お嬢様の恋敵
「転入してきた、『馬野骨造』くんだ」
翌日、俺は学校にいた。
ぼんやりとしている間に、お嬢様の恋敵を誘惑する役目になっていたらしい。
室内を見渡すと、いわゆる『教室』って感じで高校生っぽいのが30~40人程座ってる。
「席は藤原安寿の隣だ」
聞き覚えがある名前だ。それもそのはずで、今朝もお嬢様の恋敵の家に馬糞を置いたのだが、その恋敵の名前が『藤原安寿』だったからだ。
彼女は可愛かった。小柄な上にそれ以上の小顔。大きな瞳は小動物系のそれである。そしてピンク髪がふんわりとウェーブ。う~ん、異世界だなぁ。そう思っていると例の数字が出る。
可愛さ:98
納得の高さである。お嬢様は美人度:96だったから、リチャードとやらの好みが可愛い系だったらお嬢様の願いは厳しい状態だ。
「あの、教科書を一緒に見ませんか? まだ持っていませんよね?」
席に着いた俺に声をかけてくる。しかも優しいようだ。
「ありがとう」
俺の返事を聞き彼女は微笑んだ。大きな口の白く煌めく歯が眩しい。
優しさ:100
お嬢様、勝ち目はありません。嫌がらせに馬糞を置かせに行く人では勝てません。諦めてください。
机を寄せ合い教科書を見せてもらう。読めない。授業もなにを言っているのかさっぱりわからない。
隣から発せられる柔らかく甘い香りを嗅ぎながら考えた。家の前に馬糞を置かれても本人は臭くならないんだな……と。
それはとにかくとして暇である。古文や歴史といった地球での知識が役に立たないからついていけないというレベルでは無く、根本的になにを言っているのか理解できない。正直、異世界を舐めていた。なまじ言葉が一緒で食べ物も同系統で人間や馬もいるから授業内容も似たようなものだと勝手に思っていたのだ。教師が「四元素が~」と言いながら、読めない文字で何かを板書している。板書の文字は見たことが無い文字であった。高校に行ってないから学業が致命的に遅れたってわけじゃないよな?
暇なので、ぼんやりと考えた。竜安寺っていうのはやっぱり凄いようだ。戸籍や住民票がない、この世界に存在しないはずの人間である俺を一日で高校生に仕立て上げ、制服のみならず学籍までも用意するとか普通じゃできない。その気に成れば死神のノートも一晩でそっくりにコピーできるのではないだろうか。藤原安寿の隣の席も予定されていた可能性が高い。なにせ藤原安寿を口説くのが俺の仕事だからだ。
そんなわけで性的な視線で藤原安寿をマジマジと見る。可愛いなぁ。授業についていけない元引きこもりの俺が口説くのは無理だとわかる。バトラーさんに言えば必要なものを用意してくれるらしいが……札束で頬を叩いてみるか?
俺の視線に気が付いたのか、彼女がチラリとこちらを見た。目が合った。慌てて目を逸らしかけたが、じっと見つめ返してやった。かなり長い間見つめ合った気がしたが、実際には精々数秒だろう。彼女は軽く微笑むと視線をノートに落とし、何事もなかったかのように板書をノートに写し始めた。勝った。
----完----
なんてね。『恥ずかしいのを我慢して、相手が目を逸らすまで見つめました ~完~』なんて報告するわけにはいかない。目を合わせるだけでも恥ずかしいのだが、これも仕事だ。なんといっても、館を放り出されたら飢え死にする可能性だってあるのだ。背に腹はかえられない。恥ずかしいが呼び方も『藤原さん』ではなく『安寿』の方がいいのか? いきなりだと慣れ慣れしくて引かれてしまうだろうか?
