穏やか(?)な午前
お待たせしました!
「へぇ、ゆっくりと散策したのはこれが初めてだったけど、中々賑やかじゃないかこの街は」
現在の時刻は地球で言う午前7時半と言ったところか。
試合が始まるのが10時からであり、選手は大体その30分前までに会場に入っていれば問題無いらしいので、和人達はその時間ギリギリまで遊ぶ事にした。
和人達ならばその気になれば例え街の端と端にいたとしても、ほんの数分足らずで移動出来るため、彼等はのんびりと街を散策していた。
複数の美男美女が一挙に集まっているため、和人達には周囲から遠慮の無い視線を浴びせられたが、そんなものには慣れっこである彼等はそれらをまったく気にせず堂々と歩いている。そうすると
「へへへ、てめぇらいい女連れてるじゃねぇか俺たちも混ぜてくれよ」
と言った感じに絡んで来るガラの悪い輩達もいたのだが、
「お、おふぅ……」
数秒後には顔面をボコボコにされて倒れ伏していた。
知る人からすれば、和人達が昨日の大会で圧倒的な実力を見せ付けた張本人達だと分かるのだが、それを知らない輩はこのように絡んでだ末、一瞬にして沈めれる。
「和人様和人様!アタシあれ食べたい!」
そんな感じで街を散策していると、ローズが和人の腕にしがみついて来て、ある屋台を指差す。
「ん?どれどれ……ほぅ、肉と野菜の串焼きか」
ローズが指差した方向へ向いた視線をやった和人は、そこで売っていたものを見て感嘆の息を漏らす。
「確かに美味そうだ。よし、全員分買ってくるか」
「やったー!」
和人の言葉にローズは嬉しそうにはしゃぎながら屋台へと駆けて行った。これでも神獣なので年齢はこの世界での最高齢近くまで行っている筈なのだが、買った串焼きを頬張りながら満面の笑みを浮かべているローズの様子からはそれを全くと言っていいほど感じられない。
「ほら、はしゃぐなローズ。喉につまるぞ」
「ふぁーい」
和人は苦笑を浮かべながらローズを嗜める。
「でも本当に美味しいですねこれ。人間達の食文化ってどうやってこんなに発展したんでしょう?」
同じ串焼きをこちらは丁寧に食べながらカレンは首を傾げた。
「そうですね。私達は長く生きてはいますが、和人様と出会うまでは殆ど人間達の世界に干渉しませんでしたし……」
「ん、人間達の文化……よく知らない……」
カレンの呟きを聞き止めたスミレとミセバが確かにと同意の意を示す。
そんな風な会話をしている彼女達も当然同じ串焼きを食べているのだが、こうして見るとそれぞれ食べ方に違いがあって中々面白い。
カレンは一つ一つ丁寧に口へ送って行き、ゆっくりと咀嚼をして飲み込つ。性格と同じで真面目な食べ方である。
スミレは仕草の一つ一つが何故か色気を放っており、彼女自身の容姿と相まって何とも言えない色っぽさを醸し出す。
ローズは豪快に口を開けて勢い良くかぶり付きながら食べており、ただせえ幼い容姿よりも更に幼く見える。
ミセバはカレン同様丁寧に一つ一つ食べているのだが、彼女の性格故か、肉一つ食べるのに二口三口かかっている。だがそれが逆に彼女らしさを表しているとも言えるだろう。
「レティとファルシオンも食いな。中々美味いぜ?」
和人はそんな神獣娘達の様子に微笑ましいものをみたと言わんばかりの表情になり、自分も一つ串焼きに齧りついた。その味に舌鼓を打ち、買った串焼きのうちの二本をレティとファルシオンにも差し出す。
「ありがとうございます。遠慮無く頂きますね」
「和人様から頂いたものですし、大切に食べますね!」
「そこまで大切そうにしなくても……いや、なんでもない。味わって食えよ」
何やら畏れ多い物を受け取ったみたいな感じでただの串焼きを受け取るレティに苦笑しつつ、和人も次の肉に齧り付く。
「ふふっ、私もこの世界に落ちて随分と経つがこのようなものを口にした事は無かったの」
「まぁお前はそもそも食事を必要としないしな。だけど、悪くは無いだろう?」
「うむ、食事などは私からしたら嗜好品の類に過ぎなかったが、マスターのお掛けで随分と堪能させてもらった」
ヴェルは丁度与えた分を食べきったところらしく、口の端に串焼きのタレをくっ付けていた。
和人が苦笑しながらヴェルの口に付いたタレを拭ってやると、ヴェルは照れたように顔を赤く染めた。
「和人様!今度はあれ!あれ食べたい!」
「おいおい、そんな走るなよ。ってあいつ人混み潜り抜けるの上手いな」
和人達の中で最も小柄なローズはすいすいと人混みを掻き分けて行き、しまいには和人達の視界から消えてしまった。
「あっ、見失った。しょうがない……カレン、スミレ、ミセバ、悪いけどローズの事を常に感知しといとくれ」
「かしこまりました」
和人の頼みにスミレが代表して返事をし、3人は即座に行動へと移った。
神獣同士の場合、神獣にしか分からない特殊な魔力の波動を読み取ってかなり繊細に他の神獣の居場所を感知出来ると言う能力がある。和人はその事を知っていたので彼女達にローズの追跡を頼んだ。すると早速ミセバがローズを補足した。
