盗作王に俺はなる!
「……」
「……」
「……」
無言。お嬢様が色っぽいのは置いておいて、車内は静かであった。馬の走る音と車輪の回る音、そして振動が強調される。
正直に言ってこの二人、凄く絡みにくい。上下関係がはっきりしているのもあるのだろう。だが、それがなくても美人でツンケンしているお金持ちのお嬢様と、俺が考えている事に答える老紳士。絡みやすいはずがない。っていうより、異世界に来なければ一生絡むことがなかった人種だろう。
「……」
「……」
「……」
沈黙が辛い。緊張感で死にそうである。俺を無視していていいから、二人で雑談でもしていてください。
「そこのあなた」
そして何故か俺に話を振るお嬢様。
「何か面白い事を言いなさい」
なにこの無茶振り。だけど、ある意味チャンスかもしれない。
「じゃ、じゃあ『走れメロス』など……」
そう。異世界なのだから、他人の作品を自分で考えたように語ってもいいじゃないか。
「いいでしょう。任せました」
「メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した」
自慢じゃないが国語・古文・漢文は弟直伝の丸暗記方式でかなり得意なのだ。漢文なんてレ点くらいしかわからないのに満点だし。……ここだと何の役にも立たないけど。
「邪智暴虐の王って……なにをしたのかしら?」
お嬢様が質問してくる。止めて。横やりを入れないで。暗記が台無しじゃないですか。
「王様は人を殺します」
「王様が⁉ なんで?」
「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな悪心など抱いておりませぬ」
「たくさんの人を殺したのかしら?」
「はい、はじめは王様の妹婿さまを。それから、御自身のお世嗣を。それから、妹さまを。それから、妹さまの御子さまを。それから、皇后さまを。それから、賢臣のアレキス様を」
「驚いたわ!」
お嬢様は驚いた様な、呆れた様な表情になる。何故かお嬢様とメロスな会話になったが、これならスムーズに話を戻せそうだ。
「人を信----」
「王家に対する不敬罪で磔ね」
今、なんと⁉ 苛立ちを隠せぬ様子でお嬢様が冷たく言い放ったのだ。
「我が国は『王国』です」
バトラーさんが真顔で注意してきた。ここでゲームオーバーなの⁉ 数字の役立たず!
怒り:9800
貴子は激怒した。って違うよ! そんなのを計測しても意味ないんだって!
よくよく考えてみれば、王様の甥と婚約しているのだから、気分は良くないよな。そして相変わらず数値が出ずに感情を読み取れないバトラーさん。もしかしなくても俺ってば、今ピンチ?
お嬢様が大きく溜息をつく。釣られて俺の肩がビクッと動いた。
「当家からその様な者を出すわけにはいきませんわよね?」
「はい。リチャード様との婚約が破棄されるだけでは済まないかと」
バトラーさんの答えを聞いて、お嬢様が再び溜息をついた。
「幸いなことに、ここにはこの三人しかいませんわ。聞かなかったことにして差し上げます。今後は気を付ける様に」
「は、はい! ありがとうございます」
無罪放免となり、思わず涙ぐんでしまった。
だが、盗作するのは悪くない気がしてきた。上手くすれば屋敷を追い出されても野垂れ死にを避けられるかもしれない。宮沢賢治の“やまなし”なんかはどうだろうか。
「クラムボンは実在しますぞ」
いるの⁉ って、バトラーさんに突っ込まれた。止めて、人の頭を覗かないで。梶井基次郎の“桜の樹の下には”----
「桜はありませんぞ」
存在しない桜を知っているバトラーさん……
「人の作品を自分の手柄にしようとするのは如何なものでしょう」
そして普通に注意された。
「まさか当家にそんな恥知らずがいるのかしら?」
俺達の会話にお嬢様が合流。ごめんなさい。もう考えません。ってか、こっちの文化とか感情の機微を知らな過ぎて、やっぱり無理だ。職業として成立しているのかも疑問だし。
それに……うん。俺って字が書けないからそういうのって初めから無理なんだよね。俺が人を雇えれば口述筆記とかもあるんだろうけどなぁ。
そして車内は気まずい沈黙に包まれる。馬車は以前と変わらぬ蹄と車輪の音と振動を響かせながら進むのであった。




