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予感(2-1)

その日、入学式が終わり会場を出た樋口羽衣美は、さて入学生同士による懇親会まで何をして時間を潰そうかと思案中だった。

「あの~、スイマセン」

すると突然、一人の男性に声を掛けられたのである。

「……は、ハイ! ……ワタシですか?」

その声が自分に掛けられたものだと気づくのに数秒を要した彼女は思わず素っ頓狂な調子で返事をしてしまい途端に顔が熱くなるのを感じざるを得ない。一方で隣に立つ樋口魅翠奈は唯々(ただただ)無表情でその相手をじっと見つめていた。

「はいそうです、僕は同じクラスの宗像とイイマス。あの……すいません、地元の方デスカ?」

その人こそ、見知らぬ土地で一人右往左往する宗像玖耶だった。

「え、えぇ、ハイ、そうです、地元の方デス」

今となっては笑い話だが何故かお互いに片言での会話である。

「すいません、実は僕、実家から出て大学の近くで一人暮らしなんですが……その……」

「あ、……もしかして、道が分からない、とかですか?」

「え、えぇ、ハイ、家賃優先でボロアパートを選んだトコロ地図アプリにも出て来ないみたいで……住所もまだ覚えて無いもんで……ははは……」

入学式は大学内ではなく市の公会堂で行われているので土地勘が無い地方出身の宗像玖耶が道に迷うのも無理は無い話だった。

「なるほど。分かりました、住所はどの辺りですか? ……あぁ、ココでしたら地下鉄で二駅行けばすぐですし、歩いても三十分くらいで行けますね。どうします?」

「あぁ、いや、あんまり女の子歩かすのは悪いし、もし良ければ最寄りの地下鉄まで案内してもらっても良いですか?」

「ハイっ。……魅翠奈はどうする? 何処かで時間潰す?」

「……着いて、く。どうせ暇……だし」

「じゃあそうしよっか。……えぇと、むなかた、さん? 私は樋口。樋口羽衣美と言います。コッチは魅翠奈。ワタシの妹です、双子の妹」

「えぇと……じゃあ、樋口さん。申し訳ないけど、宜しくお願いします!」

そう言って深々と頭を下げる宗像玖耶は金髪に黒いスーツという出で立ちでありその身なりに反する柔らかな物腰は樋口姉妹だけに留まらず周りに居る入学生にも鮮烈な印象を与えた。

その仕草はまるで交際を申し込んでいるかのようで、そんな彼に対して彼女がどんな返事をするのか、周囲が期待するのも無理はない話だったのかもしれない。

「あ、あの……分かりました、分かりましたから行きましょう、早く行きましょう、向こうです、向こうの歩道にある階段から地下街に行けます、ソコから地下鉄に乗れますからっ!」

そんな周囲の視線をただ一人感じ取った樋口羽衣美は顔が熱くなるどころか真っ赤になっている確信を持って先陣を切り地下街へと降りる階段に向かった。


「……なので、あの改札を通って左側の階段を降りるとホームに出ますから、ソコから地下鉄に乗ってください。『北十二条駅』で降りればおそらく見覚えのある場所に出ると思いますよ」

「おぉ~そうなのか! ありがとうございますっ! えっと、今……あー、今はどの駅だ……」

「……」

なんとなしの直感ですがこの人は駅で降りる事が出来ないかもしれない、樋口羽衣美は素直にそう感じた。そもそもこんな具合ではたとえアパートに戻れたとしても果たして懇親会に間に合うのかどうか大いに疑問が残る。

「あの……そう言えば宗像さんは懇親会に出席されるんですか?」

「あぁ……そうですね、一応出席予定ではあるんですが……ははは……」

懇親会はこれまた大学近くではなく市の中心街にある居酒屋で行う事になっている。

「じゃあ良ろしければこのままアパート近くまで道案内しますので懇親会には三人で一緒に行きませんか? 私達は近所のコンビニとかでテキトーに時間潰せると思いますし」

「え、あ、もちろん大変ありがたいですが……良いんですか? 樋口さんも一旦帰宅して着替えたりとかあるんじゃあ……」

「大丈夫です、ワタシ達は私服持ってきてますから。ソレにクラスメイトなんですから困った時はお互い様です! ねぇ魅翠奈?」

「……お姉ちゃん、が、行くなら……着いてく」

「うんうん、よぉ~し、そうと決まれば行きましょう!」

「ありがとうございますっ!」

「……ですから~、道案内くらいでそんなに深々と頭を下げないでくださいっ~!」

「……す、すいません……ついつい……」


「……おぉ、ここだここだ、ありがとうございます、ここまで来ればもう分かりますっ!」

十分程で目的の駅にて下車した三人が地上に出るなり、宗像玖耶が喚声を上げた。

「良かったですね! えぇと、それじゃあ集合時間にはまだ一時間程ありますから十五分後に待ち合わせしましょう。集合場所はまたこの地下鉄の出口という事で」

「分かりました。本当にありがとうございます、それじゃあまた後で!」

二人が手を振りながら一旦宗像玖耶を見送るとそこから目視出来る範囲内に目的のアパートはあり、数分せずにそこまでたどり着いた彼は颯爽と建物内に消えていくのだった。

「……本当に、ボロボロのアパートなのね……」

樋口魅翠奈の言う通り、その木造アパートは遠目にもすぐ分かる程の築年数が感じられ周囲の新築マンションと相まってよりみすぼらしく見える。

「あはは……一応、部屋は広いんです! とは行ってたケドね……冬とか大丈夫かしら……」

「……それで、お姉ちゃん。時間まで私達は何処に行くの?」

「そーねー、確か大学沿いに大きなコンビニがあったハズだからソコで着替えも済ませちゃいましょ。歩いて五分もしないハズだし」

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