大旦那の屋敷
おかしい。全く以って納得がいかない。昨日の俺の予定では、今頃は教室で『キャッキャ。ウフフ』と戯れる女学生二人で目の保養をしているはずだったのだ。
ところが、現実はどうだ。俺の横にゴリラ。斜め前にもゴリラ。目の前にはボスゴリラ。そんなゴリラ達と一つ馬車の中。
「何をジロジロと見てるんだ?」
松尾という名のボスゴリラに凄まれた。ごめんなさい。
今朝、トレーニングを終えた俺はバトラーさんに呼び出された。
「この手紙を大旦那様に届けなさい」
要するに学校を休んで仕事をしろってわけだ。
その結果として、ゴリラ様御一行と馬車の相乗りとなったのだ。
やがて馬車は郊外の豪邸の前で停まった。
「大旦那様に失礼が無い様にしろよ」
松尾さんは俺に注意を促すと馬車から降りた。俺も後に続く。……が俺は驚いた。馬車がゴリラ、もとい、柄の悪そうなゴリラ体型の男たち、否、漢たちに囲まれていた。
「おう! 松尾じゃねぇか。会長に何の用だ?」
ウホッ、いいゴリラ。松尾ゴリラと顔見知りなのか、柄の悪そうなゴリラ達の中でも一際凶悪な顔をした中年ゴリラが挨拶代りの声をかけてきた。
「バトラーさんに頼まれて手紙をちょっとな」
「バトラーの旦那か……あの人からの手紙っていうのは珍しいな」
「ああ。ってことで、案内頼めるか?」
「その前に一応、体のチェックをさせて貰うぜ」
「いや、今日は俺じゃない。後ろの奴だ。『馬野』って新人だ」
紹介されたので、軽く会釈。つい、条件反射でやってしまったが、異世界でも通じるのだろうか?
「なんだ、お前じゃないなら、ベアトリクスにすれば大旦那も大喜びなのに」
「セクハラするだろ? その後、お嬢様の耳に入るから俺もお前らも大旦那様も後で大変じゃねぇか」
「違いねぇ」
大笑いするゴリラ達。
「そいじゃ、ちょいとごめんよ」
ゴリラ達が俺ににじり寄る。なにこれ、怖いんですけど。
「お、そうだった。そいつ、ぷにゅに殺されかけるくらいに繊細だから取り扱いには気を付けてくれよ」
松尾ゴリラに合わせて馬車内のゴリラ達も笑う。
「なんだよ、それ!どんだけデリケートなんだよ」
中年ゴリラが信じられないと驚きながらも続ける。
「それじゃあ、変な物を持ってないか調べるから、馬車に手をついて背中を向けていろよ。……ぷにゅに殺されかける奴が何か出来るとも思えないが、規則だからな」
変な物は持っていないが、変な能力なら持っている。これは見つからないよな?
俺の不安をよそに、ゴリラが俺の体を叩き確認する。例の魔法で武器が取り出せるのに意味はあるのだろうか? そんなことを考えていると、最後に俺の急所をむんずと掴むと軽く上に持ち上げられた。なに、この人ってばあっち系?
「ガハハ! そんなに不安がんなって! 会長は貴子お嬢様の味方なんだから悪い様にはしないぜ」
おっさんゴリラは緊張を解きほぐすかのように大笑い。俺の不安は能力がバレないかということと、お尻の穴だったのだが、この際どうでもいいだろう。お尻の穴を解きほぐされなくてなによりだ。
「それじゃあ、異常なしっと。魔力抑制バンドを着けてやれ」
他のゴリラが二匹ほど俺に異常接近。手にはミサンガの様なバンドを握っている。
「こいつはバトラーさんに訓練が無駄って言われるほどに魔法の素養がないけどな」
「色々とすげぇな。よくも雇ったもんだぜ」
他のゴリラが俺の腕にバンドを巻いている間も酷い言われ様だ。事実なんだけど。
「まぁ、それでも意外と面白い部分もあるんだけどな」
松尾ゴリラが一応のフォローを入れる。
「そりゃ、そうだろ。雇われるだけじゃなくて、会長へ手紙を持って行く仕事を任されたんだからよ」
それに同意する中年ゴリラ。
「まぁ……な」
それに応える松尾ゴリラ。
「バンドは巻いたな? それじゃあ、ついて来い」
手紙を渡すのって大役なのか? いつの間にやら、そんな空気になっていた。
また無理難題を押し付けられるのではないかという不安とともに凶悪ゴリラに付いて行った。




