、こんな風になるものなのか!?」

「なってしまっているならそういうことなんだろう…同じ人間のすることじゃない」



こんな光景、見続けたら気が狂う。

一羽と一匹はそっと扉を閉じ、これからの策を練る。やってしまったものはしょうがないと割り切ることは出来なかったが、そうでもしないと気持ちの整理が追いつかなかった。



「…オイ、どうすンだよ、これから…」

「こうなった以上計画は振り出し…いやマイナスだ。もう一度集め直すしかないだろう」

「またアレをやんのかよ…巷じゃあもう散々警戒されてンだぜ?」

「ああ…だが、計画には必要な事だろう」

「そうかも知れねぇがよぉ…ああクソ、もういいからこんなトコ抜け出しちまおうぜ?」

「それはできない。マザーを放っておける筈ないだろ」

「オイオイオイオイ正気かよ…ここにきてまだ手を貸すってのか?」

「当たり前だ…一人だけ、その警戒の裏を付ける奴を知っている。そいつを誘い出してみる」

「…ッハァ~、その計画てのはウマくいく算段はあンのかよ」

「…ああ、大丈夫だろう。必ず連れて来させる…」



そう言うと黒猫は準備に取り掛かった。それを見た烏は慌てて彼に同調する。



「マテマテマテ!ウチを置いていくのかよ!?」

「あの調子のマザーから二人して離れるワケにはいかない」

「いや…まあ、確かにそうだが…でもテメーが調子イイ事言って帰ってこねー保証もねーだろ!!」

「…そんなことがあると思うか?僕がマザーを見捨てると、そう思っているのか!?」

「え!?いや…」

「…それとも、君がそう思ってるってことか?」

「そ、そんなじゃねえし…」

「巫山戯るのも大概にしてくれ、いくら君と言えど怒るぞ」

「…あぁ分かったよ。だが今回はウチも同行させてくれよ!もしテメーに何かあったらそれこそ全員共倒れだろがっ!」

「…分かった、じゃあ一日だ。一日でミッションを達成し、戻ってこよう」

「了解だ。さっさと終わらせンぞ、その任務」



黒猫と烏は次なる一手を見つける為、巣を抜け出す。彼らは共に育った兄弟であった。だが彼等はお互いに違うものを見据えて生きていた。黒猫は母の背中を、そして烏は黒猫の背中を。

黒猫の目は本気だった。彼は決してマザーを裏切りはしない、そう断言できる力があった。だが、烏はそれを恐れていた。その揺るぎない忠誠心が、いつかその身を破滅に導いてしまうのではないのかと…。

一方、黒猫も烏に疑念を抱いていた。彼が本当にここから逃げ出すのではないのかと、先程の彼の言葉が信じられずにいた。

一羽と一匹、それぞれが抱いた不安を払拭できぬまま、夜行列車は走り出した。





………………





この扉を開くのは5日ぶりか。昼間から飲んだくれる男どもの声が扉越しからでも伝わる。

車で一日半の道のりは誰にも会わず言葉も交わさなかった。だからこの騒がしさは身に染みる。ただ、一人ぼっちの帰り道は何も悪いことだらけではない。誰も気を紛らわせる奴がいなかったのもあって、煮え切らない炎をそのままこちらまで持ってくることは容易かった。鮮度の高いモヤモヤがそのまま、今の私を突き動かしている。



「お~ぉ、帰って来なすったかぁ傭兵さんよォ」

「おや、お疲れ様ですねアルジャーノンさん」



ガチャリと扉を開けた先にいたのは、いつも通りこの時間に酒を浴びに来る狼男と店を切り盛りする梟…そして狼男の隣のカウンターには、大股を開いてふんぞり返る公安の犬がいた。

