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残り四キロ

 竜安寺貴子の高笑いに構わずに質問をしてみた。

「えっと……ここはどこなんですか?」

 俺にとっては、彼女が美人かどうかよりも切実な問題なのである。

 俺の質問を聞いた竜安寺貴子は露骨に不機嫌な表情をすると一言。

「松尾」

 説明をマッチョな青年に任せたようだった。


「ここは竜安寺家の牧場だ。厳重に警備されていていたはずだ。そこに侵入しておいて、知らないはずはないだろうが」

 説明というより、追及に近い口ぶりだった。

「あの、竜安寺家ってなんでしょうか? 目が覚めたらここにいたんですけど」

「とぼけるのもいい加減にしておけ。まぁ、いずれ口を割ることになるのだが」

 俺の質問を全く聞き入れずに、指を鳴らしながら宣告された。口を割るとか、表現が物騒だ。


「バトラー!」

 そんな俺達のやり取りに構わずに竜安寺貴子が突然大声を出した。すると馬車から黒い紳士服に身を包んだ男が出てきた。年の頃は六〇歳くらいだろうか。中肉中背で柔和な表情を浮かべるその男はどこかで見たことがある雰囲気を漂わせていた。

「嘘は言っていないようです」

 男は穏やかな表情のまま静かに言った。

 それを受けて竜安寺貴子は暫し考え込んでいるようだった。

「記憶喪失か何かと思われます」

 バトラーと呼ばれた男性が竜安寺貴子に補足する。

「なるほど、それならこの竜安寺貴子を知らなくても納得ですわ」

「何かと使い道がありそうです。この男の処遇は、このバトラーに一任させて頂けませんか?」

 バトラーなる老紳士は納得したように頷いている竜安寺貴子に対して提案した。

「いいでしょう。任せましたわ」

 竜安寺貴子は興味をなくしたかのように馬車に乗り込んだ。

「松尾くん。君は彼の教育係りです。記憶を失っているようだから、彼の質問には出来るだけ答えてあげなさい」

 バトラーは松尾にそう告げると、竜安寺貴子に続いて馬車に乗り込んだ。

 どうやら俺は、いつの間にか彼らに教育を受ける立場になっていたようだ。そこに俺の意思は介在していない。

 そんな俺の困惑を他所に、馬車は俺と青年を置いて駆け出して行った。


「てめぇの所為(せい)で残りは歩きだ」

 馬車が見えなくなると青年が俺に愚痴ってきた。

「えっと……なにが起きたのかわからないのですが………」

 存在だけで俺を威圧する青年に質問してみる。

「行くあてのないお前を貴子お嬢様が拾って下さったってことだ」

 青年がついて来いと言わんばかりに歩き出す。

「あの、お嬢様とか竜安寺家とかって何なんでしょう」

 (だる)い脚に無理をさせて青年を追いかける。

「本当に記憶喪失みたいだな」

 青年の反応には呆れと驚きが混じっていた。

「いいか。竜安寺家は今一番勢いがある新興貴族だ」

「え? 貴族……」

「ああ。現当主……貴子お嬢様のお父上の代から貴族になったのだが、元々が大商人だったから、その資金で勢力を一気に拡大しているのだ」

 何時から華族制度が復活したのだろうか?

「落ち目の貴族連中は金で爵位を買ったとか、成金貴族なんて陰口を叩いているようだが、所詮は負け犬の遠吠えよ」

 俺の疑問を他所に勤め先を自慢げに語る青年を横目に、ふと考える。貴族に馬車に金髪縦ロール、地平線しか見えない牧場。日本じゃなさそうだ。一方で、日本語を使うのって日本だけのはずだ。考えるほどに頭がおかしくなりそうだった。


「お前も竜安寺家に、いや、お嬢様に拾われて良かったな」

 青年がしみじみとそう言っている横で、俺はもう一つの頭がおかしくなりそうな現象に襲われていた。地平線の先に建物が見えたかと思ったら、例の数字が出てきたのだ。


 残り距離:4km


 足が限界だったから、残りどれくらいか知りたかった。そう思った瞬間に出てきたのである。

「あの……この数字はなんでしょう?」

 俺は青年に聞いてみた。

「数字?」

「この『残り距離:4km』……って奴です。今も少しずつ減っているのですが」

「おー大体そんなもんだ。よくわかったなぁ」

「いや、だから数字が……」

 青年はキョトンとしている。これは俺だけに見えているのか?

 だとしたら説明しても変に思われて面倒だ。黙っておこう。俺はそう決めると怠いを通り越して痛くなった足を引き摺って、ようやく地平線の先に見えていた建物に到着した。


 建物には三人の屈強な男たちが待機していた。ふと、この男たちと松尾なる青年のどちらが強いのか気になった。順に武力63、67、61と数字が浮かぶ。きっと、松尾の80の方が強いのだろう。

「その珍妙な格好の奴が例の侵入者ですか?」

「ああ」

 松尾は武力同様に他の三人よりも格上なのか少々偉そうであった。それはとにかく、珍妙な恰好と言われて、再度自分の恰好を見た。中学時代のジャージに靴下。確かに珍妙だ。靴下が擦り切れてボロボロだが、これが無かったら足の裏が擦り切れて歩けなかったことだろう。

「しかし、俺達が警備してるってのに妙な話ですよね」

「お前らの警備が杜撰だったんだろうよ」

 松尾の返事は素っ気ない。

「ところで馬車は?」

「もう用意してあります」

 馬車を確認した松尾は俺に対して外に来いと目配せしてきた。


 外には馬車があった。しかしそれは先ほど見た豪華なものとは違い、二頭の馬が大きなリヤカーを曳いているようなものだった。そしてリヤカーには満載の荷物。

「お前は後ろに乗っておけ」

 青年はそう言うと自分は前の方に座り手綱を取った。

「俺は『松尾左陣』。尊敬と親愛を込めて『松尾さん』って呼んでくれ。お前は?」

 荷物の隙間を見つけて乗り込むと松尾左陣と名乗った青年は手綱を動かし馬車を動かした。

 一瞬自分の名前を名乗ろうかと思ったが、変な名前と思われても困る。右も左もわからない場所で放り出されても困るのだ。

「あの……記憶が………」

 折角なので記憶喪失の設定に乗っておく。

「フーン……不便だな」

 松尾は興味がなさそうに手綱を動かす。

 初めて乗った馬車は、俺の前途を暗示するように驚くほど揺れたのだった。


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