予感(3-4)
「あの三名様ですか?」
「ハイ、あの先頭の子が……」
先頭の女性は小柄で、前髪部分のみ真っ直ぐに切り揃え他はフェイスラインに沿ったローレイヤーシャギー、襟足部分だけ背中の中央部に届かんばかりの長さという少し変わった髪型をしている。服装は白い蝙蝠襟の半袖ブラウスに波打つようなラインでウエストから裾部分までフリルをあしらった黒いロングスカート、そして赤く大きな蝶ネクタイに黒いアームウォーマーという所謂ゴシックファッションのお手本のような格好。その艶のある黒髪も相まってメガネをかけて髪を縛れば魅翠奈さんにちょっと似てるかも? とスタッフは何となく感じていた。
「他の方達は……あ、ワタシちょっと行ってきますね、ココお願いしますっ!」
彼女は残りの二人にも見覚えがある。大学内で何回か三人で居るところを目撃しており、クラスメイトでは無いので別学部の生徒かサークルの人達なんだろうなと思っていたのだった。
「ごきげんよう、お姉様っ!」
「あら……ごきげんよう、羽衣美さん」
異空間で不意に出会ったにも関わらず落ち着いたままのクラスメイト――加治佐眞子に対し彼女は笑顔で言葉を続ける。
「あはは、まさかこんなトコロで出会うとは……実はワタシこんなサークルでも活動しておりまして、って普段は単に本を読み耽るだけなんですけれども」
「クラスの方でも朝早くから準備があったでしょう? ……大変ね」
「いや~、でもこんな素晴らしい空間にいると体力がぐんぐん回復しますっ!」
「……お友達の方なんですか~?」
二人が言葉を交わしていると同伴のおっとりとした女性が口を開いた。
「えぇ。同じクラスよ」
「あ、初めまして、眞子さんのクラスメイトの樋口羽衣美ですっ!」
「初めまして~、ワタシは眞子の、えぇと~、友人で香山美衣です~そしてコチラが~」
「……初めまして。泉水七零です」
「初めましてっ! えぇと、眞子さん、この方達はワタシ達と同級生? それともサークルが同じとかですか?」
「違うわ。そもそも二人ともこの学校の生徒ですらないわよ」
「あはは~、スイマセン、単に遊びに来ちゃいました~」
「あぁスイマセン、そうだったんですね! どうぞごゆっくり!」
大学のメインストリートはジョギングで賑わう事もある程で外部の人間にも開放されており一般教育練も受付口はあるが入館チェックが厳しいわけではないので他校の生徒やその他一般人が居たとしても何の不思議も無い。実際に生徒ではない人間がひっそりと講義を受けていると言った噂がまことしやかに囁かれている程なのでこの二人が構内で加治佐眞子と一緒に居ても誰も疑問には思わないだろう。
泉水七零。襟足は短く前に行くにしたがって右側は長くフェイスラインや右目を包み込み左側はある程度短めに切りそろえているアシンメトリーな髪型。髪色は黒基調で顔を覆う右側の前髪部分のみ赤紫色に染めている。服装はワインレッドのシャツに黒のジャケット、黒のサブリナパンツと加治佐眞子よりの格好だ。
一方の香山美衣は緩く巻いたミントアッシュの長い髪に白くゆったりとしたオーバーブラウス、幾重にも亜麻色の布が重なったギャザースカートという装い。その服装やしゃべり方と同様に表情も柔らかく服装の系列も相まってこの三人の中では浮いている。
「ソレにしても良いお店よね~、予約して正解だったわ~」
「あ、香山さんが予約されたんですか?」
「そ~なのよ~、やっぱり可愛い女の子は目の保養になるわよね~」
「分かります分かります、やっぱり保養になりますよね、そうなりますよねっ! 可愛い女の子って良いですよね~!」
そこまでまくし立てると樋口羽衣美は自身が目をキラキラさせながら勢いよくテーブルに手を叩きつけぐい、と身を乗り出してしまった事にふと気づいた。喧噪がぴたりと止み厳かなクラシックが淡々と流れるのみとなった室内で視線が自分に集中しているなんて事は気のせいだと信じたいところなのだが……
「……随分と積極的な店員さんだね」
「……良かったわね美衣、話が合いそうじゃない」
彼女の爆発寸前な高揚感なんてさも存在しなかったかのような二人の落ち着いた一言は気のせいかため息にも似ていた。
「あ、あは、あはははは、……ごゆっくりどうぞ……」
あぁクラシックの音量を大きめにしておいて良かった、顔見知りが少ない招待客のみの時間帯で良かった、でなければ更に恥ずかしい思いをしたに違いない、そうよ大丈夫、傷は浅いわ、まだよ、まだ挽回出来る!
――カウンター内に転がり込んで膝を抱える彼女は、そう自分に言い聞かせるのだった。