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    Ⅱ.宿命の姫君


右へ左へ。

どこまでも続く廊下はまるで迷路。城内は思った以上に広く、今私がいるこの部屋に辿り着くまで思いの外時間がかかった。


通された部屋はやけに広く、無駄に豪華。立派過ぎるその部屋はまるで王族の部屋。……と言っても王族の部屋なんて見たことがないから私の勝手なイメージでしかないのだけれど。部屋に入ると私はすぐに椅子に座らされ、簡単な手当てを受けた。軽い捻挫だったらしく、すぐに良くなるだろうと告げられた。


手当てを終えた今、このだだっ広い部屋にいるのは私ひとり。メイド達は手当てを終えると私に一着のドレスを渡し、ユノとアシルが後程迎えに来ることを告げ、部屋から出て行った。私は渡されたドレスを広げ、かれこれ数十分程それと睨めっこを繰り返している。何故私がそんなことをしているのか。その原因はこのドレスのデザインにある。黒を基調としたそれはフリル、レース、リボンが多用され、色こそ落ち着いているもののデザインはかなり少女趣味なものだった。ドレスの他に黒のブーツとこれまたレースたっぷりのヘッドドレスも渡されている。


可愛い。とても可愛いのだけれど、これを着るのは少々抵抗があった。普段着というよりは衣装に近い。着替えるよう直接言われた訳ではないけれど、ドレスを渡したということはやはり着替えろという意味なのだろう。お城ではそれ相応の格好をしなくてはいけないのだろうか。そんなことを考えていると不意に誰かがドアをノックした。コンコンと小気味の良い音が響く。


「はーい」


ドアを開けるとそこにはユノとアシルの姿があった。


「おや、着替えはまだお済みでないですか?」


出逢った時と変わらぬ私の身なりにユノは首を傾げる。やはりあのドレスに着替えるべきだったようだ。


「ごめんなさい」


すぐ着替えるから、と私はくるりと踵を返し、部屋の中へと引き返す。しかし、扉を閉めようとしたところをやんわりとユノに引き止められた。


「いえ、着替えは後程で構いません。先にお話ししたいことがあります」









 †



「どうぞ」


スッと椅子が引かれ、そこへ座るよう促される。ユノとアシルに連れられ、私はまた別の部屋へと通された。落ち着いた雰囲気のよく整理されたその部屋はユノの自室だそうで、私が最初に通された部屋程広くはないものの一般的なそれと比べたら十分過ぎる程広いと思われた。話とは何だろうか。私が緊張の面持ちで見つめる中、ユノがゆっくりと口を開いた。


「姫、単刀直入に言います」


どくんと心臓が脈打つ。ジッと彼を見据え、私は次の言葉を待った。話の内容が気になる一方、聞くのが怖い、そう感じている自分がいた。不意に生まれたその恐怖心はきっとこの重々しい沈黙のせい。


「……貴女には薔薇戦争ローズゲームに参加して頂きます」


「……ろーず、げーむ……?」


聞いたことのない言葉に私は幼子のようにそれを繰り返す。きょとんと首を傾げる私に今度はアシルが口を開いた。


「簡単に言えば権力争いだよ。互いの姫を殺し合うんだ。武器は何を使おうが自由。どんな手を使っても構わない。最後まで姫が生き残った一族の勝ち。単純だろ?」


「……えっ」


言葉が出て来なかった。恐怖からではない。彼の言葉に実感が持てなかった。殺し合い、それは平和な毎日を過ごしてきた私にとって余りにも無縁の言葉だったから。アシルの言う“姫”が自分を指していることは理解できたが、まるで他人ごとのように思えた。しかし、そう思えたのも束の間、不意にあの銀灰色の瞳が脳裏をよぎった。殺されかけた事実。アシルの言葉が急に現実味を帯びる。それを認めた途端、サッと血の気が引いた。


殺し合い、自分の中で繰り返されるその言葉を振り払うかのように、私は目の前のテーブルにバンッと手をつき、勢い良く立ち上がった。その反動で椅子が倒れ、派手な音を立てる。何か訴えようと口を開いたが、交錯する様々な思いが浮かんでは消え、また浮かんでは消え、ただそれを繰り返すばかりで、結局は何も言うことができなかった。突然立ち上がった私にユノとアシルは一瞬驚いた様子を見せたが、そんな私の行動も想定の範囲内だったのか、ふたり共特に慌てた素振りなどは見せなかった。


「すいません。いきなりこんな話をされても困りますよね。これから詳しい話をさせて頂きますので」


ユノは私の傍へと歩み寄ると、倒された椅子を起こし、そこへもう一度座るよう促した。思考がままならない私は彼に従う他なく、素直にその椅子に座り直す。それを確認するとユノは再び口を開いた。


