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予感(1-2)

「あの……宗像さん。やはり魅翠奈の事を『樋口妹』と呼ぶのはどうかと……」

「そうは言ってもよ、じゃあ何て呼べば良いんだ?」

「まぁソレは……そうですケドも」

そう返事をした樋口羽衣美が誰にも分からない程度に顔を赤らめそして少しだけうつむくとほんの数秒程度だが互いに無言での行進が続いた。

宗像玖耶としては先に仲良くなった姉の方を名字で呼んでいる以上妹だけを名前で呼ぶのも違和感があり、だからと言って姉の方も名前で呼ぶのは何だか照れるのである。なまじ樋口羽衣美との仲が深まってしまった分、名前で呼ぶと必要以上に意識してしまうという事なのだろう。そんな青春期特有の異性観を何となく樋口羽衣美本人も感じ取っておりやはり名前で呼んで貰う事は提案出来ずにいた。

「……やっぱりよぅ、」

「はは、はいっ!?」

突如破られる沈黙。自分の仕草が元で何か感づかれてしまったのではないかと樋口羽衣美の鼓動が鳴動し心拍数が跳ね上がった。しかし、

「ちきしょー、なんかカップル増えてねぇか!? 俺らが必死に裏方やってる最中によくもまぁ……」

唐突に漏らされた怨嗟(えんさ)の言葉。見れば宗像玖耶は相当にキョロキョロしながら周囲を観察しており樋口羽衣美にはまったく視線を注いでいない。

「はぁ……」

樋口羽衣美は彼からあふれ出るいつもながらの嫉妬心にため息をつきながらも同じく周囲を見回した。確かにこの二人のように単に男女で行動しているのではなく所謂(いわゆる)男女の仲と思われる二人組が入学時よりもハッキリと目立っている。

「カップル、ですかぁ……」

そうつぶやいた樋口羽衣美がチラリと横目で宗像玖耶を見る。

常日頃から彼女が欲しい彼女が欲しいと言っているがその割には異性に対する正しいアピールが出来ているとは言えず、見た目こそ金髪のウルフカットに鋭い目つきで男らしいのだが服装はカーキ色のスカジャンがメインでどうにも垢抜けず性格もいざという時の押しが弱い残念な男子。そんな話題で彼女はクラスの女子と盛り上がった事があった。何だかんだで本人も勢い重視のネタ要員としての自覚はあるらしく、先に記述した大勢のクラスメイトとのカラオケでも真っ先にマイクを握り更に上半身裸での熱唱を披露していた姿を彼女は記憶している。

もっともファッションセンスに関して言えば樋口羽衣美のセンスも相当に極端であり、白に近い金髪にまでブリーチした後で緑のグラデーションに染め上げたショートカット、特に前髪は眉がハッキリと見える位置まで短く切り上げ赤ぶちのメガネをアクセントとしてかけている。服装は服装でパステルカラーのキャミソールに原色のジャージやスカートを重ねる事が多い。

誰も代表をやらないのならワタシが、と場の雰囲気が悪くなるギリギリ手前で立候補する消極的な積極性と悪くないルックスに特異な服装センスというちぐはぐな外見でクラスメイトから女子男子問わず可愛がられる事は多いものの恋愛対象にはなっていないのだった。

そんな二人は教室が並ぶ廊下から受付窓口や事務室があるロビーを通り自動ドアを抜け専門棟へと足を踏み入れる。専門棟は先程まで二人がいた一般教育棟の西側に位置し、各階に存在する連絡通路で繋がってはいるものの数年前に改装された一般教育棟とは違い数十年の歴史をそのまま感じさせる古めいた外観と内装だった。抽選会場である大学祭実行委員会室はこの専門棟の三階に位置する。

「ったく、何でこんなヘンピな所に来なくちゃならないんだよ……」

授業を行う事が主目的である一般教育棟と違い専門棟は明け方まで研究生や教授が残る事も珍しくなくその結果許可さえ取れば二十四時間出入りが可能であるため大規模な大学祭の準備・運営にはもってこいだという理由なんて宗像玖耶はまるで知る由も無く再びぼやいた。

「そう言えば、さっきの書類は何だったんだ? あの、樋口妹から受け取ってたのさ」

「あぁ、アレでしたら。ワタシと魅翠奈はサークルでもお店を出すのでその申請用紙をまとめてもらったんです。正直提出物が多すぎてワタシだけだとちんぷんかんぷんだったので……」

「へー。確かに、クラスの申請書類も沢山あったもんなぁ。あれまとめるのは大変だよな」

「そうなんですよね……立候補しておいて情けないお話なのですが書類系は苦手でして……」

――ぼそぼそぼそ。ぼそぼそぼそぼそ。

「……?」

 そんな愚痴混じりの会話を交わしながら階段を上がり再び薄暗い廊下を進むと、ふいに話し声が聞こえて来る。それはどうやら直進方向ではなく眼前のT字路を右に入ったその少し奥から聞こえてくるようだった。

『……、だからこんなとこで泣くなって。今度、ちゃんと埋め合わせするからさぁ!』

『うっ……うぅう…………ホン……ト?』

『本当だよ、だから泣くなって。な? もう、帰ろうぜ』

『……うん……分かった……分かったよぅ……うぅう……』

それはひんやりとした廊下の空気を伝い硬質な床に反射しながら、ほんの少しの残響を伴って二人の鼓膜を刺激する。

「……けっ! こんなところでもイチャイチャしやがって……大体、恋人ならわざわざ泣かせてんじゃねーよ、畜生っ! ……ぶつぶつ」

そんな捨て台詞を吐きながらも宗像玖耶は目をやる事無くそのまま歩を進めた。一方の樋口羽衣美は愛想笑いを浮かべながらも好奇心には勝てず、横目でちらりと覗き見してしまう。

「……っ!」

その途端、――彼女は息を飲んだ。

彼女は見てしまったのだ。自分達が歩む廊下よりも一段と暗いその先で、――抱き合う二つの影絵を。

次の瞬間、冷たい何かが背筋の下方部から頭頂まで一気に駆け上がり頬が紅潮してしまった。

「……ぅ」

せめて隣に居る異性には悟られぬようにと彼女はうつむき息を整えようとするが、

「……? どうした?」

「い、いえ……何でも、何でも無いです、あは、あはははは……」

どうやら予想していた以上に動揺してしまったらしい。

「? ふーん……」

「あはははは、あ、そうだ、く、くじ、いいばしょあたるとよいですね……あはははは……」

そんな虚しい響きを持つ乾いた笑いが、あっという間に薄暗い廊下へと吸い込まれていく。

「おぅ、そーだな! なんたってこの抽選に全てがかかってるんだ、よーし、いっちょ気合い入れていくかっ!」

「は、ははははい、そのいきです! さ、さぁいきましょ~!」

すぐに大学祭実行委員会室へとたどり着いた二人は、意気揚々とその扉に手をかけ――


「「失礼しますっ!」」

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