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銀狐のアルジャーノン  作者: みょみょっくす
第二部 ルーザーチルドレン
17/33

ドラッグチェイサーズ



麻薬…それは私が特に嫌いとするものだ。幻覚を見せ、脳を破壊し、快楽に溺れさせる…一度犯せばその虜になり、抜け出すことのできない蜘蛛の糸。己の悦と引き換えに、その人間性すらも崩壊させかねない魔の薬。

私は今までいくつもの取引現場を目撃し、それを破壊してきた。それはこの男にこれが『わるいもの』だと教え込まれたからだ。今まで私は、これを撲滅する側の人間だった…。

だが今回はどうだ?大金の口車に乗せられ、知らず知らずにその片棒を担がされた…いや、中身を確認する機会はいくらでもあった筈だ。何なら最初から問い詰めておけば、こんなことにはならなかった…甘い、甘すぎるぞ私、何をやっているんだ…!!

…いや違う、最初から「知ろうとしなかった」…生温い判断だった。全ての責任はルギスが被ればいいと、金が貰えれば何でもいいと油断した…油断してたからこそ、アナグマの奇襲に気付かなかった。そして「こんなことはしないだろう」とタカを括って依頼主を信用した…!!

自分が薬の輸送をしてしまった愚かさもそうだが、正義を掲げる男が何をやっているんだ…バーナード…アンタは一体、何がしたいんだ…っ!!



「…クソがっ!!」

「誰の依頼に加担してたのかは敢えて聞かねぇが、その感じだと詳細は聞かされてなかったみたいだな」

「ああ、こんな話は聞いてねぇ…あの男、今すぐ帰って問い質してやるっ!!」

「待てよ」



立ち去ろうとする私の肩をレンドロスが引き留める。掴んだその手を払い除け、この男を睨みつける。



「なんだよ」

「この依頼そのものがお前のポリシーに反しているのは俺もよく分かってる。だが『依頼』は『依頼』だ、依頼を守らねぇ傭兵が一流とは言えないだろうがよ」

「だが…アンタも不本意だろこんなの…!」

「受けちまったモンは仕方ねぇだろ。お前が何にキレてんのかは知らねぇが、そんなもん全て終わった後でいい。公私を混同するな」

「…ああ、分かったよ…頭が冷えた」



…ああそうだ、元はと言えば私がこんな依頼を受けちまったのが悪い。他人にキレ散らかしてもそれは拭いようの無い事実だ。だからこそ、自分の判断の甘さに腹が立つ…。

だがこれは私の仕事で、私の失態だ…もう取り乱さない。必ずアナグマとやらをとっ捕まえて依頼を完遂する。そしてガズベルグ共々、あのクソ犬に灸を据えてやる…。



「それに、ヤクを売り捌く業者よりいち一般人にそれを持ってかれたほうが状況としてはヤバい。正式な売買ルートがある業者と違って、どこにどうばら撒かれるのか知れたもんじゃねぇからな」

「そんなのがこの街で横行してんなら、今頃この街の治安は崩壊してんだろ。てか、この街の自警団とやらはそこら辺把握してるのか?」

「あんだけハデに悪事を働いてるヤツらだ、知らないワケが無ぇ。だが、厳密に『何が』盗まれているかまでは知らねぇんじゃないかな?」

「そもそも麻薬自体が密売の品だからな…商人側もそこにはシラを切り続けてるってことか…」

「そんなとこだろう。何かを盗まれているが、街に対して目立った損害が出ているわけでもない…だから事件性が無ぇんだろうよ。そんなことより、今はトラッシュラインのが問題だしな」

「なるほど。で、アンタみたいな他所から来た雇われ者が駆り出されてるワケか…」

「粗方そんな感じさ。俺はこの件を通して密売ルートを割り出そうと考えている…まあ、十中八九カンパニーが絡んでいることは間違いないんだがな」

「商人どもに手助けするフリしてその根本を潰そうってハラか。アンタもなかなかに悪い奴だな」

「俺はあくまで悪行で生きてる奴らに更生の余地を与えてやるってだけさ」

「ハァ…モノは言いようね」



こいつもこいつでなかなか隅に置けない男だな。

しかしその麻薬の運搬を依頼した奴が友人の、しかも街の秩序と正義を正す保安官だった場合どんな顔をするのだろうか…。

こいつにバーナードの名前を出さなかったのは依頼の機密性保持と、私のせめてもの恩情だ。駄犬の行いは、今こいつが言った正義の在り方に真っ向から反する行為だからな。私が今口を開けば、あいつの信用をへし折ることだって簡単に出来るんだ…。

