食堂での出来事
五月女美菜の前には空となった皿が三枚ほどある。先ほどまでカルボナーラとペペロンチーノとナポリタンが大盛で盛られていた皿である。
当の五月女は〆と言わんばかりに親子丼を掻っ込んでいる。
「ほふぁ、キミぶぉえんろすないべ」
そして咀嚼しながら俺に何かを言った。
「もう、美菜ったら行儀が悪い! 飲み込んでから口を開きなさい。なにを言っているのかわかんないわ」
安寿の注意を受けた五月女がコップを口に運ぶ。水で一気に流し込む気だろう。勿体無い。
「えへへ、ごめんごめん。キミも遠慮しないで食べなよ。学校の奢りなんだしさ」
そう言われる俺の前にはビーフシチューとフランスパン。美味しい事は美味しい。しかし、丼ものがあったのなら先に言って欲しかった。何といっても米である。米。大事な事なので二度確認した。二週間も口にしていない白銀のでんぷん質。そう、それが米。日本人の命。
それに俺は朝食を無理やり食べさせられたせいか、あまり食べられそうにない。無念である。せめて米、またはライスであったのなら……って同じか。
仕方がなく、フランスパンでシチューを掬い一口食べる。これはこれで美味しい。そして、安寿の皿を一瞥。こっちはオムライス。ケチャップとは違う褐色のソースがかかっている。俺が知っているオムライスとは違う。でも米。羨ましい。いや、いっそ妬ましい。
それもこれもメニューが読めないから……と、目の前にいる褐色の少女にお勧めを頼んだのが間違いだった。素直に読めないと言おうかと思ったが、お嬢様の耳に入れば朝のトレーニングに勉強が加わりそうなので止めておいたのだ。
「でもさ、特別科ばっかり美味しい物とか食べ放題でズルいよね。しかもタダだし」
親子丼を流し込み終えた少女が声を小さくして言ってきた。
「ボクは貴族とかじゃないのに、運動が出来るってことで特別科に入れて貰ってるからさ、何だか普通科の皆に申し訳なくって」
「申し訳なく思う相手が違うんじゃなくて?」
俺の背後から聞き覚えのある甲高い声がした。振り返るのは止めておこう。触らぬ神に祟りなしである。
「この場に似つかわしくないのが三匹ほどいるようですわね」
ええ、まるで高級レストランの様な食堂で緊張しておりますとも。恐縮しながらも、聞こえないふりをしてシチューを一啜り。うん、美味しい。味の深みが違うね。
「ここは私達の寄付で運用されているのです。ですから、その慈悲にあやかって食事をしている山猿と乞食の様に食事を漁る者達は目立たない様に端っこでコソコソと食べてはいかが?」
「その言い方はなんだい!」
五月女嬢が立ち上がる。「止めて! お嬢様を刺激しないで!」心の中でそう叫んでパンを食べる。
「あら? お猿さんには私の言ってることが理解できないようですわね。そもそも、普通科の生徒の立ち入りが許可されているのは従者を入れる為でしてよ。貧乏人が貧乏なお友達を招いて食事を集るためじゃありませんの。おっと、貧乏人じゃなくて山猿でしたわね。貧乏な庶民の口には合わない料理でも山猿は気にいったのかしら? そこの庶民は私たち向けの料理を食べ過ぎて死なないように」
続けて、例の笑い声が背後から聞こえた。
「残念ながらボクは農家の子で山育ちじゃありませんよーだ!」
変な部分で反論したお嬢さんは下まぶたを下げながら舌を出す。あかんべえとか久しぶりに見た。
「美菜、やめなよ」
安寿が注意するが五月女は無視して続ける。
「それに安寿が特別科にいけないのだって、婚約者に振られそうなどこかの哀れな成金貴族様が八つ当たりで嫌がらせをしてるだけじゃないか!」
ああ、やっぱり。嫌な予感が的中した。だけど五月女さん、ちょっと違います。振られるも何もお嬢様はスタートラインにすら立てていませんよ。
「やはり、あなたとは一度白黒つけないといけませんわね」
後ろから凍り付いた様な声が響く。
「じゃあ、こうしようよ。次の実技試験で、成績の悪かった方が謝るってことでどう?」
随分と軽くないか?
「ふふん。いいですわ。敗北の屈辱に加えて、謝罪による恥辱のあまりに涙を流すお猿さんの姿が目に浮かぶようですわ。試験を楽しみに待っていますわ」
そして笑いながら立ち去って行った。ここでようやく理解できた。ああ、お嬢様の価値判断の基準は自分なんだ。謝るのとか一番嫌な事の一つだろうから、他の人もそうだと思っているのだろう。
「なんか二人ともごめんね」
五月女が俺達に謝ってきた。
「美菜が悪いわけじゃないから別にいいよ」
安寿は続ける。
「でも、竜安寺さんには謝らないと駄目よ」
「だけど……」
「適当な事を言って竜安寺さんを成金とかって侮辱したんだし」
適当な事とは思えないのですが、それは……。
「適当な事なんて言ってないし……」
五月女とシンクロした。それに安寿が猛反発。
「竜安寺さんみたいに美人で素敵な人が振られるわけがないでしょ!」
素敵な人って……性格面が加味されてないのですが、それは……。あと、無自覚っていうのは残酷だ。治癒魔法と合わせて二冠王である。
そして五月女が笑い出した。
「安寿は相変わらずだね!」
「笑い事じゃないのよ!」
そんな五月女に怒る安寿。
「うんうん。わかってるって。時機が来たらちゃんと謝るからさ」
この五月女美菜なる少女が一番安寿とお嬢様を理解している様である。屋敷を追い出されないようにお嬢様の扱い方でも聞いておきたいものであったが、無情にも昼休みはここで終わるのであった。