私は狼男と犬の会話を遮るように間に割り入り、マスターと顔を合わせる。



「長旅ご苦労様でしたね、はいコーヒー」

「おう、ありがとうなマスター。今日はミラルカとピナコはどうしたんだい」

「あぁ、ピナコさんはいつもの修行に、ミラルカさんは今日のお仕事を終えて、ネロさんと一緒に遊びに行きましたね」

「そうか…」



マスターからの労いのコーヒーを受け取り、一口に飲み干す。徹夜で重くなった頭にカフェインが染み渡る。

そのままカップをカウンターにゆっくりと置き、その流れで私の左側に座る犬の顔面に拳を振り抜いた。

犬は椅子から大きく吹っ飛び、店の壁に背中を打つ形で叩き付けられた。間髪入れずに伸びた犬に覆いかぶさり、その後も連続で顔面を殴打する。



「待っ……待て…!アルジャ」

「待てもクソもあるかっ!てめぇは最低な人間だよっ!!!!」



何か言いたそうに口を開こうとするが、知ったこっちゃない。せめて顎と鼻くらいは覚悟してもらう。

周囲が騒然としていることは間違いない。ただそんなことどうでもいい。私は今この何も考えてなさそうなアホ面を叩きのめす事しか考えていなかった。

二発、三発、全霊を込めて拳を振るう。肩から引き、体重を乗せて打ち下ろす。この時ばかりは片腕しかないことが悔やまれた。



「そこまでにして下さいね」



五発、六発、我を忘れて殴りかかる私に水を注したのは、こめかみに感じる金属の冷たさだった。

脳髄に流れる悪寒が身体を硬直させる。命の危機を感じるが、そこから逃れる思考すら奪われる。目線だけを右上へとずらす…伸ばされる銃口を辿った先にあったのは店のマスター、モリソンだった。



「貴女がバーナードさんにどのような恨みがあるのかは知りませんが、ここは私のお店ですよ。これ以上を行うなら、いくら貴女でも始末しなくちゃいけなくなるでしょう?」



…ああそうだった、ここはマスターの店だ。私は振り上げたまま硬直した拳を降ろした。

マスターは平等だ。いつ誰に対しても中立を崩さず、そして自分の流儀を大切にする。そしてその流儀を知っている者には躊躇いなくそれを発露する。そんな彼が今は『忠告』で済ませてくれた、これは恩情だ。今彼は引き金を引くことも出来たのだ、それを寸止めしてくれた。彼は彼なりに彼の流儀を曲げているのだ…彼のホームグラウンドで、本来ならばそんなことをさせるべきではない。

そして気付けば、私は自分の顔にも泥を塗っている。騒然とする店内は私を非難するような視線だけが飛んでいる。目の前でボコボコになっているバーナードを見て、私の鬱憤も少し晴れてきた。正常な思考が戻ると共に、客観的に見て私がどれだけ『おかしい奴』なのかが鮮明になってきた。…ああ、流石にやりすぎたな……。



「………。」

「ゲホッ……少しはマトモな傭兵になったと思ってたが…見当違いだったか…」



顔を腫らしたバーナードはそう言うと、スーツの内ポケットへと手を伸ばす。

中からは携帯電話…公安だけが持つ連絡用の小型端末を取り出した。それを腫らした耳に当て、馬乗りになる私を退かして起き上がる。



「……シェパード…ああ、オレだ………連中の尻尾を掴んだ………おう…おう……ああ、頼む。」



何かをぼそぼそと呟きながら店の壁を這うようにして店の外へと去って行った。

居合わせた客たちも皆その様子を目で追う…店内には長い混乱と静寂が訪れていた。



「いやぁ~傑作傑作!素晴らしいっ!」



静寂を切り裂いたのは狼男の拍手だった。カウンターからゆらりと立ち上がると、酔いが回った覚束ない足取りで近付き、憐れみを含んだ満面の笑みでこちらを見下ろしてくる。彼はこういう…人の感情や関係を引っ掻き回し、それが拗れていく様を見るのが大好物だ。

文字通り人を喰ったように微笑む彼の顔は、きっと私以外が見ても気味が悪いのだろう…演技じみた大げさな手振りで私を煽る様子を見た他の客は、面倒事を避けるように私達から目を逸らしていく。気が付くと店内は後味の悪さを残して元の様子へと戻っていった。



「……感謝しろよ?」

「…どこの口がほざいてやがる、元はと言えばアンタがっ!」

「『依頼を持ち掛けたのが悪い』ってか?違うなぁ。オレぁ別におまえに頼まなくても良かったんだ、代わりはいくらでも見つけられんだからよぉ。金に目が眩んでホイホイ引き受けちまったおまえの自業自得ってヤツだろぉ?違うのかい?」

