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現実は異世界であっても厳しい

 お嬢様は、例の数字に従って作った俺の自信作である紅茶を一口啜ると「お話になりませんわ」とカップを置いた。

 ついに数字の威神力も尽きたかと落ち込む俺にお嬢様は続ける。

「これが他所で出されたのなら及第点を差し上げましょう。ですが、あなたはわたくしの使用人でしてよ。今日の気分は薄目なのです。次回からはわたくしの気分を察して出す様に」

 いや、無理ですから。


 今日の気分に合う蒸らし時間:2:57


 前言撤回。可能でした。

「次は料理ですな。裏庭でも良いのですが……今回は厨房で料理させてみましょう」

「任せましたわ。わたくしは部屋で休んでいます」

 バトラーさんの進言を受け入れて、部屋に帰るお嬢様。そして、問題発生。

「今度は私も見ていましょう」

 バトラーさんが料理に立ち会う気満々だ。バトラーさんは考えを覗いてくるみたいで苦手なんだけどなぁ。

「それがなにか問題でも?」

 ほらね。心が休まる暇がない。って、これも覗かれているのか。こういう時は素数を数えればいいんだっけ? 2,3,5,7,11,13,えーっと……。

「17ですな」

 もうヤダ。


 厨房で待っていたのは再びの花代さんである。

「彼に火の消し方を教えましたか?」

 バトラーさんは開口一番、挨拶代りの質問である。

「あら、ヤダ! 忘れてたわ」

「後で教えておいてください」

 質問の形をとっているけど、知っていて言ったんだろうな。ホントこの人なんでもありだ。

「そうでもありませんよ。料理の審査は花代さん他、手の空いている使用人にやって頂きますし」

 味覚オンチとでも言いたいのだろうか?

「ええ。決して失敗作の料理を食べたくないという訳ではありません」

 バトラーさんが微笑んだ。既に失敗すると見越しているじゃないですか! いや、俺にはこの能力があるんだ。失敗はないはず。バトラーさんの予想を裏切れるのか? そうだ、なんだったら異世界で料理人として生きていけるかも知れない。これで追い出されるのが怖くなくなる。料理人は職業として成立しているよね?

「それでは、チャーハンを作って頂きましょう。あれは色々な技術が確認できますから」

 そしていきなりのお題。そうそう、どこかの炎の料理人もチャーハンで腕が判るって言っていたらしいし。って、それをお題にするバトラーさん……。異世界ってなんだろうね?


 さて、チャーハンを作れと言われたところで、俺には作り方どころか、具材もよくわからない。ご飯と油とネギは使うよな? うちはハムとかも入れていたが世間的にはどうなのだろう? あれ、ご飯を炒めるのか? それとも炊かない白米から作るのかな?

 ヒントはテーブルの上にところ狭しと並べられた食材。ご飯は無いが、白米はある。白米から作るのかも知れない。……が、俺が知らなくても問題はない。どうせ数字とかが浮かぶだろうから、それに従って作るだけだ。案の定、米の上に一人前:100gとか浮かんできた。その上に工程まで指示しているのか、矢印も浮かぶ。現在は米を指しているから、まずはこれを取れってことだろう。

「あの何人前作るんですか?」

「そうですね……十人前ほど作って頂きましょう」

 俺の質問にバトラーさんが答える。米かぁ~。食べたいなあぁ。五月女が特別科で食べていたのは美味しそうだった。

 矢印の指示に従って、大鍋に米を一キロほど入れる。そして、汲み置きしある水で研ぐ。便利だな矢印。もしかして、名前を知っているだけのビーフストロガノフとかのレシピも出るのかな?


 ビーフストロガノフ:リョウリカードNo.258ヲヨミコンデクダサイ


 なんか出た。意味がわかりません。

「ちなみに牛肉は手に入りませんよ」

 なんか言われた。あの人も意味がわかりません。


 考えても仕方がない人はおいといて、指示通りに米を炊く。しかし、一キロの米を研ぐのは疲れる。そして、米と水が入った大鍋は重かった。鍋と合わせて五キロくらいあっただろう。鍛えていなかったら、ぎっくり腰になっていたかもしれない。救いと言えば、魔晶石を使ったコンロが例の赤い棒を使って火を着ける以外は俺の知っているコンロと使い方が同じことだろうか。米を水に三十分ほど漬けておくことは知らなかっただけに、例の指示は助かる。……しかし、お米の炊ける匂いは何ともいい。

「おこげも香ばしくていい匂いですよ」

 とは、バトラーさん。もう慣れた。だけど、これだけ考えていることが解るなら、初めて会った時の松尾さんに言われた『吐かせる』とか意味ないんじゃ……。それと、ベアトリクスさんが捕まえた賊はどうなったのだろう。