だからやらない。人の関係を引っ掻き回すのは趣味じゃない…そんなことをしてしまったら、私もあの狼男と同じになってしまう。陰湿なのは嫌いなんだ。何より、あいつにブチ当てる一発目の拳は自分の拳の方がいい。



「で、どうするんだいこの後は。アナグマの塒に殴り込みかい?」

「殴り込もうったってまずは拠点を突き止めないワケには…」

「あ?低層56番街じゃないのか?」

「おま…その情報どこで仕入れてきやがった…!?」

「え?いや、さっき事故った時に偶然居合わせた男がそう言っていたが…」

「でかしたぜアルジャーノン!これで一気に事が進む!」

「お、おい待てよ!これが本当かどうかなんて分かんないだろ?」

「ああ。だが、仮に誤情報だったとしても一つの『目』は潰せる。この街ァ入り組みすぎてて虱潰しに捜索しようにも手が出し辛いからなぁ」

「…ハァ。その様子じゃ、結局アンタの方も捜索は難航してたのね」

「言っとくがまだこの街に着いて2日しか経ってないからな、そんな隅々まで見て回れねぇよ」

「アルがいて助かったわね。じゃ、一緒にブン殴りに行きましょうか」



真偽のほどは定かではないが、とりあえずの方針は決まった。こんな所で油売ってるより、まずは足を動かせということだ。

低層56番街…殆ど情報を持っていない私達にとって、数少ない明確な情報の一つだ。そこに行けば、少しは何か手掛かりが得られることだろう。

…しかし、悔しいがやはりこの男といると自然と安心する。さっきの言葉を投げかけてくれたのがこいつで無かったなら、今頃私はこの依頼を反故にしていただろう。そうすれば私は、こいつを黙らせられるような一流の傭兵から遠ざかってた。

ひび割れた大剣を担いで目的地を目指すその姿は、思い出したくもない修業時代を思い出す。何だかんだでこいつの存在は、私の中に強く居座っているようだ。




………




「低層56番街…確かに物騒な場所じゃねえか」

「聞き込みしたやつらの顔見りゃ予想できてたろ?」



辿り着いたのは人っ子一人いない空洞のような通路。岸壁に広がる居住区の最下層、支柱にあたる場所。上部に積み重なる居住区により天からの光は遮られ、既に使われなくなった採掘機や炭鉱整備用の木材などが無造作に積み上げられている。時折現れる家屋は古いレンガ造り等で時代を感じさせる…恐らくここがカンバスタとして発展する以前、廃坑の居住区だった頃からのものだろう。上部の敷板の隙間から差し込む僅かな光だけが道しるべとなり、私達の足元を照らしている。