「少し長くなると思いますが、聞いて下さい」










 +―…+†+…―+



もう既に話したことですが、ここは姫の世界とは全く別の世界。姫から見ると異世界ということになりますね。と言っても華の国と人間界に全く繋がりがないという訳ではないのです。『狭間』と呼ばれる場所によってふたつの世界は僅かですが繋がっています。


あの暗闇がそうなのかって? いえ、あれは只の通り道です。姫と僕らが出逢ったあの街が狭間と呼ばれる場所です。姫が幼い頃から住んでいる街とよく似ていたかもしれませんが、あの場所こそが狭間なんです。狭間は、はっきりとした形を持たないんですよ。常に変化し続ける場所なんです。あの街にいたのは僕らと姫、そして白薔薇。他に人影はなかったでしょう? これが何よりの証拠です。あの時、狭間が姫の住んでいる街の姿をしていたのは、姫が無意識の内に迷い込んだためでしょう。そして、狭間を通って華の国と人間界を行き来することができるのは、薔薇族だけなんです。ここまではわかりましたか?


それではそろそろ本題に入りましょうか。ローズゲームとは何か、なぜ貴女が参加しなくてはいけないのか、お話します。


華の国には様々な種族の者達が暮らしています。そして、この華の国を治めているのが僕ら、薔薇族です。薔薇族は紅、青、黄、白、黒の五つの一族に分かれています。各一族の中から有力者をひとりずつ出し合い、その選ばれた五人の有力者を中心に政治を行ってきました。わかりづらいですか? 簡単に言えば王様が五人いるようなものです。


これから少し昔話をしますね。えっ? 唐突じゃないかって? 細かいことは気にしないで下さい。


王が五人もいれば、時に意見の食い違いが起きてもおかしくありませんよね? 意見の食い違いがやがて争いに発展し、ついには薔薇族内で内戦が起こってしまいました。争いが静まる気配は全く感じられず、内戦は激しくなる一方。国民は動揺し、国の均衡は瞬く間に崩れていきました。


そんな絶望的な状況の中、争いを鎮めようと立ち上がった方々がいらっしゃっいました。その方々が先代の薔薇族の姫君方。紅、青、黄、白、黒の5人の姫君は手を取り合い、懸命に説得を続けました。しかし、誰ひとりとして彼女達の言葉に耳を傾けようとした者はいなかったのです。嘆き悲しんだ姫君は狭間を通り、人間界に姿を消してしまいました。


必死の捜索が行われましたが、姫君は誰ひとりとして見つかることはありませんでした。そして、最悪なことに姫がいなくなってしまったのはお前のせいだ、と責任を押し付け合い、争いは更に激しさを増してしまったのです。


このままでは国が壊滅してしまう。そこで提案されたのがローズゲーム。姫君の生まれ変わりの少女をこちらに招き、殺し合い、最後まで生き残った一族に最高権力を与える。有力者達は、姫君の生まれ変わりが誕生するまで休戦とすると、そして、姫君の生まれ変わりが揃った時、この戦いに終止符を打つと、宣言しました。










 +―…+†+…―+



「……時代は巡り、ついにその日を迎えてしまった訳です」


「……うそよ……」


私は小さく呟いた。思考がついていかず、言葉が出て来ない。この一言が今の私の精一杯だった。


「先程も話しましたが、狭間を通ることができるのは薔薇族のみ。普通、人間は華の国に来ることはできないんです。姫でなければ貴女は今、ここにいるはずがありません」


これが夢ならどんなに救われただろう。うそよ、もう一度呟いたその声は情けない程震えていた。

彼らの話からすれば私以外に姫の生まれ変わりは後四人。その中で生き残れるのはたったひとり。突然突きつけられた殺人ゲーム。そこに私の意志など存在しない。余りにも理不尽に思えた。


「……そんなの、身勝手だわ……」


次の瞬間、一粒の涙が零れた。それは堰を切ったように次々と溢れ出し、私の頬を濡らしていく。


「大丈夫だって! 俺らがしっかり護ってやるから」


励ますようにアシルが私の肩に触れた。大丈夫、護ってやる、アシルは明るく振る舞ってみせるけど、今の私には何の気休めにもならず、ただ頬を伝う涙を拭うことしかできなかった。










他の誰かを犠牲にしてまでも生き抜くか、自ら破滅の道を選ぶか。あなたならどちらを選びますか?

歯車は大きく狂い始めた。いや、初めから歪んでいたのかもしれない。

さぁ、ゲームを始めよう。悪夢という名のゲームを──。



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