そこでふと気が付く。じっと見られたら気持ち悪くないかと。そう考えるとさっきのリアクションは……。
好感度:38
照れ:0
嫌悪感:0
親密度:12
例の数字が出てきた。なんだか初めて参考になった気がする。低そうだが会ったばっかりだし仕方がない。元ひきこもりとしては嫌われてないだけでも上出来である。お嬢様よりも好感度高いし……お嬢様は軒並み0だから。そして、藤原安寿に照れなど存在していなかった。
授業が終わり、一応お礼を言う。
「教科書ありがとう。助かったよ」
何が書いてあるか全く読めなかったが、印象を良くするように心掛けなければならない。
好感度:42
あれ、上がった?
「いえ。お昼休みには学校内を案内しますね」
「助かるなぁ。こんな可愛くて親切な子の隣になれて俺は幸せだ」
「え⁉ そ、そ、そ、そんなこと全然ないですよ」
顔を真っ赤にして俯く。言ったこっちも恥ずかしい。
好感度:58
恥ずかしさ:80
数字が跳ね上がった。もしかして……こいつちょろくね?
そうこうしているうちに昼休みになった。授業の合間毎にコミュニケーションの結果を確認してみる。
好感度:72
信頼度:18
好感度が跳ねあがっていた。信頼はされてないけど、結構好感を持たれたらしい。『安寿』と呼んでみても数値上は問題が無かった。この調子でいけば、可愛い彼女をゲットの上にお嬢様からボーナスまで出るんじゃないか?
「それでは案内をしますね」
先行する安寿に対して、言われるがままに後を追う俺。
学校は『予想以上に想像通りの学校』だった。
制服があって、男子は学ランで女子はブレザー。普通にグラウンドがあり、複数の教室が廊下で結ばれ、体育館に職員室、用務員室なんてものまであって、小学と中学しか知らない俺にとっての『想像通りの学校』だった。二階建てなのと木とレンガ、土塀で作られていること、それと上履きに履き替えないことくらいしか違いがない。今ここで異世界と言われても納得できないだろう。
渡り廊下で安寿が立ち止った。
「ここから先は立ち入り禁止だから気を付けてくださいね」
「立ち入り禁止?」
「はい。わたし達は普通科だから。ここから先は貴族の人や大金持ちの人、それと凄く優秀な人達が通う特別科用の校舎なんです」
お嬢様も同じ学校ってバトラーさんが言っていたことを思い出す。それなら同じ馬車で連れてきてくれればいいのに、と思いながら一時間以上歩いて学校にやってきたのだ。お嬢様はもしかしなくても向こうの校舎にいるのだろう。
「それじゃ、食堂に行きましょう」
そんな事を思っていたら安寿が昼食を兼ねた案内を申し出た。食堂まであるのかと少し感心したが、困ったことに金が無い。
その時、向こうから人がくるのが見えた。
「俺達は立ち入り禁止だけど、向こうから来るのはいいの?」
「はい。来る意味がありませんから。そんな物好きは滅多にいませんよ」
安寿はコロコロと可愛らしく笑う。
「物好きが来てるけど?」
俺の指摘に彼女が振り返ると途端に頬が桜色に染まる。
「リチャード様……」
「やぁ、安寿。君の姿が見えたから降りて来たよ」
俺の学ランとは布から違うお洒落なブレザーを着た男が白い歯をキラリと輝かせて笑う。あー……もしかしなくても、これがお嬢様の婚約者にして懸想人のリチャードか。気品あふれる美男子。もうね、少女漫画の王子様って感じだ。勝手にしてくれ、ってもんで、美男子度の数字すら出やしない。見たくもないから出ないというだけなんだろうけどさ。
それよりも俺にとって重要なのは安寿がこの男にどれくらい惚れているかってことだ。
好感度:530000
信頼度:530000
夢中度:530000
一、十……。あ~…これって最大100じゃなかったんだ。
えっと、これを誘惑するのが俺の仕事だっけ。うん、無理。
ちなみにリチャードは安寿をどう思っているかというと……
好感度:530000
信頼度:530000
夢中度:530000
お嬢様、ゲームセットです。
どうしたものかと思いながら、桃色の世界を作り出している二人を眺めた。