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最終章 Ⅰ.終焉カタストロフィー


歪な歯車は回り、駒は進む。薔薇が散り、残酷劇はオワリへ。


黒薔薇の少女はエンディングへの道を辿る。その先に待つのは最後の……。


さぁ、ゲームの勝者は誰?










 +―…+†+…―+



『これだけは覚えておいて。俺とユノに何かあってもあんたは振り返らず進むんだ』


初めて彼らと出逢ったあの日、アシルが言ったこの言葉。私に重くのしかかる。知ってしまったのは、誰かを失う恐怖と誰も救えない無力な自分──。




私達は再び夜を迎えた。それ程遠くない場所から時折響く銃声や爆発音。それはこの近くに薔薇族達が潜んでいる可能性を示唆している。そう思うと不安や恐怖が込み上げ、心が押し潰されるような錯覚に襲われた。フラッシュバックする、鮮血に染まる赤と黒の薔薇。不協和音の轟きに私はユノのジャケットを握り締める。失わないように強く強く握り締める。その度にユノは、救いを求めるその手を強くされど優しく握り返してくれた。それが今の私の支えだった。


「……? どうし……」


不意に細められた漆黒の瞳が異変を告げる。口を開けば、シッと短く黙るように指示され、私は言葉を飲み込んだ。ユノはジッと前方を見据え、背中で私を庇う。見えない恐怖に息が詰まるような思いがした。


徐々に聞こえてきたのは複数の足音。次第に大きくなるそれが私達に近付く。迫る恐怖に鼓動が早まり、うるさいくらいの心音が全身に響く。


すぐそこまで近付く気配。木々の隙間から除いたのは風に躍る純白のドレス。そこに立つ人影に私は息を飲んだ。


銀髪に黒縁の眼鏡、忘れもしない冷たく鋭い銀灰色の瞳。白薔薇の騎士、ジャン=カルヴァート。しかし、私の視線を捕らえて離さないのは彼ではなくその隣。栗色の髪に純白のドレス、懐かしい柔らかな琥珀色の瞳。ふとよぎったのは人のいない街とユノの言葉。


『あの街にいたのは僕らと姫、そして白薔薇。他に人影はなかったでしょう?』


人の消えた街、薔薇族以外の侵入を許さない“狭間”。私はひとりだった? 違う、私はあの街を彼女と歩いていた。そこにいた私は薔薇姫であり、私の隣で微笑んでいた彼女もまた薔薇姫でなければ矛盾が生じる。彼の言う白薔薇にはジャンだけでなく彼女も含まれていたというのか。それならば、本格的にローズゲームが始まる前に私がジャンと出逢ってしまったのは、狙われた訳ではなく、黒と白の薔薇姫が傍にいたことによって引き起こされた偶然の不運だったのかもしれない。でも、どうして! 私と彼女が敵対することは生まれた時から決められていた運命だったの? 信じたくなかった。認めたくなかった。だけど、そこにいるのはまぎれもなく──。


「ロゼッ!」


思わず叫んだ瞬間、ユノに勢いよく口を塞がれた。しかし、時既に遅し。森に響いた私の声に瞬時にジャンが振り返り、ナイフを放った。突然のことにも拘わらずそのナイフは的確に私の額を狙う。間一髪のところでユノに強く腕を引かれ、それは私に頬に一筋の傷を残し、すぐ後ろに聳える大樹に音を立てて突き刺さった。


「アンジェ!」


琥珀色の双眼が私を捕らえる。驚きに染まるその声は紛れもなく私の大親友、ロゼッタ=スノードロップのものだった。こんな所で再会を果たすなんて思いもしなかった。


『薔薇姫の生まれ変わりがふたり以上生きている限りこの争いは終わらないんだよ?』


アイリスの言葉が頭の中で反響する。ロゼか私、どちらかが死ぬの? 脳裏によぎるのは最悪のシナリオ。――ダメ! そんなのダメ! 諦めちゃダメ、アイリスにそう言ったのは私でしょう? 悪い考えを必死に振り払う。しかし、脳裏に焼き付いたアイリスの亡骸がそれを阻んだ。


「彼女……白薔薇姫はアンジェリカの知り合いですか?」


前方を見据えたままユノは私に問うた。友達だと返せば、漆黒の瞳に迷いが生じる。彼はそれ以上何も言わなかった。いや、言えなかったの方が正しいのかもしれない。


「おや、あのうるさい馬鹿猿はどうしたんだ?」


「貴方の方こそクロムはどうしたんですか?」


ユノは銃に手を掛け、ジャンをめつける。ジャンの言う『馬鹿猿』とはアシルのことだろう。白薔薇もこちらと同じく騎士はジャンひとり、もうひとりの姿は見えない。


「どうやら条件は同じなようだな。まぁいい。後は黒薔薇おまえらだけだ。ここで潰してやる」


「……僕らだけ?」


「黄薔薇と青薔薇は俺が仕留めた。紅薔薇は逃したが、騎士はふたり共仕留めた。あの娘ももうどこかでくたばっているだろう。後は黒薔薇姫だけだ」


一瞬ユノのひょうじょうが曇ったような気がした。多くの薔薇達を手に掛けてきたというのに、そのことを淡々と語るジャンはまるで感情を持たない機械人形のように思えた。――命を奪うことを何とも思わないの? 生まれた感情は悲しみに似た恐怖。


「……そうですか。ですが、アンジェリカは僕が護ります、必ず!」


ユノは銃を抜き、引き金を引いた。それに素早く反応したジャンは目にも止まらぬ速さで剣を抜き、銃弾を弾き返す。


始まってしまったそれ、私は止めるすべを持たない。飛び交う恐怖に怯えながら私は黒薔薇の名を叫んだ。止められぬと知りながら、だけどこれが私にできる最後の足掻きだった。


谺した悲痛な叫びにユノは動きを鈍らせた。一瞬の迷いですら戦場では命取り。その隙をつき、ジャンはユノをかわし、一気に間合いを詰め私に迫った。無駄な抵抗は自身を窮地へ追い詰める。私の額目掛け躊躇いのない刃が向けられた。


「――!」


ぽたりと赤い滴が地へ落ちる。数センチ手前の切っ先。刃を濡らすそれはユノの拳から滴り落ちた。


私へ向けられたつるぎ。ユノは躊躇いなくその刀身を掴んだ。ポタポタと絶え間なく滴る鮮血。しかし、ユノはそれを離すことなく、そのまま銃を構え、引き金を引いた。瞬間、ジャンは飛び退いたが、彼の太ももを銃弾が貫く。低く呻いたジャンは着地と同時に地へ崩れ落ちた。


ユノは再び銃を構える。銃口が捕らえるは白薔薇姫。――止まらないの? 止められないの? 急速に速まる鼓動が警鐘を鳴らす。考えるより先に体が動いていた。


「ダメッ──!」



 パァンッ!



銃声が響く。悲鳴にも似たロゼの声が谺した。


脇腹をぬるりとした赤い液体が濡らす。ユノが引き金に手を掛けた瞬間、私は彼の前に飛び出していた。気付いた時には体が動いていた。それはほぼ無意識だったかもしれない。ユノは咄嗟に銃口を逸らしたが、銃弾は至近距離で私の脇腹を抉った。


傾く世界が歪む。



 ――約束


 守れなくてごめんね



薄れゆく意識の中、誰かに名前を呼ばれたような気がした──。



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