「……っ!それは…」

「図星か?図星だろうそうだろうヒッヒッヒ!だぁから言ったんだぁよぉ、『牙が抜け落ちてる』ってなぁハッハッハ!」

「………。」



言い返せない…いや、言い返すのは筋違いだ。

こいつの言う通りだ、全ては自業自得、反論の余地はない。この一件は全面的に私の油断が招いたものだ。でも、だからこそ納得できないことを問い質す必要もある。



「…見えるぜぇ。その顔まだ『納得してない』ってぇ顔だ…大方聞きたいことはこうだろう?『なぜバーナードがあんなものを』ってな?」

「…ああそうだ、なんで公安勤めの公務員がそんなもん取り扱ってんだ」

「なぁに簡単なことだ、その方が『ウケ』が良いからさ…おまえみたいなのが釣れる確率が上がるだろ?」

「アンタ…マジで言ってるのか!?正気かよ!?」

「正気も何も常套句さぁ。魚を釣るならエサはウマいほうがいいし、針は鋭いほうがいい。…あくまでオレぁ手持ちの道具をカスタムしたに過ぎねぇよ」

「アルを引っ掛ける為に…そんな平然とした顔で…っ!!」

「嘘は嘘と見抜けないほうが悪い。それとも何だ?オレ様を信用しきってたってのか?ソイツぁ滑稽な話だねぇ!!」

「…ああ、確かに滑稽だよ…アンタの言葉を鵜呑みにするなんて馬鹿な真似、三流でもやりゃしねぇ…」

「ヒッヒ、自覚できたかい?口でどうこう言ったとこで結局おめぇさんは甘っちょろいんだよ」



ガズベルグの言っていることは正しい。まずこいつを信用することが間違いだった、その時点で私の勘は鈍っていたのだろう。

今更になって殴りつけた右手が痛む、バーナードには悪いことをした。いくら関与が囁かれてたとしてもあそこまでやるもんじゃなかった…そもそもルギスが死んだのも私の不注意が招いたことだ、それを人のせいにしようとしたとこで結果は変わらないってのにな…。

身体を起こしカウンターに腰掛ける。するとガズベルグがマスターに水を持ってくるよう合図する。暫くすると私の視界の中にコップに注がれた水が置かれた。だがその置き方は酷く乱雑なものであった。普段は食事を提供する際必ず声掛けを行うマスターが無言で、コップの底をカウンターに打ち付けるように強く置く。さっきの私に相当怒っているのが分かる。この水を飲んで頭を冷やす他ないな…。

対して隣のガズベルグはグビグビと酒をかっ食らいながら話を進める。



「しかしまぁ、オレは手持ちの情報をカスタムしただけだ、全てがまっさらな嘘って訳でもねぇのさ」

「…それは本当なんだろうな」

「ああ、あの犬がこの一件に絡んでるのは紛れもない事実だぜ?少なくともオレは自分が言って不利になるようなホラは吹かねぇよ」

「なら教えろ。お前たちは一体、何をしようとしてやがる…!」

「いいのかい?またオレの言うことを信用するのかな?」

「今更取り返しなんてつかねぇよ…アルの腹の虫が収まるまで洗いざらい吐きやがれ」

「納得いくまで説明してみろってか、しょうがねぇ~なぁ~」



そう言うとガズベルグは持っていた酒を飲み干しカウンターに置く。

すると懐に手をやり、何かを取り出してこちらに投げ付けた。私は反射的にそれを受け取り、その掌を確認する。



「…リーベル貨幣?」

「まずはアルジャーノン、『任務達成』ご苦労だったなぁ」

「…どういうことだ?アルはまだアンタに依頼の成否は報告してないだろ!?」

「そうだなぁ。だがオレにとっちゃぁ成否なんてのは関係ない、おまえがあの箱を『カンバスタまで』運んでいればそれでいいのさ」

「待て!ルギスは箱をカンパニーに引き取らせるのが仕事だと…」

「おっと、オレぁ『箱を届けろ』とは言ったが『どこに届けろ』までは伝えてねぇハズだぜ?」

「なんだと…!?」

「確かにオレぁルギスにソイツをカンバスタのカンパニー役員に届けろと伝えた。だがあの街に持ち込まれた『コウモリの生き血』は例外なく目的地に辿り着かない、そうだよな?」

