表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/41

霧と繭(2-4)

 シャワーの水音が聞こえ、すぐにボイラーの高鳴りが響く。

 異性が自分の部屋のシャワーを浴びる、まさか一人暮らしを始めて二ヶ月と少しでそんな経験をするとは夢にも思わず宗像玖耶の視線は落ち着かない。

「……そんな所に立ってないで座れば良いじゃない」

 先程の泉水七零と同様、壁に背を付け部屋の隅で居心地の悪そうにたたずんでいる部屋の主に加治佐眞子が提案した。

「あ、あぁ……いや、何となく……」

 彼はそうぶつくさとつぶやきながらテーブルに近づき腰を下ろしたが正面にはじっと覗き込んでくる少女、目を逸らせばベッドで眠る少女、目を瞑ればシャワーに入る少女。どうやって時間を潰せば良いのか全く見当が付かない。

「あ、えぇっと、そのだな……」

「何? 何か質問でもあるの?」

「し、質問か、そうだな……そう言えば、」

 顔を正面から背けると視界に入る、今は何も知らず安らかに眠る少女の、その行く末――

「……左腕、……もう、戻らないんだよな」

「えぇ、残念ながら。彼女の左腕は失ったというより体内に吸収され蛹として能力を発揮するための核として存在しているの。それはもう二度と、……左腕として戻ったりはしないわ」

「そう、……だよな」

 もちろん、命が助かった事は喜ぶべきだ。しかし危機が去り冷静になるにつれ、左腕を欠損していると言う外見的そして機能的な不利益を直視しないわけにはいかない。

「親御さんには、……何て説明すれば良いんだよ……」

「そうね……一応、私の腕を貸してあげる事も出来るけれど」


「お前等の存在を大っぴらにするわけにもいかないしなぁ……」

「本人の意思で動かす事も出来る優れものよ」


「そもそも、本人だってどれだけ動揺するんだか……」

「ただ、結構疲れるらしいのよね」


「大学だって、誤魔化しようがねぇしなぁ……」

「あと、繋ぎっぱなしにすると徐々に拒絶反応が出てしまうのが難点だけど」


「……ちょっと、」

「おい、」

「「人の話、聞いて」」

「るの?」

「るのか?」


「「……っ」」

 あれだけすれ違っていた会話が、よりにもよって同じ言葉で重なってしまう。

……顔が、熱い。

 思わず浴室側とベッド側の二箇所を横目で様子見してしまった宗像玖耶はこんな時に限って雲が月明かりを遮り表情が窺い知れない加治佐眞子の次の一手を静かに待つしかなかった。

「……私の話、聞いてた?」

「すまん、……もう一度、頼む」

「もう。……だから、とりあえずは私の左腕を貸してあげる、って言ったのよ」

「へぇ~、左腕をねぇ……まぁ確かにそれが一番現実的なラインだよなぁ…………あ!?」

 うわの空で腕を組み大げさにうんうんと頷いていた宗像玖耶だが、自身の脳が目の前にいる少女の発言内容を少しずつ噛み砕き理解していくにつれ違和感が積み上がりやがてすぐにそれは致命的な方法論へと遷移した。

「ちょ、ちょっと待ってくれ……今、何つった……? 左腕を……貸す、だって?」

「……そうよ?」

 すると少女の影絵は祈りを捧げるかのように彼の眼前で両手の指を交差させ、次の瞬間躊躇う事無く右腕を横一文字に伸ばした。恋人同士のように指を絡ませたままの左腕は、

「っ……」

 まるで弱い磁力で接着していただけかのようにさしたる抵抗も無く左肩を離れそのまま右手に垂れ下がるのだった。

「だって私、肉体欠損率九割を超える、……蛹の、女王様だもの」



「……それじゃ、私もシャワーに入って来るわ。羽衣美さん、宗像君の監視をよろしくね」

 加治佐眞子の衝撃的な告白から十数分、宗像玖耶にとっては無限とも思える程の間隔を経てようやく樋口羽衣美は部屋に戻り今度は加治佐眞子がシャワーに向かう番だった。

「って、おい! それじゃまるで俺が変質者みたいじゃねーか!」

「あら、違ったかしら? それにしては羽衣美さんが入っている間、しきりに浴室の方を気にしているみたいだったけど?」

「えっ……?」

「おいこらっ! テキトーな事吹聴してんじゃねぇ!」

「うふふ。じゃあ、よろしくね」

 そう言って加治佐眞子が脱射場へと消えて行く。水音とボイラーの音が響くと途端に二人は金縛りが解けたかのようにいそいそと動き出した。

「あ、あ、あの、加治佐さんの言った事はまったくのデタラメだから!」

「あぁ、え、えぇ、あ、そ、そうですよね……」

 尻すぼみで収束する声を発しながら顔を赤らめた樋口羽衣美はもじもじと左右それぞれの人差し指同士、円を描きながら絡ませ始めた。その仕草は一般的な青年に対し『嬉しいような、悲しいような……』と言う類いの妄想をかき立てる材料としては十分過ぎる程でありもちろん宗像玖耶もその例外ではない。


「……」

「……」

 無言の中、いやに遠くから聞こえるシャワーが濁り無く一定の水音を奏で続けている。そのあまりの不変さに、加治佐眞子はシャワーに入っておらず実は今も陰に隠れ二人の様子をしたり顔で窺っているのではないかと彼は錯覚を起こしそうだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