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転生したら目が見えねえ!  作者: 刃羽器霧
梁山泊は道なき
5/6

その視線は果てなき3

 目が覚めると同時に天井から自分の姿を見下ろす。

 その気持ち悪さをたとえるなら、目覚まし時計の音声を自分の声にしたときの違和感というのが近い。

 実際には見えておらず、過去に見えていた記憶がそう錯覚させるだけ、というのが余計に気持ち悪さを加速させていた。


 自分が見えるだけならまだしも、天井を越えて自分がいる家も、その家がある土地も、土地が抱える環境すらもオレには同時に視え・・ている。

 その怒涛の情報量にここしばらくのオレはグロッキー状態だった。


「だぁじーぶ?」


 あと知らない女の人がいるし。

 ハーフアップの髪に、ひらひらしたレースっぽいものが随所についている服――平たく言えば童貞を殺す服だ――を着た大層な美人だ。

 膝詰めで布団に横たわるオレを介抱してくれている。


「エリザベスだよ」


「そんな気はしてた」


 どこからともなく聞こえる師父の声に呆れたように答えた。

 

「言葉を覚えるのにオレだけじゃ心もとないからなあ」


「あー…………」


 そんなことも言ってたな。


「あと隠すのも限界だろうし」


「それは確かに」


 フラグを立てておいてなんだが、今のオレはクマの居所なんぞすぐにわかる。

 すぐにわかるというか、常に把握している。

 ついでに師父の位置も把握している。


 ただそれを他人に伝える手立てがない。

 それは言葉という点でもそうだし、縮尺がわからんという問題もある。


 たとえば山の上から夜景を観たとして、それが何キロ先のものなのかというのは、地理を知っていて概算できるとか、ビルの高さと指と腕の長さから計算するとか、そういう工夫がいる。

 それがオレにはまだない。


 このあたりにこんなものがある、と認識できるだけなのだ。

 逆に言うとログハウスにエリザベスがいなけりゃすぐ気づくし、女の人がいればすぐ気づく。

 あと、なんだ、なんかよーわからんが、同一存在だとわかる(わかりにくい日本語)。


「なんで?」


「そりゃあ、おめえ、気ってもんよ」


「気か」


「気だ。福気フーチーとも言う」


「福気……風水の?」


「ああやっぱ風水由来なのか」


「なんでアンタが知らねえんだ!?」


「オレにだって師匠くらいいるわい! その人が福気だって言ってたの! オレはドラゴンボール派だから気で通してるけど」


「あ、そう。福気はたしか地脈に使う言葉だった気がする。運気みたいな使い方もするかもしれんけど」


 オレも某ゲームで見たくらいだしなあ。


「で、なんで気を感じれるようになってんの? サイヤ人なの?」


「違うよ。きみはサイヤ人じゃないよ。もっと平凡ななにかだよ」


「平凡なの!? 盲目だよオレ!」


「平凡は言いすぎかもしれんけど。で、説明としては風が教えてくれるからっていうポエミーな理由」


「ポエミーすぎるだろ!」


「細かく説明すると話が長くなるんだよ。ざっと言うと『風が教えてくれるし、水は答えてくれる』って覚えておけば大丈夫。無問題」


「ホントかよ……」


 と言いつつ心当たりはあった。


「師父が水脈に沿って移動してるのもそのせいか」


「お、さすがに死にかけると習得が早い! まったくその通り」


 こいつ……ッ! 死にそうになったのはテメーのせいだ!!


「オレはお前と違って水属性のほうが愛され率が高いからな。なるべく水気のあるところにいるってわけ」


 あんだけ風を操っておいて、まだ水のほうがいいとか……。


「バケモノかよ」


「お前もこうなるんだよ!」


「いやだなー人間でいたいなー」


「そう思いながら人間はいつか人間でなくなり、やがてヒトですらなくなるんだ」


 マジで嫌だな、ソレ。


「で、その第一歩があれなワケ?」


 オレはあれ・・に指差して聞いた。

 雀卓だ。古き良きこたつ台の雀卓だ。

 すでに山が積んである。


「開展は身についたみたいだし、次は緊湊だろ」


「先に言っとくけど、右腕を撃ちぬかれた雀牌が一九牌だったのはもうわかってるからな?」


「……まじで?」


「一番手前の山の上段、右から順番に、白、八索、七索、七筒、九索、北、五索、西、六索、中、七索、夏、二萬、二萬、五萬、中、發、四萬。……筒子が全然ねえ」


 エリザベスが器用にくるりとひっくり返す。おお、と小さく声がもれた。


「筒子の向きもわかる」


「まじか。さすが風属性に愛されし男」


「師父が今取り出したのは南」


「マジで!? この距離でわかるのスゲーな!」


「アンタもわかってるんだろうが!」


「オレが! ここまで来るのに! どれだけかかったと……ッ!」


 あー…………。

 なんかスマン。


「ちょっと予想以上だったけど、やることは大差ないし、いいけどな。腕が治るまで瞑想して、凪の心を手に入れろ。できれば常時そうであれるように」


「凪の心ってなんだ?」


「今のお前は入り込んでくる情報に踊らされてる状態だから、それを受け流す。情報は情報として受け取りつつ、必要以上に入れ込まない、という状態。観の目、に近い。規模は段違いだけど」