「…まさかアンタ、あの箱をアナグマに盗ませることが目的だったのか!?」

「ヒッヒ、ご明察。オレは元よりアレが安全に目的地に届くなんてのは微塵も思っちゃいねぇのよ」

「じゃあなんでそれをルギスにも説明しなかったんだ!」

「『盗まれるために荷物を運んで下さい』なんて依頼を引き受ける商人がいると思うかい?それにほら、身の危険に対しては『優秀な護衛』が付いてるじゃぁないか」

「ぐっ…!!」

「見りゃ分かるよ…くたばったんだろアイツ。じゃなきゃおめぇがここに一人で殴り込みに来るワケねェもんなぁ」

「…ああそうだよ、アルの不注意だ…」

「あ~残念残念。うまく扱えばもう少し働いてくれそうな労働力だったんだがなぁ~」

「じゃあてめぇはハナっから、商人としてアイツに稼がせるつもりはなかったってのかい…」

「そりゃあそうさ、ヤツはオレに摺り寄りながら『なんでもする』と言ってきた…だからオレも『なんでもさせる』と言ったんだ。どれだけ切羽詰まってたのかは知らねぇが、その誘いを承諾したのはアイツ自身だぜぇ?」

「…人の心が無いのかアンタは…っ!!」

「人の心だと?一丁前に人間気取りかい…オレたちはどこまで行っても獣だぜ?」



グラスを握る手がギリギリと軋む。

私がルギスと共にいた時間なんてほんの僅かでしかない。だがその道中、不思議と悪い気はしなかった。勿論運んでいるものは外法にも程がある…私の忌み嫌うものであったが、その仕事を全うしようとする意志はまさしく『商人』のものであった。だから余計に、こいつの彼への扱いが気に入らない。元から稼がせるつもりは無かった?ふざけるな…っ!



「ま、どんだけオレを問い詰めたトコロで危機を未然に防げなかった用心棒が悪ぃんだ、これ以上は自分の首を絞めることにしかなんねぇぜ」

「犬畜生どもが…で、結局てめぇらがそこまでしてやりたかったことは何なんだ」

「お~怖い怖い。それじゃ本題だ、箱を盗ませるのがオレの計画だった訳だがぁ…おまえさんは『偽りの黒山羊(スケープゴート)』って組織を知ってるかい?」

「『偽りの黒山羊(スケープゴート)』…聞いたことが無い名前だ」

「だろうなぁ。何せ名前を公言できる人間が全く帰ってこない組織だからな…じゃあこう言えば察しが付くだろう…『列車強盗団』ってな」

「列車強盗って…トラッシュラインの件か!?」

「あぁそうだ。簡単な話、カンバスタで起きてるアナグマ騒動とトラッシュライン問題は無関係じゃねぇのよ」

「アナグマと列車強盗が同一組織だとでも言うのか?」

「恐らくな。だがヤツらの拠点ってのはいくら探しても洗い出せなかったんだ…そこで保安官様の出番ってワケよ」



偽りの黒山羊(スケープゴート)』…か。あのアナグマがそうだとして、奴らが活発化した時期と列車強盗が発生した時期を照らし合わせれば確かに辻褄は合う…お互いに全く違うターゲットを狙っていたから関連性は薄いと思っていたが…。

だが仮にその読みが当たっていたとしても、組織としての行動にまだ疑問点は残る…なぜ列車強盗なんてデカい真似をした?なぜ回りくどい方法で麻薬を回収している?そして一番気になっているのは『客』だ…なぜそんな集めるだけ面倒な要素を収容して、そして一切の情報漏洩がないんだ…?

…そしてこいつはその『漏れるはずのない情報』をなんで知っている…?



「何でも保安部には独自の技術ルートがあるらしくてな、そこで発信機なる『位置を特定できる』アイテムが作られたんだと。で、そいつをおめぇらに持たせた箱の中に紛れ込ませた…あとは分かるな?」

「尻尾を掴む…ってのはそういう事か。」

「すげぇだろ?正義の威光が悪に手を染めてまであいつ等を追ってるんだぜ?だから今回、依頼にはあいつの名前を使わせて貰ったんだよ」

「アンタの言い分はよく分かったよ…納得した。」



納得はした…納得はしたが、理解はできない。

確かに、アナグマ騒動のような『裏』の問題ならば私達だけで処理するほうがお偉いさん方のメンツの都合上良いことだってある。だが今回そこに列車強盗という大規模な『事件』が絡んでくるなら公安が動かないワケにはいかない…バーナードのように『汚れ仕事』を日常化させているなら『裏』の問題に首を突っ込んだところで何ら問題はないってことか…。

そして多分、この複雑化した問題に対して解を導き出せるのがこいつのような詐欺師だったってことだろう…バーナードも自らの、公安の手柄をみすみすどこの馬の骨とも知れない傭兵に奪われるわけにはいかない、そうなれば公安のメンツが立たない。だから自分の名義を出させ、そして依頼を『与える側』と『受ける側』という明確な上下関係を持たせた…そこにガズベルグの嘘を交え、私達傭兵の依頼の狙いを逸らせる方向へ誘導した…嘘に騙されて死んだとしてもだ。

…だがそうなると、バーナードはなぜこいつのフィルターを一枚通すようなことをした?いつものように自ら頼めばいいことではないか?…となると、バーナードもこの依頼に『乗った側』の人間だ…ガズベルグが相手の内情を知っていることといい、あの箱を入手した経路といい…この男、一体どこに繋がっている…?



