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鞭を振り振り

 お嬢様に鞭打たれる事、数十回。これが比喩ではなく事実なのだから堪らない。怪我は無いようだが、打たれるたびに走る激痛。まさに虐待である。元の世界ならお巡りさんが黙ってないだろう。だけど、ここは異世界。そして俺にとってはお嬢様が法律である。もうヤダ、帰りたい。そんな俺に再びの激痛。

「少しは真面目にやってくださらないと練習になりませんわ」

 お嬢様は呆れている様子だった。それならもう鞭打たないでください。美人さんに鞭を打たれながら、蔑まされる。好事家ならお金を払うんだろうなぁ。そして激痛。

「これのどこが後の先なのかしら?」

 溜息とともにお嬢様が愚痴る。いや、愚痴ったり溜息をついたりしたいのはこっちです。

 だけど、バトラーさんが言っていたことも徐々にだが解って来た。意識をして見ると、お嬢様が手を動かすと矢印が⤵とかで鞭のしなる方向を教えてくれるのだ。ついで、矢印の先端の行きつく場所も/とかで教えてくれる。問題は……俺の体が反応しきれない。/の場所を見つけられないで鞭を打たれたり、出たと思ったらすぐに打たれたり、「避けた!」と思ったら再びの/で打たれるのだ。


 ⤵からおおよその/の出現場所に当たりを付けて動けるようになったのは、鞭を打たれること百回を超えた辺りからだろうか。相変わらずの察しの悪さである。自分でも嫌になる。

「なかなか避けられる様になりましたわね。しかし、逃げているだけでは、わたくしの訓練にはなりませんことよ」

 近づけってことか? 冗談じゃない。打たれると痛いんだし、近づくだけ損じゃないか。それに近づいたって、こっちには反撃手段がないんだし。グレートパワーで逆転できるならば、考えるけど。


 E=mc^2


 なんか出た。そして激痛。

「折角、動きが良くなってきたのに何をぼんやりとしてらしたのかしら?」

 考えている余裕なんてありゃしない。

「そうですわね。もし、わたくしに触れることが出来れば今日の訓練を終わりにして差し上げますわ」

 お嬢様はよほど向かってきて欲しいのか、条件を提示してきた。裏を返すと、俺が近づかない限りは終わらせる気がないようだ。それに、もし近づかないでいたら、そのうち命令無視とか言って酷い目に遭わされそうである。要するに俺には選択権がないってことだ。仕方がなく接近。そして、すぐさまの激痛。遠くから避けるのに比べて難易度が段違いだ。もうヤダ、なんの因果でこんな目に。異世界にも人権を。


 近づくと何が大変かって、俺自身の注意が歩くことで散漫になるのもある。だが、それ以上にしなった鞭が後ろから襲ってくる、まさに四方八方、前から後ろから、上から下から、変幻自在に鞭が襲ってくるわけだ。それも音速を越えて。対する俺は一撃で悶絶。ばら撒き型のシューティングゲームだってもう少しマシだ。

 しかし、こっちだって矢印やらで対応可能なわけで、チートvs無理ゲーってな感じである。そのおかげか、接近開始から何十回も鞭打たれる頃にはそれなりに対応が出来るようになっていた。

「なるほど……もう反応できるとは、才能なのかもしれませんわね」

 鞭を振り振りお嬢様に褒められた。才能じゃなくて訳の分からない能力のお陰なんですけどね。

「それだけの才能がありながら、全く研鑚してこなかったなんて、呆れますわ」

 褒められたと思ったら、呆れられた。いや、口振りは呆れを通り越して怒っているようにも聞こえたんですけど。

 そして、お嬢様の方から近づいてきて、距離を詰められた。ボスの動きが変わるのって本気モードになったってことだよね? 俺の眼前に綺麗な顔が現れたかと思ったら、距離を置かれた。

「そういえば、ぷにゅに殺されかけるくらいに脆弱でしたわね」

 憶えていたようで有難い。もしかして、蹴ったり殴ったりをしようとしたのかもしれない。正直に言って、そんな事をされたら死ねます。忘れられてなくて良かったです。


 お嬢様が本気モードになったところで申し訳ないが、たぶん問題なく懐に入れる。よくよく観察していると、お嬢様は手首ではなく、腰を中心とした体全体で鞭を振うのがわかってきた。従って、その結果である鞭の軌道が早い段階で予測できるのだ。もっとも、俺が予測しているのではなくて、矢印とかが出るからそれに従っているだけだから威張れる話ではないのだが。

 ともあれ、避けられるし、接近しても殴られないとあれば、さっさとお嬢様に触って、鞭打ち地獄からの解放を目指すのみである。

 お嬢様は接近する俺に呼応するように華麗な足さばきで距離を置いたり、横に動いたりで俺を翻弄する。対する俺は、ヨタヨタと無様に鞭を避ける。傍から見れば滑稽な事この上ないだろう。

「そのような態勢でよくも頑張れること」

 お嬢様が苦笑いを浮かべた。ええ、仰る通りです。もう姿勢が限界です。だけど、その所為かお嬢様に隙が出来た。足元を薙ぐように飛んできた鞭を跳び越えると、そのまま二段ジャンプの要領でお嬢様に跳びかかった。……つもりが足が絡まりほとんど飛び込む形になった。どこにって? それはお嬢様のお胸にである。ベアトリクスさんとは比べるべくもないが、この年代の少女にしては中々……ってかなりヤバイよね、これ。

 柔らかな双丘から、恐る恐る顔を上げると、顔を真っ赤にしたお嬢様、いや般若様がこちらを睨んでらっしゃった。そして右手を振り上げる。


 ←


 真っ赤に点滅する矢印が危険を知らせる。いや、わかっているよ、と思う間もなく、振り下ろされる黄金の右。ぷにゅの時とは比較にならない鈍くて重い衝撃を左頬に感じた。


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