霧と繭(2-3)
――途端室内を満たす、沈黙。
その沈黙は、むしろ三人が明確な解を持つ事を暗に語っていた。
そして宗像玖耶の正面に座する加治佐眞子が、
「私達蛹には、……生きるために必要な養分を補給する方法が二種類あるの」
数秒の空白の後、ついにその静寂を破る。
「……一つは人間と同じく経口摂取による補給。普通に食事を取る事ね。そしてもう一つが、……所謂、吸血による補給よ。本当は蛹の血液が一番効果的なのだけれど人間の血液でもそれなりの量を取り込めば満たされるの」
「だからってあんな……メチャクチャな事をしなくてもっ……!」
極度の速度で吐き出されたその叫びの衝動は空気を罅ぜ、再び全員の動きを止めた。
「……血液は喉を通る事なく歯に備わった吸血孔から直接脳に達するらしいの。その際に脳内を満たす多幸感が病みつきとなり今回のような事件を引き起こす輩がごく稀にいるのよ」
「多幸感て、……そんな理由であんな事したってのかよっ!」
「そ~そ~、こ~ね、ぞわぞわ~! って感じで、早く終わって欲しいようなまだまだ続いて欲しいような感覚が~」
「美衣はちょっと、……黙ってて」
香山美衣の空気を読まない発言を加治佐眞子が遮る。
「……それで、そういう行動に及んだ個体は有無を言わさず処分するのが暗黙の了解なのよ」
「それで、あの場に来てくれたのか。……あれ? でも、どうやって分かったんだ? 皆、大学祭にいたはずじゃないのか?」
「それは簡単な事さ」
泉水七零が再び説明役に回った。
「ボク等は血液の匂いに敏感でね。欠損率が低い個体でも半径十数メートル以内に蛹の血液が流れ落ちればある程度は探知出来る。人間なら数メートルかな。ボクら三人の中では眞子の欠損率が最も高く彼女は更に広範囲での探知が可能なのさ」
「へぇ……」
全身を見るに加治佐眞子には欠損箇所が見当たらずその欠損率は大いに疑問だったが泉水七零と同じように何処かが義肢なのだろう、と宗像玖耶は結論付けた。
「……蛹に関する説明はひとまずこんな所だ。あとは魅翠奈さんの目が覚めた時に改めて補足させてもらう。……それじゃあ眞子、ボク達はそろそろ行くよ」
「えぇ、分かったわ。気をつけて」
「おいおい、そろそろ行くって、……何処に?」
「そんな事決まってるだろう、」
そう言って見下ろす視線は見下しているかのようにも見え――
「……死体を処理出来る場所に、さ」
「……」
「……」
沈黙。沈黙。沈黙――。
泉水七零と香山美衣が部屋を去り静寂に包まれた室内で、
「……これから、どうしましょう」
樋口羽衣美がようやくぽつりと、言葉を漏らした。
「とりあえずは一晩泊めてもらいましょう。明日になれば魅翠奈さんも目を覚ますはずよ」
「明日、ねぇ……」
明日のシフトどーすっかな、やれやれと言った表情でコップを片付け始めた宗像玖耶は、
「……はっ!?」
途端冷静に頭を熱し始めた。
「お、おいっ! 今、『一晩泊まる』って言ったのか!?」
「えぇ、そうよ。それともまさか怪我人を追い出すつもり?」
「いや、いやいやいや! おかしいだろ、ダメだろ、一人暮らしの男の部屋に泊まるって!」
「あら、……そう言えばそういう事になるわね。でもそれで良いわよね、……羽衣美さん?」
くすり、まるでそんな展開を期待してかのように加治佐眞子は微笑んだ。
「……っ!」
樋口羽衣美は無言のまま、消灯した室内でも分かる程に顔を赤らめる。
「で、でも……そのっ……」
「『でも』、なぁに? いずれにしてもそんな格好のまま外に出るわけにはいかないでしょう?」
月明かりのみの照明では目立たないが確かに今、樋口羽衣美の全身は血塗れなのだ。
「だから宗像君、……とりあえずはシャワーと着替えを貸してあげて」
「あ、あぁ、確かにそうだな……そのままだとまずいか……えっと、服はTシャツとジャージ上下ぐらいしか用意出来ねぇと思うがそれで良いか?」
「え、えぇ……いつもそんな服装ですし、ソレで大丈夫です」
「脱いだ服は袋か何かに入れておいて。そういうの綺麗に処分してくれる人、知ってるから」
「……どういう人なんだよ」
「そういう人よ。あぁ、あと私のお泊まりセットも使って良いわよ。化粧水からメイク道具まで色々入ってるわ」
そう言って加治佐眞子は持ち込んだ黒色のキャリーバッグを指差した。
「はい、それではお言葉に甘えて……ありがとうございます」