「世の中には知らない方が良い事もありますよ」

 うん。考えるのは止めておこう。


 米を炊いている間に、次の指示が出たので従う。野菜やらよくわからない肉やらを取り、包丁で刻む。指示通りに……できない。包丁を料理番組で見る様には振えないのと同じである。厚さがバラバラだったり、ぐちゃぐちゃだったりで何とも見苦しい物体が山盛りに出来てしまった。……考えても仕方がない。包丁で怪我をしなかっただけでも良しとしよう。

「お、やってるやってる! 少年がお姉さんの専業主夫になれるか見定めにきたよ」

 ベアトリクスさん他数名がゾロゾロと入ってきた。

「なんだか焦げ臭くねぇか?」

 やってきた藤井さんに言われて気が付く。コンロの火を落とせと摘みに矢印が出ていた。地味過ぎて気が付かなかった。


 とりあえず、ご飯も出来たようだし、矢印の示した中華鍋を手にする。家にあった中華鍋よりも遥かに大きい、しかも柄がない。いや、耳みたいな手で掴む取っ手が付いている奴で、テレビでは見た事あるのだが……。普通の中華鍋も使ったことがないし同じことか。

 熱した中華鍋にお玉で油を入れる。指示通りの量が掬えずにもたついたが気にしない。なにせ初めてなんだ。そして溶き卵。卵を割るのに失敗して度々殻が混入したのは最高機密だ。次にご飯:1.5kg。いやいや、炊きあがったご飯は3kgはありますよ? これは二回に分けて作るってことなのか?

 ご飯を分けているうちに卵に熱が通り切り完全に固まってしまっていた。気を取り直そうとする俺に再びの指示、忙しくて嫌になる。って、鍋を振れ⁉ 熱くて触れないよ! どうやればいいんだよ。

「布巾なら、後ろにあるわよ」

 花代さんに言われて、布巾を使うこと気が付く。

 布巾で取っ手を掴んだ俺に再び難題。それでも熱いのだ。そしてコンロの火が半端なくて、近づくだけで熱い、それに怖い。なにより鍋が重くて指示通りに振れない。具材の入った大鍋を片手で振るとか無理です。

 そんな感じで出来たチャーハンを審査員の皆様に実食して頂いたわけだ。

「なんか凄く油がギトギトしてるんだけど……」

 ベアトリクスさんが見た目の感想を漏らす。あれは二回目の奴だ。筋肉がパンパンで全然振れなかったんだよなぁ~。今でも腕が痛いし、全然上がらない。

「こっちは焦げが酷いな」

 ああ、ご飯を焦がした上に、チャーハンでも焦がしたからなぁ。

「ネギをちゃんと切ってないから全部繋がってるねぇ」

 花代さんが呆れている。阿蘇の方の高菜の伝統的切り方です。嘘です。ごめんなさい、包丁を握ったのって家庭科の授業以来なんです。あれも他の人に任せっぱなしだったし。

 そして点数は、一点、一点、一点、二点、一点、三点、一点、一点、一点、一点。ベアトリクスさんと花代さん以外は厳し過ぎです、皆さん。って、これ何点満点なんだろう。

「う~ん……これじゃあ、お姉さんの婿になるのは厳しいかな。修行あるのみだよ、少年」

 婿入りを希望をしていた訳ではないのだが、三点を出したベアトリクスさんから婿失格の烙印を頂きました。

「これでは料理人として生きるのは無理ですな」

 ああ、バトラーさん。やっぱり俺の考えていることが解っていたのね。


 そこにお嬢様登場である。

「どう、少しは役に立ちそうかしら?」

 お部屋で休んでいてください。

「駄目ですな」

 一口も食べていないバトラーさんが断言。って見ればわかるか。もっともバトラーさんは料理前から失敗すると見越していたけどね。

「ただ、タイミングや量などを見計らうのは上手ですので、煮物等に専念させれば、それなりに満足な物を作れるかと」

 もしかしなくても、バトラーさんって俺の能力に気が付いている?

「そう。では、その様な物を作らせますわ。コックたちと相談してメニューを作っておきなさい」

 お嬢様はそれだけ言うと厨房から出て行った。

「お嬢様が俺達の方の厨房に来るのは珍しかったな」

 藤井さんが漏らす。ああ、厨房ってお嬢様用と使用人用に分けられているのか。で、コックはそっちにしか居ない……と。どうりでコックさんを見かけないはずだ。

 それは兎に角、こうしてトレーニングに加えて料理の特訓まで俺のスケジュールに加わってしまったのである。ああ、懐かしき、自堕落な引きこもりの日々。

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