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予感(3-6)

 日付は変わり翌日、大学祭二日目。

「ん……」

 宗像玖耶が目を覚ますと、開け放たれた窓から微かにバンド演奏が聞こえてくる。

「……開けたまま寝ちまったか」

 昨日は大学祭が終わった後も結局ダラダラと時間を潰し、帰宅後もすぐには寝る事が出来ず深夜まで携帯電話を意味も無く触り呑んでいたのだった。

『――次のニュースです。一昨日厚別区で発見された身元不明の遺体は……』

 付けっぱなしのテレビから報道番組が流れている。ふと時計を見ると時刻は午後十一時。本日のシフトは午後一時と午後五時だった。

「……家に居てもしゃーねーな」

 シャワーを浴びるとすぐに外出の準備を整え彼は外へと飛び出した。大学に近付く程に賑やかさがますます増していく。門を潜り出店の少ない並木通りをすり抜けメインストリートに出ると昨日以上の活気に包まれた光景が目の前に広がっていた。

「おーっす! おはよー」

「おう、おはよう」

 偶然すれ違ったクラスメイトと何気なく挨拶を交わし雑踏をかき分ける。

目に付く出店の値段はどれもデタラメでぼったくりもイイトコロだがトラブルは皆無だ。

相変わらず身体に響くバンド演奏は素人でも分かる程に下手くそだが歓声が上がっている。

 皆、――本当に楽しそうだった。

「……いつまでもクヨクヨしてられねぇな」

 彼の足は自然と、クラスの出店に向かう。


「おーす、お疲れさーん」

「お疲れさーん。あれ、もう来たの? まだ早くない?」

「あぁ、特にする事も無いんでとりあえず。でも腹減ったから焼き鳥もらうわ」

「……朝から脂ぎった食事だなんて、若さ故の特権ね」

 遅めの朝食を摂る宗像玖耶に対しこの時間帯のシフトである加治佐眞子が感想を述べた。

「まぁな。実際若いんだから『若さ故』てのは大事だろ」

「ふふ、」

 くすり、彼女は笑う。

「……確かにそうかもしれないわね」

「そ~なのよ~! 青春は~一度きりなの~、だから悔いの残らないように~しないとダメなのよ~!」

 客としてレジの傍で加治佐眞子と雑談を交わしていた香山美衣が力強くカウンターに拳を叩きつけ話に加わった。

「……貴女が言うと説得力が違うわね」

「説得力って……ははは……」

 妙齢の女性に年齢が絡む話題と言う難関に彼は苦笑いで場を誤魔化す。聞くに聞けず退くに退けず、周辺一同には唯々もやが募るばかりであった。

「も~、眞子ったら~! 若い子はどんどん~アタックしていかないと~ダメなのよ~!」

「……貴女には『当たって砕けて』と言う言葉がピッタリね」

 独特の抑揚の無い間延びした喋り方も手伝ってまるで酔いどれの小言を聞いているかのような有様である。相変わらず飲み物しか口にしない香山美衣のその口にする飲み物は果たして見た目通りの清涼飲料水なのか疑わしいばかりだった。

 ――一度きり、か。

 昼間にも関わらず徐々に乱痴気騒ぎの様相を呈する大学祭二日目、宗像玖耶はその言葉を心中でひっそりと繰り返していた。その鋭い目つきと静かに握られた拳が何らかの覚悟を示す。

「ふふ、」

 くすり、その仕草に気づいた加治佐眞子は再び笑う。

「……分かりやすいわね」

「え~なになに~? ソレってもしかして~ワタシの事~?」

「くすくすくす、何でもないわよ、美衣。くすくすくす」


「お疲れ様ですー!」

 楽しい時間はあっと言う間に流れ時刻は午後五時、一般客も増え大いに賑わうクラスの出店に樋口羽衣美が顔を出した。

「あれ、今日はサークルの方はどうしたの?」

「あ、今日はもう向こうに任せてますので、あとはずっとコッチに付けますよっ! だから皆さんはゆっくりお祭りを楽しんできてくださ……」「うおおおおおおおおおっ!!!」

 クラスメイトの問いにハキハキと答えエプロンを着用する樋口羽衣美の目の前に、やはり今日もまた一人騒がしく肉を焼き続ける宗像玖耶の姿があった。


「……ん」

 特に根に持っているわけでもないし怒っているわけでもないのだが何となく昨日の一件以来周囲の視線が気になって話し掛けにくい雰囲気を感じてしまった彼女は、その背中をただぽつんと見つめる事しか出来ない。

 ――すると。

 ふいにその背中がくるりと回転して、

「……お疲れさん。……ほらよ」

「えっ……?」

「……どーせ、……またちゃんと食べてないんだろ。まだ二日間あるんだから、ちゃんと飯は食わねえとな」

 そう言って、予め準備していたのだろう焼き鳥とおにぎりを手渡してきたのだった。

「あ……えと、……ありがとうございます……」

 まったく予想だにしていなかった突然の行動に放心してしまった彼女はお礼を言う以外の反応をする事が出来ない。彼は彼で渡したっきりくるりと背を向けたまま、再びけたたましく調理に専念するのだった。

「ありがとう……ございます……」

 パイプ椅子に腰掛け黙々と食べる彼女の口からふと漏れた二度目のお礼に、心なしか出店の雰囲気が和らいだ。


「……あの二人、上手くいきますかね?」

「さーねぇ。宗像は僕と違って不器用だから」

「……自分でソレを言いますか、普通」

 そんなクラスメイト、横井と織田の会話を二人は知る由も無い。

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