予感(1-1)
「……なー樋口。やっぱり焼き鳥ってのはオーソドックス過ぎねぇか?」
「えぇと、まぁ、結局事前練習無しで簡単に出来るのはコレくらい、なんですよねぇ……」
北海道の春。
大学に入学を果たしたばかりの宗像玖耶は持ち前の目立ちたがり精神で六月に控えている大学祭のクラス男子代表に立候補した。一方の女子代表・樋口羽衣美は立候補者がいなかったので仕方無く、という真逆の理由での選出ではあるが嫌々というわけではなくむしろ積極的に事を進め始めていた。
冒頭の会話はそんなある日の午後六時頃、授業が終わり今日はもう帰るだけとなった宗像玖耶と樋口羽衣美がそのまま教室に残り既に決定した自分達のクラスでの催事について討論を始めた際の物である。
ゴールデンウィークを挟み出会って一ヶ月と少々程度の集団では手の内の探り合いで中々内容が定まらず、結局クラスの催事は大学祭としては定番中の大定番である焼き鳥屋台になってしまったのであった。賑やかし事が大好きな宗像玖耶としては他のクラスでは思いも付かない人目を引く何かが出来ない物かと色々画策したのだが高校までと違い放課後のホームルームなどという時間は存在もせずクラスメイト全員を一ヶ所に集める事すら困難な大学においては歯痒い思いをせざるを得なかったのである。
「せめて、いー場所が取れると良いんだけどよぅー」
「屋台はやっぱり焼き鳥が多いみたいですから、中途半端な位置だとかなり集客は厳しいそうですね。大学敷地外への出入り口付近か野外メインステージ付近だと助かるんですが……あ、あのー! 眞子さんは当日サークルの予定とか大丈夫ですかー?」
同じく今日はもう帰るのみとなった加治佐眞子が教科書をカバンにしまい退室しようとするところで樋口羽衣美が声をかけた。
「……特に何も。そもそも私、サークルには入ってないわよ」
「あれー、そうでしたっけ? ……んと、了解しましたー、今のところ全員四日間の内二日は屋台に立ってもらう予定なのでヨロシクお願いします!」
「えぇ」
そう言って退室する加治佐眞子を見送った後、宗像玖耶が口を開く。
「……なぁ、樋口と加治佐さんてずいぶん仲良くなったよなぁ」
「そうですか? まぁ、『【かじささん】て【さ】が二回続いて噛んでしまいそうなので【眞子さん】て呼んでも良いですか?』という提案を快く受け入れてもらえる程には打ち解けましたケドも」
「出会って一ヶ月であのツンケンしてる加治佐さんとよくもまぁそんなに……」
宗像玖耶の脳裏を過ぎる加治佐眞子に関する記憶は悲惨の一言で、入学式後の懇親会で披露したギャグを真っ正面から真顔で『何ソレ』と言われた事やクラスメイトとのカラオケで熱唱中にふと目が合ったかと思うと吸い込まれるんじゃないかと思う程に艶の無い黒体の虹彩に唯々見下されていた、等々と言った具合だった。
「宗像さんだって、呼び捨てに出来るくらいにはワタシと仲良くなってますよ?」
「まぁ、そりゃそーだけどよ。……でもそれは樋口のノリが良いからであって別に俺が努力したわけじゃねーし、樋口が努力したから加治佐さんと打ち解けられたんだし、となるとやっぱり樋口がすげぇんだよなぁ」
「あの……えぇと……急にどうしたんですか?」
その言動に少し照れを感じてしまった樋口羽衣美がほんのりと頬を染める。
「いや……特に深い意味はねぇんだけどさ。……なかなか纏まんねぇなぁ、って」
「もー、しっかりしてください! 宗像さんはクラス代表なんですから……あ、織田さんと佐々木さんは学祭当日の予定大丈夫ですか~?」
「あぁ、僕らもサークルが忙しいわけじゃないし前もってシフトが決まっていればいつでも空けれるよ」
「ホントですかー? 助かります!」
そう言って樋口羽衣美が手を振り見送るとその後ろを佐々木が軽く頭を下げてついて行く。
「……あの二人は最初っからラブラブだよなぁ~チクショ~!」
二人は地元出身で中学生時代からの付き合いらしく、中学高校大学と同じなんてどんだけ!? と入学後数日間よくクラスメイトが話題にしていた事を樋口羽衣美は思い出した。もっとも彼女にとってはその程度の話題なのだが宗像玖耶にとっては大事らしく、未だに二人を見かける度話題にしている。
「あ、……そろそろ時間ですね。それじゃ、行きましょうか」
そう言うと樋口羽衣美は席を立ちそこに宗像玖耶が続いた。今日はこの後、大学祭での出店位置を決めるくじ引きが行われるのだ。
「魅翠奈はどうするー?」
「……私はロビーで待ってる。あと……はいこれ。頼まれた大学祭の書類とシフトのリスト表」
「あ、アリガト~! ……じゃあまた後でねっ!」
「また後でなー、樋口妹~」
まだ教室に残っていた樋口魅翠奈――樋口羽衣美の双子の妹から書類を受け取ると二人は教室を出た。