モンスターとの遭遇
二人の世界から帰ってきたリチャードが俺に気が付き安寿に尋ねた。
「ところで彼は?」
「あ、転入生の『馬野骨造』くんです」
「どうも、馬野です」
五十三万同士のお邪魔はしたくないのだが、話を振られた以上は仕方がない。昨日貰ったばっかりでしっくりとこない名前を名乗った。
「それで彼を案内していたんです」
安寿は誤解されたくないからか、一緒に居た理由を説明している。心配しなくても、あんたらは五十三万同士だよ。仲良くやりな。って、違った。俺はこの五十三万の邪魔をしなければならないのか。
「それでは食堂に行かないといけないので、失礼しますね」
安寿が名残惜しそうに会釈をする。食堂が無料なら助かるのだが……。
「折角ならこっちで食べていったらどうだい?」
美男子クンも名残が惜しかったのか安寿を誘い始めた。
「でも………」
「校舎を案内しているのなら、こっちの校舎も見ておくといいよ」
遠慮がちな安寿をイケメンが誘っている。まぁ、結果は聞かなくてもわかる。
「そこまで仰ってくださるなら」
案の定、安寿が頬を染めて了承する。俺をダシにしている感じが一杯である。って、いうか俺の意思は? まぁ、金もないのに食堂に連れて行かれても困るからそれでも構わないのだが。もっとも、向こうでも食堂を案内されるようなので同じである。
案内された校舎は造りから調度品まで別世界だった。大理石だったり、金の装飾だったり、向こうの校舎にはなかったプールその他いろいろ。こっちの校舎は俺の知っている学校では無い。まぁ、中学にもプールくらいはあったけど。
「なぁ、こっちって俺らは立ち入り禁止じゃないの?」
こっちの生徒の恰好は特別科用と説明された仕立ての違う制服か明らかに私服だった。そんな彼らの奇異の視線に耐えられず、安寿に聞いてみた。
「特別科の人の許可があればいいんです。特別科の生徒の従者とかが普通科に居たりするので……」
俺の素朴な疑問に安寿が答えてくれた。確かにお嬢様の様子などを見ていると、貴族って人種は単独での日常生活には色々と問題がありそうだ。元引きこもりの俺から見てもそうなのだから間違いはないはずである。
安寿の説明を聞いて冷静になってみると、奇異の視線だと思っていたのは、俺の案内と称して安寿と話し込むリチャード殿下に注がれる憧れと尊敬の眼差しであるようだった。
全面芝生張りの中庭を案内されているときに聞きなれた声がした。
「あら。リチャード様じゃございませんこと」
薄紅色の豪奢なドレスを着たお嬢様が特別科の制服を着た男子生徒を二名侍らして紅茶を飲んでいた。
「ああ、竜安寺さん。こんにちは」
当のリチャードはあっさりと挨拶を返す。
「あら、貴子で結構ですのよ」
お嬢様の返しを聞きながら、折角なのでと、二人の関係を見てみた。
まずはお嬢様からの好感度である。
好感度:42000
たぶん凄い数値なんだろうが想いの時点で安寿に負けている。安寿の想いなら全力を出さない左手だけで負けてしまうレベルだ。
それよりも問題なのはリチャードのお嬢様への想いだ。
好感度:68
今日あったばかりの安寿の俺への好感度よりも低い。脈無しですよ、お嬢様。ってか、一応は婚約者なんだよね? 幸せな結婚生活が想像できません。
「一緒にお茶でもいたしません?」
お嬢様が無駄なあがきをしてみせると、当の懸想人は一言。
「彼、馬野くんを食堂に案内するので次の機会にでも」
そして深々とお辞儀。代わりにお嬢様に睨まれる俺。止めて、俺の所為にしないで。
「あの……食堂へは俺と安寿で行くんで、大丈夫です」
ナイスフォローですよね? お嬢様。
「普通科の人だけだと入れて貰えないと思うよ?」とは安寿。
そういえば彼女はリチャードと離れたくない派だった。
「そ、それじゃあ、そちらの二人に……」
お嬢様の脇に居た二人の男子生徒を指定してみる。
「はぁ? なんで僕らが君らの案内をしなきゃいけないんだね」
男子生徒が露骨に嫌な顔をする。こっちだって案内されたいわけじゃない。お嬢様に対して「リチャードと二人きりにさせようとしました」とアピールしたいだけだ。
当のお嬢様はと言えば俺に対して「あなた、後ろの『ぷにゅ』を掃除してくださらない」と命じるわけだ。
で…だ。後ろを見るとプルプルとしたゼリー状のゲームで言えば最序盤に出てくるような何かがそこにいた。
半透明で薄緑色した『ぷにゅ』と呼ばれたそいつは如何にも弱そうなのだが、どれくらい弱いのかわからない。ただ、周りの反応からすると、間違いなく弱そうではある。
そう思っていると数字が浮かぶ。
武力:5
常識的に考えると弱い数値のはずだ。しかし自分の武力がわからない。比較で考えると館の屈強な使用人たちがだいたい60代、松尾さんが80だから……って一見明白に自分とは差があり過ぎて比較にならなかった。
比較対象を探して周りを見渡す。お嬢様は武力416、その取り巻きはそれぞれ139と206……あれ?
モテモテリチャード君の確認もしてみる。710。あれれ~?
松尾さんが弱かったのか、一度もバトルせずにインフレが起きていたのか、『表記の限界が100じゃなかった』なんて突っ込む気すら起きなかった。
「あの……どうかしました?」
安寿が心配そうに声をかけてきた。そんな安寿の武力は23。良かった。松尾さんを基準としたら納得の数値である。きっと目が故障していたのだろう。
「いや、皆さん強そうだなぁ~って」
「おいおい。君達からしてみれば、僕たち貴族は強くて当たり前じゃないか」
武力139が偉そうに横から口を挟んだ。だけど残念! キミは貴族の中じゃ最弱だから! その最弱貴族が居丈高に続けた。
「だけど、君達でも『ぷにゅ』くらいは掃除できるんだろ? その程度の事で僕らの手を煩わせないで欲しいな」
何という血筋による格差社会。だけど、あの『ぷにゅ』とかいうのは庶民からしても弱いらしい。所詮は、武力がたったの5…ゴミということらしい。安寿みたいな小柄な女の子でも23なのだ。俺でも勝てるだろう。
さっさと退治しよう。俺が無造作に一歩近づくと、ぷにゅは逃げる様に身を後ろに仰け反らせる。俺は気にせずにさらにもう一歩近づいた。次の瞬間、ぷにゅが消えた。
「危ない‼」
安寿の叫び声が聞こえた次の瞬間、俺は胸に凄まじい衝撃を受け吹き飛んだのを理解した。その時になって、ぷにゅが仰け反ったのは勢いをつける為であったと理解できた。もし車に轢かれたら、こんな感覚なのだろうか。
地面に叩きつけられた衝撃で気道に温かい液体が流れるのを感じた。体が自然と反応し咳き込む。と、口から生暖かい液体を吐き出した。
俺、あのぷにゅを倒したら食堂に行くんだ……
そこにはお袋が作ってくれたハンバーグもあるはずだ……
そんな意味不明な事を思い浮かべては泡と消えていくうちに俺の意識は闇の中に沈んだ。




