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予感(3-1)

 青春の日々が過ぎるのは遅いようでとてつもなく早く、あっという間に大学祭当日を迎える事となる。

 大学生による学校祭は高校生までのソレより遙かにスケールが大きい。学業の一環というよりはすでに社会人への第一歩と言わんばかりの商売っ気が幅を()かせ、準備委員会から貸し出される物品だけでは足りず各クラスが独断で外部の業者からレンタルし飲食物も個人個人で買い付ける。周囲のスーパーや個人商店もこの時期は夜遅くまで不定期に需要がある事を熟知しておりそのやりとりはスムーズだ。

(みんな)、朝早くからありがとうございます~!」

 大学祭初日、朝早くから集合した面々に対し樋口羽衣美は感謝の言葉をかけ朝食としておにぎりやお茶を手渡し(ねぎら)った。一方で格段の早起きを強いられたクラスメイト達は軽く頭を下げながらも無言での挨拶が多い。

「おう、樋口こそ家遠いのにこの時間に来るの大変だったろ? ご苦労さん!」

 そんな雰囲気に少しだけ不満を感じた宗像玖耶が一際(ひときわ)声を張り上げた。

 実際、彼女は前日も遅くまでクラスやサークルで催事の準備をしており片道一時間程度の通学時間を考えると本日の睡眠時間は三時間程だろう。にも関わらず疲れを微塵も感じさせないその振る舞いに彼は関心していたのだ。

「あはは、クラス代表ですから! 今日は頑張って成功させましょうね!」

「おうよっ!」

 クラス代表になってからこの二人の距離がますます縮まっている事は誰の目にも明らかでありそんな空気を敢えて壊す程クラスメイト達も子供ではない。しかしながら眠いのもまた事実でありやる気に満ちあふれる二人を生暖かい薄目で見つめるしか(すべ)を持たないのであった。


「……あー、こういうの懐かしいな。高校生の頃バイトでたまーにやったわ」

 昨日夜に仮設営された什器を数人で起こし組み上げながら宗像玖耶が口を開いた。

「あー、やったやった。おかげで帰宅部だったのに夏は真っ黒だったわ」

 クラスメイトの男子が賛同する。集合から一時間程経過し最初は覇気の無かった生徒達も徐々にやる気を見せ始めていた。

「ごめんなさい、昨日も遅くまで頑張ってもらったのに今日も朝早くから重労働で……」

「いやいや、この程度。それに男手は少しでも多くないと、なっ!」

 宗像玖耶も昨日は夜遅くまで準備に追われておりアパートが近いとは言え疲労はそれなりに蓄積されているのだがそんな素振りは全くと言って良い程に表へは出さないのであった。

「……まぁ、他にする事もないし、よ」

「んん~? 何か言いましたか~?」

「……何でもねぇよ! そう言えば樋口ってサークルでも何か店出してるんだっけ?」

 ――ぴくん。

 それまで宗像玖耶と同じように口と手を別々に動かし準備に当たっていた樋口羽衣美の動きが、そこでぴたりと止まった。

「あ~……はい。お昼から、ちょっとした喫茶店を……」

「あぁ、そうなんだ? そしたら俺、……午後は暇だから行こう、かな~、なーんて……」

「え? いや~、……ソレがそのですね、……えぇと、」

 その曖昧な返答に宗像玖耶は一抹の不安を抱く。そもそも俺は突然何を言い出してんだ、ここは一旦引くべきか? 適当に誤魔化して開店準備に戻るべきか……そんな葛藤に内心苦笑していると樋口羽衣美が覚悟を決めた顔つきで口を開いた。

「じ、実はそのですね、そ、その……か、完全予約制の喫茶店でして……」

「……は!? 何だそれ?」

 適当にはぐらかされたか。そう思い宗像玖耶は相手の顔を横目で確認する。が、そこにはどうやら気まずさというよりも若干の照れが感じられる表情が存在しているだけだった。

「え、えぇとですね、実は……」

 そう言うと樋口羽衣美が突然パタパタと音をたてて近づき、その反応に驚いた宗像玖耶はほんの少し後ずさる。が、彼女はその距離さえも瞬時に超え彼の耳に顔を近づけ囁くのだった。

「その……ごにょごにょごにょごにょ……と、いうワケでして……」

「……はぁ」

「だ、だからゴメンなさいっ! ……なはは……」

 その恥ずかしそうな態度、少し下を向きながらおろおろと視線を左右に振り両手の人差し指を顔の前でしきりにすり合わせているその仕草に少しでも勘ぐった罪悪感を飲み込みながら宗像玖耶は口を開く。

「い、いや、別にそんな、気にすんなよ……それにしても、樋口ってそんな趣味あったんだな」

「へ? あ、は、はい、実は。あ、あはははは……」

 目線を上げ頭をかきながら笑顔を見せる樋口羽衣美。そんな朝の何気ない一幕。気がつけば朝十時からの開催に備え周りも少しずつ賑やかを増しており、負けずに彼等のクラスも什器を完成させ網焼き器の中に炭を入れて火を起こしうちわで火力の安定をはかり始めるのだった。

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