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ブトウカイ③

 ルゥがすごすごと退場していく一方で、五月女が俺の方に手を振り始める。

「絶対に勝って自由民にしてあげるからねー!」

 そして、こちらに向かって大きな声で飛ばしてきた。大旦那様の怒鳴り声で、近くに居る俺にも気が付いたのだろう。自由民ってそんなにいいのか? 周りからの冷ややかな視線を受けながらそう考えた。

 同時にその冷たい視線で気がついたことがある。ここって貴族用の場所だから、自由民未満の俺って完全に場違いなんだ。


 身分差を感じていると場内が歓声に包まれた。お嬢様の入場である。

「休憩とかってないんですかね?」

 ふと湧いた疑問が口を突いて出た。

「一方は成り上がりでも貴族。もう片方は平民。くだらない連中がどちらを勝たせたいかは明白だろう」

 大旦那様がふて腐れながら教えてくれた。


 大人の事情通りにお嬢様と五月女の試合がすぐに始まった様だった。お嬢様は縦横無尽に鞭を振り回す。五月女もさる者で四方八方から襲い掛かってくる鞭を潜り抜けてお嬢様に接近を試みる。ぼんやりとそれを見ていて、あることを思い出した。

「あの、俺って介添人なんですよね」

「そうですが、どちらを応援する気なのですか?」

 どこに行けばいいのか聞こうとしたら、バトラーさんから根本的な質問をされた。

 確かにそうなんだよな。お嬢様が勝てば相変わらずの使用人。五月女が勝てば自由民。周りの反応を見ていると結構な身分差がある様に思われる。しかも危惧していた食い扶持の問題もリチャード様のおかげで解決する見込みがついた。使用人なんだし、立場的にはお嬢様を応援するのが筋なんだろうけど……。


 俺が悩んでいる間にお嬢様が苦戦していた。鞭は悉く避けられ、五月女は接近する度に一撃。お嬢様はそれを受けて後退。その繰り返しであった。

「何時になく苦戦しているな。ルゥちゃんに勝った以上は、あのお嬢ちゃんにも頑張って欲しいが、やはり勝って欲しいのは貴子だからな」

「五月女様の調子が最高潮なのでしょう。ルゥ様との戦いでもそうでしたが、ここまで仕上げた彼女を褒めるべきです」

 冷静な二人の会話を聞きながら考えた。お嬢様の訓練に参加した身としては、お嬢様の鞭が当たらずに苦戦する様を見るのは、自分が失敗したようで何とも苦しい。

「どちらに勝って欲しいのか迷いますか?」

 バトラーさんの問いかけに黙って頷くことしか出来なかった。

「自分に素直になればいいのです。口に出して楽になる方でもいいでしょう」

 お嬢様との厳しい訓練の日々をふと思い出した。俺もかなり鞭打たれて痛かった。だけど、それ以上にお嬢様は忙しい時間をやりくりして、不器用ながらも弱音を吐かないで訓練していた。ここでお嬢様が試合で負けるのは俺自身も負けたようにも感じられる。高校受験に失敗して、挫折ばっかりの人生で再びの挫折を味わうのは勘弁したいところだ。

 いや、それ以上にお嬢様に勝って欲しいのである。身近でお嬢様の努力を見てきた身としては、あの努力が水泡に帰すのは何とも悲しいのだ。受験に失敗して、努力が無駄になった俺と重ねているのかもしれない。それだけなら五月女だって俺の知らないところで頑張っていただろう。お嬢様の努力を見たというだけで、肩入れするのは五月女のそれを否定するような気もするが……やはり、それは問題ではない。俺が協力したお嬢様の努力を結実させたいというエゴなのだ。


「どちらか決まったようですね」

 考えていることが解っているはずのバトラーさんが聞いてきた。何をわざわざと思っているとバトラーさんが続けた。

「思っているのと、実際に口に出すのは違いますよ。レシピを知っていても料理を作れないのと一緒です」

 バトラーさんはそう言って微笑んだ。なんだか微妙に違う気もするが、確かに思っているだけなのと気持ちを表に出すのは違う気がする。

「頑張ってください、お嬢様!」

 心の限りの声を張り上げた。意図的にこんな大声を出したのは随分と久しぶりな気がする。少なくとも受験に失敗してからはないはずだ。そして正直な気持ちを叫んだ所為か何とも清々しく、心のつっかえが取れた様なスッキリとした気持ちになった。ああ、そういえば自分の本当の気持ちを吐き出すのもいつ頃からかやめていたな。


 五月女は動きを止めて、こちらを呆然と見つめていた。そこにお嬢様の鞭が一閃、五月女がたまらずに飛んだ。俺がお嬢様を応援したことが信じられないといった感じなのだろうか。