「しっかし、どこの街にもこういうとこはあるんだなぁ」

「当たり前だ、綺麗なモンってのは汚いモンが無ぇと存在しないからよ」

「なに上手いこと言ったみたいな顔してんのよ、そんなの当たり前でしょ」

「じゃあその価値観ってのは、誰が決めると思う?」

「はぁ?そんなの個々の主観よ」

「ああ確かにそうだが、その主観を育むのはそいつらが住む環境だ。そして環境は価値観によりアップデートされる」

「環境と価値観は相互の関係ってことね…で、結局何が言いたいワケ?」

「価値観が新しい人間ほど変化を受け入れる、逆に凝り固まった価値観を持ってる奴ほど排他的だ…そう思うだろ?お迎えの皆さん」



何処から出てきたかぞろぞろと、気付けば私達の周辺を数十人ほどの男が囲んでいる。

虚ろな目には敵意を秘め、その手には各々がハンマーやノコギリといった『武器』を手にしている。身軽で貧相な服装はどう考えても採掘作業員とは思えない。



「なるほど、確かに排他的だな」

「気を付けろよアルジャーノン、この手の輩は『無敵』だ。どんなことやらかすか分かったもんじゃねぇぞ」

「何を今更…だったら、アルたちだって同じじゃないか!」



悲鳴のような叫び声を上げながら取り囲んだ輪が収束していく。その様子は人間というより獲物に飛び付くハイエナだ。

レンドロスは背中の剣を抜き、私も手にナイフとスタングレネードを忍ばせる。統率の無いゴロツキどもが眼前に壁となって襲い来る。



「よぅしアルジャーノン、久しぶりに若い頃のおさらいと行こうぜ!レクチャーその①『不慣れな地形で集団に囲まれた時は?』」

「アレをやんのかよ!アンサー『得意な環境を作り出して数的有利を切り崩せ!』」

「上出来だ!」



手にしたスタングレネードを地面へ投げつける。辺り一帯を閃光が迸り、その衝撃で間近の数人が大きく仰け反る。取り囲む円の中心から花開くように怯んでいく様は見降ろしたらさぞ綺麗な光景なのだろう。

立て続けに今度はスモークグレネードを取り出し、辺り一面を煙に巻く。こうなれば、後は『烈波の赤獅子』の独壇場だ。

あちこちでばたばたと人が倒れる音がする。当時は気配を辿っても分からなかったレンドロスの姿がよく分かる。剣の先端で相手の武器を払い除けながら、剣の腹の部分を押し当てるような感じで押し倒していく。それでいて誰一人として殺すことはない、鮮やかな手捌きだ。

同じことをやろうとした過去の不器用な私を思い出す…確かにあの一件は、この動きを見たら誉められたもんじゃない。



「うわああぁぁぁあ!!!!」

「おっと危ない」



レンドロスをまじまじと見ていたら錯乱した男に切りかかられた。だが粗雑な動きを見切るのは容易い。振り下ろしてバランスが崩れたところをナイフで払い落とし、そのまま右肘のエルボーで水下を突く。相手は腹這いになって気絶した。今の私ならこれくらいできる、過去の自分より少しは成長したんじゃないだろうか?



「…しかしまぁ、なんとも気味悪ぃ奴らだな。まるで生気を感じねぇ」

「ああホント、何なんだこいつら…これがアナグマってのなのか…?」



普通ゴロツキならゴロツキなりに統率を持って生きているもんだ。こういった集団で獲物を仕留める時は特に。だが今相手にしているこいつ等にはまるで動きの一貫性が無い。この煙幕の中で集団ってのは少なくとも声を掛け合って連携を取ったりだとかするもんだが、それが無い。

だからと言って仮にこいつらが中毒者(ジャンキー)だったとしたら、まずここまで単調な動作はしない筈だ。確かに目は虚ろだし奇声は聞こえるが…この煙幕の中であまりにも平然とし過ぎている。いくらすっ転ばせてもすぐに立ち上がって襲ってくるし、そして何よりこの人数で殆ど同士討ちをしていない。パニックに陥っている奴もいないようだ。



「はぁ…まるでゾンビだな」

「ゾンビを見たことが、あるのか?」

「い~や、ゾンビがいたらこんな感じなんだろうと思ってな。そんなことよりさっさと伸しちまおう、こいつらじゃ話にならん」

「そうだな、ペース上げるぞアルジャーノン、一人も殺すなよ!」

「後遺症くらいは大目に見てくれよ!」



晴れかけてきたスモークを再度焚きなおし、一気に攻勢をかける。

レンドロスは大剣を横に構えて包囲の密集する中を強引に押し進み、私はチェーンを取り出して相手の足へ絡ませ、引き摺り転ばせていく。こんな何を目的に私達を襲ってるのかさえ分からない集団に時間を費やしているわけにはいかない。この数十人の包囲網を混乱に乗じて一気に切り崩していく。



「…っ!?待てレンドロス、一旦伏せろ!」

「なにが来るってんだ?」

「嫌な『音』がするんだよっ!!」



空洞に広がり充満するスモークの中を突っ切り、奥側へと抜けようとしたその時だった。

風が僅かに揺れ、煙とゴロツキどもの声の間から脳を揺さぶるような高音が鳴り響いてきた…そう、あの時に聞こえた音とそっくりの音だ。次第に音の波が大きくなってくる…私はこの音が目の前から迫ってくることを直感し、転げるようにして通路の端に積み上げらえた木材の裏へと避けた。

