色々と不条理である
神様助けてください。俺は神に祈った。しかし、世の中は無情で不条理に満ちている。流石にいきなり異世界に飛ばされるほどの不条理はそうないだろうが、少なくとも剣を持った悪意を滾らせる男が目の前にいる程度のことはあり得る程度には不条理だろう。いや、自分から男の居場所に向かって行ったのだから、むしろ条理なのかもしれない。
「諦めて俺に媚びて、精一杯満足させれば気が変わるかも知れないぜぇ」
漫画でもあまりみかけない三文悪役なセリフを吐く男はベアトリクスさんを見て----主にその体の一部なのだが----下卑た笑いを浮かべる。こんな人間が居るとは信じられない。異世界だからと思うことにする。
とはいえ、普通にピンチなのは間違いない。せめて俺が戦力になれればいいのだが、武力:5に大怪我をさせられる身では役に立てることはないだろう。三つ目の武道家ではなくとも、役に立てないと置いて行くはずだ。真っ白な顔の超能力者な武闘家よりも弱い俺だし。
「どうにかして逃げられませんかね?」
建設的提案をベアトリクスさんにしてみる。
「逃げる? なんで? 大丈夫。少年には指一本触れさせないから」
無理ですって。彼我の武力に差がありすぎますって。実力差くらい把握しましょうよ。
「おいおい。そんなガキよりも自分の身を心配した方がいいんじゃないか?」
俺が悪党でも同じことを言うだろう。ただ、俺は自分の身の方が可愛いです。
「言っておくけど、アンタみたいな悪人面は少年とは釣り合わないから。想像しても全然萌えない」
「おい! テメェ! 妙な想像をするんじゃねぇ!」
残念ながらあの悪党と同意見です。
「もっとも、あの成金貴族を待ち伏せて駅で随分と長い禁欲生活を強いられたからよ、そっちのガキで遊ぶのもいいなぁ」
やめて! イヤらしい目で俺を見ないで!
「少年を妙な目で見るのを止めてくれないかしら? このヘンタイさん」
「そう誘導したのはテメェだろ! そもそも、テメェがそんな目でオレらを見てるんだろ!」
再び悪党と同じ意見になってしまった。意外と気が合う……ことはないと思いたい。
「ってことで、目を潰す」
ベアトリクスさんの宣告と同時に悪党の顔面で爆発が起きた。
顔を押さえて転げまわる悪党。いったい何が起きたの?
「魔法かよぉぉぉーー‼」
そして叫ぶ悪党。
「次は脚」
今度は悪党の膝の辺りで爆発。
「テメェ……『紅蓮のベアトリクス』ならそう名乗れよ。そしたらオレだって逃げたんだよぉ」
二つ名って……冷静に聞くと恥ずかしいよね。それよりも武力至上主義じゃないの?
魔力:1836
武力とか魔力とか……。これもうわかんねぇな。
「なんでアタシが名乗らなきゃいけないの? その名前はもう捨てる予定なんだし」
ベアトリクスさんが俺にウィンクしてきた。実は松尾さん以上にヤバイ人な気がしてきた。思い出せば松尾さんも気圧されていたし。
「生きて運ぶ必要もないし……さようなら」
「ま、待て! オレを雇った奴の特徴とかも教えるからさ」
「アタシにはもういらない情報なの」
人が死ぬのとか正直見たくないんですけど、自然と目を背ける自分が居た。
そして響く蹄の音。うん、蹄?
「ベアトリクスさん~」
五騎ばかりの使用人がこちらに向かってきていた。
「どうする? ヤる?」
ベアトリクスさんが耳元で囁く。ヤるって殺すだよね? 殺すと書いて殺ると読む奴だよね? 勿論NO! である。
「お土産もできましたし、帰りましょうよ」
寝転ぶ悪党を一瞥した。
「そうねぇ。これで最悪の事態は避けられるのかな? お嬢様の馬車が無事なら」
ああ、それもあった。
「馬車に関しての連絡は間に合ったのかしら?」
ベアトリクスさんが後続の騎馬に聞いた。
「いや、私らはその話を途中で聞いただけなんで……」
そして俺の様子を窺うベアトリクスさん。同僚なんだから、簡単にヤるとか言わないでください。
「そう。例の賊は捕まえたわ。なんと、この馬野くんが大活躍。さっと見つけて、パパッってやっつけちゃったんだから」
ベアトリクスさんが説明する。信じられない様に顔を見合う使用人達は暫くして、合点がいったように頷きあった。
「そういうことにしておきますよ」
全てを了承したかのような苦笑いを浮かべる一同。
こうして俺は悪党を含む一同と共に駅に帰ることになった。そんな俺が祈ることはただ一つ、お嬢様の馬車の無事だけだ。
「う~っ、う~っ」
猿轡を咬まされた悪党の呻き声で思い出した。ついでに、この悪党さんのケガの回復も祈っておこう。ほんの毛の先ほどではあるが。




