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アスパラガス味のいちご大福

作者: 楸 椿榎

 ある日の事じゃった。

 地元の高等寺子屋に通っていた八兵衛は、磯吉と帰っておった。

「おい、磯吉よ」

「なんだい八兵衛」

「こんな所に茶屋が出来とるぞ」

「おお、ほんまじゃ。こりゃ気づかんかった」

 通学路に新しくできた茶屋を見つけた二人は、試しに入ってみたんじゃ。

「いらっしゃいませ~」

 中から出てきたのははんなりとした大和撫子。

「お嬢さん可愛いねえ」

「そんなことないですよぅ」

 ナンパ者の八兵衛はすぐに口説きに入りおった。

 しかしその人は慣れているのか、別段気を害した様子も見せず、ほほほと笑うた。

「看板娘のトキと言います。お二人ですか」

「あ、はい」

「こちらにどうぞ~」

 二人席に案内されて、彼らはお品書きを手に取った。

「おい八兵衛、すごいのがあるぞ」

「……」

「八兵衛」

「……おう、なんや」

 行動に似合わず硝子な心を持っている八兵衛。

 今はそんな親友のことは気にせず、磯吉は目についた品を口に出した。

「あすぱらがす味のイチゴ大福なんてものがあるぞ」

「……は?」

 馬鹿馬鹿しい名前に悲しさも吹っ飛んだか、八兵衛は間の抜けた声で返事をしてきた。

「あすぱらがす、いうのは何ぞ?」

「知らん」

「うまいんか?」

「じゃから知らんて」

 八兵衛はここぞとばかりにトキさんを呼び寄せた。

「トキさん、このあすぱらがす味の~いうのは、うまいんですか?」

「私はおいしい思いますけどね~」

 トキさんの返事は早かった。

 そこからの八兵衛の注文も早かった。

「んじゃコレ二つ、お願いね!」

「はい~、承りました~」

 柔らかい返事をして、トキさんは裏に戻っていった。

 数分もせんうちに、それは運ばれてきた。

「……磯吉、これはただのイチゴ大福か?」

「知らん」

 そこに置かれていたのは、見慣れた白い塊じゃった。

 中も黒いあんこがうっすら見えるだけで、別段違った風もない。

 あすぱらがす、いうのは色がないんじゃろうか、とさえ思った。

「まあ、物は試しじゃ」

 八兵衛の言葉を受けて、二人は同時にそれを口に運んだ。

「「……!?」」

 二人とも、その経験したことない味に驚きおった。

「なんやこれ! 青野菜みたいな味がする! これが本当に甘味か!?」

 八兵衛は吐き出したが、磯吉はそれを噛みしめておった。

「おい磯吉。そんなもんを食うな。腹を壊すぞ!」

 八兵衛の制止も聞かず、磯吉は噛みに噛んで、終いには飲み込んでしまった。

「おいおいおいおい! 磯吉! 大丈夫か!?」

 八兵衛は磯吉の肩を揺らす。磯吉は小さく返事をした。

「ん!? どした! 何と言った!?」

「……うまい」

 八兵衛は顔を強張らせて、驚嘆の姿勢をとった。

「ん、んな阿呆な!」

「いや、普通にうまいよ。新しい味じゃ」

 磯吉の返事を聞いた八兵衛は、そのまま店を出てしもうた。

「あら。あの方、もう帰ったんですか?」

「そうですね。もう帰りました」

 トキさんは、空いた席に腰を下ろした。

「ねえ、おいしかった?」

「ええ、おいしかったです」

「これからも食べたい?」

「ええ、食べたいです」

「永遠に」

「ええ、永遠に」


「はあ、はあ、はあ。あいつ、頭おかしくなったんじゃろうか」

 茶屋から逃げてきた八兵衛は、膝に手をついて息を整えた。

「おい八兵衛。どうしたそんなに息を荒げて」

 そこに来たのは服屋の息子の勘三郎じゃった。

「おう、勘三郎か。実はそこの向こうの茶屋でな……」

「茶屋?」

「ああ、新しくできた茶屋があってな……」

「茶屋が新しくできたなんて話、聞いたことねえぞ?」

「そりゃ仕方ない。ごく最近できたみたいじゃったから」

「……そこに連れてってくれるか?」

「ん? おう、ええぞ」

 八兵衛は嫌々ながらそこに戻ってみた。

 すると。

「ありゃ? 確かにここにあったはずなんじゃがなあ……」

 先程までのぼりも上がっていた茶屋は、綺麗さっぱりなくなっとった。

 すっからかんの空き地が広がっとるだけじゃった。

「ああ、こりゃ狸に化かされたな」

「狸!? ここらへんにも出るんか!?」

「ああ、最近また出てきたらしい」

「……磯吉。磯吉が連れてかれた!」

「そうか。しょうがないな」

「なんじゃその気のない返事は! 友が攫われたんじゃぞ!」

「ああ、そうじゃな。でもいいさ」

「なんでじゃ!」

「だってあいつ」

 狸だもん。




 これにて話は終いになります。

 どうでしたか? そこのお客さん。

 え? つまらん話でしたか?

 ああ、そりゃあすみませんでした。そこの出口の所に自慢の甘味屋がありますんで、そこでお口直しでもしてください。

 ちなみにそこの目玉商品は……。おそらくお察しのものですよ。

 皆さんも、化かされないように気を付けてくださいませ。

 それでは今日はここまで。

 お付き合いいただき、どうもありがとうございました。 

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