その瞬間、煙に覆われていた空洞が一瞬にして明るくなった。巻き上がる強風によって周囲の煙は押し流され、その場にいたゴロツキどもも耐えられずに吹っ飛んでいく。レンドロスは身を屈め、大剣を地面に突き刺し重石として耐えている。一陣の風が過ぎ去った後、私とレンドロスは風が過ぎ去った方向へと目を向ける。

風を起こした犯人は狭い空洞の中を軽やかに旋回し、今度は両手に機関銃を構えて乱射しながら戻ってきた。辺り一面に銃弾をばら撒きながら恐ろしい速度でこちらへと飛んでくる。私はレンドロスにチェーンを掴ませ、それを思い切り引き寄せた。



「あっっぶねぇ!なんなんだ一体…」

「肝を冷やしたな…感謝しろよオッサン、アルがいなきゃ蜂の巣だったぜ」

「いやぁ悪い、流石の俺も面食らったわ…あんなのは初めてだ」

「初めてだって?」

「ああ、実際に遭遇するのは初めてだ、あれが噂のアナグマってのか」

「恐らくそうだろうな。まさか本当に人が飛んでるとはなぁ…」



銃弾の雨が眼前を過ぎ去っていく…間一髪、雨あられに晒されることだけは回避した。

しかし無傷とはいかなかったようだ、レンドロスの足に二発ほど銃弾が掠った痕跡が見受けられる。ここにきて頼もしい肉壁の機動力が無くなるとなると、空飛ぶアレをとっ捕まえるのは骨が折れるだろう。

一先ず私はレンドロスを支え、木材の裏側へと回り込む。図体のデカい男が入るにはやや窮屈な場所だが、今のところ追撃を回避できる手短な遮蔽物となるとここくらいしかない。



「オイオイオイオイ~始末できてねーじゃないか!言われた仕事もできねーのかウスノロどもが!」



おあつらえ向きに空いた木材の隙間から飛来した影を覗き込む。罵声を吐き散らしながらゆっくりと地面へ降下したその影は着陸と同時に大量の蒸気を噴き上げる。蒸気の中から現れたのは、両手に機関銃、顔にはゴーグル、飛行服を着用した小柄な少年。少年の背中には左右に広がった革張りの巨大な翼と、炎と蒸気を噴き出す機械…恐らくはあれが空を飛ぶための動力炉と言ったところか。

青年は蒸気をかき分け歩くと、近場に転がっていたゴロツキの一人をその重厚そうな靴で踏みつける。



「これだから『家族レギオン』ってのは嫌なんだよ!ほら起きろ、さっさと立ちやがれ」

「ぐっ…!ううっ……!!ジ、ジャックさん…痛いっす……やめてくだせぇ…!!」

「オメーにはあえてタマを当ててなかったんだよ、ハッピーだろ?オルランくん」

「は、はい…!!ありがとうございます……ありがとうございます……!!」



見るからにゴロツキの方が一回り…いや二回りほど歳が行ってそうだが、それをアゴで扱うあたりあの少年の方が組織内では格上なのだろう…自分より若いやつにコキ使われるってのはなかなか屈辱的だろう。



「どーせだから全員一緒に殺っちまうのも良かったんだけどよ、ジョンからオメーだけ『まだ正気』って聞いてたからよぉ、仲良くしようぜぇ?帰ったらきっとマザーも褒めてくれるさぁ」

「あ…ありがたいです……ありがたい……ううっ…!」

「………。」



直後、パパンと二発の銃声が聞こえた。どうやらゴロツキのオッサンは上司のお眼鏡には敵わなかったようだ…。



「やっぱダメだなコイツも、おなじセリフしか喋らねぇ。つまんねぇなあ……なあそう思うだろ?そこに隠れてンのは分かってんだぜ?」



そう言いながら少年は両手の銃をしまい、こちらへと会話を飛ばしてくる。どうやら私達がここに隠れていることくらいお見通しなようだ。

だが、下手に会話をする必要もない。この状況じゃ私達の方が圧倒的に不利であるし、さっきの言動を見る限り相当なイカレ野郎であることは確かだ。何か気分を害したら対話どころの騒ぎじゃなくなる。ここは暫く、無言を通す。