 観の目ってのは、中国物術とかにおける、視野周辺にも意識を配る技術のことだな。これを身に付けることで不意打ちを防いだり、相手の隙を伺うことができる。

 オレはそれを、『航空写真並の範囲』と『ハンディカメラ並の精度』でやらなくちゃいけないのがつらいところだ。


 覚悟はいいか? って感じだ。オレはできてない。


 ◇


 季節牌が入っていたのは師父の趣味というよりは師父の師匠――オレから言うと師翁――の趣味らしい。

 彼の名はただフェイといい、風水先生だったそうだ。

 風水先生というのは日本で言うところの風水師のこと。中国本土では風水師は詐欺師に使われる蔑称なので、師父もこれを受けて風水先生と呼称している。


 古代中国の風水は地脈の読みも行えば天体運行の読みも行なう。ただ役割として大きいのは占いだ。

 フェイ師翁は師父から日本式の麻雀を聞き、これを占いに応用したそうだ。その際、確率を整えるために花牌と季節牌を加えた花麻雀を採用した、ということらしい。


 花牌4枚抱えて役満が確定しているエリザベスにオレは素直にオリた。ツモはない・・・・・からだ。

 エリザベスの捨て牌に合わせ打つ。


「ロン」


「んが!?」


 それなのにエリザベスは、当たらないはずの牌で何百回目かの和了を見せた。

 いつの間にか捨て牌が変わっている。

 チートだ。個人的にはサマと呼ぶほうが好みなのだけど、どうも麻雀以外では定着していない気がする。

 ともかく彼女はいつの間にか手牌やら捨て牌を入れ替えて当ててくる。


 ――オレはせっかくの卓をムダにするわけはにはいかず、やむなく! 本ッ当にやむを得ず!! エリザベスと2人麻雀に興じていた。

 それぞれの下家を互いにツモ切るという特殊ルールだ。

 もっともオレはすべての牌の位置を把握しているし、エリザベスはご覧の通りのひでえサマ師だしで、ルールなんてあってないようなものだ。


 なにせエリザベスのサマは本当にギリギリまでわからない。かと言ってオレのほうはオン・オフできるようなサマでもないし、一方的にカモられていた。


「おかげで左手芸もかなり使えるようになったけど」


 右腕が治るまでの間、凪の心を手に入れるためにいろいろと試した。瞑想や走りこみもやったけど、結局、安定して精神統一できるのは麻雀をやることだった。

 だから、本当にやむを得ないのだ! 本当に!!


「坊っちゃんのサマはまだまだですよぅ」


「そりゃベティに比べればな!」


 おかげで異世界日本語もだいぶ操れるようになってきた。一石二鳥だ。やっぱり時代は麻雀だよ。

 特に自動卓がいい。

 目の前で縦横無尽に動きまわる牌を見て、人力自動卓のありがたみをオレは感じていた。


「お前は最低でも手でも風でもできるようになれよ」


 師父が相変わらずハードルをガンガンに上げてくる。感謝は届かなかったらしい。

 マジで勘弁してほしい。

 超遠隔で風を操作して洗牌と山積みをこなし、その上積み込みまでかますんだから、師父はマジで異常だ。

 積み込みも2の2の天和はもちろん、燕返しもする。山牌が揃っていれば四家同時にこなせる精度だ。


 鬼か。


「印南さん以上のガン牌師がなにを言う」


「言ってねえ」


 言ってねえけど、心が読めるのはなんとなくわかる。今のオレですらうっすら感知圏内の動物の感情がわかるくらいだしな。


「なんか麻雀打ってただけなのが気に入らねえけど、凪の心は概ね習得できてるみたいだし、次の段階に行くかあ」


「次……」


「順風耳だけじゃ片手落ちだからなあ。風術も覚えろ。それから並行して体づくりな」


 マジか。


獲得スキル


《順風耳》:EX

元来、順風耳は遠くの音を任意で拾うアクティブスキルだが、主人公は属性相性によりパッシブで機能してしまっている。EXクラスの順風耳は有効圏内のあらゆる存在を感知する。気配遮断無効。隠形無効。


《凪の心(偽)》:B

漁師や猟師が自らの存在を薄くし、なおかつ周囲の把握を行なうためのスキルだが、主人公は風と同化することで擬似的に再現している。本人は気づいていない。Bクラスの《凪の心》であれば、英雄でない限り、生涯を通して心穏やかに過ごせる。類似のスキルに《精神統一》や《正気》などがある。



※スキルクラスについて

(なし)<<E<D<C<<B<A<S<<EX


☆同一スキルの場合、2段階上のクラス保持者には必ず負ける。例外的に、なし→E、C→B、S→EXの間には2段階分の差が存在する。


☆同一スキルの場合、2段階以上上位のクラス保持者は下位の保持者に対してスキルを秘匿することができる。


☆同一スキルの場合、B・A・Sのクラス保持者はC以下に偽装できる。


☆EXクラスのスキルは同一スキルの保持者であっても同一スキルとは理解されない。このため偽装や秘匿はできない。


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