「む……和人様、ローズが誰かぶっ飛ばした……」
「ああ……どうせローズみたいな子供が一人でいたのを良い事によからぬ事を考えた輩だろ。あいつアホだが見た目だけはいいからな……まぁ一般人じゃローズを捕らえるなんて無理だ。ほっとほっとけ」
「和人様、ローズが何やら人が集まってる方向目指して駆け出しました」
「今度はなんだよ……」
続いてローズを補足したのはカレン。それによるとどうやらローズは人混みに引かれて行ってるらしい。
ローズのあまりの自由さに和人は思わずため息を吐いた。
「和人様、ローズが何やら人の群れの中心ではしゃいでおります」
「なにやってんのあいつ!?」
そして最後にローズを補足したスミレの言葉に和人は遂に大声を上げた。
「はぁ……取り敢えずこれ以上あいつが馬鹿やらかす前に回収するぞ」
「「「「「「了解!」」」」」
和人達は一瞬で気配を消し、民衆に気付かれないように視認不可の速度で近くの建物の上へと移動した。そのまま建物の上を走りミセバ、カレン、スミレの指示に従いローズの元へと駆け出す。
「あそこです。あの人混みの中心でローズがはしゃいでます」
走ること十数秒。見えてきた人混みをカレンが指を指すと、和人達もローズの気配を察知した。和人達の誰もが元よりその気になればこの街の中くらいいつでも感知出来たのだ。なのでこの距離まで来ると感知能力など使わずとも人一人の動きなど容易く察知出来る。そのため少し先にいるローズが何をしているかなど直ぐに分かった。
「…………」
一同が一斉に押し黙る。その視線の先には……
「いえーい☆みんなありがとう ー!」
「「「「「わーわー!パチパチ!ヒューヒュー!」」」」」
大きな仮説舞台に声を程よく拡張させるマジックアイテム。そしてローズの背後には何やら綺麗な音を奏でるマジックアイテムを持った集団。
これに似たものを和人は知っていた。それは地球にいた頃、毎週日曜日のお昼にやっていた一般参加者が歌唱力を競う某音楽番組。そう、の○自慢である!
『実に素晴らしい歌声でした!皆様この飛び入り参加の少女に盛大な拍手を!』
「凄かったぞお嬢ちゃん!」
「私感動しちゃったわ!」
「是非もう一曲聴かせてくれ!」
「おお、そうだ!そうだ!聴かせてくれ!アンコール!アンコール!」
「「「「アンコール!アンコール!」」」」
「本当に何をやっているんだあの馬鹿……」
和人は眉間にしわを寄せ、頭が痛いとばかりに眉間を揉みほぐした。
「そう言えば昔から歌とか好きだったなぁ、ローズのやつ……」
「確か以前、何処からか仕入れて来たマジックアイテムを自慢気に見せて来て、これで音楽を聴くのが最近の楽しみって言っていた事がありましたね……」
「みんなはマシな方……私なんか興味が無いって言ってるのに丸一日音楽を聴かされた……しかも同じ曲を永遠と……」
カレン達は確認したローズの様子に何かを思い出したような表情になった。いや、ミセバだけはどこか遠い眼になっている。だが確かに興味が無い曲の無限ループは辛い。和人は同情してミセバの頭をポンポンっとしてやった。
「むぅ、ローズの行動は奇怪なものが多いのは知ってたがこれは予想外じゃの……」
「はは、でも楽しそうじゃないですか。悪い事では無いと思いますけどね僕は」
「ファルシオン、貴方は本当に楽観的ね……」
ヴェルやレティもこれには流石に面食らったのか少し呆れたような表情になっている。ファルシオンだけは何故か愉快そうに笑っている。
「まぁいい、さっさと回収してくるか」
言うがはやいか、和人は足場を蹴り、一般人には視認不可能な速度で舞台に立つローズの元へ跳躍し、神獣たるローズですら反応出来ない速度で襟首を掴み回収した。
『えぇ!?少女が消えた!?』
司会の男性や観客の人々が目を丸くしている中、ローズを回収し終えた和人達は即座に人通りの無い路地裏まで移動し、そこでようやくローズを解放した。
「ゲホッゲホッ!あぁ〜びっくりした!」
「びっくりしたじゃないよ……」
ここに来てもなお、マイペースなローズにカレンがやれやれと溜め息を吐いた。
「ローズ、楽しむ事は良い事だが、限度を超えてはならぬぞ?」
「ヴェルの言う通りだ。まったく、俺たちはただでさえ色々と目立つんだ、それなのに自分からああいう行動を取ってたら、いずれ居心地が悪くなるぞ?」
「うぅ、ごめんなさい……」
和人とヴェルの二人に注意されたローズは素直に謝り、続いてカレンやレティ達にも素直に謝った。これにて一件落着。
「おっと、そうこうしているうちにもう9時過ぎだ。みんな、そろそろ会場に向かうか」
「そうじゃの」
和人の言葉にヴェルが同意を示し、それに追随するよカレンやレティ達も頷いた。
「んじゃ、行くか」
そう言って和人達一行は大会の会場に向かって歩き出した。