「ここでは介添人の仕事が果たせません。もっと前に行きなさい」

 バトラーさんが俺の背中を優しく叩いた。俺は促されるままに駆け出していた。

 階段を駆け降りた先にはリチャード様がいた。

「さっきのは……」

 半ば信じられない様に俺を見た後に、軽く頭を振ると呟いた。

「いや、君が自分で決めたことだ。僕からは言うべきではないな」

 そして、五月女とお嬢様の試合に注目し始めたようだった。


 当のお嬢様はと言えば、呆けている五月女に攻撃するわけでもなく、苛立ちを隠さずに説教をしていた。

「ご自分の信念が正しいと思ってらっしゃるのなら、反応なんて気にしないでかかってらっしゃいな」

 お嬢様はさらに続けている。

「それともあなたの試合にかける情熱は……外野のちょっとした反応で揺らいでしまうほどに弱いものなのかしら」

 余計な事を言わずにさっさと攻撃すればいいのに……。と、突然何かを叩いた大きな音がした。

「そうだね」

 それは五月女が自分の頬を叩き、気合を入れた音だった。ほら、立ち直っちゃった。

「そうでなくてはいけませんわ」

 そして高笑いのお嬢様。是非はとにかく、実にお嬢様らしい行動である。

「馬野、介添人としてわたくしをサポートなさい。使用人である貴方に対する命令です」

 呆れるやら、感心するやらしていた俺に命令が飛んできた。まさか、そんなことを命じられるとは思っていなかっただけに意外である。頼ったという訳ではないのだろうが、何だか認められたようでこそばゆい。

「キミの仕事は今日で終わりだからね」

 活力を取り戻した五月女が俺に無慈悲な宣告。明日から無職ですか? ……なんてね。


 二人の戦いが再開したまではいいのだが、テンポが速すぎて、口を挟む機会がない。おそらくは五月女の介添人をやっているのであろうリチャード様を見習おうと思ったが、こちらも無口。

「あの、介添人って何をするんですか?」

「助言とかかな」

 リチャード様は試合から目を逸らさずに答えてくれた。

「リチャード様はなにかアドバイスしないのですか?」

 質問ばかりで申し訳ない。

「あの二人は何回も戦っているからね。僕なんかよりもお互いに手の内を知り尽くしていて、口なんか挟めないよ。今日は二人の仕上がりが完璧なだけに、役に立てずに歯がゆくもあるけどね」

 どこか寂しげに答えるリチャード様を横目に試合を見る。前半と同じく五月女優勢であった。リチャード様の弁は、口を出さなくとも五月女が勝てるからという余裕なのかもしれない。

 卑怯で気が引けるが五月女の弱点を探る。


 回復度:76%


 右足に数字が浮かんだ。ゴーレムに負わされた怪我が完治していない? なるほど、リチャード様の「仕上がりが完璧」って発言は、怪我を隠しているからか。確かに五月女の動きだけを見ればゴーレム戦の時よりも素晴らしく、数字が出なければ気が付かなかったことだろう。

 弱点は解った。問題はお嬢様の性格だ。怪我を知っているから仮に完治していたとしてもまだ右足は狙わないだろう。指示しても俺が怒られるだけなのは火を見るよりも明らかだ。

 どうしたものかと、二人の戦いを眺めていると、ある癖に気が付いた。お嬢様は五月女の接近を極端に嫌い、その度に後退しようと態勢を崩して、一撃を喰らっているのである。なるほど、普段の訓練で接近すると容赦なく攻撃するベアトリクスさんや、おそらくは圧倒的に強いバトラーさんが相手な所為で、懐に入られないようにする習慣がついているのだろう。それは五月女の攻撃範囲を避けるってことだから、ある意味では理にかなっているのだろうが……。

 鞭の雨をかいくぐり、五月女が再びお嬢様に接近する。堪らず後ろに飛び退こうとするお嬢様。

「体当たりです、お嬢様!」

 俺はそれを制止して、お嬢様に助言を飛ばす。応じてお嬢様は前に向かった。

 何回も戦った事があるだけに、お嬢様の動きが意外だったのか五月女の動きが一瞬止まり、二人の少女がぶつかった。

 そして、お互いによろける。思った通りだ。五月女は格闘術に優れるが、力比べだと二人に大差はない。お嬢様の平手打ちで吹き飛ばされた俺が言うんだから間違いない。否、五月女は右足を負傷している分だけ踏ん張りが効かず、体当たりには弱いはずだった。

 果たして、思惑通りにお嬢様の方が先に態勢を整えていた。

「右足です、お嬢様!」

 そして再びの助言。しかし、その言葉にいち早く反応したのは五月女であった。


 魔力配分:63%


 五月女が防御に備えて右足に魔法力を集中させる。次の瞬間、五月女が前方に倒れた。お嬢様の鞭が五月女を背後から襲ったのである。

 予想通りだ。お嬢様が右足を攻撃しないのは解っていた。五月女が掛かってくれればと思って叫んだら、見事に五月女が反応したのだ。お嬢様は汚れなくていい。俺が泥を被ればいいんだ。


 次はどうしようかと思っていたら、横から溜息とともに拍手が聞こえた。それに続くように歓声と拍手の嵐が沸き起こった。ルールは解らないが、あれで勝ちなのか?

 半信半疑な俺に例の高笑いが聞こえてきた。

「オーッホッホッホッ。山猿が人間、それもこの竜安寺貴子に勝とうとは無理な話。生まれ変わって出直しなさい!」

 地面に伏す五月女に足を乗っけて勝利宣言を出していた。

「あれさえなければなぁ」

 横から聞こえてくる嘆息に俺も同意である。……う~ん、応援する相手を間違えたかな? 俺はそんな後悔を抱いたものの、時すでに遅し。優勝者はお嬢様となったのである。


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