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後遺症

 遠足の翌日、俺は衝撃を受けた。ゴーレム戦の後に受けた衝撃的な出来事----お嬢様が治癒魔法を使って五月女の止血をしたことや、事の顛末を知った松尾さんに「旧式のゴーレムは呪印が脆弱だから運が良かったな。最近の型だったら、よほど運が良くないとお前の力じゃ壊せなかったぞ」なんて脅されたこと----など一瞬で吹き飛ぶことだった。


「ねぇ。美菜のことなんだけど……」

 朝の教室で安寿が辛そうに声をかけてきた。

「昨日、大怪我をしちゃったでしょ?」

 五月女は後で安寿に治して貰うと言っていたので、診てもらったのだろう。

「それでね……ううん。やっぱり、いいわ。ごめんなさい」

 なんとも中途半端な所で話を切る。その後の安寿は物憂げな表情で溜息をつくばかりであった。もっとも、その後すぐに溜息の原因を知ることとなったのだが。


 朝の教室に教師が一つの人影を連れて入ってきた。そして挨拶も早々、

「あー。まだ遠足から帰ってきていない組も多いが……紹介しておくと、編入生だ」

 そう言う教師の横に居るのは五月女美菜だった。

 教室の人はまばらにも関わらず、どよめきが起きる。昨日の工藤や源の反応から解るように、彼女は有名人なのだろう。それが突然クラスに、それも普通科というあり得ない所に編入されれば驚きもする。だが、俺が驚いたのは彼女の右足と左腕に巻かれた痛々しいギプスである。安寿の魔法ならば、即完治ではなかったのか?


 席の離れている五月女から事情を聞けたのは昼休みとなってからだった。

「一緒に食べないか?」

 なんとなく声をかけ難かった五月女を誘ってみた。

「え、あ……安寿は食堂でしょ? ボクはお弁当だから教室に残るよ。二人で行ってきなよ」

 確かに大食漢の五月女の場合は食堂では物足りないだろう。普通科の食堂は有料だし。

「まだ帰ってきてない人が多くて、食堂は空いてるんだから遠慮はいらないって」

 安寿も五月女を誘う。

「でも……」

「いいから、行こっ!」

 渋る五月女を安寿が強引に連れ出した。意外と押しが強い性格のようだ。


 俺は持参した例の豆の煮もの、安寿は麦の粥を頼み、五月女が例のドカ弁を広げてるテーブルに座った。

「安寿は相変わらず食が細いね」

 五月女はいつもと変わらぬ様子で安寿を笑う。声をかけ難いと感じたが、それは杞憂だったようだ。そうとなれば、気になる事を聞いていこう。

「なんで普通科に編入したんだ?」

 怪我の事も気になるが、まずはこちらからだ。

「ん? 怪我しちゃったから。左腕はそのうち治るらしいんだけど、右足は完全には治らないんだって。だから、拳闘士を期待されて特別科にいたボクは権利喪失で普通科になったんだ」

「ごめんね。わたしがもう少し早く家に帰れたら間に合ったんだけど……」

「何を言ってるんだい! 安寿には感謝してるよ! 本当なら法外なお金取られる治療もタダでやってくれたんだから」

 五月女は何でもないように言ったが、とんでもない事を言わなかったか?

「それにさ、ボクは別に拳闘士になりたかったわけじゃないし、丁度よかったと思うんだ」

 五月女は明るく笑っているが、俺がもう少し例の能力を使い(こな)せれば何とかなったんじゃないか?

 俺の視線を感じたのか五月女がギプス越しに右足を一叩き、若干顔をしかめて続ける。

「完全には戻らないって言っても、安寿のお蔭で普通に走ったりは出来る様になるんだよ。ただ、拳闘士とか運動選手にはなれないってだけで……」

 そしてドカ弁を掻っ込む。いや、運動選手にはなりたかったはずでしょ?

「普通科の食事は口に合わないってさ」

「強いからって『助けてやる』と上から目線だったしね」

「特別科の制服のままなんて、どれだけ未練があるんだか」

 どこからともなく、ヒソヒソ声と小馬鹿にしたような笑い声が聞こえた。

「ちょっと! 今の誰!」

 机を叩き立ち上がった安寿が怒鳴り声を上げて辺りを見渡す。こんな一面もあるのかと驚いた。意外性の多い子だ。

「いい? 美菜はね----」

「いいよ。安寿……」

「よくないよ!」

「止めて!」

 興奮する安寿を五月女が怒鳴って制止した。そしてボンヤリと同じテーブル座っている俺。なんだろう、この温度差。

「……美菜、ごめんね。出よっ?」

 粥を食べずに安寿が出て行き、五月女もお弁当に蓋をすると付いて行く。俺? 俺は残したらバトラーさんに怒られはしないかと思いつつ弁当をしまって、ついでに安寿の皿を片づけましたよ。


 俺が遅れて食堂を出ると、校庭のベンチで安寿が五月女に謝っていた。

「わたしが食堂に誘ったばっかりにごめんね」

「ううん。別にいいよ。ボクは気にしてないし。それにあの子達だって深い意味はなくって、軽口を叩いていただけなんだろうしさ」

 流石はお嬢様と相性が悪いだけあって、度量が大きい。

「だけど、制服は買わなきゃなぁ~」

 五月女は困った、といった感じで呟やくが、直後に気が付いたかのように続ける。

「あ、いらないか。ボクは田舎に帰るし」

「ちょっと、何を言ってるのよ!」

 五月女の極論に安寿が驚いている。俺もだけど。

「だって、ボクはスカウトされて通ってただけだもん。別に頭が良い訳でも学校でなにかしたい訳でもないんだから、貧乏人が無理して通う意味はないんだよ」

「だけど……」

 なんだか青春をしていた。ようやく気が付いたのだが、五月女が怪我で夢を挫折しようが、安寿が友情ゆえに激昂しようが、異世界送りになった俺に比べれば大したことがない分、『だから何?』って気持ちが強かったのだ。

「安寿みたいな友達が出来たのは嬉しかった。馬野クンとも短かったけど楽しかったから、無駄な学校生活じゃなかったと思うよ」

 とはいえ、強がる五月女に心が動かされないかと言えばそうではない。まして、怪我の原因がお嬢様を守って……となれば、なおさらである。

「なんとか治せないのか?」

 気が付けば口を開いていた。


 安寿が一思案。

「一応は虹色軟膏を塗り込んでいけば、何とかなると思うけど……」

「アハハ!そんな貴族様でもなかなか手に入らない高い薬なんて無理だって。そんなのが手に入る身分なら学校に行かないで自分ちで運動してるよ」

 続けざまに大笑いの五月女。よくわからないが、可哀想だけど無理らしい。

 考えてみれば、俺だって人権がなくてご飯も美味しくない異世界に送られたんだ。世の中はままならないし、そんなものだろう。運命だと諦めて、死ななかっただけでも幸運と思った方がいいのだろう。……理不尽ではあるが。

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