予感(2-2)
「……なかなか個性的な私服ですね……」
十五分後、時間通りに指定通りの場所で再会した宗像玖耶の第一声がそれだった。
「あはは、あはははは……」
「……」
ほぼ初会話となるクラスメイトに会うだけあって宗像玖耶はTシャツの上にシャツを羽織るという至って当たり障りのない服装に着替えていた。樋口魅翠奈は黒のミニスカートにキャミソールの上からゆったりとしたドルマンスリーブの灰色チュニックを重ねており、髪型は所謂姫カットと呼ばれる類いのもので横や後ろの髪はまとめ上げ頭頂部で結んでおりその状態でも肩に触れる程に長くそして艶のある黒髪だった。姉と同じくメガネを掛けてはいるが細身の黒縁メガネでレンズ周りは下側にしか縁がなく自己主張の薄いタイプである。
そんな二人に対し樋口羽衣美はさほど現在と変わらぬ服装であり群を抜いてあまりにも浮いていた。
「ま……まぁ、普段からそーゆー服装ならむしろ初対面の時からちゃんと印象付けとくべきですよね、今日と明日でまるで趣味の違う服装ってのもおかしいし……」
「あはは……何だかスイマセン……」
「いやいや、別に似合ってるんだから良いと思いますよ僕は!」
実際ファッションに疎い宗像玖耶から見ても髪型やメガネを含めた全体的な統一感がひしひしと感じられ熟慮された着こなしという事は一目瞭然でありむしろそんな自分を初日からクラスメイトに披露出来る度胸がちょっぴり羨ましいくらいだった。
「それに比べて僕なんかちょっと野暮ったくて、ははは……」
「そそそ、そんな事無いと思いますよ、似合ってます、……似合ってるよね、魅翠奈?」
「……」
「はは、あはははは……」
しかしこんな服装でも部屋に眠る色あせたスカジャンやウィンドブレーカーよりは遥かにマシだよなぁ……そうさ、俺にはこれが精一杯なんだよ……
――そんな彼の悲痛な叫びを、幸運にも誰一人として聞く事はない。
「あー、お前ら入学式の後で何か青春してたやつらだろー!」
「えー、何々、どーゆー事―?」
「あれー、お前いきなり告って無かったっけ?」
懇親会は大部屋で行われ、自己紹介に始まり軽食からカラオケ、飲酒へと徐々に無礼講で進んでいく。助けて貰った事もあり宗像玖耶は樋口羽衣美と話をする機会が多く入学式での出来事も重なって早速クラスメイトからは冷やかしの対象にされてしまう一方で樋口魅翠奈は聞きに徹しており質問されれば言葉に詰まりながらも返答すると言った程度で基本的にはずっと姉の傍に居るのだった。
ちなみに加治佐眞子にギャグを否定され冷たい目で見下されたあげくにカラオケでは自身の上半身裸を披露したのも全てこの日の出来事である。
「「おつかれさまでしたー!」」
会が終わりクラスメイト達は唐突に夜の繁華街へと放り出された。すぐに帰宅する者、特に目的も無くなんとなしでその場に残る者、様々な集団が生まれていく中で宗像玖耶は後者に属し見慣れぬ空をやはりただ意味も無く見上げている。
すると目の前を樋口羽衣美が横切った。どうやら彼女は前者に属するようだ。
「あ、樋口さんはそろそろ帰るの?」
「えぇ、終電もありますし」
「……そっか」
酔いに任せ出会った時よりほんの少しだけ親しげな語尾を宗像玖耶は口にした。もちろんこの程度で何かをアピールしたかったわけではないしそもそも初対面であろうがこの程度に砕けた喋り方をする面々の方が大半だった。
「あはは、ようやく堅苦しい喋り方じゃなくなってきましたね?」
「え……あ、あぁ、まぁ同い年だし……」
「うふふ、そーですよね! コレからまた、ヨロシクお願いします! それじゃあまた明日……魅翠奈~! そろそろ行くよ~!」
「……うん」
酔いを感じさせない普段通りの喋り方を披露する妹を連れ、彼女はするりと集団を抜け出す。
「あ、……あぁ。また明日、な」
その後ろ姿をいつまでも名残惜しそうに見守っていた彼に、やがてクラスメイトが声を掛けてきた。
「……あれ、送ってかねーの? 良い雰囲気だったじゃん?」
「あ、あぁ、俺この辺全然分かんねーし」
「なんだよ、別に駅まででもいーじゃん? 樋口さんて何で帰るんだっけ?」
「確か……電車って行ってたな」
「あらら、じゃあ駅まで歩くのかな? 地下鉄の駅はすぐそこだけど電車の駅は二十分くらい歩くぜ。二人とも酔ってるんだし男の一人でも付いてた方が良いんじゃね? なーんてな……」
――ぎゅう。
クラスメイトのそんな軽口に触発され宗像玖耶は知らず知らずの内に拳を握り込んでいた。
「……マジか。じゃあ……ちょっと俺、行って来るわ」
「お、マジで? いーねーいーねー、じゃー行ってらっしゃーい、駅まではこの道真っ直ぐだから安心して突っ走ってきなー」
目の前にある交差点の信号が点滅している。宗像玖耶はクラスメイトの言葉を背中に受け脇目も振らずに走り始めた。
今日出会ったばかりの女性を何故こんなにも追い掛けたいと思うのか、自分でもよく分からない。まさかこれが一目惚れというやつなのだろうか、だとしたら道案内をしてもらっただけだというのに自分は何と単純な人間なのだろう。……そんな自分に苦笑しながらも宗像玖耶は追い掛ける。




