予感(2-3)
「ねーねー、君可愛いねー、ちょっと俺らと遊ばなーい?」
「「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」」
会場を後にして十分程、東西に延びる都市公園に差し掛かった樋口姉妹は突然見知らぬ男達から声を掛けられていた。俗に言うナンパ、それもタチの悪い部類だという事はすぐに理解出来る。男達は見た目こそモヒカンだったり眉毛を極端に細く整えたヤンキーと言った分かりやすい風貌ではなかったが、もしかしたらポケットにナイフを隠し持っているのかもしれないと感じさせる程度には不審だった。
「えっと……ゴメンナサイ……ワタシ達……もう帰らないと……いけないので……」
――ぎゅ。
強く握られた妹の震える手を樋口羽衣美は決して離さない。離すわけにはいかない。
「おねー……ちゃん……」
「大丈夫よ。……ね? 魅翠奈」
「なになに、もしかして姉妹なのー? あんまり似てねーけどなー?」
「てゆーかお前のカッコ酷すぎね? 何だよそのジャージ? 原宿系ってヤツ?」
「「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」」
入学入社の時期。夜遅くでも中心街は人通りで賑わっており公園で酔っぱらいが騒いでいる光景も珍しくはない。そんな光景に溶け込んでしまっているのかそれとも皆が皆見て見ぬ振りをして足早に去っているだけなのか、見知らぬ男達に囲まれた二人の少女という現実に介入する者は居なかった。
「そんな恐がンなくても、別にヒデー事したりしねーからよー俺達と遊ぼーぜー?」
「遊びツっても、チょっとイてーかもしれねーけどな、あひゃヒゃひゃひゃ!」
「「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」」
――。
その刹那、樋口羽衣美の心音が一度だけ大きく、高鳴った。
と同時に視界がミリミリと音を立てて縮む。縮む。縮む。縮む。縮む――
「う……」
そして食道は胃液で焼かれ、
「ぐ……」
妹の手を励ますように強く握ったまま、――もう片方の手を咄嗟に口へと当てた。
が、耐えきれない。そのままへたりと膝を突き臓物まで撒き散らしてしまうのではないかと思う程の嘔吐感に苛まれてしまう。
「お……ね……ちゃ……」
立ち尽くす妹の悲嘆に暮れた感情が一文字ずつ口からこぼれ落ち頭にねとりと纏わり付いた。
眼球が、――熱い。目蓋の内側からこぼれ落ちる涙はまるで沸騰しているかのように泡立ちそして徐々に睫毛を包み込んでゆく。
あぁ、頭が、こめかみの奥がズキリと痛んだ。
脳漿が濁り記憶の闇が彼女を溺れさせていく。
それはやがてうっすらと、徐々に濃く、取り囲む男達の顔が、高校時代の同級生の顔に置き換わり――
――あぁ、そうだ。
きっと、誰も助けてはくれない。
そう、きっと、あの時のように。
彼女は胃液を飲み込み、涙を拭ってそう確信する。
助けてくれるのはいつだって自分と、魅翠奈だけ。
ゆっくりと眼を閉じ、そして再び開けたその時、彼女の熱は急速に下がり視界は元通りになっていた。
――何か。何か、この状況を切り裂ける何かを求めて。
覚悟を決めた彼女はハンドバッグに手を入れ必死に武器を探した。
その間にも、他人の幸不幸なんて知った事では無いと言わんばかりの様々な表情で他人が横をすり抜けていく。
――そうよ、ソレで良いの、ワタシだってアナタ達の幸不幸なんて知った事じゃ……