「………。」

「…ノーコメントすか。ハァ~ァ、どいつもこいつもつまんねーヤツらばっかり」

「………。」

「ッチ、意地でも喋んねーのか…まあいいや。今日はコッチのザコどもが迷惑かけたなぁ、ホントはウチが帰ってくる前までにしっかり始末してもらってるつもりだったんだが、残念ながらまだピンピンしてるみてーじゃん」

「………。」

「だからそれの餞別ってことで…こいつだけ渡しとくぜ。殺したいのもヤマヤマなんだが、どーせコレ渡せばその必要も無くなるだろうからな~カッハッハ!ほらよっ、さっさと出てきて拾っときなっ!」



そう言って少年はまた炎と煙を噴き上げながら空へと浮きあがり、耳の痛い轟音を響かせながら通路の奥へと飛んで行った…。音が完全に消えるのを見計らい、窮屈な木材の裏の隙間から抜け出してくる。

彼が残していったのは木箱…そう、私達が輸送を行っていたあの木箱である。



「…案の定、中身はカラか。」

「してやられたなぁこりゃ…俺達は完璧に袋の鼠だったってワケだ」

「ああ、そうだな…」

「あいつらがアナグマってので間違いないのは確かだろうが、まさかあんなイカレたガキがそうだったとはなぁ…先が思いやられるぜ」

「…なぁオッサン、アルの勘が正しければの話なんだが、一つ聞いてくれないか?」

「…どうした、アルジャーノン」

「アル達がここに来る途中…いや、ここの通路に入る少し前から、お前は『普通の人』ってのを見たか?」

「『普通の人』だと?確かにここにいる奴らは皆…いや待てよ?そういえば…」

「ああ。そしてここは居住区の支柱に遮られた日陰街、勿論その入り口も居住区に遮られて『外からは確認できない』筈だよな?」

「あ、ああ…確かにそうだ」

「…ああクソ、嫌な予感がしてきた。」



カラになった木箱を見て、背後から刃物で刺されるような焦燥感に見舞われる。仮にこの街で起きた一連の騒動が『偶然ではない』としたら…そんな悪い憶測が高速で脳内を駆け巡る。

どのみちレンドロスの足も処置しなければいけない…無駄な杞憂であってくれと願いつつ、私たちはルギスが休んでいる『筈の』病院へと撤退した。




……………




「…足の調子は?」

「お陰様で。お前が早めに戻ろうなんて言ってくれて助かったぜ」



引き返せばすでに日も落ちる頃。峡谷の街は赤から青へと色を変える。

治療を終えたレンドロスと共に医師が待合室へと降りてくる。



「なあドクター、一つ訪ねたいことがあるんだが…」

「御連れ様…如何致しました?」

「この病院にルギスって男は来なかったか?」

「ルギス…はて?そのような名前の患者様は、今日はお目見えしてませんねぇ」

「…っ!!」



嫌な予感が確信に変わった。私はすぐさま病院を抜け出し、夜の街へと駆け出した。

あの場所に奴らが『偶然いた』んじゃなく、あの場所に奴らが『待機』していたとしたら…

あの場所が奴らの『拠点』ではなく、あの場所が奴らの『狩場』だとしたら…

あの時私達を狙ったのが『計画的』な犯行であるならば、その時既に疑うべきだった…

焦りと情報の少なさから私達は判断を謝った…『無知』故に、あの立地の特徴を把握しきれなかった…

思えば最初から胡散臭い展開だった…何故初めから、あの言葉を信じたんだ。



『…低層56番街、そこに奴らが出入りしてるのを見たことがある』



ガキのそんな言葉、普通だったら信じねぇだろ…っ!!



「っ!!!!……はぁ!!……はぁ!………はぁ………」



この街は昼と夜の寒暖差が激しい。昼は汗を掻くほど暑く、夜は悴むほど寒いのだ。

彼を見つけたのは日も落ちきった頃だった。これから徐々に寒さが増してくる頃合いだった。

街の灯が灯り始め、これから各所で酒宴が開かれる……

―――そんな喧騒の中で、彼の身体だけが、真夜中のように冷え切っていた。




「……依頼失敗だ。」




第二部、第六話になります。

さよならルギス君、短い間ながらも活躍してくれてありがとう。

さてさて、ルギス君は死に、依頼品の麻薬は強奪され、仕事としては完全に失敗したアルジャーノン、今後彼女が取る行動とは一体…?



それでは、次回もお楽しみにお待ちください!

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