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    Ⅱ.ラファールの悪戯



 ゲームは最後まで何が起こるかわからない。



 だからゲームは面白いのです。



 先が見えてしまうゲームなんてつまらないでしょう?



 退屈がお嫌いな勝利の女神。



 気紛れな彼女はどちらに微笑むでしょうか?










 +―…†…―+



形勢逆転。状況は180度変わってしまった。


「そんな所にいたんだね、オ ヒ メ サ マ」


エルヴァは口角を吊り上げ、悪魔の笑みを浮かべた。一瞬にして凍り付く背筋。恐怖という感情が全身を駆け巡る。この手を離せば固い地面へ一直線。だけど、離さなければ──。


表情を一切変えず、ラウルは無言で私に銃口を向ける。脳裏に浮かぶのは赤を纏う自分の姿。このままでいたらどうなるか、そんなことはわかっている。だけど、枝を掴んでいるだけで精一杯の私に一体何ができるというのだ。


引き金に指がかけられる。脳裏に『死』という一文字がよぎったその時だった。ユノがとっさにラウルの右腕を蹴り上げた。鈍い音、続けて銃声が響く。放たれた銃弾は私の左腕を掠め、真っ赤な血を滲ませた。襲いくる痛み。思わず離してしまった左手。更にそこへ再び突風が襲う。私を嘲笑うかのように不規則に吹き荒れる風。もう一度枝を掴もうと腕を伸ばしたけれど、疲れきった華奢な腕では耐えきれるはずもなく―…。


「あっ──!」


ついに右手までも離してしまった。必死に伸ばした手は虚しくも宙をかき、私は地面へ向かって一直線に墜ちてゆく。耳元で響く風の音。ゴォッと唸る低い音に聞き慣れたふたつの声が重なる。私の名を叫ぶ黒衣の騎士。ぶれる視界の端に映ったのは大剣を投げ捨て、必死に駆け寄るアシルの姿。


眼前に迫る地面。アシルは私を受け止めようと飛び込むようにして腕を伸ばす。迫り来る恐怖。私は固く目を瞑り、唇を噛み締めた。










鈍い音が響く。背中に衝撃を感じたけれど、痛みはそれ程酷くはなかった。目を閉じていてもわかる。私の頭をしっかりと抱える大きな手。アシルが私を衝撃から護ってくれた。


「……アンジェリカ、大丈夫か!?」


私はそっと瞼を開けた。大丈夫、そう言おうと口を開いたのだけど、私の口から飛び出した言葉は全く別のものだった──。




「アシルッ! 後ろォ!!」


目の前にはアシルの顔。そして、その後ろには大きな斧を振り翳すエルヴァの姿が。エルヴァは私達を見下ろし、不敵な笑みを浮かべる。彼は私達に狙いを定め、巨大な斧を振り下ろした。



 パァンッ



響く銃声。ユノが放った銃弾がエルヴァの腕を捉える。彼の手に握られた斧はぐらりと揺れ、私達のすぐ横を通り、地面に深く突き刺さった。



 パァンッ



再び響く銃声。ユノがラウルから視線を外した時にできた一瞬の隙。ラウルはそれを見逃さなかった。あの距離では流石のユノも避けきれず、彼の肩口から真っ赤な鮮血が迸る。


「アシルッ!」


ユノは声を張り上げ、もうひとりの黒薔薇の名を呼んだ。アシルが投げ捨てた大剣を拾い上げ、こちらに向かって走り寄る。アシルは小さく頷くと私を抱き上げ、ユノの後を追った。


「待てッ! 黒薔薇ァ!!」


エルヴァの声と数回の銃声が聞こえたけれど、青薔薇も決して軽いとは言えない傷を負っていたせいか、彼らが私達を追ってくることはなかった──。










 †



青薔薇族の姿と紅く燃え盛る焔はもう完全に見えなくなっていた。ユノとアシルは既に走ることを止めていたけれど、私は未だアシルに抱えられたまま。彼らが地面を蹴る音を聞きながら私は頬を撫ぜる冷たい風を感じていた。


――あの時、私が……。私を苛む想い。責任感が私の胸を締め付ける。急に涙が込み上げ、私は俯き、唇を噛み締めた。ふたりに悟られたくなくて、溢れ出しそうになる涙を必死に堪える。だけど、彼らも鈍感ではないから―…。


「アンジェリカ……?」


先に私の異変に気付いたのはアシルだった。少し先を歩いていたユノも振り返り、足を止める。


「……大丈夫か?」


アシルは私をそっと地面へ降ろし、その肩に優しく触れた。私を見るふたりの表情かおはとても心配そうで。


「……ごめんなさい」


私は俯いたまま呟くようにそう言った。その声は今にも消え入りそうで、吹き荒れる風の音に掻き消されてしまいそうな程か細い。


「私のせいだわ……」


震える声で言葉を紡ぐ。口を開くたび、じわりと涙が滲んだ。


「アンジェリカのせいじゃありません。今回は運が悪かっただけですよ」


貴女は悪くない、とユノは微笑んだけれど、その笑顔はどことなく辛そうで。当然だ。あんな傷を負って辛くないはずないのだから。


「違う、私のせいだわ……。ユノが怪我したのだって私が……!」


ついに瞳から一滴の涙が零れ落ちた。それは私の頬を伝い、一筋の跡を残す。


「こんなのただのかすり傷です」


ユノの嘘つき。どう見たってかすり傷じゃないのに。それなのに彼はいつも通りに笑おうとする。


「……嘘っ!どう見たってかすり傷なんかじゃ……!」


再び口を開くと唇にユノの長い指が触れた。私が口を噤むとユノはもう一度、かすり傷だと言って微笑む。そんな彼に私はそれ以上何も言うことができなかった──。










これが義務的な愛だというならば、私はそんなものいらない。優しくしないで。どうしていいかわからなくなるから──。



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