予感(2-4)
「……あ、あのー」
その時。ふいに、男達の後ろから聞き覚えのある声が頼りなく響く。
「「あァん?」」
男達が一斉に振り向いた。と同時に声の主は男達の脇をすれ違うかのようにすり抜ける。
「……良かったー、探したんだぜ?」
宗像玖耶はそうあっけらかんと樋口羽衣美に声を掛けた。
「じゃ、帰ろーぜ。……という事ですいません、この子達俺のツレなんで、そーゆーわけで」
「「「あァん!?」」」
「……あはは、やっぱりそうはいかないですかね、あはははは……いやー……あは、は……」
樋口姉妹をかばうように立ちはだかった宗像玖耶だが、その背は微かに震えている。
「……んで……?」
「ん?」
樋口羽衣美は必死に唾を飲み喉を湿らせ、擦れた囁き声で言葉を紡いでいく。
「なん……で……こんなあぶ……ない……こと……を……?」
その表情は、もしかしたら怒りにも似ていた。
「……あぁ、」
対する言葉にはやはり緊張感の欠片も無く、
「だいじょーぶ、何とかするさ」
――それはともすれば、あの時の無責任な担任のようで……
ぎりぎりぎりぎりと歯がぎりぎりぎりぎりと軋みぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりり
すると次の瞬間、
「……きゃ、きゃー! たすけてー! おそわれるー! きゃー!」
虫のような安寧と獣のような絶望が、突如間の抜けた棒読みの叫びで包まれる。
その声の主は樋口羽衣美でも樋口魅翠奈でもなく、そう、――宗像玖耶だった。
「きゃー、きゃー、たすけてー、このひとたちにおそわれちゃうー!」
二度目の叫び。と同時に何故か声の主は服を脱ぎ捨て再び上半身裸となるのだった。
ざわざわ。ざわざわざわざわ。
その途端、それまでの傍観が嘘であるかのように周囲の視線が集まり始める。
「おい、テメェ、ナメた事してんじゃねーぞっ……!」
男達の一人が宗像玖耶のTシャツの襟を両手で掴み上げ詰め寄った。
「へへ、へへへへへ……」
対する彼は唯々(ただただ)笑うばかりで、何の抵抗も示さない。
「たーすーけーてー、おーかーさーれーるー!」
「てめェ……!」
――パシャリ。
まさに男が殴りかかろうとした、その瞬間。
機械音声的なシャッター音が何処からか聞こえた。
パシャリ。ピピピ。パチ。ピコーン。
その最初の一回を皮切りに二次関数的な勢いで間の抜けた機械音声がその場を巡り始める。
「なんっ……誰だ、オラァ!」
男は周囲に問うが何の返答も無い。そうまるで今度は、男達が存在していないかのよう。
気がつけばその場に足を止めた者だけではなく、通りすがりの者まで携帯電話のレンズを男達に向けそして去って行くのだった。
「なんっ……だ……」
「おい、行こうぜっ! 撮られるのはマズいっ……」
「……けっ! この根性無しどもがっ……クソっ!」
そう吐き捨てると男は宗像玖耶を地面に叩きつけ唾を吐きかける。
「次会ったらタダじゃおかねーぞっ!」
そして都市公園の暗闇に紛れ、すぐに消えた。
街は、いつもの穏やかな喧噪を取り戻す。