表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/41

蒼い月(1-4)

「あ……あははははぁ……両足ぃ……てぇ……?」

 憔悴し切った囚われ人は緊張の連続で強ばった表情筋をもはや満足に動かす事も出来ずだらしない語尾を披露していたわ。その顔はきっと笑顔のようにも見えていた事でしょうね。

 一旦部屋の奥へと消えた彼女が次にその存在感を示した方法は、音だったわ。

 ずりぃ、ずりぃと金属が金属を強く擦りつける、そんな音。けれども囚われ人は検視台に固定されていたせいでその地鳴りが何を意味するのかまったく分からないままだったの。だから彼女は親切にも、その腕に(かか)える暴力的な畏怖を検視台の上面に叩きつけたのよ。

 その金切り声は部屋よりも検視台に対して嫌という程に振動を伝えたわ。そして不幸な事にそれは気が違いかけた囚われ人を正気へと引き戻すのに十分な衝撃だったの。

 目を覚ました囚われ人がふと顔を横に向けると眼前には……赤錆びた鉄塔。

 冷静さを取り戻してしまった思考回路はその鉄塔の正体と赤錆の結末を徐々に理解して、


「え……ぇ……冗談……でしょ……?」


 その問いに彼女は返答する事無く囚われ人の顔を覗き込むと、口の中に無理矢理布を丸めた物を押し込んだの。余りの大きさに口を完全には閉じられなくなってしまった囚われ人は苦しさの余り両腕を拘束具が千切れんばかりに振り回そうとするけれどそれは、……叶わぬ夢。

「さて、と……まずは左足を頂戴しよう……」

 彼女は退屈そうに

「んんんんんっ!」

腕を振り上げると

「んー! んんー!」

特に狙いも定めず、

「んーっ! んー!」

乱暴に振り下ろしたわ。

「っ……!!!」


 その切っ先は囚われ人の大腿骨を丁度二分しようかという位置に叩きつけられ皮膚に深々と食い込んでいったの。

「ん……う…………ひっ……ひっ……ひっ……」

 想像を絶するあまりの苦痛に息を吸い始める事が出来なくなる程空気を吐き尽くした囚われ人は、すぐに痙攣を起こし始めたわ。被験者の生死には興味を失っていた彼女だったけどその痙攣の具合を横目で確認するとすぐに囚われ人の口に手を捻じ込んで、

「おい、……死ぬのは構わないが窒息は()めてくれ。何の実証にもならないんでな」

 唾液塗れの布を引き抜いたの。

「は……はぁ……はは……ぁ」

 肉と言うよりはまるで蒲鉾に研いだ包丁を重ねたかのように抵抗無く食い込んだ刃、その連なる峰からはどろりあふれる緋色の体液。止まらない。止まらない。止まらない――


 そう言えば痛い時って、……どんな風に痛がれば良いんだっけ?

 ――そんな事すらも判断する事がままならない世界を貴方は想像出来るかしら?

「理解したか? ……それは何よりだ」

 そして囚われ人がこの陰惨な箱庭で未練を失ったきっかけ、それは彼女がその手を再び、  

「何しろまだ……次でようやく、半分だからな」

 へばり付いた筋組織を無理矢理引き剥がし再び天を昇る暴虐の鉄槌、その表層は油脂でぬらぬらと薄白く煌めき涸れた赤錆びは艶やかな紅色へと変貌して、その瑞々しさは枯渇死に逝く私をまるで嘲笑っているみたい――

  

 ……あぁ、この世界は私の居場所じゃ、ない。

 

 ここは、ここはどこ? 私は何故こんな所にいるの!? 嫌よ、嫌、こんなの知らない、私の知ってる世界じゃない、もう帰る、私もう帰る! 出口は何処、ねぇ何処なの? 教えて、誰か教えてよっ…………あ、あれ……あはは、見つけた、見つけたわ、見つけたわよ! 出口、出口見つけた! あれ、でも身体が動かない、どうして? 何でこんなに苦しいの? もう嫌よ、私もう帰る、そうよ、動かないならこんな身体いらないわ、誰かにあげる、あげるから今すぐにここから出して! あの出口の向こう側に行かせて! そうよ、私、私はもう向こう側にいるのよ、だからこれは私じゃない、こんな台の上に縛り付けられているのは私なんかじゃ、私なんかじゃない! そうよ、そうに決まってる……あれ、じゃあ今喋ってるのは誰、私は私、でも私は向こう、じゃあ私は私じゃない、もう消えなきゃ、そうよもうここには誰もいないのよ、ほら私は向こうに居るんだから、じゃあね私、続きは向こうでね、あはは、あはははは!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