そう呼ばれた
―――覚えているのは、ほんの僅かな記憶だけ。
母親に手を引かれ、大きな神社に行った時のことさ。立ち並ぶ桜並木がまるで雲のように美しくて、降り積もる雪がまるで宝石のように輝いていて―――そんな参道に目を奪われながら歩いていた。
しかし、余所見をしながら歩いていたんだ。当然、はぐれてしまったよ。
私は一人、参道の真ん中に取り残されてしまったんだ。
いくら呼んでも、泣いても、母が戻って来ることはない。
いくら走り、彷徨っても、参道を抜けることはない。
子供ながらに途方に暮れた。
そんな時さ。シャンシャンと鳴る鈴の音が、参道の彼方から聞こえてきた。
呼んでいるのかもしれない、誰かがいるのかもしれない。そう思って、一目散に走った。
―――ここまでが、私が覚えていること。気が付いたら私は赤い鬣の男の背にいた。見たことも、出会ったこともない、それでも不思議と落ち着く、そんな男だった。男は、目覚めた私にこう囁いた。
「大丈夫か、アルジャーノン。また悪夢に魘されたのか?」
―――悪夢?
―――そうか。私の記憶は夢だったのか。
唯一にして鮮明に覚えている『現のような夢』だったのか……なかなか滑稽な話だろう?自分でも自分が何者か、分からなくなってしまったよ。
でも仮にだ、もし私の記憶が本当で、この男が夢であるならば、いつかこの夢は覚めるのだろうか?私がいる場所は、『現のような夢』なのか、『夢のような現』なのか…
……ふう、考えても仕方がないことさ。
簡単な話だ、目覚めてしまった方を生きればいい。さっきから心配そうな顔を向けるこの男にも悪いしな。
「うん、大丈夫。アルジャーノンは平気だよ」
私は男にそう返し、大きなその背を降り、歩きだした。
私の名前はアルジャーノン。呼ばれたから、名前はそれに決めた。今どき自己の曖昧なヤツなんて、そこまで珍しくも無いだろう。
はじめましての方しかいないと思います、みょみょっくすです。
絵にしても文章にしても、創作物を世に出すという行為を怠り続けて幾星霜、いい加減ネットワークというものに馴染み始めようかと思い立った齢二十の中頃
試しにということで、しばらく前から友人に送り付けていたちょっとしたお話を、思い切ってネットの海に放流してみようかなと思い立ったわけです。
今回のお話に出てくるアルジャーノンという娘は、俗にいう「うちのこ」という奴です。
…と言っても、知名度も何もかもありません。なにせよ発信力というものが足りてないもので。
絵にしても力量不足甚だしいもので、ならば文章にして彼女に性格付けを行おうと、そういった試みで書き綴ったものです。今回のはざっくりとプロローグですね。本編はまた後日、ストック分からのんびりとあげていくことにしましょう。
もし私の自己満足の駄文に付き合ってくれる方がいるのであれば、その際はあまり期待せずお待ちくださいませ。