「だが…アンタがアル達を利用したことは許さない」

「ヒッヒ、散々説明させておいて許さねぇってか、ワガママなお嬢さんだこと。親の躾がなってねぇんじゃないのか?」

「どっかの誰かさんが育児放棄したせいかもな。…それに、許さないのはアルじゃない」

「?」



椅子から立ち上がり、飲みかけの水を思いきりガズベルグの顔にぶっかける。



「こいつはルギスのぶんだ、身に沁みとけ」



そう言って私は酒場を後にした。




………




「………。」

「なんだアンタ、ずぶ濡れじゃねぇか」



アルジャーノンが店を後にした数分後、外に出ていたバーナードが再び入店する。彼の目前には頭から水を被り、カウンターに逆向きに構えてダラリと宙を見て放心するガズベルグの姿があった。ワカメのように濡れた前髪は顔に張り付き、衣服からは水が滴り落ちている。一言もないまま微動だにせず制止するその姿はまるで雨に濡れた石像のようだ。



「お互いこっ酷くやられたもんだな」

「…あァ、そうだな」



一方のバーナードは顔をボコボコに腫らせ、歯抜けの口からは流れた血痕が掠れるように付着している。先程と同じようにガズベルグの隣に腰掛け、懐から出したタバコを吹かす。



「…首尾はどうだ」

「おかげさまで。現地のシェパードがすぐに捜査本部を設置するらしい、今回はアイツに一個貸しだな」

「…ヒヒ、そうか」



言葉数少なにお互い状況報告を行う。二人の周囲は異様な雰囲気を放ち人を寄せ付けない。店の賑わいは元へと戻っていたが、彼らの空間だけを一方的に避ける空気がそこには充満していた。

しばらく沈黙が続いていたが、その中でバーナードが口を開く。



「ずいぶん人間らしくなったじゃねぇか、アイツ」

「…あぁ、そうだな」

「全く、どこの誰に似たんだか…『薬』の話はしたのか?」

「…それを教えて利益が出ると思うか?」

「あーすまん、前言撤回だ」

「…あいつァまだガキンチョなんだよ、そんなこと教えたところで『獣』に下るのが関の山だ」

「世の中そんなに甘くない…か。ま、しょうがねぇな…マスター、腹減ったからなんか作ってくれねぇか?」



バーナードがそう言うと厨房の奥のモリソンが了承の合図を出す。

暫くするとモリソンが二人分の料理を持って二人に提供する。



「はい、採れたて野菜のグラタンと、カニミソのチョコレート煮です」

「「………」」

「おや?如何致しましたかな?」

「…マスター、よくこんなことできるな…」

「ほほほ、なんのことでしょうねぇ?」



モリソンは営業スマイルを絶やさず続ける。



「ああそれと、お仕事疲れの中申し訳ないのですが、お店の片付けを手伝ってもらえませんかね?貴方方が座っている辺りが特に汚れていますので」

「…だそうだ、ガズベルグ」

「…ヒヒッ、これを笑顔のまま平然とやるんだぜ?オレぁこの世でマスターが一番おっかねぇと思うなぁ」

「ああ、同感だな…」



二人は諦めたように渋々と料理を口へと運ぶ。普段は酒を飲んで止まらない会話を繰り広げる彼らだが、この時ばかりはこの場にいないかのように静かであったという。






前回から半月ほど間が空いてしまいましたが、お待たせ致しました、第二部七話になります。


結構感情的になりましたね、ジャーノンさん。精神的に余裕が無いときは誰だって感情的になるものです(いいのかそれで)

さて今回も場面の詰め込みとガズベルグのせいでかなり文字数が増えてしまいました。場面としてはジャーノンがバーナードを殴っただけなんですが、いろいろと新たな情報が見えてきましたね。



さて次回はどのように物語が動くのか、首を長くしてお待ちください。


評価やコメントなど、気分が良ければ書いていって下さいませ~

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