表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/18

    Ⅲ.黒衣のシュヴァリエ


『護らなくちゃ』じゃなくて『護りたい』。『義務的に』じゃなくて『純粋に』。自分のそんな気持ちに気付いたのはあの日から。じゃあ、そう思うようになったのはいつからだった?


今までにも護衛の仕事は何度かやったことがある。だけど、こんな風に思えたことなんて一度もなかった。俺達のことなんか少しも気遣わない護衛対象ゆうりょくしゃども。俺達が傷を負おうと奴等はお構いなし。有力者にとって俺達、騎士団員は使い捨ての駒に過ぎない。奴等にとっても俺達にとってもそれが当たり前だった。だけど、あの子は違う。一緒に過ごした時間はまだ短いけれど、少なくとも俺はそう感じたんだ。


――なぁ、俺達じゃあんたの傍にいてあげられないのかな……?










 +―…†…―+



薄暗い森の中、地面に座り込み、固い幹に背中を預ける。隣には黒衣の少女。朝からずっと強張っていた表情も今は安らかな寝顔へと変わっている。俺の肩に頭を預け、小さく寝息をたてるその姿に柄にもなく可愛いだなんて思ってしまった。吹き荒れていた風も穏やかになり、俺達を優しく撫ぜる。辺りは静まり、先程のことがまるで嘘のようだった。


「……はぁ」


無意識の内に零れる溜め息。こうも静かだとどうしてもあの日のことが頭をよぎる。俺らしくもない。自分でもそう思う。落ち着かないこの気持ち。それを無理矢理振り払うかのように俺はがしがしと乱暴に頭を掻いた。


「……アシル、何かあったんですか?」


不意に聞こえたユノの声に思わず肩が跳ねる。見ればユノは眉を顰め、怪訝そうに俺のことを見ていた。


「何だよユノ、まだ起きてたのか。俺が見張ってるからお前は休んでろって言ったろ?」


「そんな何度も溜め息をつかれちゃ寝るに寝れませんよ……」


うっ、と言葉に詰まる。誤魔化そうと思って無理矢理話を逸らしてみたけれど……駄目だ、これ以上言葉が出て来ない。


「…………悪ィ」


たっぷり間をあけて漸く出たのがこれだった。バカだな俺は。こんな態度をとったらユノに心配かけるだけだっていうのに。


「……何があったか知りませんが、相談くらいは乗りますよ? ……まぁ、無理に話せとは言いませんが」


「……あのな、俺……」


そこまで言って俺は口を閉ざした。実はユノに話すべきかどうかずっと迷っていた。強引に聞き出してくれれば楽なのにユノはいつもそうやって強く聞いてはくれない。口を開けては閉じ、また開けては閉じる。馬鹿の一つ覚えみたいにそれを繰り返す俺は端から見たら滑稽かもしれない。嫌な沈黙の中、ユノの怪訝な視線が痛い程に突き刺さる。話せば解決するかと聞かれれば答えはきっとイエスではないだろう。だけど……。


「……俺、聞いちゃったんだよ」


長い沈黙を静かに破り、躊躇いながらも俺はそう切り出した。


「何を、ですか……?」


眉を顰め、ユノは俺に問う。迷いは未だに消えてはいないが、ここまで言ったのだからもう話すしかないだろうと自分に言い聞かせ、俺はあの日のことを話し始めた──。










 +―…+†+…―+



あの日、外から戻って来た俺が部屋の扉を開けると、そこには華奢な腕に顔を埋めるアンジェリカの姿があった。一向に顔を上げようとしない彼女の様子にいつもと違う雰囲気を感じながらも話し掛けようと近づいたその時だ。僅かにアンジェリカの声が聞こえた。悲痛な声色に思わず彼女の肩に伸ばしかけた手が止まる。小さく震えるその声が紡ぎ出す言葉に俺は動揺した。アンジェリカが呟いたあの言葉。俺は今でも鮮明に覚えている。


――ふたりの傍にいるのは私じゃない。


――私はアンジェリカ、黒薔薇姫じゃない。


確かに彼女はこう言った。だから俺は彼女を『姫』ではなく、『アンジェリカ』と呼ぶことに決めた。だけど、結局のところそれは無意味だったのかもしれない。時折、アンジェリカは一瞬だけ悲しげな表情を見せることがあった。あれはきっと無意識なもの。恐らく彼女自身は気付いていない。あんな顔をさせたくなくて、彼女に本当の笑顔を見せて欲しくて……。だけど、その悲しげな表情は今もまだ消えてはいない。


今まで過ごしてきた境遇が違い過ぎるアンジェリカと俺達。たぶん俺には今の彼女の心境を理解してあげることはできない。だけど、アンジェリカにとって今の状況が酷なものだということは確かだ。もしかしたら彼女の苦しみは俺の想像を遥かに越えているのかもしれない。アンジェリカがずっと孤独を感じていたこと、それに気付いたのはあの日彼女の言葉を聞いてから。それまで何も気付いてやれなかった自分が腹立たしい。そして、気付いたところで何もできない自分がもどかしい。こんな想いを抱くなんて本当に俺らしくないと思う。


俺はいつから“アンジェリカ”を護っていたんだろう。初めは“姫”を守っていた。いつもより少しばかり大きなこの仕事。成功させれば多くのものを得ることができるだろう。だけど、俺は地位も名誉も莫大な報酬にも興味はない。彼女を護る理由はただひとつ。これが仕事だから。ただそれだけ。そのはずだった。だけど、気付けばどうだ。今俺が護っているのは黒薔薇姫ではなく、アンジェリカ=ローゼンノワールというひとりの少女。今まで誰かを護りたいだなんて感情を抱いたことのない俺はこの感情をただ持て余すばかりで―…。


――俺は、どうしたらいいのかな……?










騎士の想いになど気付かず、姫君は自ら孤独という名の奈落へと落ちてゆく。すれ違う想い。交わる時は訪れるのだろうか──。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